契機
コーデリアさんを紹介するための会見が始まって、俺がリードしなければと張り切っていたのだけども……そんな必要は全くなかった。
背筋をピンと伸ばし、堂々たる態度で凛とした表情を浮かべ、ハキハキと喋りあらゆる質問に滑らかに答え。
少し前のコーデリアさんからは想像出来ない姿がそこにあって、立派な貴族夫人による独壇場だった。
母上やエリザベス嬢から鍛えられていたのは知っていたが、まさかここまでとはと驚かずにはいられず、普段の姿を知っているだけにその大きさはかなりのものだった。
……ああ、しかしそれも当然か。
普段コーデリアさんは俺にこういう姿を見せはしない、いつも通りに可愛らしく家族として接してくれている。
普通の貴族夫人であるならばそうはせずに、普段から凛とした姿を見せてくるものなのだが……コーデリアさんにとって俺は貴族としての夫ではなく本当の家族ということなのだろう。
そのせいでしっかりと成長を見ることが出来ていなかったようで……後でしっかり褒めておかないとなぁと、そんなことを思う。
そんなコーデリアさんに対しての記者達の質問は当たり障りのないものだった。
蛮族と侮り、無礼な質問をぶつけてやろうとそんなことを考えていそうな、アレな表情をしている記者も数人いたが、コーデリアさんのこの姿を見た結果、そういう邪さが引っ込んでしまったようで、結局出てきた質問は趣味とか普段の暮らしぶりとか、故郷の話とかばかりだった。
正しく貴族の風格で勝利したと言える出来事だった。
……こうしてみると俺は記者達に侮られていたというのがよく分かる。
まだまだ幼いからだろうと思っていたが、覚悟と風格が足りないのかもしれない、どこかサラリーマン根性があって記者と対等だとか思っていたのかもしれない。
記者達は伯爵位には敬服していたが、俺自身にはそうではない部分もあって……その差をハッキリとコーデリアさんが見せてくれたようにも思う。
だからと言って泣き言を言ってもいられないので俺はその場で気合を入れ直す、コーデリアさんの夫として相応しくあれるように、堂々と胸を張る。
そうこうしているとコーデリアさんへの質問から俺達夫婦への質問へと流れが変わっていく。
お互いをどう思うか、どこが好きなのか、普段二人でどう過ごしているのか、など。
……これもまぁ、まぁまぁ無礼な質問ではあった、貴族のプライベートを暴こうと言うのだから。
しかし俺もコーデリアさんも無礼には感じず、良い機会だからと普段の様子を……隠すべき所は隠しながら話していくことにした。
昼間は流石に政務などがあるのでそれぞれ過ごしているが、夕方以降はほぼ一緒に過ごすし、二人で出かけたりもするようにしている。
二人のための屋敷も準備中で、内装や家具、どんな部屋に仕上げるとかも二人で決めていて……今後のことも二人で相談して決めていくつもり。
夫婦としては当たり前かもしれないが、貴族としては異例も異例、使用人なしで二人きりで過ごすというのも中々聞かない話なのだろう、俺達にとっては日常のなんでもない話が記者達を大いに驚かす結果となったようだ。
しかし同時に好感も抱いてくれたようで、段々と記者達の態度が柔らかくなり、更にはドルイド族への興味も十分に抱いてくれたようだ。
そろそろ会見も終わりかと、そんな折を見て俺が、
「ロブル国側の許可が出たなら、取材に行く機会を得られるかもしれない。
彼らの生活を、本当の姿を、その友好的な姿をより多くの方々に知ってもらえるのは私達にとっても利のあることだ。
今回意義のある取材をしてくれた諸君の名は覚えておく、その機会があれば声をかけるとしよう」
と、発言すると好感度は更に上がったようで、終わり際には別人かと思うような顔をする者達もいた。
……流れに乗っての結末だった訳だが、こうなるとは完全に予想外の結果だった、ここまでの成果になるとは思ってはいなかった、俺の計画以上の結果をコーデリアさんがもたらしてくれた。
