鳳凰作戦(台湾南部の橋頭堡)/Operation PHOENIX #12-1
夜明け前の東港。私たちは弾でなく“手順”で門を閉じます。
S-2のソノブイ線、ロケット式チャフ、屋根線085°。
日本側は煙と遮蔽、米側は最小射撃。
H-00:00でランプが落ちる、その1分前までの呼吸を一緒に数えてください。
【場所:台湾南部 東港沖—林邊沖 時間:1961-07-05 04:00–05:15 TST(JST)】
夜が浅い。東の雲の裾がわずかに薄く、海は鉛のように平たい。旗艦のCICは赤照明の中で静かに唸り、紙図の端が湿気で丸く波打っていた。第7艦隊司令マクレーンは時計を見て、ブリーフィングの最後の一行に親指を置く。「H-01:10、欺瞞輸送〈海燕〉は既定航路。S-2が外側12nm間隔でソノブイ線を二本。H-00:40にロケット式チャフ、二重カーテン。H-00:00で第1波ランプを下ろす」 航向090°、風向100°、風速12kt。潮は東へ0.8kt。数字の並びは、彼にとって祈りの順番と同じ意味を持つ。
「木原、海自LSTの煙幕投入タイミングをもう一度」 日本側連絡将校・木原信隆は短く頷く。「H-00:08で第一号、H-00:05で増量。対地座標射撃は米艦のみ、こちらは煙とチャフ、タグの誘導に専念します」 補給士官ルース・ハドリーは、板書の角に小さく数字を加えた。「JPはH+04:00からピッチ上。砲弾はCLGで対空が主、対地はDD×2の座標射撃で最小限。余力はないので“削り貸し”は私の許可が下りるまで凍結」 水路担当の劉 航が、透明下敷きに細いペンで線を引く。「この“屋根線”を見てください。東港の瓦屋根が北–南で並びます。方位灯は壊れていますが、屋根の線と沖の二つの椰子で、針路085°を外さない。タグはここで左10°、水深は20ftを割りません」 港湾局の張 文斌は古い木箱を開き、錆びた灯具を取り出して笑った。「赤は死んでますが、白は生きてる。これを外桟橋先に仮設します。H+08:00には最初のLSTを通せる」
電鍵の乾いた音が、空気を切り取るように止み、アダム・ケリーが受信紙を破った。「EMCONはレベル3を維持。対レーダ暴露はH-00:12で一度だけ。……敵側の送信に周波数の“濁り”。勤務交代か、管制の切替。今が窓です」 マクレーンは紙を二つ折りにして胸ポケットへ収める。「いい。予定通り行く。——“負けない”線から外れるな」
04:20。CVA東方210–230nmの甲板で、F-8C/Dが順に喉を鳴らし、黒い空へ飛び去る。艦載無線はほぼ沈黙、発艦灯だけが点滅。BARCAPは北–東–南へと三角の外層を組み、中層ではTerrier搭載のCLGが方位線を引いて待つ。 同時刻、CVSのS-2が低いエンジン音を引きずり、黒い海へ白いブイを落としていく。ピンガーが一定の間隔で叩き、CICの透明シートに二筋の細い点線が伸びた。外側は15nm、内側は3nm。東港へ通じる扇形の入口が“音”で閉じられていく。
04:30。海自LST群は等間隔の列を太くし、艦首を東へ向ける。煙幕発生器の点検を終えた甲板員が手袋をきゅっと握り直し、誰かが「今日は潮が優しい」と言った。誰も返さない。 旗艦の作戦卓に、楕円がひとつ置かれる。偵察写真だ。浜の砂にはトラックのタイヤ跡が入り乱れ、即席の遮蔽物が黒い影を落としている。劉がその影の端を指差す。「P-15の発射架は“置ける”が、ここからなら東港の外周に出すまで数分はかかる。臨時サイト限定なら、こちらの初動が勝つ」
04:42。第一撃の準備が進む。CLGの観測員が低空の点を拾い、角度を読み上げる。「真方位025°、高高度微弱反応、距離65nm」 「Terrier、準備。事前方位線を更新。——撃てるようにして撃つな。高空の餌に弾を使うな」 マクレーンは、わざとゆっくり言葉を置く。CICの空気に、その速度が染みる。低空は内層の“砲窓”がいる。中層はTerrier、外はBARCAP。三層の呼吸が合っていれば、穴は自然と小さくなる。
