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概ね善良でそれなりに有能な反逆貴族の日記より  作者: ふーろう/風楼
第六章 芸術の羊飼い

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大陸貴族



「あれはどう見たもんかなぁ」


 いつものように関所の歩廊に立ち、見下ろすのはダルデスパン伯爵一家。


 間違いなく憎むべき敵なのだが……あの有り様はなぁ。


「……王太子ってホントクソだね」


 隣に立つフィリップがそう返してくる。まぁそう言いたくなる気持ちも分かる。


 そんな風に憎むべき敵に同情してしまうのは、彼らの姿が貴族のそれとはかけ離れていたからだ。


 どれもボロボロ……元は良いのかもしれないが、汚れてほつれて、見るも無惨な有り様となっている。


 父親は毛皮のコート、首後ろから足元までファーが伸びているコートで、下にはベストとシャツ、ズボンが見えている。


 ……しかし毛皮はひび割れ、ファーもボサボサ、しかも薄毛オールバック痩せぎすの無精髭ときて、覇気というものがまるでない。


 黒髪黒目で……大陸南部出身といった印象だなぁ。


 母親はドレス……胸元が妙に開いていて、スカート部分が妙に広がっている、かなり古めかしいデザインだ、最近はそれこそ劇場でしか見ないタイプのドレスだなぁ。


 元々は白なんだろうが、もうなんか色々な色が染み込んでしまっている。


 金髪で……目はこちらを見ていないので分からない、恐らくは自分の姿を恥じているのだろう、地面を見てばかりだ。


 息子二人は普通のスーツ……それぞれ10代半ば、悪くない仕立てらしいが、埃と毛羽立ちで悲惨な見た目となっている。


 恐らく長男は父親に似ていて、次男は母親似、そして娘も母親似で母親と似たドレス……プルミアと同じくらいの年齢と思われることを思うと、子供にあのドレスは変な負担があるのではないかと心配になってしまうなぁ。


「戦地から身一つで逃げ出してきた、それはまぁ分かるが、なんだって未だにあの格好なんだ?

 王太子は自分の協力者に手当ても与えてやらなかったのか? 使用人は? 案内人は? まさか鉄道に放り込んでそれで終わりか? 正気の沙汰じゃないな」


 俺がそう言うとフィリップは舌打ちを返してくる、フィリップにしては珍しい態度だ。


 そんなダルデスパン一家は大きな旅行鞄……トランク・スーツケースを持ってきていて、それに腰掛けて体を休めている。


 普通ならば水を持ってくるなり世話をする使用人がいるものだが家族だけで……あんまりな状況を見かねて関所の職員達が世話をしているような状況だ。


「しかし……どうなんだろうなぁ、アレが演技という可能性もあるのがなんとも厄介だ。

 わざとみすぼらしい格好をして同情を引こうとしている可能性もある。

 ……ビフとボガーからの報告はどうなんだ? こちらに来てからもずっとあの有り様だったのか?」


「うーん……いや、報告によるとあれよりはマシな格好だったみたいだね、貴族らしく見える姿ではあったようだよ。

 ただ兄貴達みたいな優雅な旅行って感じでもなかったみたい、宿はカーター子爵が気を利かせて用意してくれたのかかなり良いとこだったみたいだけど、食事も買い物も派手じゃなかったっぽいよ。

