【短編版】成金の悪役令嬢は負けません!~無実の罪で婚約破棄&逮捕されたけど、最強の騎士と一緒に冤罪を晴らします!~
「プロメ・ナルテックス!! 成り上がりの炭鉱女との婚約なんか破棄してやる!」
私――プロメは、婚約者のルイス公爵から婚約破棄をされてしまいました。
しかも、私達が通うフォティオン学園の立食パーティ中に! 大勢の人がいるのに!
出席者全員、パーティで出された揚げ物料理を取る手が止まり、困惑した顔で私達を見ているのです!
こんな横暴、いくらルイス公爵が裁判官も務める傑物で、エメラルドの瞳をした金髪の貴公子とか呼ばれていても許されないでしょう!
しかも、パーティと言うこともあり、全員学園の制服ではなくドレスやタキシードを着ています。
そんな公の場でこんな騒ぎを起こすなんて、一体何考えてるんですかね!?
「ルイス様! 気は確かですか!? こんな人前で婚約破棄なんてしたら、私だけじゃなく貴方も無事じゃ済まないでしょう!?」
「ええいうるさい!! このちんちくりんの成り上がりの炭鉱女が!!」
成り上がりの炭鉱女――これは学園内での私のあだ名でした。
私の実家は平民階級ですが、莫大な炭鉱を所有しており鉄工事業の大商会を運営しております。
その名も、ナルテックス鉄工。
そんなナルテックス鉄工はルイスのような貴族達にとって、炭鉱臭い成り上がりの集まりでしかありません。
私はこの王立学園で、貴族の令嬢達からは『炭鉱臭い成り上がり』と虐められていました。
一方、貴族の令息から愛を囁かれることはありましたが、それは全部金目当て。
影では『金しか価値の無い性格終わってる貧相なブス』と笑われていたのです。
実家では『ポメラ地方に生息する小型犬のポメラニアンみたいでアレで可愛いね』とか『桃色の瞳と金髪がアレで可愛いね』と優しいことを言われてました。
けれど、王立学園という広い世界に行けば、私など金以外に価値の無い成り上がりの炭鉱女でしかありませんでした。
井の中の蛙⋯⋯いや、犬小屋のポメラニアンです。
⋯⋯これでも、子供の頃は一緒に遊んでた男の子から『ポメラニアンのお姫様みたいで可愛い』って言われたんですけどね。一回だけ。
なんて、へこたれてる場合ではありません!
「そもそも、私達の婚約は貴方のお父様がお決めになったことでしょう!? うちの莫大な財産と労働者階級の支持目当てのね!!」
「ああ。だが父はもう死んだ! だから貴様との婚約なんか破棄してやる!!!」
確かに、私とルイスの婚約を決めた彼のお父様は、一週間前に息を引き取りました。
だからって、そのすぐ後に破棄というのは、あまりにも我儘なのではと思います。
もしこれが恋愛小説なら、ここで王子様が駆け付けて助けてくれるのでしょう。
ですが、これは現実。
成り上がりの炭鉱女なんか、誰も助けちゃくれません。
やはり、信頼できるものは金だけです。
「婚約破棄するなら慰謝料も当然頂きますよ!! その場合の贈与税は貴方持ちですからね! 慰謝料も高額になると税金取られるんですよ! 知ってますか!?」
「うるさい! 醜い金の亡者が!!」
「金の亡者で何が悪い!! 金持ちの何が悪い!! そもそも貴方は裁判官でしょう!? 裁判官は公務員! 貴方の給料は私が払った税金です! しかも高額納税者ですよこっちは!!!」
私の金臭い正論に、ルイスは黙ってしまいます。
『やったか!?』と心の中で呟きました。
――すると。
まるで私の『やったか!?』に反応したかのタイミングで、あの女が現れました。
「高額納税者……。つまり高額な税金を払えるほど稼げているのは、誰が法の番人としてこの国の秩序を保っているからだとお思いですの? …………あら、ごめんなさい。成り上がりの炭鉱育ちのプロメ様には難しいお話だったかしら」
その女の名は、パンドラ。
艷やかな銀髪と紫の瞳を持つ美女で、しかも伯爵家の令嬢です。
誰に対しても親切で優しく、学園のヒロインと呼ばれ愛されている女性でした。
そんなパンドラとルイスの仲睦まじさは有名で、婚約者である私を差し置き学園のベストカップルと呼ばれるほどだったのです。
まあ正直、私にとってルイスとの婚約など、公爵家の妻と言う立場を金で買う行為でしたから、特に気にもしませんでした。
だって、私が公爵の妻になれば、ナルテックス鉄工のためになりますから。
私の肩には、ナルテックス鉄工で働くたくさんの鉱夫とその家族達の生活がかかっているのです!
ナルテックス鉄工を興した初代会長の父が、数年前に病で他界したその時に、私は誓いました。
母も既に亡くなっている以上、私が何としてでもナルテックス鉄工で働く従業員を護らねば、と。
私には金しかありません。
でも、金で買えないものはありません。
だったら、金でナルテックス鉄工を護る力――爵位を買えば良い。そう思っていました。
王立学園に入学したのも、勉強したり人脈を作ったりして、ナルテックス鉄工を護る力を得るためです。
だから、ルイスのお父様から結婚の話を持ちかけられた時は、一も二も無く飛び付きました。
ルイスからは『これは政略結婚。お前を愛することはない』と言われましたが、そんなん私もです。
ですが!! しかし!!
ルイスを抜きに、私はパンドラと言う女が大嫌いでした!!
だって、学園のヒロインと呼ばれるアイツが主犯の令嬢グループに、私は長年嫌がらせをされてましたから!!
