無礼
さて、本番前にまず冷静に考えてみよう……こいつをどうするべきか。
正直な所を言うともう関わりたくないというのが本音で、ただただ帰って欲しいのだが、この厄介さ加減だとそれでは駄目だろう。
恐らくこいつらは痛い目を見なければ調子に乗りまくるはずで……しっかりと対処しなければ暴走すると言うか、好き勝手をやらかしてくれるに違いない。
かと言ってここまで酷いともう殺意も沸かないんだよなぁ。
こんなの相手にそこまで本気になれないと言うか、そんな価値を見出だせないと言うか……。
あまりに哀れ過ぎて言葉もないってのも、もう一つの本音でもある。
そんな哀れなやつと喧嘩して同類と見なされるのはごめんで、そういう意味から決闘は論外となるだろう。
一番穏当な方法は法廷闘争となる、既に地方法院に人員は派遣しているし、十分な根回しもしている、勝ちが確定している裁判に持ち込めるはずだ。
……しかしなぁ、こいつらと法廷で言い合うのも微妙に嫌なんだよなぁ。
他の手がなければこれを選ぶことになりそうだが……出来るだけそれは避けたい所だ。
俺とコイツは伯爵と伯爵、爵位だけ見れば対等だが、実際は違う……そもそもコイツを貴族と定義して良いのやらも怪しい。
領地を失い、海を渡って逃げてきた時点でもう貴族でも何でもないと思う。
貴族としての最低限の条件も満たしていない、ただの没落した放浪者だ。
それと対等にやり合う伯爵なんて、新聞記事になった日にはなんとも悲惨なことになりそうだ。
そうなると暗殺か? なんてことも思うが、暗殺はどうしたってリスクのある手だ、しかも今回は王太子絡み。
下手を打てば王太子に対し大きな隙を作ってしまうことに成りかねない。
なら放置するか? いや、それはない。
姉上を安心させたいというのもあるが、今まさにやられたらやり返す、タダでは済まさないと言う態度を示すために三方向からの作戦を行っているのに、それでは筋が通らないし、周囲も納得はしてくれないだろう。
いっそ仲間に引き込むか? いや、それもない。
あの態度では仲間にしたとして和を乱すばかりで役には立たないだろうし、家も領地もない貴族がどう役に立つと言うのか、無駄飯ぐらいを抱えるのはごめんだ。
ならばいっそ、激昂して感情のままに斬り捨てるか?
なんて物騒な考えも浮かんでくるけども、相手はこちらをかなり見下してはいるが、激昂ラインはギリギリ越えてこないと言うか、あと一歩で切れるけども、そのあと一歩を踏み込んでこないという絶妙なラインを維持しているので、それもやりにくい。
下手にやってしまえば、やれ癇癪だの何だのと言われることは明白だ。
う~む、難しい相手だ、お祖父様ならこういう時どうすべきかをポンと考えつくのだろうなぁ。
……まぁ、ひとまずは婚約話から一つ一つ丁寧に処理していこう。
こいつの処分方法はそれから考えても遅くないはずだ。
「さて、平民どうこうの話は置いておくとして、それよりもまずは婚約の話の確認をしたいと思います。
まず姉上は誰とも婚約していません、また婚約者を募集もしていません。
更にこの国では法によって王族が貴族の婚約、婚姻に干渉することを禁じています。
その上で今回の婚約話は、ウィルバートフォース家当主として受け入れがたいものです。
断固としてお断りする、その言葉と共に王太子の下へとお帰りください。
私はカーター子爵程優しくはないので、望まない客人を出迎えるつもりは一切なく、この関所を通すつもりもないので、そのつもりで」
そう言って俺はこちらの立場を明確にする、断固拒否、この話に関しては他の選択肢は存在しないも同義で、絶対に……どんな条件が出されたとしても受け入れるつもりはない。
そういう意思を示すと同時に相手の思惑がどうなのか、本気で婚約話を推し進めたいのかを確認するための発言だった訳だけども、不快そうに歪んだ顔を見るに……うん、恐らくは断られるとは思ってもいなかったんだろう。
自分は本物の伯爵家でこっちは偽物で、だからこそ本物との縁を望むはずと、そんなことを思っていたのだろうか?