 まぁ、ビフもボガーも貴族の買い物ってのをそもそも分かってないから、ちゃんとした評価は出来ていないみたいだね。

 それでー……アレは演技でもあるんだと思う、でも全くの嘘でもないんじゃないかな。

 誰だってああいう状況じゃぁ、同情を引いてでも助かろうとするものだろうし、こっちを騙そうとしてたとしてもおいらは許しちゃうかな」


 俺の問いにフィリップがそう返してきて……まぁ、確かになぁと納得する。


 正直大陸の貴族の状況はよく分かっていない。


 結構前から経済的に荒れ気味らしく爵位の売却なんてのも行われているそうで、名ばかり伯爵どころか侯爵までいると聞く。


 その上で貴族制を否定する革命騒ぎなんてものが起こったら伯爵だからと安泰って訳ではないんだろうなぁ。


 ……ただ普通に逃げ延びて来たってだけなら詐欺だったとしても多少の援助をしてやるんだけどなぁ、よりにもよって王太子なんかと組むんだもんなぁ。


 なんてことを考えていると、関所の事務所に向かっていたライデルが戻ってくる、どこか申し訳なさそうな初老の責任者を連れて。


「ブライト様……職員達は事情を知らずに手を貸してしまったようで、こちらの責任者がお詫びをしたいそうです」


 そしてライデルはそんなことを言ってきて、俺は軽く手を振ってから言葉を返す。


「ああ、良い良い、困窮した者が来たのならああいう対応で問題はない。

 だから詫びる必要はないし処分するつもりもない、安心すると良い。

 ……むしろお前達が世話をしてくれなかったら早々にこっちの心が折れていたかもしれないからな、助かった。

 ……そしてどうせならその状況を利用させてもらおう、世話をしている職員達を通じて彼らの目的なんかを探れるようなら探れ。

 こちらに気付いているはずだが動きを見せてこないのがどうにもな……そのためなら多少の予算を使っても構わない、何か食事でも出してやると良い。

 大陸出身者なら……チーズとハムとワインでも出せば喜んでもらえるんじゃないか?」


 俺のそんな言葉を受けて責任者は恐縮した様子ながらほっと安堵し、それからすぐに役目を果たすために事務所へと駆け戻っていく。


 そして食事などが提供され始めると、それが俺の指示だと察したのだろう、何なら目的まで察したのかもしれない、父親が物凄いドヤ顔をこちらに向けてくる。


「……なんか同情したくなくなってきたな」


 思わずそんな声が漏れるくらいにはドヤ顔だった。


「……やっぱ貴族は貴族だなぁ」


 フィリップもそんな感想を抱いたようだ。


 まぁ、ドヤ顔一つで判断する訳ではないが、このタイミングであの顔は絶対何かヤバいだろと思わせてくれる何かがある。


 ヤバい相手をいつまで放置しておくと、何かヤバいことをしでかす可能性もある訳で……仕方ない、こちらから接触するかと覚悟を決めていると、父親が職員に何やら話しかけ始める。


 それを受けた職員は少し困った様子でこちらを見上げてきて、仕草で中に入れて良いか? と、問いかけてくる。


 早速接触してきたか……入れて良いぞと合図を出し、俺はフィリップとライデルを連れて貴賓室へと足を向ける。


 ほとんど使われない部屋ではあるが、しっかりと清掃されていて、それなりの品質のソファなどの家具、絵画などのインテリアも揃えてある。


 とは言え関所なのでそこまで予算もかけていないし、質素ではある訳だが……と、そんな貴賓室のソファに腰をかけていると、そこにダルデスパン家の父親、当主がやってくる。


 ノックはなし、先触れがない時点でお察しではあったがノックすらしないとはなぁ。


「やぁやぁ、ワタシこそはファドゥ領を治める、人々の父、平和の友、芸術を愛するダルデスパン伯爵リューイだ、そちらと違って本当の伯爵なのだから平伏して崇めたまえ」


 そう言って両手を広げて……みすぼらしい格好なのに態度だけはでけぇ。


 ……さっきまでのあの弱った様は何だったと言うのか、本当に演技だったのか腹が満たされて余裕が出たのか、全く読めないな。


 と、言うか何だ、本当の伯爵って、爵位に真偽なんてあるのか?


 そして何処だファドゥ領、流石に大陸の地理までは把握していないからなぁ……。


「ウィルバートフォース伯爵ブライトです、どうぞよろしくお願いします。

 今日は一体全体何用ですか?」


 そう言ってから仕草で対面のソファに座るように促すと、ダルデスパン伯はうやうやしい態度でソファに腰掛け、大げさな仕草でコートを払い、これまた仰々しい様子で足を組んで胸を反らし、懸命にこちらを見下そうとしてくる。


 ……すげぇな、コイツ、一体どのくらいの高度から見下そうとしているんだろうか。


「ウィンザー王朝王太子から手紙が届いているのでは?

 ならば細かい話は良いでしょう? さっさと君の姉と持参金を寄越したまえ。

 さぞや良い領地を譲ってくれるのだろうね?」


 なんだコイツ、分かってはいたがすげぇ高度だなぁ。


「……何の話か分かりませんね。

 姉上との婚姻を望むという話ならどんなお話であれお断りします。

 我が家としては受ける理由が一切ないので」


「これは面白い冗談だ、こんな辺境の島国で貴族ごっこをしている伯爵が、この本物の伯爵の提案を断るとはね。

 良いかい? 貴族とはすなわち帝国を支える尊い血に連なる者達のことだ、そして帝国とは大陸で生まれ、今も歴史に足跡を残す国々のことを言うのだ。

 帝国の属国でしかなく、何の価値もなく、もののついでに管理されていただけの島国に貴族など存在しないし、君の伯爵位には何の意味もないのだよ」


 ……なんでこういう連中は無駄に喧嘩を売るんだろうなぁ。


 喧嘩を売ってこっちを苛つかせたら勝ちとか、口喧嘩をしたら勝ちとか、そう思っているんだろうか?