噴水に落とされたり、足を引っ掛けられたり、聞こえるように悪口を言われたり……と、ギリギリ犯罪にならないレベルの嫌がらせされてきたのです。
ですが、そんなことをルイスは知りません。
彼は惚けた顔でパンドラを抱き寄せると
「この炭鉱女!!! パンドラから全て聞いたぞ!! お前は罪無き令嬢の頭を抑えつけ噴水に沈めたり、お茶会中のパンドラの頭に紅茶をぶっかけたりしたそうじゃないか!! なんて品性下劣な悪役令嬢なんだ貴様は!!! 裁判官として貴様をここで断罪してやる!」
と私に指を差しやがります。
「仮にも裁判官とあろうものが片一方の意見を鵜呑みにするのですか!? そもそも、最初に私を噴水に突き落としたのはパンドラ達です!! お茶会で紅茶ぶっかけたのも、私の悪口を聞こえるように話すから!! 双方の意見を聞いて公平な判決を下すのが貴方の仕事でしょうが!」
私が吠えると、パンドラは嘘くさい涙を零しながら弱々しい声で話し始めやがります。
「きゃあっ怖い! ルイス様、助けくださいませ……っ! だって、わたくしがプロメ様に嫌がらせをした証拠なんて、どこにもありませんわっ!」
「大丈夫だよパンドラ! 安心して! こんな悪役令嬢なんか今すぐ断罪してみせるさ!」
ルイスがふざけたことを抜かした、その時です。
パーティに参加中の同級生が、窓を指差し叫びました。
「か、火事だぁぁああっ!!」
確かに、窓の向こうには火が広がっているじゃありませんか!
パーティ会場は騒然となります。
卒業生達も突然の事に驚愕しており、それはルイスとパンドラも同じでした。
早く消防隊を呼ばなければと思う私へ、パンドラがまさかのことを言いました。
「この火事の犯人はプロメ様ではありませんの!?」
「は?」
パンドラが目に涙を浮かべ、ルイスに縋りつきました。
「だって貴女は成り上がりの炭鉱女! 坑道を広げる爆薬を用意出来るのですから、火薬も入手し放題じゃありませんか!」
「はあ!? 何言ってんですか貴女!?」
パンドラの言い分は無茶苦茶です。
でも、そんなパンドラに骨抜きにされたルイスは、もっと無茶苦茶でした。
「パンドラの言う通りだ! それにお前の動機もある! お前は私とパンドラの仲を妬んでいた。いつパンドラへの加害が露見し、婚約破棄されるかと恐怖していた。だから会場の外に火薬を仕掛け、金の力で貴方を鉱夫達を操りこんな恐ろしいことを起こしたのだ!」
「そんな馬鹿な! それが法律家のやることですか!? 私はやってません! 皆さん信じてください! 金なら払いますから! 好きなだけあげますから!! 金ならあるんだ!!!」
私はパーティ会場にいる人々へ懐から出した金をチラつかせますが、全員『こいつならやりかねない』と言う顔で私を見ています。
嘘。嘘だ。こんな馬鹿みたいな話で逮捕されてたまるか!
ですが、駆け付けた騎士達に私は取り押さえられてしまいました。
「そんな……! ふざけるな騎士共!! 税金で飯食ってるくせに!! 高額納税者ですよ私は!! これが国家権力のやることか!! こんなの冤罪だぁぁああ!!!」
◇◇◇
「まさか⋯⋯私のせいで炭鉱夫のおっちゃん達が全員パクられた挙げ句、ナルテックス鉄工が公爵家に差し押さえされるなんて⋯⋯。私だけならどうでも良いけど、従業員に手を出されたら⋯⋯」
私は石造りの豚箱の中で膝を抱えました。
放火魔の冤罪をかけられ騎士達に逮捕された私は、彼らの基地である砦の豚箱にぶち込まれたのです。
取調べ中、騎士はルイスのガバガバな推理を鵜呑みにし、私へ怒鳴り散らしたり机を蹴ったりするなど脅すような行為をして、無理無理自白させようとしました。
でも、私は荒っぽい鉱夫のおっちゃん達の怒号が飛び交う炭鉱町出身なので、騎士に怒鳴られたくらいじゃ『ああん?』と言う感じでクソほどにも思いません。
しかし、従業員も私のせいで逮捕されたとあっては、話は違います。
「私は、間違っていたんでしょうね。⋯⋯金さえあれば何でも出来るって、そんな悪役令嬢みたいなこと考えてたからナルテックス鉄工の皆に⋯⋯迷惑をかけてしまった」
いくら相手がルイスとは言え、金の力で相手を買うような真似をした罰が当たったのでしょう。
人はものじゃありません。だけど、私はルイスを爵位引換券のように思っていました。
そりゃ、ルイスも私を金と労働者階級の支持率引換券程度にしか思って無いでしょうけど、私にも反省すべき点はあります。
私は間違っていた。
膝を抱えながらそう思い知らされた、その時。
「こんなの間違ってるだろ!? またルイスが絡んだ事件で冤罪が起きようとしてるってのに! 国民からの情報開示請求も棄却しまくった挙句、今度はろくな捜査もせずにプロメ・ナルテックスを豚箱にぶち込むなんて、そんなの騎士のやることか!?」
鉄格子の向こうから、男性の怒鳴り声が聞こえました。何やら揉めているようです。
それにしても、低くて少し鼻にかかった艶っぽい声です。良い声してますねえ。
「俺はこの件を捜査する! ルイスの尻尾を掴んで、冤罪を晴らしてみせる! 減給が怖くて騎士が出来るか!!」
「まあまあ落ち着けって。お前には子供の頃から好きな女性がいるんだろう? その女性近に付きたいから騎士になったのに、減給どころかクビになるぞ!」
「それでも構わない。それに、元々未分不相応な恋だったんだ。相手も迷惑だろ、こんなん」
どうやら、良い声をしている男性は子供の頃から好きな女性がいたようです。
その女性に近付きたいから騎士になったということは、男性の身分は平民なのでしょうかね? 私と同じですね、とか考える私の元へ、走ってくる足音が聞こえます。
そして、その足音は私の前で止まりました。
膝を抱えたままの私がゆっくりと顔を上げると、そこにいたのは。
「プロメ⋯⋯さん。俺はシドウ・ハーキュリーズです。俺は、貴女を牢屋から出すため、やって来ました」
真っ黒な騎士の制服が似合う、炎のような赤い髪と瞳が眩しい強面な美青年が、私に跪くように片膝を付いてました。
