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決着


 砕け散った鎧、声を上げて泣き始めるアラン、ざわめく観衆、どうにか事態を収拾しようとする司教様。


 ……とりあえず俺がすべきことはもうここにはない。


 決着はアランの不名誉敗北、そうなると俺がどうこう言わなくてもアランの末路は決まっていて悪くて自裁か毒殺、良くて廃嫡からの庶民落ち。


 貴族の決闘の邪魔をしたあの騎士……恐らくアランの血縁者の女性も同じ末路が待っていて、それは誰にも……俺にも司教様にも止めることは出来ない。


 ならばとライデルを伴って関所に戻り……関所の職員達に通常業務に戻るよう通達。


 俺も屋敷に戻るための支度をし始める。


 ……と、そこで司祭様が乗っていた馬車が関所内に入ってきて、そのドアから三人の女性が姿を見せる。


 最初に馬車から降りてきたのは母アルマ。


 女性にしては身長が高く170cm近くはありそうで……まぁまぁふくよか。


 年齢相応の貴族の母親らしい濃いめの化粧をした、切れ長青目の女性で……編み込んだくすんだ金髪を巻き上げてお団子を作り、バレッタなどで装飾。


 首まで覆う……ハイネックと言ったら良いのか、そんな青色のドレスの両肩はぶわっと広がっていて、同じく青色スカートは飾りも膨らみもないシンプルなもの、大きな飾りはね付き帽子と杖を手にしていて、俺を見るなり右手をこちらに差し出してきて、なんとも不機嫌な顔をする。


 ……あ、はいはい、エスコートね。


 慌てて駆け寄り手を取って、母上が馬車を降りるのをサポートする。


 次に降りてきたのは姉、17歳のバーバラ……母と同じ色の金髪は特に何もせず後ろでまとめるのみ、ドレスも黒色の肋骨服と呼ばれる……服を真ん中で閉じているような横向きの飾り紐が肋骨のように、いくつも縦に並んでいる服で、スカートも黒色の地味なもの。


 どこか軍服を思わせるその服は……姉上なりの男避けなのかもしれない。


 姉上は他の貴族令嬢と比べてもかなりの美人なのだけども、一切のメイクをしていないためか、落ち着いた印象となっている。


 姉上の手を取ると、俺と良く似た真っ赤な瞳をうるませて……再会を喜んでいるのか、故郷に帰って来られたことを喜んでいるのか、その両方かもしれないが、か細い声で「ありがとう」とだけ言って、馬車を離れる。


 そして最後は妹のプルミア。


 まさかのハンチングハットに乗馬服、手には乗馬鞭、腰のベルトには宝飾剣という姿でご登場。


 まだまだ10歳のお嬢様だと言うのに意気揚々と鼻息荒く、令嬢らしからぬ態度で姿を見せる。


 妹は俺にそっくりだと言われている、髪は太陽を思わせる輝きで、瞳は赤く、勝気を思わせるツリ目で、俺のエスコートも不要だとばかりに自分で馬車を降り……それから目の前にいる俺に視線を寄越して、そこでようやく俺なのだと、そこにいる男が兄なのだと認識したらしい。


「お兄様!!」


 と、そう声を上げて鞭を放り投げて駆けてきて、アメフトのタックルを思わせる突撃を放ってくる。


 胸で受け止めたかったが防具があるのでそうもいかず、どうにか両腕で肩を掴むことで受け止めて……決闘よりダメージを受けたかもしれないと痛む両腕でもってハグをしてやると、プルミアもまたハグを返してくる。


 柔らかさの一切ない力尽く、それだけ再会を喜んでくれているようで、こちらも嬉しくなる。


 そうやっていると咳払いをした母上が、声をかけてくる。


「ブライト、1人でよく家と領地を守り抜きましたね。

 評判は聞いています……それで、領地は今どんな状況なのかしら?」


 どんなと言われても答えに困ってしまうが……まぁ、母上は財政のことが聞きたいのだろうなぁ。


「領内にこれといった問題はなく、治安も衛生状態も改善しています。

 税収は就任以前の3倍になる見込みで……それだけでなく飛空艇運用による直接収入もありますので、我が家の収入としては以前の10倍近くにはなるかと思います。

 ただそれらの収入を得るために飛空艇を100近く運用し、相応の人数の船員や整備員に技術者、護衛の騎士も雇っていますので、支出もそれなりには増えている状況です」


 すると母上はようやく感情の込められた、ソワソワとした表情を見せて……何かを言いたいけど、言えないようなモジモジした態度まで見せてくる。


「多少の贅沢なら構いませんよ。

 ただ、贅沢の仕方には気をつけてください……出来るだけ領内の物を優先して買う、不要になった服などは古着屋に払い下げる。

 贅沢に際限はありませんから、高額な場合は領主である私の判断には従う……これらを守って頂けるのなら、母上達に相応の予算を割くつもりです」


 先んじて俺からそう言うと、母上は少しだけ渋い顔をする。


 贅沢に限度があることは母上も理解しているだろう、領内の物というのも優先しろというだけで、それ以外を買うなとは言っていないので受け入れられるはず。


 そうなると後は払い下げだけで、それを渋っているのだろうが……クローゼットも無限ではないし、着ない服をコレクションしたり、無駄に切り刻まれたりしたら、ただただ無駄が過ぎるので勘弁して欲しい。


