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鎮めの針路 — 宮古–沖縄船団護衛戦/Calming the Wake #14-1

宮古—沖縄の外弧で、船団は“列を太く”。

本話は斜角盾×事前方位線迎撃、そして撃たずに押さえる判断が核です。

油の匂い、紙テープの湿り、照準灯の色——五感で海を感じてください。

【場所:宮古島南西〜沖縄本島間/先島外弧 時間:1962-06-02 04:30(JST)】

 夜は抜けかけているが、東の稜線はまだ鉛色だ。那覇行きの船団はタンカー7・補助艦2、速力は12ktに縛って2列縦陣。「列を太く」の号令で船間を詰め、黒い箱形の舷が互いの風を殺す。舷灯は消え、発煙投棄装置のみ安全栓が抜かれたまま。油と塩、それに炊事の湯の甘い匂いが混ざり合い、湿った風に踏まれて甲板へ戻ってくる。


 佐伯大輔は駆逐艦「あやなみ」の戦闘指揮所で、膝上の海図に硬い芯で楔を描いた。護衛2隻を30°前へ押し出す「斜角盾」。低空が来れば、盾の角度で方位線を固定し、砲の“窓”をその線上に先置きする。

「船団、対水12kt維持。針路315°(真方位)。護衛は15ktへ増速」

 送話器の向こうで米駆逐艦(Gearing級)が短く応答した。艦橋後方ではレーダーが均等な拍で唸り、電測員が紙テープの端を親指で押さえる。テープの湿りが増し、指腹に素直に張り付いた。


 外弧ではCVSからのS-2が一線へ広がり、海面に白い点線を撒く。ソノブイは1nm刻みで沈み、漂流偏位を計算した黄色い鉛筆の記号が海図の端へ増えていく。上空は低い層雲、雲底は2万ft前後、風は東寄り、波は2。潮汐の矢印に鉛筆で+1目盛、薄明で視程は伸びる見込み。

「砲雷長、事前方位線迎撃の窓、最初を230°で準備」

「了解。5インチ、VT設定、予置200。3インチは時限で掻き位置。弾道表は温度補正済み」

 砲側の下士官が頷き、照準輪をきしませて角を合わせる。金属が乾いた声で返事をした。


 甲板の通風口から、機関科の湯の匂いがふっと上がる。タンカーの炊事員が米を蒸している。右舷の人影が金属マグを持ち直し、振動でティーバッグの紐が縁を擦って小さく鳴った。

 艦首では対潜も同時進行だ。Mk32三連装発射管の安全ピンを点検、Mk44の整備札を外し、信管ダイヤルを規定値へ。ソナー室では音響員がヘッドセットの耳当てを強く押さえ、ノイズに鉛筆で斜線を入れていく。


 04:46。

 ソナーの低音が1つ、指揮所に落ちる。

「方位310°、距離4200yd、弱い回転音を断続で感知。浅い。スクリュー葉数4、回転低め」

「敵潜の可能性大。護衛、15kt。十字走で保持、第一撃は我が艦で取る」

 艦首甲板で白いヘッジホッグの砲身が、時計の秒針のようにわずかに跳ねて角度を変えた。装填手が走り、信管手が深度を中浅に合わせ、弾頭リングへ白墨で印を付ける。米駆逐艦から応答。

「こちら保持、右舷へオフセット、投下準備」

 古典的な手順──一方が押し、一方が斜めに切って泡の笛を探す。温度躍層は浅く、こちらに分がある。


 船団は息を詰めるように見えたが、長い船体は練習通りに寄り、2列の隙間はさらに詰まった。密度は被害の拡散を抑え、同時に“砲窓”の重なりを厚くする。甲板の油が薄く伸び、ゴム底が一瞬きしんだ。

「舵、310°へ。速力15kt。前甲板、投射角維持」

「前甲板、角維持よし!」

 ソナーが続報。

「目標、針路変化なし、微速。方位308°、距離4000yd。キャビテーション少、ロメオ級相当」

「いい、浅い。泡を見せる気はない──こっちで先に叩く」


 04:53。右舷の海が鉄の色に明るむ。外弧でS-2のバンクがきらめき、無電が一瞬混線した。

「こちらエイボン・ツー、外側クリア、チャネル維持」

 英語の切片が消え、艦内の音だけになる。電測員が別の注意を掲げた。

「外弧に低速の波紋、速力20kt以下。方位085°、距離不確。小型艇の可能性」

 佐伯は海図の余白に小さな三角を打ち、間合いを測る。

「対空は“窓”の準備を継続。対艦ミサイルは“届く位置のみ”しか撃てない。外弧は空で抑える」


 CVSからの直掩は低い翼音で海霧を切り裂き、遠い東方ではCVAのCAP(F-8D)が見えない屋根のように広がっているはずだ、と佐伯は思う。見えないものに守られる感覚に甘えず、砲の先に“やること”を置く。

 機関の鼓動が半刻みで硬くなり、艦はわずかに身を沈めた。艦首の水切りが低く唸り、艦尾の泡が長く伸びる。ヘッジホッグの照準灯が黄から緑へ。砲側の号令が低くそろい、装填手の呼吸が噛み合った。

 電路のランプが順に点滅し、砲術長が射界を確かめる。

「第一撃、射界よし。回頭微修正なし。揺れ許容内。降下気流の影響軽微」

  04:58。

 風が一段重くなる。水平線は静かなままなのに、海面を押す力だけが強く感じられた。誰も口を開かず、耳だけが遠い金属音を探す。艦のどこかで、隔壁が微かに鳴いた。

 佐伯は鉛筆を握り直し、海図の縁に小さな×印を置く。心拍が1つ分遅れて静まる。

 04:59。

 ソナーが最後の補正。

「方位307°、距離3800yd、深度浅。保持良好」

 報告が途切れる。波と風の音だけが残った。甲板のどこかでティーバッグの紐が、今度は鳴らなかった。張り詰めた空気に、細い糸の音さえ沈む。

 佐伯は送話器へ口を寄せ、短い言葉で切り出す。

「前甲板、第一撃──」

読了ありがとうございます、幻彗(gensui)です。

この回は「撃たない判断」を芯に、斜角盾と浅い躍層で先に“仕事”を置く感覚を描きました。

表記や用語の気づき(例:角度3桁・単位・時刻、斉射の表記など)をコメントで教えてください。

面白ければブクマ&評価(☆☆☆☆☆)が続編の密度を上げる燃料になります。

次話#14-2は05:00の一斉投射以後の緊張を描きます。

次回更新は、明日 12:00 頃(JST)に公開予定。

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