荒々しい雰囲気なのに目元の泣きぼくろが妙に色っぽい男性は、凛々しいのにどこか儚げと言う不思議な矛盾があって、目が離せない魅力があります。
「シドウ⋯⋯様、ですか。あの、それは一体どういう」
「ゆっくりと説明している暇はありませんので、端的に申し上げます。⋯⋯貴女は三日後、ルイス裁判官によって放火の罪で裁かれてしまいます。だから、その間に貴女が冤罪である証拠を見つけなければなりません」
「⋯⋯そんな、無茶苦茶な」
「ええ。無茶苦茶なんです。ルイス公爵はいつも無茶苦茶な裁判をして、たくさんの冤罪を作ってきました。⋯⋯そして、その冤罪で得をしたのは、全員公爵家と仲が良い王族や貴族達です」
「つまり、ルイスは法の番人と言う立場を利用して、好き勝手にしてたってことですか?」
「はい、その通り」
そんな、まさか。
ルイスはお世辞にも良い人とは言えなかったけど、そこまでの畜生だったとは。
だから、ルイスの実家である公爵家は、労働者階級からの支持が無かったんですね。
「騎士は皆、ルイスの実家である公爵家に逆らえませんでした。逆らった人達は全員クビになったり、逆に冤罪で投獄されたりしてしまって。⋯⋯俺もルイスに逆らい続けた結果、今は出世街道から外れて資料室送りになってます。この騎士団には、公爵家相手に真っ向から戦える貴族はいませんでした」
シドウ様の言う通り、この国で騎士になる方々の身分は、良くて男爵家の次男と言った具合で、大体は一般市民で構成されています。
そんな方々が、裁判官であるルイス公爵に逆らったらどうなるか。
想像するまでもありません。
「それじゃ、シドウ様が私を救おうとしているのは、とんでもなく危険なことなのでは⋯⋯」
「それは貴女の気にすることではありません。俺はただ、ルイス公爵を倒したいだけ」
シドウ様はとても心優しく正義感が強いのでしょう。
しかも、カッコよくて、声も良いんです。
この人なら、好きな女性の家柄が貴族だろうと王族だろうと、恋を叶えられるんじゃないかなと思いました。
「ありがとうございます、シドウ様。⋯⋯でも、例え私の冤罪を晴らしても、今度は貴方の身が危ないですよね」
相手は裁判官を排出する公爵家。
そんな相手に歯向かって、私を助けた後シドウ様はどうなるんでしょう。
シドウ様は絶望的な状況下の中、唯一私を救おうとしてくれる命の恩人です。
彼の安全は絶対に護りたい。
でも。
「金の力で貴方をお護り出来れば良いのですが、公務員に金を渡すのは贈賄罪ですし⋯⋯」
「⋯⋯そういうとこ、変わってねェなあ」
「え? あの今なんて」
「いえ、すみません。独り言です。お気になさらず」
シドウ様はそう言って、切なげに笑います。
騎士というより裏社会の若頭といったダークヒーロー的強面なのに、どこか儚げでヒロインみたいな雰囲気もある人ですね。
⋯⋯ヒロイン。
そうだ!
ロマンス小説のヒロインは、いつも金持ちの美男子貴族と結婚し、何もしなくても溺愛され幸せになるのが鉄板です!
それなら!
「良いこと思い付きました! シドウ様、私と書類上の結婚をしませんか? そうすればシドウ様に金を渡しても贈賄罪にはなりませんし、ナルテックス鉄工の力で貴方をお護りすることが可能です!」
「は? 何言ってんだプロメお前ェ⋯⋯ってああっ!! すみません、下町生まれなもんで、口調が乱れて呼び捨てなんか」
「良いです良いです! 乱れちゃって良いですから! 貴方は私の命の恩人ですし、それに下町生まれなら敬語よりべらんめえな言葉の方が話しやすいでしょう? 私もシドウさんって呼びますから! あいこです!」
下町生まれのべらんめえな感じで『プロメ』って呼ばれるのは、なんか下町の人情を感じて良いですね!
「それにシドウさん! 貴方のちょっと鼻にかかった低く艶っぽい声で名前を呼ばれるなんて、寧ろ金を払いたいくらいです! ありがとうシドウさん!」
「あ、ああ⋯⋯うん、気ィ使ってくれて、ありがとう」
シドウさんは頬を赤くし私から目を逸らします。
その顔が、何だか漫画に出てくるツンデレヒロインみたいで笑ってしまいました。
「シドウさん、協力してルイスの野郎をぶっ倒しましょう!! アイツを逆に豚箱に送りにして、問題を全て片付けて貴方の安全が保証されたら、ちゃんと離婚しますからご心配無く!!」
「⋯⋯いや、それはしなくて良いけど」
「いえいえお気遣い無く! だってさっき小耳に挟んじゃって申し訳ないんですけど、シドウさんはお好きな相手がいるんでしょう? しかも、身分が高いお方と聞きました! でも、成金の悪役令嬢と結婚して自分の身を犠牲にしてでも巨悪と戦ったって分れば、相手の女性もメロメロになること間違い無しです!」
「犠牲ってそんな、悲しいこと言うなよ⋯⋯」
シドウさんは凛々しい眉を寄せて悲しそうな顔をします。お優しい方ですね。
そんな人が、ルイスなんぞに負けて騎士をクビになるなんて間違っている。
「シドウさん、ありがとうございます。それじゃ、私の冤罪を晴らし、ルイスの野郎を血祭りにあげてやりましょう!!! ⋯⋯もし駄目だったら、金の力で凄腕の殺し屋を雇ってルイスを殺しましょう」
「プロメ、俺ァ騎士だ。公僕だぞ。⋯⋯殺し屋の下りは聞かなかったことにするからな」
私達は言葉を交わしたあと、鉄格子の隙間から握手をしました。
シドウさんの手は大きくて分厚く、頼もしい手です。
こんな素敵な人に想われてるなんて、相手の女性は幸せだなあと思いながら、手を引こうとしたら。
あれ? シドウさんは私の手を握ったまま、切なげで縋るような目で私を見てきます。
「プロメ⋯⋯あの、俺のこと、覚えてないか?」
「はい? どこかでお会いしましたかね? ナルテックス鉄工はちゃんと税金払ってるから、騎士様のお世話になるようなことはありませんし⋯⋯。貴族の結婚相手を探す婚活パーティには金の力で出てますけど、そこでお会いした感じですかね?」
「⋯⋯貴族の婚活パーティ⋯⋯か。そっか。ごめん、なんでもない。⋯⋯忘れてくれ」
