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北海の薄氷(Thin Ice of the North Sea)#02-3

1959年・北海の夜、AEW不在の赤灯下で“耳”と手順に頼り、028°/300ydの砲窓とSeacat距離待ちで外・中・内を崩さずに守ります。(軽度の戦闘描写あり)

夜の窓線(Night Windows)#02-3【場所:北海—ノルウェー沖/シェトランド西方 時間:1959-11-05 19:10 GMT】


 甲板上の白線が、夜目には消えて見えた。赤灯に切り替わった艦橋で、ハリントンはガラスの縁を指で拭い、溶け残った塩を爪で弾いた。

「夜間手順だ。窓は028°基準、幅300ydに絞る。Seacatは距離を待て。——列は太くのまま」

 19:12。北北西の風23kt。波高は増し、白波が矢羽根のように斜めへ走る。Ark RoyalはEMCON-2を維持、Gannetの最終回収を見届け、外層はUSNのF-8Dが無言で輪番に入った。

「AEW降りた。耳だけでやる」

 砲術長が頷く。

「了解、砲窓はレーダー追随で。VTは1目盛遅らせ、低空の尾を狙う」

 19:39。

 スピーカーの奥で、乾いた指が紙を撫でるようなノイズが立った。

「低空……いや、海面反射。方位032°、距離16nm」

 空の目ではなく、夜の耳でもない。波頭が作る偽の点が這う。

「慌てるな。窓は動かさない。——風の癖を飲み込むまで、撃たない」

 19:55。

「実接近、2。波頭50ft、410kt。034°、22nm」

 通信士の声が一段低くなる。

「Seacatは保留。第2を1目盛遅らせ。——撃て」

 4.5インチが夜の門を開いた。見えない糸が幾筋も張られ、黒い空気に細い檻ができる。VTの遅れが、檻の中ほどで花を咲かせた。

「1機、姿勢崩す。——離脱。もう1機は外」

「窓、重畳。角度026°追加」

 白い火花が1つ、雲の底で短く散る。夜の海は何も言わない。だが黙って頷く時がある。

 20:26。

「S-2、線を再設定。真方位065°にブイ帯、間隔1000yd」

 夜の海面に、目に見えない縞が引かれる。Type 12はその交点に点を置く。

「水温躍層、90ft」「雑音、増加」「弱い拍。071°、1.1nm」

 ハリントンは時計の蓋を閉じる。

「急がないぞ。Mk44は1本だけ。陰なら外させろ。——投下線A」

 海は一瞬だけ息を止め、次いで遠くで鈍い握り拳が開く。

「ヒット反応——なし。目標、停止。底形状と重なる。陰の可能性大」

 砲術長が小声で笑う。

「外して、守る夜もある」

「それが門番だ」

 ハリントンは短く返した。

 21:18。

 雨脚が強まる。赤灯が薄く滲み、ガラスに新しい塩の線が増える。

「Ark Royal、末端チャフを装填保持。Seacat、索敵角に穴を作るな」

 艦橋の外を、黒い塊がよぎった。波頭ではない。

「中立漁船、048°、4.5nm。速力7kt」

「了解。照明は使わない。——回避針路、列を太くしたまま、斜角盾を軽く」

 敵に地図を渡す照明弾は、夜には毒だ。海図上の鉛筆線が、わずかに角度を変える。

 21:47。

「低空1、単機、039°、19nm」

「Seacat、距離待て。砲窓、028°基準。——撃て」

 門が開く。遅らせたVTが檻の中央に咲き、破片の雨が夜の霧に紛れる。

「外れ。——敵、測的途絶」

 ハリントンは小さく頷く。

「窓は生きている。——次を待て」

 22:20。

 S-2がMAD(磁気異常探知装置)の針を覗き込み、低く囁く。

「磁気異常。真方位075°、距離0.8nm」

「Type 12、点を寄せ。Mk44、深度+1目盛。——放て」

 暗闇の底で、何かが1度だけ跳ね、そして沈む。

「気泡……油膜、微量」

 艦橋が静かになる。歓声はない。北海は結果を長く見せない。

 23:04。

 雨は細くなり、風は鈍い刃に変わる。ハリントンは通信士に指を2本立てた。

「講義録(夜)。要点3つだ。

 一、外は耳と約束で守る——AEWが降りても、外層の輪番を崩すな。

 二、中は高い空しか獲れない——Seaslugの得手不得手を忘れるな。

 三、内は門番の仕事——窓は動かすためでなく、在るために開けておけ」

「了解。講義録(夜)を旗艦へ配信」

 23:38。

 シェトランド行きのフェリーでは、子どもがテーブルに頬をつけて眠り、母がコートで肩を覆った。ラジオは等圧線を読んでいる。遠くで1度だけ、門番が鳴いた。

 日付の境い目。

 1959-11-06 00:06 GMT。

 通信が割り込む。

「西太平洋より共同運用通告(続報)。天候窓、48→36時間に短縮。米艦、前進配備を今夜開始」

 艦橋の空気が硬くなる。ハリントンは窓に残った細い塩を拭い、短く言った。

「向こうの門も、ここで作った手順で開く。——踏み外すな」

 北海は暗く、太い列は静かに北へ進む。夜の窓線は、まだ生きていた。


読了ありがとうございます、幻彗(gensui)です。

19時半頃と言ったな、あれは嘘だ。(笑)

本当は、投稿時に間違えてすぐに投稿してしまっただけ。でも、もうアップしてしまったのでこのままいきます。

一、外は耳と約束で守る(AEWが降りても輪番を崩さない)。

二、中は高い空が得手(Seaslugの性格を忘れない)。

三、内は門番の仕事(砲窓は“動かすため”でなく“在るため”に開けておく)。

面白ければブクマ&評価(☆☆☆☆☆)をお願いします。誤字・事実・表記ゆれのご指摘も大歓迎。

次回:第3章「ヨーテボリの連帯」前編——北海の影を吸った中立港で“手順”が陸に渡る話。更新は一日空けて、あさって19:30頃(JST)に公開予定(章が変わるので推敲してます)。

それでは、ヨーテボリで。

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