 こちらの世界はまだ工業化しきっていない、服一着を仕立てるのにかなりの手間と時間がかけられている。


 それを領の顔とも言える母上が率先して無駄にするのは勘弁して欲しく……俺は頭の中から適切な言葉を探し出し、母上に投げかける。


「週に1、2着であれば買って頂いて構いません。

 そして買った分だけ不要となったものを払い下げてやってください。

 そうやって母上が飽きるまで楽しんだ服を払い下げてやれば、領民達は質が高く美しいそれらを喜んで買い求めることでしょう。

 そうなれば領内全体が華やかとなり賑やかになり、経済が活性化し、大きな流行が出来上がるのです。

 ……母上がその流行を作り上げる、最先端を走るファッションリーダーになるという訳ですね」


 ファッションリーダーという言葉はこの世界にはまだないはずだが、母上ならばその意味を理解してくれるはず。


 実際母上の顔は見たことのない程に紅潮し、目を輝かせていて……自分が好きなように流行を作り出せる、領内に影響を与えられるということをいたく喜んでいるようだ。


「……まだまだ幼くとも貴方は領主なのですから、その通りにいたしましょう。

 ……おかしな店には払い下げませんから、そのつもりで」


 と、弾む声でそう言って、なんとも嬉しそうに微笑み……そんなやり取りを熱視線で見ている姉妹達にも声をかける。


「姉上とプルミアも欲しい物があれば遠慮しないでください。

 ……王都では不便な暮らしを強いられたでしょうから、心が落ち着くまでは自由に暮らしていただきたいと思っていますので。

 メイドの増員などでも問題はないですが、人選はそちらでお願いしますよ」


 すると姉上もプルミアも、母上そっくりの顔となって、同時に声を上げてくる。


「飛空艇投資をしてみたいと思っているのです、だから2、3隻頂けたら思うのですけど」

「猟犬とお馬さん! それと騎士と鎧と、あとあと飛空艇も!!」


 おーう……全くの予想外のリクエストが飛んできた。


 プルミアはまぁ、護衛とか身を守るものを欲しているのは分かる、幼い身で人質になんてものになったのだから当然の反応だろう、だから叶えてやりたいと思うが、姉上もリクエストした飛空艇は……どうだろうなぁ。


 コスト的にはありえない額となるが、好色王太子に迫られるなど嫌な思いを一番したに違いないのは姉上で……それを癒せるのならまぁ、まぁ……うん、仕方ない、のかもしれない。


 プルミアの飛空艇は……まぁ、他の物を用意するうちに忘れるかもしれないから、後回しにしてしまうとしよう。


「……わ、分かりました。

 どちらもすぐに用意出来るものではありませんが、出来るだけ早く用意出来るよう進めさせていただきます」


 俺がそう返すと姉上もプルミアもこれ以上なく喜んで……プルミアはまたも強くハグをしてくる。

 

 硬い防具を挟んでのハグは、お互い痛いだけだと思うのだけど、気にもならないらしく、とんでもない力強さを見せてくる。


 そうやって家族との……久しぶりの交流をし、涙ぐんで鼻をすすっているライデルに肘打ちをしてから、飛空艇のある乗り場へと向かおうとすると……関所の外から赤髪の女性と司教様が駆けてくる。


 その様子から見るに赤髪の女性がこちらに駆け出し、それを司教様が追いかけているということだろう。


 すぐさま兵士達が動き、ライデルが動き、俺も家族を守る形で立って女性を迎撃しようとする。


 ……と、女性は俺の前まで駆けてくるなり、膝をつき、まとめ上げていた髪をほどいて頭を下げる。


 ……なんかの作法だろうか? 女性と積極的に交流してこなかったせいで思い当たることがさっぱりとない。


「タニア様、無礼が過ぎますよ」


 そして追いかけてきた司教様がそう言う。


 ……これ無礼なの? なんだ、またナメられているの? 俺??


 そういうことならもう排除するしかないかとライデルに視線をやろうとした時だった、タニアと呼ばれた女性が声を上げる。


「ウィルバートフォース伯、無礼を承知でお願いいたします。

 どうかアランだけは……弟だけは見逃してやってはくれませんか!!」


 ……はぁ?


 あんなことされちゃぁ、俺が見逃した所でもうどうにもなりませんけど? というか状況に致命的なまでにトドメを刺したの貴女ですよ? 貴女が余計なことしたせいで落着出来なくなったんですけど??