そして改めて貴族についても学べたような気がする。
ただ政務で応えるだけが貴族ではなく、相応の覇気と威厳も必要と言うことなんだろうなぁ。
父上やお祖父様もそういったものを持ってはいるが、親しまれるためと言うよりは相手を威圧するためのもので……俺は俺なりのものを掴んでいく必要があるんだろうなぁ。
俺なりの貴族らしさ……新しい時代の貴族、そういったものを作れたならようやく胸を張って貴族だと言えるのかもしれない。
父上やお祖父様のやり方が悪いとかではなく……いや、実際悪いことはしていたようなのだけどもそうではなく、それぞれ人格、それぞれの時代に合ったやり方があるということなんだろう。
そういうことに気付かせてくれたことに深く感謝し……テーブルの下でこっそりコーデリアさんの手を握ると、コーデリアさんは力強く握り返してくれて、会見が終わって会場を後にするまでの間、俺達はお互いの手を握り合い続けるのだった。
――――王城で エリーク王
エリーク王が王城に帰還した。
しかしそれ以上の騒動があって王城は王の出迎えに対応しきれていなかった。
普段ならば憤慨するところではあったが、道中届いた情報でそれどころではないと理解していたエリーク王は文句を言わず騒がず、ただ王城外苑で馬車を降り、従者と共に足早で内苑奥にある生活空間へと向かい……王太子のために用意した離宮へと足を向ける。
普段ならそこの入口には警備の騎士がいるはずだが姿はなく、中にはいっても使用人の姿がなく……何かがあったと感じながら、敷き詰められた絨毯を踏んで進んでいく。
離宮の内装は完全に王太子の好みでまとめられていた、王太子なりの理想があり、その通りにされていた。
……そう、王太子には明確な理想図があるようだった、そしてそれを目指して進んでいるようだった。
そのために手段を選ばず、好き勝手にし……それを許してきたがもうそうはいかないと、王太子の自室のドアを開いて中に入ろうとすると、そこにはこれ以上なく驚かされてしまう、しかし予想の範疇内である光景が広がっていた。
血まみれの剣を握る王太子と事切れた不審者数人、旧式の……伝統的な鎧を着た騎士の姿もあって、騎士達もまた事切れているようだ。
……まさかこの王城で暗殺が行われるとは。
しかし納得できる部分はある、それだけのことをこの王太子はやってしまったのだ。
「……ブライトめ」
返り血か、血まみれとなった顔でそう呟く王太子。
「いい加減にしろ!! 伯が暗殺するつもりならとうの昔にやっておったわ!!
離宮にまで侵入する手際、どう考えても王城内部に入り込める者による仕業だろう!!
そこまで見放されたのだと、周囲すらも敵になってしまったのだと、どうして理解出来ん!!」
思わずそう叱責するエリーク王、そして同時に王太子を誇らしく思う心もあってなんとも言えない表情となってしまう。
怒れば良いのか褒めれば良いのか……どうあれ暗殺者を倒し生き延びたことは喜ばしく、騎士ですら敵わない相手を倒したことは誇らしく、色々と問題がある王太子だが、全てが間違いではないと思わせてくれたことは父として嬉しいことであった。
「……では誰がやったと?」
「それを知りたければ殺さずに曲者を捕らえるくらいのことをせよ。
……しっかり鍛え、学んだのだろう、この場において生き延びたのだから確かな腕があるのだろう。
であれば捕らえ拷問し、主犯を明らかにするための情報を得るべきだった。
短絡的に敵を打ち倒せば良いというものではないのだと何故理解出来ん」
「……そんな証言に何の意味が? 証拠でもなんでもないでしょう。
拷問されたなら、なんでも言うものでしょうに」
「お前は時たまそれを言うな? 確かな証拠とはなんだ? 神々にでもなったつもりか?