シドウさんは悲しそうに笑うと、私の手をゆっくりと離しました。
その悲しそうな笑顔は、まるで子供の頃に絵本で見た人魚姫に似ています。
彼女が泡になって消える前の、あの切ない笑顔を思い出しました。
◇◇◇
翌日。
私はシドウさんと二人で、王立学園の捜査を行ったのです。
ですが、火災現場はヤケクソに焼け焦げており、どうにもなりません。
「何もありませんねえ。火災現場はゴミ捨て場でしたから、なんか手掛かりでも落ちてないかと思ったんですけど」
私はへこたれながら、
「やっぱり殺し屋を雇ってルイスを殺しましょう。もう殺すしかなくなっちゃいました。でも良いですよね? パンドラと二人一緒に殺してあげるから」
と成金の悪役令嬢に相応しい最終手段を口にします。
すると、シドウさんは
「そんな、裏社会の主人公が龍が如く暴れまわる漫画の名台詞みたいなこと言うなよ⋯⋯」
と呆れた顔でツッコミをくれました。
私達はそんな漫才的会話をしたあと、ヤケクソみたいな火災現場から離れ、当時の状況を知ってそうな人に話を聞いて回りました⋯⋯が、何の成果も得られません。
中庭のベンチに座り、私は凄腕の殺し屋を雇ってルイスとパンドラをぶっ殺す作戦を考える一方、シドウさんは
「状況の整理をしようか」
と冷静なことを言ってくれました。
「プロメは確か、ルイスの命令を受けた騎士に逮捕されたんだよな?」
「はい。でも、そうなったきっかけは、パンドラに突然起こった火事の犯人呼ばわりされたからなんですよね」
「そっか⋯⋯。そんじゃ、普通に考えたら、パンドラが火事を仕組んでプロメを陥れたって感じになるけど⋯⋯その時の二人の様子はどうだった?」
「そうですねえ⋯⋯二人とも、他の参加者と同じように突然起こった火事に驚愕してましたよ」
私がそう答えると、シドウさんは目を丸くしました。
「他の参加者と⋯⋯同じ? というか、参加者って、パーティ中だったとは聞いてるけど。具体的にどんなパーティだったんだ?」
「はい。えっと、立食形式のパーティでした。交流会みたいな感じです。そこでは唐揚げとかフライみたいな揚げ物がたくさん出て、火災が無けりゃ好き放題食い尽くせたんですけどねえ」
「⋯⋯唐揚げとか、揚げ物⋯⋯か」
シドウさんは唐揚げや揚げ物に引っ掛かっているようです。お好きなんですかね? 男性はそう言った料理が好きって言いますからね。
「お好きなんですか?」
「うん。⋯⋯ぇ、え!? あの、どういう」
「いや、揚げモンとか唐揚げとか、お好きですか?」
「あ、ああ。そっちか。⋯⋯ま、まあ、嫌いじゃ無ェけど」
急に声をかけられたせいですかね。シドウさんは慌てています。
頬どころか耳まで真っ赤にして慌てる姿は、本当にツンデレな美少女キャラみたいでした。
そんな姿に思わず笑ってしまうと、シドウさんは
「やっと笑ってくれたな」
と目を細めました。
◇◇◇
捜査三日目。
その日は王立学園の入学式でした。
私とシドウさんは、新入生を歓迎する吹奏楽団の演奏を遠くに聞きながらヤケクソみたいな火災現場を捜査していました。
すると、シドウさんが
「そう言えば、この演奏ってどこでやってるんだろうな」
と呟きました。
「ああ、入学パーティの会場ですよ。この学園、今日は入学式でしょ? そこで立食形式の交流会があるんです。入学生全員伯爵家以上の貴族や王族ばかりですから」
「そっか。⋯⋯そんなパーティに、プロメも出てたのか」
「はい。ナルテックス鉄工を護るためにも、貴族や王族と結婚しようとしてましたからね」
焼け焦げた火災現場を捜査しながら答えると、シドウさんは
「⋯⋯⋯⋯そっか」
とボソリと呟きます。
「まあ、結局は豚箱行きになっちゃいましたけど。ほんとに悪役令嬢みたいになっちゃった」
「悪役令嬢? ああ、最近女性向けの小説や漫画で流行ってるアレか」
「はい。悪役令嬢ってみんな性格悪くて金さえあれば何をしても良いって思ってる見栄っ張りじゃないですか。それで、ヒロインの恋人を奪おうとして自滅するのがお約束っていう」
物語に出て来る悪役令嬢は、金にがめつく強欲で、ブランド品ばかりを身に着けた品性下劣な人として描かれます。
「でも、そんな彼女達を嫌いになれないんですよね。私も似たようなもんだから」
「⋯⋯プロメ」
シドウさんは捜査をする手を止めて、私の隣に来てくれました。
本当にお優しい方ですね。
「シドウさん、知ってますか? 高いブランド品を持つと、自分も偉くなったみたいで自信が付くんですよ。箔が付くっていうんですかね? 要は、金で身分を買うみたいなもんです」
王立学園に入学して、成り上がりの炭鉱女と呼ばれて虐められる一方、私を助けようとしてくれた優しい令嬢達もいました。
そんな令嬢達は誰一人ブランド品なんか身に着けていません。
それでも、内側から滲み出る気品というのでしょうか。心の豊かさと美しさが溢れ出ていたのです。
成り上がりの自分を飾るため、高いブランド品を見せびらかすように着飾っていた自分が惨めで仕方ありませんでした。
だから、そんな彼女達にお礼は言いましたが、それ以外の場面では恐れ多くて話しかけることが出来なかったのです。
「⋯⋯まあ、シドウさんみたいな強い心を持つ人には、ブランド品なんて必要ありません。それに、貴方は心だけじゃなく見た目もすごくカッコいいから。おまけに声も良い」
「⋯⋯ぁ、ありがとう」
シドウさんは紅潮した頬に汗を垂らし、恥ずかしそうに目を逸らします。
鋭い目つきが潤んでいて、何だか艶っぽいですね。
「だから、シドウさんなら大丈夫。貴方ならきっと、素晴らしい人と結ばれますよ。安心して」
「⋯⋯そっか。⋯⋯そう、だな」
ありゃりゃ、今度は落ち込んでしまわれたようです。
⋯⋯今思えば、高い身分の女性に恋するシドウさんに『素晴らしい人と結ばれますよ』なんて、失礼でしたね。
こういう時に気が利く一言でも言えれば良いのに、何も思い付かないのは、やはり私が成金の悪役令嬢だからでしょ⋯⋯⋯⋯あ。
良いこと思い付きました!
