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トライデント第一波(Operation TRIDENT)#13-後編

“窓”が閉じに向かう後半戦。

谷筋の低空は砲窓(VT)+Seacat、高さを取る獲物はSeaslugで穿つ。

橋頭保1.9nmを維持しつつ第二波を回収、撤収線へ。

【場所:ノルウェー沿岸(北岬南西沖) 時間:1962-03-09 12:33 CET】



 12:33。霧の粒が粗くなり、空の白がわずかに灰へ寄った。海上の輪郭は一段くっきりし、艦橋の窓に塩の筋が乾く。ハリントンは双眼鏡を外し、航海士の耳元で短く告げる。


「方位修正。真方位189°、速力15ktを維持。Countyは231°へ回頭、間に合う位置を取れ」


 上陸点から吹き上がる砂埃が霧と混じって細い旗を作る。ビーチマスターが「幅1.9nm」と言った橋頭保は、地図では十分でも、現地では紙1枚の差に見える。そこへ敵の要撃が角度を変えて滑り込む。


「レーダー、低高度の群れ。真方位145°、距離21nm。稜線沿いです」


 海から直で落ちてきた194°の筋が薄れ、代わって谷筋を縫うような針が増えた。Seaslugの得手は中〜高高度の正面迎撃。谷の縁を擦る低い針は、別の網で掬うしかない。


「County、イルミネーターの射界を谷側へ。上はSea Vixen、下は4.5インチで繋ぐ。……砲側、方位003°修正、VT装填。砲窓を前倒しで開け」


 無線に咳払いが重なる。「County了解。231°、速力24kt。イルミネーター移行、完了まで30秒」


 12:38、霧の幕間から翼端が覗く。2機編隊が谷の陰を滑るように寄せてくる。艦の腹が短く鳴り、4.5インチが乾いた打音を重ねる。見えない球が谷の出口に並ぶ。先頭機の上面が薄陽に1度だけ白く反射し、そのまま弾けた。2番機は谷へ潜り直し、銃座の縁を掠めて抜ける。


「Seacat、近距離、真方位151°、距離9.5nm」

 操舵室後方で短い息が合う。軽い嘶きのあと、低空の点がふっと消えた。片翼だけが薄く煙を引き、水平線の手前で海の色に沈む。


 甲板の火は収まったが、焦げの匂いは金属の奥から離れない。消火班の靴跡が白く乾き、そこへ新しい滑走痕が重なる。デッキ・フォワードでの回収は予定よりわずかに遅れ、時間の帳尻をSea Vixenの“持ち時間”で合わせるしかない。


「Sea Vixen、持ち時間3分を追加。燃料は?」

「帰投2。残り1は上で回します。雲が上がりました。上は楽です」


 上を楽にするほど、下は苦くなる。ハリントンは舌の上でその味を確かめるような顔をし、時計を見る。12:44。窓縁の塩がもう1度濡れた。風が変わる。


「風、左へ002°。回頭不要。このまま押す」


 真方位211°、距離14nm。反転して出た2機は今度は少し高い。Countyの「よし」がスピーカー越しに低く響く。Seaslugの射点が白に溶け、次いで空の中腹に小さな穴が開いた。縁が波紋のように広がり、燃えかすが遅れて降る。イルミネーターの声が短く「次」を指す。甲板の人影が1人、耳に手を当てて立ち止まり、すぐにまた走り出した。


 12:49、ビーチマスター。「ロープ固定よし。LCM4、投入完了。橋頭保、幅1.9nm維持」

 “維持”は余白が限界に近いことを示す。ここで上からの圧が1つでも落ちれば、砂の面はすぐ削られる。


「整備、回収サイクルを崩すな。Sea Vixen 1を直ちに送り返せ。攻撃隊は谷の出口に照準固定。County、イルミネーターを北側へ振れ。……Seacat、準備」


 12:53、艦橋ガラスに短い小石の音。散弾のような海水が当たり、即座に風で拭われる。遠くで雷のような音。沿岸砲は位置をずらしている。ロケット弾の煙が薄い帯になって逆風に流れた。


