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鎮めの針路 — 宮古–沖縄船団護衛戦/Calming the Wake #14-2

05:00、白い扇は黙って沈みました。

無音に耐える護衛と、列を太くで支える密度。

本話は「押さえ込み」を積み上げ、06:22の発光へと緊張を継ぎます。

紙テープの湿り、BT曲線、照準灯の色に耳を澄ませて。

【場所:宮古島南西〜沖縄本島間/先島外弧 時間:1962-06-02 05:00(JST)】

 甲板に短い笛音が走り、前甲板の投射架が一斉に吐き出した。白い矢が海へ散り、50発の小さな放物線が扇形に広がる。ヘッジホッグは命中しないかぎり黙って沈む。誰も爆ぜる音を待たない。秒針だけが進み、全員の喉に乾いた息が残った。

「……無音。泡痕なし」

 ソナー員の報は落ち着いている。佐伯は頷き、次の歯車を回す。

「保持継続。向こうに潜り切らせるな。米駆逐、右舷で十字走を維持。こちらは針路315°のまま追い足」

「5インチ、方位230°の“窓”を再設置、VTで予置250。3インチは右舷前半、時限で掻け」

「了解、同条件で続け」

 船団は12ktを守り、2列の隙間をもう一段詰めた。黒い箱形の舷が互いに風を殺し、列の密度が“砲窓”の重なりを厚くする。タンカー甲板では蒸気が風で流れ、甘い湯の匂いが一瞬だけ艦橋に届く。油の匂いと混じるその甘さが、かえって神経を尖らせた。

 05:08。

 前甲板でBTバシーサーモグラフを投下。巻き上げた細線が濡れ、紙帯に温度曲線が刻まれる。

「温度躍層は60ft付近、急変。浅い」

「了解。設定は中浅で維持。ヘッジホッグ再装填、完了を報せ」

「前甲板、再装填良し。第2斉射、いつでも」

 05:10。

 掃海列が古い帯に触れる。曳航具が水を裂き、艦尾で渦がもつれる。音響囮に反応して、小さな泡の房が2つ3つ、取り残された炭酸のように浮かんでは消えた。

「反応弱。帯は薄い。船団は針路維持」

 通信兵の金属マグでティーバッグの紐がかすかに鳴る。彼は紐を指で張り、熱さを感じない指先に遅れて汗が滲んだ。

 05:16。

「前甲板、第2斉射、射界よし」

「撃て」

 再び白い粒の扇が海へ落ちる。静寂。ソナーは無言を返し、紙の上では鉛筆の黒だけが濃くなった。

「……無音、泡痕なし。敵は転じつつ浅に留まる」

「いい。押さえ込みで十分だ」

 05:24。

 米駆逐艦が右へ抜け、角度を作る。

「こちら、右舷十字。保持良好、泡痕見えず」

「了解。こちら列を太いまま維持。船団は12kt厳守」

 中央のタンカーで合図旗が小さく翻る。手袋の内側に溜まった汗が冷え、旗手の指が一瞬だけ震えた。

 05:32。

 S-2が外弧の線上で旋回に入る。無電が割れた。

「エイボン・ツーより。ソノブイ線、外側クリア、内側ノイズ多め。MAD異常なし。更新は10分後」

「受領」

 電測員は紙テープの端を指腹で押さえ、湿りを気にして1枚めくる。機械の体温が艦内に籠り始めた。

 05:40頃。

 電測が低く鳴る。

「外弧に低速の波紋。方位085°、距離不確。速力20kt以下、小型艇の可能性」

「航空直掩へ通達。外弧は空に任せる。CAPはF-8D、呼び出し範囲は東方200〜230nm」

 見えない屋根が載る。そう思うだけで、金属の重さが少し軽くなる。甘えない。砲の先に“仕事”を置く。

 05:45。

 掃海の曳索が1度唸り、隊列が微かに詰まる。

「曳索テンション上昇、右舷。何かを噛んだ──」

「回頭3°、負荷を逃がせ。列は崩すな」

 艦体がわずかに肩を傾け、曳索の唸りが細くなる。波頭に赤錆の薄い皮が現れ、ちぎれて沈んだ。

「回復。曳航具、正常」

 05:52。

 ロケット式チャフ箱が開く。銀色の束が湿った朝気に鈍く光り、発煙器の安全栓がもう一度引き直される。

「砲側、迎撃窓は同条件で維持。上段は厚め、下段は時限のまま」

「5インチ、上段VT・下段時限の2段で固定。3インチ、掻き位置に」

 05:58。

 ソナーが短く跳ねる。

「方位312°、距離3800yd。断続。回頭は緩い。おそらく単潜」

「中浅のまま保持。米駆逐は右舷十字を続行」

「了解、右舷十字、維持」

 06:05。

 S-2の電が跳ねた。

「短時間の発光、周波数は10cm帯。固定ではない、移動局の可能性」

 電測員が鉛筆で方位線を引く。佐伯は即答する。

「台船か小島の臨時サイト。“届く位置”まで出てこなければ撃てない。こちらは斜角盾に移る」

「操舵、先頭斜角30°。米駆逐、側衛に前出」

 艦体がわずかに身を切り替え、盾の角度で方位線が固定される。砲塔の照準器に見えない窓が1つ、2つ、先置きされた。

 06:12。

 米駆逐艦から短い報。

「右舷十字、維持。泡痕なし。保持中」

「よし。列は太いまま。船団は12kt厳守」

 06:15。

 電測の紙テープに小さな傷が走り、すぐ消えた。

「誤り回復。雑音」

「了解。対空は“窓”の厚みだけ増やせ。上段を+1目盛」

 06:18。

 艦橋の窓が朝の光を拾う。雲底は上がり、視程が伸びる。砲側で弾庫からの補給経路が再確認され、薬莢受けの帆布が指で均された。

「砲側、弾数は?」

「5インチ、上段残り48。下段68。3インチ、良好」

「受領」

 06:22。

 電測がはっきりと点く。

「同波、発光2秒間。射角は西南西、距離は不確」

 指揮所に短い沈黙が降りる。波と風の音だけが底に残り、砲員の指先がわずかに強張る。

 遠くの隔壁が、油の膨張で小さく鳴った。

 誰も時計を見ない。針の音だけが背骨をなぞる。

「対空、用意。チャフ第1段は待て。“窓”を先に置く」


読了ありがとうございます、幻彗(gensui)です。

当てにいかず、外させる。 第一斉射の無音と「列の密度」で作る安全域を描きました。

用語や表記の気づき(BT=Bathythermograph、時刻・角度・“第2斉射”表記など)をコメントでぜひ。

面白ければブクマ&評価(☆☆☆☆☆)お願いします。

次話#14-3は06:30、南西230°・500ftの再接近から対空戦へ。

次回更新は、明日 12:00 頃(JST)に公開予定。

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