「シドウさん! 私の冤罪を晴らしてルイスとパンドラをざまぁ出来たら、私、貴方の恋路の当て馬になりますよ!」
「え? 今なんて?」
「そうですそうです! 悪役令嬢と言えばヒロインとヒーローがくっつく為の当て馬!! 私、成金の悪役令嬢と言うあだ名に相応しい当て馬をやって、シドウさんの恋路を応援してみせますから!」
「⋯⋯俺の恋路、応援しちゃうのかよ」
「はい! シドウさんは人として尊敬出来るお方ですし、私にとって大事なお兄ちゃんみたいな人ですから! 貴方の幸せをお祈りしております!」
「フラれるときの常套句じゃねえか」
シドウさんはため息を付いて、「まあ、最初から分かってたけど」と寂しそうに目を伏せます。
そのお姿を見て、胸が苦しくなった⋯⋯その瞬間!
「火事だぁぁああっ!」
と、叫び声がしたではありませんか!
私とシドウさんはその叫び声がした方へ走ると、そこには。
「⋯⋯またゴミ捨て場が、燃えてる? なんで、そんな」
目の前の火災に怯んでいる私とは真逆に、シドウさんは
「みなさん、危険なので下がってください! すぐに消防隊を呼んで! 俺は騎士です。安心してください!」
と周囲の人に呼びかけています。さすがですね。
そして、駆け付けた消防隊に消火され、現場は落ち着きを取り戻しました。
幸い、消火が早かったため現場には色々と残っています。
私とシドウさんは火事の原因を特定するため現場を捜査し、『出火原因』を特定したのです!
「⋯⋯シドウさん、火事の原因が『これ』だったなんて⋯⋯そんなの」
「まあ、ミステリ小説だったら非難轟々だろうけど、現実なんか、こんなもんだろうなあ⋯⋯」
シドウさんの言う通り、火事の原因は『こんなもん』だったのでした。
◇◇◇
ついに裁判当日です。
私とシドウさんは裁判所に出廷しましたが、ルイスの実家である公爵家の妨害によって、弁護士は見つかりませんでした。
でも、私達は火事の原因となる『証拠』を掴みましたから、冤罪の立証は私がやるのみです。
私達は弁護席に着き、足元に『火災の真実を示す証拠』を置きました。
傍聴人達は全員殺気のこもった目で私を見ており、『放火魔はお前だ』と言わんばかりです。
一方、ルイスは一際高い位置にある裁判官席に座り、高みの見物をしていました。
検事側にはルイスに媚びを売るようにペコペコとお辞儀をする男性騎士――しかも、私を取り調べる際に殴ったり机を蹴ったりしたオッサンがいます。きっと、あのオッサンは何が何でも私を有罪にして、ルイスに媚を売りたいのでしょう。
そんなルイスは、
「これより、プロメ・ナルテックスの裁判を開始する! 検事側、罪状を述べよ!」
と声を張り上げ、木槌を叩きます。
検事側のオッサンは、ルイスが言った通りに『ルイスとパンドラの仲を妬んだ私が嫉妬によって起こした火災である』と主張しました。
その主張が終わった後、ルイスは
「以上である。プロメ・ナルテックスの罪は極めて身勝手で悪質であり、極めて遺憾である」
と述べた、その時!
「異議ありッ!!!」
私はルイスに向かって人差し指を突き付け、一喝!
「弁護側は、この火災の真相を解明することが出来ます! 諸悪の根源は⋯⋯これだ!! くらえ!!」
私とシドウさんは、弁護席に『揚げ物のカス』が大量に入った袋を乗せました。
検事側の騎士のオッサンは「は?」と言葉を失い、ルイスも眉間にシワを寄せて
「気は確かなのか?」
と言いました。そりゃそうですね。
でも、これが真相なのだから仕方ありません。
「火災の真相は実にバカバカしくカッスいものでした。――それは、『揚げカスの自然発火』だったのです」
私は言葉を続けます。
「私が放火魔とパクられた日、学園では立食パーティーがありました。そこでは、大量の揚げもの料理が並んでいたのです。⋯⋯大量の揚げ物料理が出るということは、当然『揚げカスも大量に出る』と言うこと。⋯⋯それが充分に冷やされずたくさん溜まってしまうと、中に残った熱が発火した挙げ句、揚げ物の油で勢い良く燃えがあると言うとんでもない事が起きるんですよ」
私は金の力で試した『大量の揚げカスによる自然発火の実験』の研究結果を記した書類を提出しました。
「実際、私がパクられた数日後に開催された入学生を歓迎する立食パーティの日でも、ゴミ捨て場で火事が発生しましてね? ⋯⋯出火原因は、揚げカスでした」
シドウさんと二人して唖然としたのを思い出します。
ミステリ小説ならもっと複雑なトリックがあったでしょう。
でも、現実なんてこんなもんでした。
「如何ですか、ルイス裁判官。⋯⋯貴方は、私のような素人でも見付けられた『出火原因が揚げカスの自然発火かもしれない』と言う可能性を見逃し、人を不当に拘束し恫喝したそこの検事側の騎士の言い分を鵜呑みにするのですか? 裁判官として正しい判断を下した方がよろしいのではありませんか?」
「⋯⋯それで?」
揚げカスの自然発火が火災の原因だったと言うアホみたいな可能性を見逃した無能な検事騎士は冷や汗をダラダラ垂らしていますが、ルイスはさすが裁判官、冷静さを崩しません。
「確かに、被告人プロメ・ナルテックスは、事件の火災が揚げカスの自然発火だった『可能性』を示した。その点については褒めてやろう。⋯⋯でも、所詮は『可能性』に過ぎない。⋯⋯『事件当日も揚げカスの自然発火が起こった』と完璧に立証出来ない限り、貴様の冤罪は晴れないんだよ」
ルイスの言い分は正解です。
至極真っ当な意見です。
さすが裁判官、その点については褒めてあげましょう。
⋯⋯でも、だからどうした。
「冤罪が晴れないのは、ルイス様も同じなのでは?」
「は?」
私は最後の証拠として、この国で最も流通しているゴシップ記事を『くらえ!』と突き付けました!