 そして貴女を窘めているのは司教様ですよ? 立会人をしてくださった司祭様ですよ??


 これ以上司祭様の立場を悪くするようなことをしたら、一族破門もあり得るって分かってます??


「アランを見逃してくれたら……この体を好きにして良いから、頼む!」


 い、いらねぇ~~……。


 そこまで下半身で生きていないし、どれだけ美人で好みの女性だったとしてもリスクと全然釣り合っていないし、話にならねぇ~~……。


 その上常識知らずの馬鹿女って、どんな罰ゲームだよ、おい。


 あまりにもバカバカしい提案過ぎて、どう返事したら良いのかも分からずに司祭様に視線を送る。


 もうこれ貴女の案件ですよ、なんとかしてくださいよ、俺は嫌ですよ、こんなのに関わるの。


 そう視線で訴えかけると司祭様は一瞬だけどもため息を吐き出すような仕草を見せてから、女性の肩に手に置いて小声で何かを語りかけ始める。


 瞬間、俺は結果を待たずに移動を開始する。


 ライデルに視線で指示を出し、姉上とプルミアにも仕草で指示を出し、とっとと屋敷に戻ろうと促す。


 馬車の中には母上達の荷物とか、使用人とかが残っているのだろうけど、もうそれどころじゃない。


 それらは後で屋敷に送ってもらうことにして、とにかく今はこの場から逃げなければ。


 母上もそんな俺の意図を理解してくれて、姉上もプルミアもタニアにドン引きしているのか、顔色を悪くしながらも素直に従ってくれて、階段を登って飛空艇内部へと足早に進んでくれる。


 そうして飛空艇の貴賓室に向かい、ドアを締めて逃げ切れたとため息を吐き出すと……同情的な視線を向ける母上が声をかけてくる。


「貴方、さっさと婚約者を見つけないと、もっとおかしな女が現れるわよ。

 ……だってそうでしょ? 賢くて可愛らしくて、幼いのに領主の仕事までこなしてたくさん稼いで……それでいて優しいなんて良いカモじゃないの。

 さっきの女も、わたくし達へ優しくしたのを聞きつけて縋って来たに違いないわよ。

 ……旦那様はまだ戦地なのよね? ああもうじゃぁわたくしが見つけるしかないかしら……誰か良い人はいないの?」


「あー……婚約者につきましては、今お祖父様が選んでくださっていまして……」


 と、俺が返すと母上は目を丸くし、声を張り上げる。


「駄目よ、貴方! お父様に任せたりしたら、どんな悪夢のような光景が待っていることか!

 目も心も死んだ裸の女が―――」


「ちょ、ちょ、ちょーーっと待ってください!」


 と、かなりヤバそうなことを言い出した所で俺はすぐさま声を上げ……お祖父様にどうお願いしたかを説明する。


 いや、本当に今、何を言おうとしました?? 幼い妹の前だってこと忘れていません??


 と、そんなことを考えながらの説明を受けて、母上は落ち着き安堵してくれたらしく、落ち着いた声を上げてくる。


「そういうことであれば安心ではありますね……。

 そしてお父様にそこまでのことを言えるようになっただなんて、本当に成長したようで嬉しく思います。

 ……でも、それでもお父様が選ぶというのは、なんとも不安が残りますねぇ……。

 落ち着いたらわたくしの方でも探してみますから、焦ってお父様の言いなりにならないよう、気を付けてください。

 ……バーバラ、貴女も友人に良い人がいないか心当たりを探しておあげなさいな」


 母上がそう言うと姉上は悩み始め……そしてプルミアは、自分には関係のない話が始まったと、窓の方へと駆けていき、窓に張り付いて外の光景を眺め始める。


 貴族令嬢としては如何なものかと思う行動だったが……まだまだ10歳、いちいち咎めることでもないかと考えた俺は、何も言わずにソファに腰掛け……ようやくの家族との再会だったのに無駄に疲れてしまったなぁと、大きなため息を吐き出すのだった。


お読みいただきありがとうございました。


次回は母達との会話やら何やらの予定です

アランその他のハッキリした処遇はもうちょっと先になります



皆様の応援のおかげで日々評価が伸びていまして、ランキングにも食い込めております

改めまして本当にありがとうございます!


これからも一層励まさせていただきますので、引き続きの応援をよろしくお願いいたします



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なんともヒャッハーな世界・・・
王太子様なにやってんの?ちゃんとクソジジイから殺さなきゃ? しかしアレだなあ。そりゃ貴族の女性を家畜みたいに扱う鬼畜の孫なら、そりゃ多少善政しても信用出来ないですよね~。 決闘相手や姉の敗因は鬼畜の係…
実際、独断で差し出せてなおかつ価値があり得るモノって自分の身体くらいしかないていうのは推測できはするが。 まず自裁もあり得る失態の弟アランの身柄と自分の身体が、釣り合うとまではいかなくとも天秤に載ると…
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