人の目では全てを見通すことなど出来ん、事実を明らかにする確かな証拠などどこにも無い。
科学捜査だったか? 確かに学者達は先進的だと褒めていたがそんなものは夢物語よ、夢想の先に目を向けるのではなく、今この場にあるものに目を向けるのだ。
だから人を学ぶのだ、その声をよく聞くのだ、曲者の発言から声から、表情から真実を読み取るのだ。
まずは曲者から話を聞き、出てきた名前から更に話を聞き、その言葉をそのまま受け止めるのではなく、自分なりの解釈を踏まえた上で受け取り、自らの頭の中で結論を出すのだ。
そして周囲にそれを論じ納得させたならそれこそが確かな証拠だ、王が示す答えだ。
もしかしたらその答えは真実ではないのかもしれない、しかし周囲を納得させることが出来たならそれこそが王が示す正しい道だ」
「それは詭弁でしょう」
「違うな、これこそが王の道だ。
迷える子羊達をそのままにはしておけない、だからこそ羊飼いが……より賢く明察な答えを導き出せる、王と呼ばれる羊飼いが道を示してやるのだ。
真実は神々しか知らない、だが人々は真実を……正しい道を求める、求められたからには応えなければならない、間違っているかもと思いながらも苦しく辛く、報われない行いをし、罪を背負い前に進み続けなければならない。
……すっかり腑抜けておったが、余もようやく王とは何かを思い出せた、目が覚めた」
そう言って王は深呼吸をし……少しの間を置いてから言葉を続ける。
「伯との出会いはそういう意味では価値あるものだった、道中聞いた話も読んだ新聞記事も価値あるものだった、時代が変わっているのだと実感を出来た、ならば余も変わる必要があるのだろう、王都は確かに発展しているがすっかり時代遅れとなってしまっているようだ。
……で、お前はどうだ? どうなんだ? いつまでもそうか? そのままか? 体は成長したようだが心はそのままか?
どうしてなんだ? お前には何が見えている? 何かが見えていてそこに進もうとしているようだが、それはもう間違いなんだと、別の道を行かなければならない時が来たと気付けないのか??
その見えているものを捨てる覚悟はないのか?」
堰を切ったように、そうとしか言えない勢いでエリーク王が思いの丈を吐き出し、王太子の肩を掴んで何度も何度も、何度も何度も肩を揺さぶると、ずっと死体を見つめていた王太子がようやく顔を上げて、王の目を見る。
そして王はそこで気付く、まともに王太子の目を見たのはいつ以来だっただろうかと。
この子の瞳は元々何色だったのだろうか、そして今何色なのだろうか、返り血のせいでそう見えるのか、充血しているせいでそう見えるのか、真っ赤に……何かの意思で燃えているようにすら見えてしまう。
そんな目が動き輝き……そして真っ直ぐに王を見返してきて、それから王太子は口を開く。
「……分かりました、確かに間違った道を進んでいたようです、認めます。
……だけど後戻りは出来ません、前に進まないと。
直轄領も学園も、直轄軍も必要なんです、幸せな結末のために」
「何故そう急ぐのだ、結末など今は考える必要はない。
そんなものは老いてからベッドの上で考えれば良い、お前についてきた家臣達のために残す言葉で紡げば良い。
……お前を父上の臨終の時に立ち会わせられなかったのが今更の後悔だ。
ベッドの上で、多くの家臣に囲まれ、自らの果たした役目を語る最後の言葉には誰もが涙したものだ。
あれこそが幸せな結末よ、お前が目指すべきはそこなのだ……お前はまだ若い、これから取り返せる。
そして曲者を打ち倒せたように多くを学び成長し、あの伯をも超える人物となれることだろう。
ゆえに改めよ、考え方と生き方を、在り方を正せ。
嫌とは言わせぬ、ここでそう言うのならもうお前は王太子ではない」
感極まって深く考えずに思いついた言葉をそのまま口にして、初めて親子らしい会話が出来たとそう思うエリーク王に対し、王太子はそれ以上は語らず、ただただ静かにこくりと頷く。
それを受けて王は深く安堵し……後方に控えてどうすべきかと戸惑っていた従者達に片付けをと指示を出す。
正しい導き方、人の使い方、それを王太子に見せる時だと張り切って、居丈高に声を張り上げて。
……それを王太子は黙って見つめて……見つめ続けて、そうしてこの日から王太子が人が変わったように、まるで別人になったように生き方を変えて新たな道を突き進み始めるのだった。
お読みいただきありがとうございました。
次回は入り切らなかった各所の反応とかなんとか
具体的には大公とか兄上、父上とか