「ルイス裁判官、この雑誌はご覧になりましたぁ?」
「そんな下賤なものに興味など無い。私は公爵だぞ。下民の下品な娯楽など知るか」
「ぇえ〜良いんですかぁ? だって、この雑誌には『ルイス裁判官は冤罪職人!? 揚げカスの自然発火を放火と決めつけ、ナルテックス鉄工の令嬢プロメを冤罪逮捕⋯⋯か?』って特集が出てるのに」
私の言葉に続くように、シドウさんは
「俺が今まで調べてきた事件の証拠証言を全てを出したからな。読み応えはあるだろうよ」
と、片手で開いたゴシップ雑誌の該当箇所を指で弾きます。
そんなシドウさんに、検事側の騎士のオッサンが
「貴様シドウ・ハーキュリーズ!! この裏切り者がッ!!! 情報漏洩で逮捕してやる!!」
と叫びます。
しかし。
「俺達は騎士。つまり公僕なんです。その給料は国民の税金。⋯⋯つまり、国民――プロメから『情報を開示しろ』と言われたら従わなきゃいけないんですよ。⋯⋯情報開示請求って、知ってるでしょ?」
シドウさんは公僕として言い返しました。
その言葉に、検事側の騎士は何も言えずにぐぬぬと悔しがってます。
けれど、肝心のルイスは冷静なままでした。
「それで? 貴様達がゴシップ記事に垂れ込んだからって、一体どうなるんだ? そんなもの証拠にはならない。火の無いところに煙は立たないって言葉、知ってるか?」
「そうですね、ルイス裁判官。⋯⋯確かに、このゴシップ記事は、貴方にとって冤罪かもしれない。⋯⋯でもね、『冤罪ってきちんと証拠を出して公表しないと、罪を犯したって誤解されたまま』になっちゃうんですよ」
「は?」
私は弁護席の机を両手で叩き、声を張り上げる。
「実際、私はパンドラに『一方的に加害した』と冤罪をかけられ、ルイス裁判官はそれを鵜呑みにした! 火災が起きた時、貴方達に冤罪をかけられ、パーティの参加者はそれを信じた! ⋯⋯そして、それを覆すには『やってない証拠を出す』しかない。⋯⋯⋯⋯そうじゃないと、人の噂って、どんどん広がっちゃいますから」
腰に手を当てて顎を引き、私は笑いながら言葉を続ける。
「私は成金の悪役令嬢として、様々な噂を流されて来ました。例えば、ルイス裁判官とパンドラの仲を妬んでいる⋯⋯と言う不名誉な噂もね。⋯⋯それは今でも囁かれていることでしょう。実に不愉快だ」
「だからどうした?」
「それと同じ事が今、ルイス裁判官に起こってるってことですよ」
「は?」
「わかりませんか? このゴシップ雑誌は国で最も流通している『国民にとって最大の情報源』なんです。⋯⋯それにルイス裁判官についての黒い疑惑が流れてしまった。しかも情報開示請求によって騎士が出した証拠もある。⋯⋯これを読んだ国民は、家族と、友人と、恋人と、職場の仲間と、この話題について話すことでしょう。⋯⋯そうしたらね、その話はねずみ算以上に膨大で、しかもとんでもない速度で国中に広がるんです。⋯⋯しかも、尾ひれが付いた状態でね」
私はまるで物語に出て来る悪役令嬢みたいにニヤリと笑った。
「しかもその雑誌。今回は私の金で大量増刷した挙げ句に格安で国中にバラ撒いたんです。あ、勿論記者様や印刷所の関係者様が損をしないよう、補填となる金銭はお支払いしましたからご心配無く。⋯⋯⋯⋯だって、私は成金の悪役令嬢だから。金ならあるんですよ。金ならなぁッ!!」
私がそう叫んだ瞬間!
裁判所の外から『ルイス裁判官を出せ!!』『あの事件冤罪だったのかよ!!』『この冤罪職人の税金泥棒がーッ!!』と怒号が聞こえて来ました。
すると、さすがのルイスも焦ったのか
「こ、こんな暴動、鎮圧してくれる!」
と叫びます。
「鎮圧ぅ? ルイス裁判官。そんなんで抑えられると思いますか? 今頃この怒れる民衆は、冤罪で捕まっている人々を助けようと牢獄に襲撃をしているでしょう。貴方の家を取り囲んで暴動を起こしているでしょう。⋯⋯そして、今頃貴方の愛するパンドラもとっ捕まっているんじゃありませんかねえ?」
「貴様プロメ・ナルテックスッ!!! この成金の悪役令嬢がッ!!! パンドラは何も悪くないだろう!! 彼女まで巻き込むな!!!」
「そうですよねえ〜。パンドラ様も今頃覚えのない冤罪を次々かけられて怖い思いして泣いてるんじゃありませんかぁ〜?『ルイスさまぁ〜助けてぇ〜』って」
私がわざとらしくパンドラのぶりっ子な真似をすると、ルイスは
「彼女愚弄するなこのクソ女がぁあッ!!」
と木槌を投げ付けて来ました! お前それでも裁判官か!? と思ったその時!
なんと、私はシドウさんに抱き締められていました。
シドウさんはしなやかに見えるけど筋肉がしっかりした腕で私を庇うように抱き締め、もう片手で投げ付けられた木槌を掴んでいます。
「ルイスてめェ、騎士の前で暴行罪たァ良い度胸じゃねェか。現行犯逮捕だコラァッ!!!」
騎士というより輩みたいなシドウさんの怒鳴り声にルイスは舌打ちすると
「こうなったらもう、殺して口を塞ぐしかないな」
と私みたいなことを言いました。
は? 殺して口を塞ぐ?
私が疑問に思っていると、なんと。
傍聴席に座っていた人達が、全員ナイフだの鉄パイプだのを手に、凶悪な顔付きでこちらを見てるじゃありませんか!
「やれ」
ルイスがそう言った瞬間。
武器を持った大勢の傍聴人が私達に襲いかかって来ました!
だけど。
傍聴人の一人が鉄パイプを振り被り殴りかかってきましたが、シドウさんはルイスが投げ付けた木槌でそれを弾き、一瞬で相手の顎目掛けて木槌をぶん投げます!
すると、相手が気絶し鉄パイプを手離したので、それを拾って
「プロメ、お前は隠れてろ」
と言ってから、襲い来る武装した傍聴人を鉄パイプで次々とぶっ飛ばしました。
まるで、槍術です。ですが、こんなに素早い槍術は見たことがありません。
学園で男子生徒が武術を習う様子をよく見ておりましたが、ここまでの見事な槍術は初めて見たくらいです。
しかも得物は拾った鉄パイプです!
「先に手ェ出したのはお前ェらだよなあ? だったら、刑法七十五条の公務執行妨害! そして刑法二十四条の正当防衛に従って、相手してやらァッ!!」
シドウさんは襲い掛かってきた傍聴人の鳩尾を鉄パイプで刺突したあと、素早い動きで体勢を低くし背後から迫る傍聴人の足元を払って転倒させます。
すると、低い体勢のまま襲い来る傍聴人の鳩尾を鉄パイプで突き上げながら立ち上がると、今度は背後から迫る傍聴人の横腹を後ろ手に構え直した鉄パイプでなぎ倒しました。
なんという大立ち回り!