 本当に縁なり支援を望んでいると言うのならせめて下手に出てくれないものかなぁ。


 ……さて、ここで喧嘩に応じるべきか、それとも無視すべきか。


 まぁ、適当に煽ってみるか、相手の出方と真意がよく分からないままだからなぁ。


「その意味のない爵位家に今大陸は蹂躙されている訳ですが、そんな国と爵位に一体どれ程の意味があるのかお教えいただければ幸いですね」


 さて、どう出るかと顔を見る。

 

 顔だけでなく足や手を見て感情が現れていないかを読み取ろうとする。


 こういうポーカー的な駆け引きも貴族としては必須のスキルとなってくるんだろうなぁ。


「……なんとも野蛮に過ぎる発言だ、さすが蛮族の夫は違うね」


 声は震えていない、一瞬言葉に詰まったようにも見えたが、それは本当に一瞬のことで判断に迷うレベルだ。


 これが今までの相手だったら全身に動揺が現れているものだが、それが一切見えてこないのは流石と言えるだろう。


 大陸には帝国の構成国たる小国が多く、その分だけ貴族が多く、社交の機会も多い。


 そもそもの経験値も蓄積された技術も何もかもが違うのだろう、流石の貫禄を感じる……が、だったらなんで意味のない挑発をしてくるんだ? それが大陸流なのか?


 お祖父様がいればその辺りの助言をしてもらえるんだが、今お祖父様は何だか知らない用事で忙しいみたいだしなぁ……。


「おかげ様で妻とその一族には良い薫陶を頂いています。

 おかげで我が領が栄えて兄上達への支援を滞りなく行えているのでしょう」


「蛮族の国も島国だったか、島国の連中と言うのはどうやらどこも似ているらしいね」


「そうだったら嬉しいですね。

 そうなるとつまり妻との出会いは神々が似ている良い相手を探してくださったからに違いありません。

 神々からの祝福と思って大切にしたいと思います」


「なるほど、では我々と姉君との出会いも大切にしていただきたいものだがね」


「御冗談を、そもそも姉上がどんな人物なのか知りもしないのでしょう? 知っていればこの件が良い縁などとは言わないはずです。

 それとも大陸ではそういうジョークが流行っているのですか?」


「はははは、これは笑わせてくれる、なんとも楽しいひとときだね」


「それはどうも」


 言葉はアレだが笑顔で柔和、どこか穏やか。


 全然表情と言葉が一致していないと言うか……それとも、もしかして彼にとってはこれが普通、なのだろうか?


 皮肉とかでなく本当に今の流れを楽しいと思っているのだろうか? そうだとすると大陸の文化には馴染めそうにないなぁ。


「ところでブライト君、先程我々に話しかけてきた平民の処分はどう考えているのかね?

 善意で水を持ってきたとのことだったが、平民が貴族に善意などと傲慢にも程がある。

 すぐさま処したまえよ、何なら良い処刑方法を知っているので君もそれをやってみると良い」


 いや、本当に馴染めねぇな、初対面でする会話か? これ??


 ……もしかして本当に大陸ではこれが当たり前なのか? 嘘だろ??


 あー、でもあれか、貴族がこんな態度だから革命騒ぎなんてものが起きていたのか、そら革命されるよ。


 一応はこちらを貴族と見なしていると言うのにこんな態度となると、平民へはどんな酷い態度で接するのか想像すらできない。

 

 父上達の快進撃が続いているのも納得だ、父上も兄上も平民だからとこんな扱いはしない。


 領民を俺のようには扱わないとしても相応に大事にはするはずで、俺が平民なら当然父上達につくことだろう。


 その上無税とまで言われたら……条件が良すぎて怪しく思うかもしれないが、それでもと味方するに違いない。


 ……で、王太子はこいつらを援護するために派兵を決定し、今もこいつらと組んでいる訳か、ろくでもねぇなぁ。


「はははは、御冗談を、彼らは大事な私の領民です。

 貴方ごときを侮辱したからと言って処分などしませんよ、むしろ後で褒美を渡してやるつもりです」


 あれこれと考えた末にそんな言葉を返す。


 こんな変な貴族を相手にするなんて大変だっただろうしなぁ、ボーナスくらいはやらないといけないだろうなぁ。


 この発言は流石に効くものがあったらしい、リューイのこめかみ辺りが痙攣を始める。


 そしてようやく初めて表情というものを……怒りの感情を見せてきて、これでようやくまともに会話が出来ると居住まいを正した俺は、気合を入れ直してからの本番に挑むことにするのだった。



お読みいただきありがとうございました。


次回関所バトル? 本番です

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― 新着の感想 ―
もう少し早ければホルマリン漬けの輪切りにして、36分割で王子への置き土産にできたのに惜しい人体ですね
王太子が色々考えているなら、コレは単純に挑発目的で、コイツの首をストンと落としたらソレを口実に何やかや。 でも、王太子が、随分と足りていないっぽいので。 こんなのでもブライトを懐柔するのに利用可能であ…
初手斬首でもいいぐらいでは?
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