 12:57、「低空、真方位138°、距離11nm。稜線越し」

 艦内の空気が1枚薄くなる。全員が次の音の位置を予想し、わずかに肩を固くする。海面すれすれの点が角度を持って寄ってくる。ハリントンは言葉を減らした。


「下、任せた」


 返事は砲声だった。4.5インチが2度、3度、呼吸の合間に咳き込むように打ち、最後の1つはわずかに遅れて響く。遅れた分だけ球の位置が相手の機首の前へ出た。光が痩せ、機影が1度だけ横を向く。海と翼の境目が、白線になって砕ける。


 13:02、Sea Vixen。「上空クリア。残り1、上で回します。……敵は1度引きます」

 艦橋の湯呑の底が小さく鳴る。気圧の歪みが艦全体を撫でたようだった。ハリントンは湯呑を手で押さえ、秒針が12に届くのを見る。


「気象科」

「窓、残り18。以後は閉じる一方です」


 18分。上陸の砂浜と艦の甲板は同じ線上にある。どちらかの遅れは、もう一方の重さになる。重さは数字では受け止められない。


「トライデント第一波、任務達成まであと1歩。……Sea Vixen、最後の1を保持。攻撃隊、谷出口の絞りを維持。County、Seaslugは温存、低空は砲へ」


 13:11、真方位207°、距離17nm。斜めから点が14。今度は散る前に1度だけ高さを取る。谷の背を越える瞬間、編隊がわずかに背を見せた。Countyの「撃て」が重なる。Seaslugの唸りが遅れて届き、空の中腹で1つ乾いた穴が開く。糸を切られたように編隊がほどけ、低く流れた針は砲の網で掬われた。


 13:17、ビーチマスター。「橋頭保、幅1.9nm維持。ロープ完全固定。弾薬、初回揚陸完了」

 ハリントンは肩の筋肉を1つだけ解く。解くのはそこだけだ。次の命令を短く置く。


「第二波回収に入る。回収完了時刻13:20。以後、撤収」


 無線手が復唱するあいだ、メスからの豆スープが再び湯気を立てた。さっきまでぬるかったはずなのに、今は手に熱い。整備兵が硬いパンを割って半分を誰かに押しつけ、受け取り損ねた側は床に落とし、拾って笑う。笑いは短い。すぐに靴の音へ戻る。


 13:20、回収完了。甲板の白い跡が新しい線で上書きされる。ハリントンは最後に双眼鏡を上げ、北の線を見る。北岬の稜線はまだ線画のままだ。だがその向こうに、別の線が薄く生まれている。縦に並んだ、均等な小さな点。水平線の向こうにしか見えない距離だが、等間隔は艦の目には目立つ。


「見えるか」

「はい。……等間隔、真方位058°。距離測定不能。おそらく外洋側」

「よし。記録しておけ」


 彼は双眼鏡を下ろし、地図の隅に小さな点を記す。脇に時刻と真方位だけを書き残した。判断は次の章に譲る。ここでは線を引き切ることが仕事だ。


「トライデント第一波、任務完了。全艦、撤収行動へ」


 艦は静かに回頭し、窓の縁に沿って引いた線を逆になぞる。霧はふたたび濃くなり、海図の余白がゆっくり戻ってくる。白の手前に、人が立つ場所だけが確かに残った。


読了ありがとうございます。幻彗(gensui)です。

#13-後編は三層防空の噛み合わせと、“窓”残り18分の時間圧、そして撤収判断の線引きを描きました。

砲窓(VT)の置き方やCounty級のイルミネーター運用など、気づきをぜひコメントで。

面白ければブクマ&評価(☆☆☆☆☆)で応援を。

次回は戦域転換――#14-1「先島外弧・船団護衛」。斜角盾/S-2の音線/ヘッジホッグが主役の夜明け前です。

次回更新は、明後日 10/12 12:00 頃(JST)に公開予定。

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