それとも王太子の権力に屈すると思っていたのだろうか?
……こちらの新聞を少しでも読めば俺と王太子がそんな仲ではないことは分かったはずなんだがなぁ……。
「それはいくらなんでも無礼に過ぎるのではないのかね」
ん? んん? リューイの突然の発言に目が丸くなる。
こっちが無礼なの? マジで?? なんで???
「わざわざ足を運んでもらっておいてそれとはね。
……姉君が駄目だと言うのなら代用品を寄越すのが筋なのではないかな? 確か君には妹が―――」
「当然お断りです、検討する余地すらありません。
我が家との縁はきっぱり諦めてください、貴方がたと縁を結びたいとは微塵も思っていませんから」
思わず相手の言葉を遮る、無礼上等、ふざけたことを言われるよりはマシだ。
それと同時に致命的なまでにお互いの価値観がズレていることに気付く。
俺は変人貴族らしいが、そうじゃないこの国の一般的な貴族だったとしても、コイツ相手の会話は相当難しかっただろう。
価値観も常識も何もかもが違いすぎる。
国が違うのだから多少の常識が違うのは当然のことだとは思うが、それにしてもズレが致命的に思える。
こいつだけがそうなのか、それとも大陸貴族全員がそうなのか……。
確かに大陸の方が最先端ではある文化、芸術、科学、宗教、その一流が大陸には揃っている。
その上、こちらの国はかつては大陸勢力にボロ負けしたこともあって、情勢的にこれ以上は戦えないからと『見逃してもらった』という歴史もしっかりと記録されている。
そういったことからこちらを見下すような態度を取るのも分かりはするが、それでもこれは度が過ぎている。
しかしそれすらも彼にとっては……彼らにとっては本物と偽物の違いで説明が出来てしまうのだろうか?
あっちは本物の貴族で、こっちは偽物だから無礼に当たらない。
たとえ本国がとんでもないことになっていて領地を失陥していて、名ばかり貴族ですらない状況だとしても、それでもこちらを見下すくらいでちょうど良いと、そう考えてしまっているのだろうか?
……うぅむ、これは面倒くさい。
正面から叩き潰せば良い話ではあるのだが、ますます関わりたくなくなってきた。
こんなのと法廷闘争したらもっと面倒くさいことになるのは明白で、ここまでの無礼を人前で浴び続ける勇気が俺にはなくて……そこではたと、あることに気付く。
……そうか、別にコイツを俺が処理しなくても良いのか。
表立って動くのではなく、裏からこいつをなんとかしてくれるだろう存在を動かし、ぶつけてやれば良いのか。
表立って動かない分だけまた舐められる可能性もあるが、貴族社会で生きてきたお歴々ならその内容とかで俺の工作だと察してくれるはずで……更に手紙などで根回しをしておけば問題はないだろう。
後は誰に処理させるかだが……それには適任がいる。無礼には無礼をぶつけんだよ! というアレだ。
俺が知る限り最高に無礼なあの男なら最適だ、これ以上の人事案なんて存在しないはずだ。
……後の問題はどうやって無礼をぶつけてやるかだなぁ。
まずはあの男がどこにいるかを探し出して、その間こいつら一家がここに留まってくれるよう画策して……いや、出来るのか? こいつらをコントロール出来るのか? かなーり難しそうだぞ、これ……。
と、そんなことを考えている時だった、既に聞こえてきていたざわつきに混じって誰かが大声で叫んでいる声が、窓から部屋の中に入り込んでくる。
「決闘まーだですかー! たのしませてくれよ~~~!!」
この声は……! と、嬉しくなる。
どうやら件の無礼野郎がこの関所に来ているらしい……これまで散々やらかしてきた関所でのいざこざを受けて、またぞろ俺が何かをすると思って待機していたのだろうなぁ。
今回のことはもう10日前から準備を進めてきていて、そこまで本気で隠蔽していた訳でもないので、どこかからこの関所で何かが起こるかもと情報を仕入れて今日までずっと待っていたんだろうなぁ。
後はどうぶつけてやるか、だが……それに必要そうな発言は先程、リューイがわざわざしてくれていた。