これぞ、無双というやつですねフギャッ!!!
「シドウ・ハーキュリーズ!! プロメ・ナルテックスがどうなっても良いのか!!」
弁護士席の台の裏に隠れていた私は、ルイスに羽交い締めにされ引っ張り上げるようにして立たされます。しかも、その手にはナイフが握られていました。
私の首に、ナイフの切っ先が当たっています。
「ルイスてめェ、今すぐプロメを離――ぅぐっ、」
「シドウさんッ!!」
動きが止まったシドウさんは、背後から鉄パイプで殴りかかってきた傍聴人に対応出来ず、反撃が遅れてしまいました。
殴られた頭からは血が垂れて、ふらついています。
「シドウさん!! 大丈夫ですか!?」
「大丈夫だこんくらい……ッ!! 昔書かされた始末書の山に比べりゃ、なんともな、うわっ!!」
頭を打撃されたせいでフラついているシドウさんは、傍聴人の剣で片腕を切り付けられてしまいました。
その傍聴人をぶっ飛ばしたあと、満身創痍と言った具合に鉄パイプを杖のようにして、肩で呼吸をしています。
そんなシドウさんへ、ルイスが言いました。
「シドウ・ハーキュリーズ。お前の強さには感動したよ。私に従えばお前だけは助けてやる。⋯⋯騎士団長に出世させてやっても良い。好いた相手がいるなら公爵家の権力でお前に宛てがおう。好き放題しても無罪にしてやる。金も望むだけやる。⋯⋯だから、私に着け」
ルイスはまるで、私みたいなことを言います。
きっと、ルイスと私は同類なのでしょう。
ルイスは金で買えないものは無いと傲慢に思い上がり、シドウさんの心までも買おうとしている。
でも、シドウさんの気高い心は金で買えるわけ無――
「好いた相手を好き放題出来るって? そんなら、頼もうかな」
シドウさんは鉄パイプを後ろ手に構え、血と汗と前髪が伝う額を色っぽくかきあげ、え!?
そこ乗っちゃうんですか!? 嘘ぉ!?
いや、シドウさんのことだ。ははーん、わかりましたよ!
きっと、『そんならパンドラをくれよ。あの上玉を好き放題させてくれや』と言って、ルイスを激怒させ慌てさせた隙を狙う作戦な――――
「プロメ・ナルテックスと、一日で良いから両想いにしてくれよ」
え、シドウさん今なんて?
私? なんで? だってシドウさんは未分不相応な相手、つまり貴族の女性に恋をしているのでは?
と、私が混乱し、ルイスも「は? なんのでこんなちんちくりんのポメラニアン女を? お前ならもっと上目指せるだろ」とムカつくことを言って混乱した、その隙に――――!
「ルイス・タツナミィィィイイイッ!!! てめェを色んな罪で現行犯逮捕だコラァァァアアアッ!!!」
ルイスが混乱し私からナイフを離した一瞬の隙をつき、シドウさんは鉄パイプを勢い良く刺突してルイスをぶっ飛ばしたのでした!!!
◇◇◇
裁判所での死闘のあと。
まず、私が金の力で国中にバラ撒いたゴシップ雑誌のお蔭で国民感情は大爆発し、各地で暴動が起こりました。
その暴動は国王を動かし、ルイスが担当した裁判は全てやり直しになったのです。
当然、全ての冤罪は晴らされ、真犯人は身分問わず豚箱にぶち込まれました。
そして、そんな大罪をやらかしたルイスもきちんと法で裁かれ投獄されました。
今まで無実の人を豚箱にぶち込んできたアイツは、今度は自分が豚箱にぶち込まれたのです。
公爵家は取り潰しになり、彼の息がかかった騎士達も全員クビになりました。
一方、パンドラはルイス失脚の道連れになりました。
今回の事件の真相は、取り調べを受けたパンドラの涙ながらの証言によると
『火災が偶然発生したのを利用し、プロメ様をルイス様の力で逮捕させ、ナルテックス鉄工を差し押さえにして奪うつもりでした。出来心だったのですっ!』
と素直に白状したそうです。
そして、ルイスとベストカップルと呼ばれていた事が令嬢としての価値を落とす傷となり、実家を追い出され修道院にぶち込まれてしまい、そこから逃げようとして失敗したのか、風の噂では犯罪者組織の首領の愛人にされてしまったと、そんな風に聞きました。
ざまぁみろですね!
⋯⋯って、今はそんなことどうでもいい!
戦いで傷付いたシドウさんが医務室で治療を受けているのです。
私は彼の治療が終わるのを待ちながら、ドアの傍で待っていました。
すると、室内から女性の声が聞こえました。
優しくて甘く、上品な声です。
「シドウ、お前今回も随分無茶したもんだね。昔からそうだった。いつも暴れ回って怪我をして、私が面倒をみてやった。まるで私に治療して欲しいから怪我をしてるみたいだな。⋯⋯嫌そうな顔するなよ、冗談だよ」
⋯⋯私に治療して欲しいから、怪我をしてるみたい?
