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ヨーテボリの連帯(Harbor of Neutral Hands) #03-後編

臨検の朝、無名のバージと牽引艇の積荷を“赤(武装)”でさばき、封印と公示、そして色分け運用を電信で他港へ送る――港は紙で争い、人で決めます。(軽度の臨検描写あり)

【場所:スウェーデン・ヨーテボリ(Göteborg)外港 → スカールダ港湾庁】【時間:1960-02-17 09:00 CET】


東がわずかに桃色を差し、海は鋼のような灰に変わる。外港灯標は黒い棒のように立っている。

不明バージは灯標の北0.6nm、牽引艇は灯標基準で真方位095°、0.2nmに停泊。どちらにも船名はない。

「臨検を開始します」

マリアは保安隊長に頷き、〈エリン〉の舷梯を降りた。赤十字の腕章がひとり、沿岸砲兵の若い連絡士がひとり、通訳がひとり。

バージの甲板は低く、寒気が板の間から登ってくる。

「積荷は?」

通訳が問うと、牽引艇の男は肩をすくめた。

「溶剤だ。工場行き。紙はない。急ぎだ」

「紙がないものは港に入れない」

マリアは甲板に目を落とす。鉄のドラム缶が48本、本木箱が12箱。箱の端に薄く消えかけたスタンプ。

手袋を外し、指でなぞる。

「H-……数字が削られてる」

保安隊長が短く口笛。

「主任、封印を」

「待って。検体を一本だけ」

簡易検査箱を開き、細いガラス管に透明な液を取る。試薬をひとつ、ふたつ。液は淡い黄緑に変わり、鼻の奥に鈍い硫黄の影が這い上がる。

「工業用溶剤の可能性は高い。でも、別の使い道もある」

通訳が目を伏せる。全員がその“別の使い道”を知っている。ここでは名をつけない抑止の影だ。

マリアは蓋を閉め、赤い板を甲板に立てた。

「赤(武装)。港内停泊は不可。沖合待機で12h。そのあいだに荷主の電報を。化学前駆体の疑いが晴れない限り、港には入れない」

牽引艇の男が舌打ちする。

「港は商売を忘れたのか」

「忘れていない。だから白と青を先に通した」


戻りの艇上で、連絡士が小さな声で言う。

「主任、もし彼らが別の港へ回ったら?」

「その港にも紙がある。なければ、色を送る」

「色?」

「港則の要旨と運用表を電信で。白、青、黄、赤。ほかの港が選べるように」


午前十時、港務所の前に三人が立った。牽引艇の男、見知らぬ紳士、そして昼間の武官代理。

「12hは待つ。だが、封印庫に三本だけ移させろ。試験用と書け」

紳士は柔らかな笑顔で言う。

マリアは羅針儀を回す癖を出しかけ、抑えた。

「三本は多い。一本なら、医療(青)の監督下で分析に回す。結果は正午の便で公示する」

「どこの分析機関に?」と武官代理。

「港湾庁の簡易検査と大学の実験室。望むなら赤十字の立会いも」

紳士は笑顔のまま、わずかに顎を引いた。

「では一本」

「封印番号を記録します。――あなた方も記録を」

鉛印が紙に沈み、小さな港の紋章が浮かぶ。


正午、掲示板の前に人が集まる。港で数字は早く広がる。

紙には短く書かれていた。

〈提出検体:溶剤性油状液/弱い硫黄反応/金属腐食性なし。用途不明。赤(武装)扱い維持。沖合待機継続。再申告待ち〉

ざわめきはすぐ消えた。港は結果より扱いに敏感だ。扱いが動きを決める。


夕刻、不明バージが再び信号灯を打つ。

――荷主電報送達。工業用に限る旨、用途証明。

電報には工場の署名、番号、用途、納入経路。

マリアは紙を読み、背筋に小さな疲れが走るのを覚えた。

「黄(補給)は閉鎖中。だが白(救難)に準じ、例外を一本だけ」

彼女がフリクソンを見ると、彼は黙って頷いた。

「一本のみ港内へ。封印庫に移し、受領証を発行。残りは沖合待機」

信号灯が瞬く。了承。


その夜、港長室の机に新しい紙が一枚。

〈港則・色分け運用要旨(電信用縮約)

白:救難/青:医療/黄:補給/赤:武装

昼間入港・夜間出港禁止。停泊上限:民間24h/軍需・武装12h。

積荷二重申告(船長甲板日誌+荷主電報)。相違は封印庫隔離・公示〉

フリクソンはサインを入れ、紙をマリアに押し返す。

「送る先は?」

「北海沿岸。ベルゲン、ニューカッスル、エスビャウ。それから――南へも」

「南?」

「湾岸。マスカット。いつか同じ板が、同じ音で打たれるように」

港長は静かに笑った。

「紙は広い、というわけだ」

「ええ。海を渡るぶんだけ」


外では、雪の代わりに塩が舞っていた。タグの少年が鼻をすすり、羅針儀のガラスを袖で拭く。

ガラスは曇りやすい。だが目盛は変わらない。

真方位340°。港の針路は、今日決めた色の向こうに、まっすぐ伸びていた。


読了ありがとうございます、幻彗(gensui)です。

今回は「色で運用し、紙で公開し、人で決める」中立港の核を描きました。

面白ければブクマ&評価(☆☆☆☆☆)をお願いします。誤字・事実・表記ゆれのご指摘も歓迎です。

次回:第4章――紙で整えた秩序は、遠い那覇で“手”になる。

更新は一日空けて、明後日19:30頃(JST)に公開予定(章が変わるので推敲してます)。

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