あの発言を流してやればアレが食いついてくることだろう。
アレはアレで独自の正義観で動いていて、未だにその全てを理解しきれてはいないけども、あの発言は確実にその正義観に引っかかるはずだ。
後はただ様子を見守っているだけで解決、ついでに王太子にも一撃食らわせられることにもなる……だろう、多分、きっと、うん、いけるいける。
あの無礼の塊のような存在をコントロールしきれるかという不安は残るけども、逆に考えると俺がコントロールしなくても勝手に暴走してくれるという期待が出来る訳で……悪くない結果になるはずだ。
「決闘見に来たんですよぉー、こっちはー! 勘弁してくださいよー!」
更に大声、俺達が今ここにいると完全に理解した上で、壁にでも張り付いて声を上げているんだろうなぁ。
当然ながら貴賓室の警備はしっかりしている。窓の外は柵で覆われているし、簡単には立ち入れないようになっているし、警備の見回りも行われている。
そのせいで窓には張り付けない、窓からこちらに入ってくることも出来ない、だからこそ大声張り上げてせめてもの抵抗を見せているのだろう。
「失礼、騒がしい連中が現れたようで……静かにさせるよう対応してきますので、少々席を離れます」
そう言って俺が立ち上がると、話の途中だぞとそんな顔を一瞬浮かべたが、あの声が五月蝿くて邪魔ということには賛成なのだろう、何も言わずに態度でもって早く行ってこいと示してくる。
それを受けて俺は貴賓室を出て……隣の控室に向かう。
貴賓室を使う貴族のお付きや騎士が待機するための部屋、今は無人のはずのそこに入ったなら窓に近付き……こちらに物凄い熱視線を向けながらまた何か声を上げてやろうとしている男へと軽く手を振って意識を向けさせる。
それから来い来いと手招きをしてやるとそいつは……とある新聞の記者は、俺が招いたんだから警備に怒られる心配もないだろうと、平気な顔で柵を壊すなり乗り越えるなりし、こちらへと近付いてくる。
俺が知る限り最高に無礼な男、俺がある程度の報道の自由を保証するという発言をしたことを受けて、早速俺の屋敷に入り込もうとしたり、屋敷が出したゴミを漁ろうとしたりした馬鹿野郎。
挙句の果てにどうにかこうにか回収した残飯から、身勝手な妄想を膨らませて記事にしてしまって結構な大騒動になったのが去年のこと。
しかし未だに懲りずに記者魂を燃やし続けているらしい。
(なんですかい、旦那が呼ぶなんて珍しい)
近付いてきて窓に張り付いて、しかし慎重にこちらには入りこまず、自分なりに犯罪にはならないよう気をつけているらしいその男は、ハンチング帽にチェック柄ベスト、ハーフズボンにタイツと、いかにもな新聞記者姿をしていて、手には紙束と鉛筆。
無精髭の細面で、何日もここらにいたせいか頬がこけて目の下に隈が出来ているけども元気ハツラツ、良いネタを仕入れられるかもと子供のようにはしゃいでいる。
(さっきまで俺が話していた……王太子がよこした大陸の貴族がだな、どうやらかなりの変態のようなんだよ。
既に三人子供がいる良い歳したおっさんが、うちの末子との婚姻を望むと言ってきやがったんだ)
嘘と真実をまぜこぜにしたアレな発言だった。何の証拠もない話ではあるが、今の新聞は『貴族の証言』があればそれで良し、それだけで全国規模で記事が飛ぶように売れるのが通例で……その男の目は鬱陶しいくらいに煌めき始める。
(そ、その彼に取材しても良いですか?)
(……あの男に取材するときに限っては、あの貴賓室への入室を許そう。
ただし貴賓室だけだ、外にまで追いかけて行くんじゃないぞ。
……まぁ、プライドの高い男だから逃げたりはしないと思うがな)
その男の発言に俺がそう返すともう男は動かずにはいられないようですぐさま駆け出す。
駆け出し、貴賓室の窓に張り付き、そこからの侵入を試み始め、その直後。
「うぉぉぉ!? なんだぁ、お前ぇぇぇ!?!?」
と、リューイの悲鳴が貴賓室から響いてくるのだった。
お読みいただきありがとうございました。
次回無礼VS無礼