04:55。甲板が微かに白んで、東の雲が色を持ちはじめる。海面はまだ暗いが、波頭が幾つか鈍く光った。 「ロケット式チャフ、外層」 命令が落ち、LSTの舷側から火花の尾が走る。放物線を描いて銀色の切屑がほぐれる。風向100°が味方をする。帯状に垂れた金属雲が外縁を覆い、やや遅れて内層の短距離ロケットが立て続けに開く。二重のカーテンが息を吸って膨らみ、東港の海面に人工の“夜”ができた。計画のH-00:40から25分繰り下げ、H-00:15で投入。 木原が無線で短く流す。「煙幕、前へ。H-00:05、第二陣投入」
05:03。CVSのS-2が、ソノブイ線の空白にひとつ“音の針”を刺す。オペレーターが顔を上げた。「内側線、方位205°、微速の目標。恐らく小型艇。速度12kt」 「対処は内層。——砲窓を開け」 DDのCICで、射撃長が鉛筆を回す。目標針路と己の速度を紙に描き、交点へ向けて砲塔をわずかに前に置く。海面効果が育つ前、目標が“線”に触れる直前に、短く、しかし密度の高い弾幕を開く。それがこの戦争で覚え直した、古くて新しい技だ。
05:07。Terrierが一度だけ吠える。CLGの発射箱が光を吐き、空の高いところで点が消えた。F-8C/Dは黙って北へ追い込み、敵編隊を海から遠ざける。 「対地座標射撃、許可」 米駆逐艦の砲口が、砂浜の裏に置かれた即席遮蔽物へ三発。測距は劉の“屋根線”に合わせる。日本の艦は沈黙を守り、白い煙とチャフの帯で側面を隠す。ルールの線は、薄明の中でもはっきりしている。越境の誘惑は、数字と約束で押し返す。
05:09。東の雲が赤くなった。第1波の甲板で、工兵がワイヤーカッターを腰に下げ、ゴーグルの内側を指で拭う。搭載車輛はブレーキを外し、兵は背中の紐を引いて締め直す。 「H-00:01」 マクレーンは静かに息を吐いた。H-00:00を口にするのは、いつも誰か別の人間に任せる。自分の声が混ざると、機械の歯車に指を挟む感覚がするからだ。
05:10。H-Hour。ランプが落ちる。 砂は冷たくて重い。最初の履帯が岸を噛み、工兵の列が左右へ散る。障害物の杭は予想より深く、ワイヤは潮で硬い。切断に時間がかかる。 「右、杭を残して中央を通せ。——列を太く」 隊長の短い声が、金属音に切り刻まれて返る。列を太く——縦列をあえて“幅”に変えて、被弾時にも流れを止めないやり方だ。狭い浜では愚策に見えるが、砲爆の切れ目が短い時ほど、生き残る列は“太い”。
05:12。内層で砲火が咲く。DDの5in/38が一拍ごとに吠え、3in/50がその間を縫う。海面に白い筋が走り、小型艇の舷側が砕け、遠くで黒い煙が膨らむ。 「S-2より報告。外側線、潜走反応なし。内側、二目標は消滅」 CICに淡々とした声。ケリーがテープに刻む。「窓、維持」
05:13。浜の背後で火花が散った。劉が顔を上げる。「P-15の“準備”かもしれない。だが、射点は港内から出せない。——時間がいる」 「なら、こちらは時間を使わせない」 マクレーンはCLGに短く送る。「対空は内層優先。座標射撃は最小、海兵の頭上を通さない。F-8C/Dは南の縁へ圧を残して戻れ。——この調子だ」
05:15。タグが白い息を引き、仮設の方位灯が、夜に置き忘れた小さな星のように灯る。木箱から摘み出された白色灯だ。 港の裏手、古い製氷工場の煙突から、うっすらと湯気が立ちのぼる。ディーゼルの予熱に成功したのだろう。氷は、止血にも魚にも必要だ。見えない場所で、別の一列が進み始めている。
H-Hourは過ぎた。だが、まだ“夜明け”は来ていない。砂を掴んだ手が、次の杭に向かって伸びる。彼らの上を、白いチャフが小雨のように落ち続け、海はそのたびに薄く、また暗くなる。 マクレーンは時計を見て、CICの赤い明かりの下で、紙図の角を軽く押さえた。——ここから先は、数ではなく“手順”が勝ち負けを決める。彼はそう信じている。——次の1分も、その次の1分も、渡さないために。
読了ありがとうございます。幻彗(gensui)です。
今回は「撃たない判断」と「列を太く」を芯に、時間を奪い合う上陸の1分前を描きました。
数式のような数値列(方位3桁°、時刻4桁、単位明記)に気づきがあればぜひコメントで。
用語補足や視界の描き方の好みも聞かせてください。
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次話は#12-2、白い壁が薄れゆく朝、幅を保つための“次の1分”へ。——橋頭保の白線は北へ延び、霧の縁で再び走る。
次回更新は、明日 12:00 頃(JST)に公開予定。