ドアの向こうの女性はそう言いました。
そして、ガラリと引き戸が開かれると、そこには白衣を着た美しい女医様が立っていたのです。
濃紺に近い黒髪とサファイアのような瞳が美しい、冷徹な美貌を持つ女性でした。
そんな女医様は
「貴女も怖い思いをしたね。可哀想に。話したいことがあったらいつでも私の病室に来ると良いよ。君なら歓迎するから」
と優しいことをいって、名刺を下さったのです。
そこにあったのは、この国の辺境伯を実家に持つ美貌の令嬢として、有名な名前でした。
私はそんな彼女の美貌に圧倒されながら、「ありがとうございます⋯⋯」と頭を下げました。
⋯⋯その時、全てが腑に落ちたのです。
辺境伯と言う公爵と同等かそれ以上の力を持つ家柄の美女で、シドウさんと付き合いが長く『私に治療して欲しいから怪我をしているのか?』と冗談を言い合う仲。
シドウさんが恋をしている未分不相応な女性は、彼女のことだったのだと。
ルイスをぶっ飛ばす時に私の名前を出したのは、隙を作る為に咄嗟に口にした機転だったのだと。
だって、先程の女性はあんなにも美しいのです。
そんな女性と長い付き合いなのに、ぽっと出のちんちくりんのポメラニアン女を選ぶとか、そんなわけありません。
王立学園で、貴族の令息達から影で言われた『金しか価値が無い性格終わってる貧相なブス』と言う言葉を思い出します。
そうだ。そうだ。
それに、シドウさんならもっとを上を狙えるでしょう。
⋯⋯勘違い、するところでしたね。
胸が重い。痛い。冷たい。寂しい。
先程の女医様が羨ましい。
シドウさんみたいな素晴らしい人に想われてるなんて、良いなあ。
私は残念に思いながらも、共に戦ったシドウさんにお礼を言うため暗い気分を振り払い、医務室に入りました。
「シドウさーん! 入りますよー!」
「え? あ、ああ! 良いよ、うん」
ベッドに座るシドウさんは上半身裸で腕に包帯を巻かれ、頭にはガーゼが貼られています。
見ているだけで痛々しく、私まで頭と腕が痛くなる思いでした。
「シドウさん、お体の具合は大丈夫ですか?」
「ああ、平気だよ。⋯⋯ってごめん、女性相手に見苦しいよな」
シドウさんは慌てて制服の上着を羽織りました。
「いえいえ、私は炭鉱町育ちですから。鉱夫のおっちゃん達はいつも半裸ですからね。見慣れてますよ」
私の冤罪が晴れたため、鉱夫のおっちゃん達も無事に豚箱から出られました。
でも、私のせいで大変な思いをさせてしまったのです。
本人とご家族には、きちんと手当を払いましょう。
「シドウさん。今回は本当にありがとうございました。⋯⋯貴方のお蔭で、私もナルテックス鉄工も救われました。⋯⋯貴方はヒーローだ」
「そっか、うん、良かった⋯⋯」
シドウさんは頬を赤くして、そわそわしながら頷きました。
あれだけ鬼強かったと言うのに、今はツンデレ美少女みたいに恥じらってます。その落差がとても楽しく、愛し――――いえ、魅力的ですね。
「あのさ、プロメ。さっき言ったあの、プロメと一日両想いにしてってのは、⋯⋯その⋯⋯えっと」
「大丈夫ですよ、分かってますから」
「え?」
紅潮した頬に汗を垂らし戸惑うシドウさんは、私の言葉で目を見開きます。
きっと、私に遠慮して『ごめん、あれ嘘なんだ』って言えないんでしょうね。作戦だから気にしなくて良いのに。
「シドウさんは素晴らしい人です。だから、貴方のことを好きにならない人なんていませんよ」
「え!? あの、それって、つまり、お前、俺を」
「はい。分かってま――ふぎゃっ」
シドウさんにぎゅぅうっと抱き締められました。
塗り薬と汗の匂いと、シドウさんの滑らかな肌と体温に包まれ、え? え? なに? なんで?
なんで、私抱き締められてるんですかね?
ん? んんん?
「あの、シドウさん? えっと」
「子供の頃から、ずっと好きだったんだよ」
「へ?」
何を言ってるんだ? と思った次の瞬間、シドウさんの一言で謎が全て解けました。
「ポメラニアンのお姫様みたいで可愛いって、思ってた」
「⋯⋯ぁ、あ!!! その言葉、貴方まさか⋯⋯」
シドウさんに抱き締められながら顔を上げて、その凛々しいお顔立ちを良く見ます。
思い出した。
子供の頃、一緒に遊んだ男の子だ。
家族以外で、私のことを『ポメラニアンのお姫様みたいで可愛い』って優しいことを言ってくれた、あの子だ!!!!!
言われてみりゃ面影がありますし、いや〜あの時の少年がこんな風に成長するなんて、良い感じに育ちましたねえ⋯⋯なんて言ってる場合じゃない!!!
え!? 私!? シドウさんって、私のこと好きなんですか!? 嘘ぉ!?
それじゃあ、シドウさんが恋してる未分不相応な相手って⋯⋯⋯⋯私なんですか?
そう聞きたいのに、心臓がやかましく顔が熱く声が出ない。
口をぽかんと開けて、シドウさんの言葉を待つしかありませんでした。
「子供の頃、プロメに一目惚れしてからずっと好きで。でも、相手は大金持ちの大商会のご令嬢だぞ。⋯⋯当然、結婚相手は貴族とか資産家とかそう言った人達だろうって、下町の平民じゃ話にならねェって分かってた。⋯⋯だけど、騎士にでもなりゃ、もしかしたら、護衛ってことで傍にいられるかなって、思ったんだよ」
ああ、だからシドウさんは、私と握手した時『俺のこと覚えてないか?』って聞いたんだ。
でも、私は覚えて無くて。シドウさんは、寂しそうに笑ったんだ。
それに、シドウさんは騎士をクビになる覚悟で、自分のことを忘れてる私を助けてくれたんだ。
私にどう思われてるかなんか関係無く、シドウさんは私を救おうとしてくれたんだ。
なんて、気高い人なんだろう。
私、こんな人に想われて大丈夫なんかな。
だって私は成金の悪役令嬢。金の亡者なのに。
「私、あの⋯⋯えっと」
「⋯⋯え。もしかして、さっきの『シドウさんは素晴らしい人です。だから、貴方のことを好きにならない人なんていませんよ』って言葉、あれって⋯⋯振るときの常套句⋯⋯だったり⋯⋯もしかして、俺、プロメに振られてた?」
青褪めたシドウさんが「ごめんなさい」と呟いてから私から離れようとしたその時。
逃がすか! と私の方からシドウさんに抱き着きました。
「それは『冤罪』ですよシドウさん。⋯⋯私ね、貴方が愛してるのはさっきの女医様だと勘違いしたんです。そう思った時、ね。⋯⋯寂しかった。シドウさんに想われるなんて良いなあって、思ったんです」
そう言うと、もっときつく抱き締められました。
でも、苦しくありません。心地良いくらい。
「ねえ、シドウさん。もっとギュってしても良いですよ。金ならいくらでも払いますから」
「要らねェよ、金なんか。それよりプロメ本人が良い」
「それなら、全部シドウさんにあげます」
「そっか⋯⋯それなら、俺のことも⋯⋯良かったら、やるよ」
シドウさんがそう言って、私の目をじっと見ます。綺麗な赤い目が、私を映しています。
そのまま近付いてきた唇を受け入れると、『この幸せは金で買えないなあ』と思ったのでした。
おしまい♡