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夜明け作戦・暗号の部屋 (Dawn’s Needle in the Static)#11-2

舞台は上瀬谷と松山分室、那覇の中継。最短文の欺瞞を漁業通話に一度だけ混ぜ、言い直しから〈柳江〉系の癖を拾います。DFの三角が外洋に小さな“穴”を作り、**05:12(TST)**に焦点が合う回。紙と規則の“運用記(全三話)”の第2話。

【場所:上瀬谷「Room-D」→ 横須賀 → 台北・松山分室 時間:1961-07-03 TST 10:00–12:20/JST 11:00–13:20】



 午前の光は、地図の糸を明るくしただけで、難しさは減らない。H-Hourの数字は決まったが、数字は刃物であって盾ではない。上瀬谷の机に短い文が1つ、タイプされる。

 〈漁撈通話に紛れ、最短文で誘導。用語は季節語と潮。名詞は借りない。〉

 「混信注入の試験は1回だけ。台北の指揮で、那覇の中継に通す」

 エリザベスは紙をめくり、声に出してから自分で頷く。厚木のEC-121は降り、那覇のP-2Vは整備に入った。耳は人に戻り、言葉は人に預ける。

 那覇の通信室は、金属の机を叩けば音が長く残る。中継要員の袖には、潮汐表の端紙が挟まっている。

 「文言をもう1度」

 「はい。『春一番、網は半刻遅らす。外洋側の潮、南南西2kt。』これだけ」

 軍の言葉ではない。針は薄く、布だけをすくう。

 10:05(TST)。松山分室の時計が1つ進む。台北の空は淡く、扇風機の羽根の影が床に回る。林 静華は鉛筆の芯を伸ばし、那覇との回線に短く合図を送る。

 「いきます」

 那覇の送信卓で、回線のノブが指1本ぶん動く。電力は弱い。混ぜるだけの強さ。8MHz帯の端、漁業通話の群れに、4秒だけ、言葉が沈む。

 静けさ。

 次に、短い舌打ちのような訂正。〈朱雀-3〉の副網とは別の、沿岸保安の交信に、同じ「南南西2」の言い直しが乗った。言い直した声は、軍の音を持っている。民の皮で、軍の骨が動く。

「拾えた」

 松山で林が呟き、上瀬谷でエリザベスの鉛筆が紙を突く。訂正の1秒後、〈柳江〉系の識別語が変化する。末尾の1桁だけ、当日の潮汐番号に合わせる旧習が、書き換えの遅れで露出する。

 DFの線がもう1度、地図に三角を描く。真方位198°/距離228nmと、204°/194nm。澎湖と臺南の間、外洋側に、小さな穴が開く。穴は数分で塞がるが、塞がる早ささえ、手順の癖だ。

 「もう十分。試験は終わり」

 エリザベスは文を閉じる。重ねた紙の角が少しずれて、そこに小さな白い三角ができる。人が書いた線は、必ず角を作る。角は針の入口だ。

 台北では、受信紙に珈琲の輪が出来ていた。松山の分室は、昼の匂いが早く来る。林は窓を少し開け、通りに出たバスの乗降の足音を聞いた。

 「避難学童の便、午後は2便に減らすそうです」

 民生報からの追記。紙は戦に直接効かないが、紙の上の人は戦で生きる。エリザベスは短く「了解」と打つだけにした。情報の部屋に、涙の入る場所は少ない。少ないから、入ったときは長く残る。

 11:30(JST)。横須賀のブリーフィング。H-Hourの円の上に、赤鉛筆で小さな鍵穴が描かれる。円と鍵穴の重なりが、鳳凰の初動。

 「欺瞞は1度限り。2度目はない」

 マクレーンが言い、誰も反論しない。2度目をやるなら、それはもう欺瞞ではない。

 上瀬谷に戻れば、紙の山は午前より高い。鉛筆の芯はさらに短い。エリザベスは紙やすりで芯を整え、ログの余白に3つだけ書く。

 〈1、夜明け+12分。2、副網の手順逸脱。3、柳江の末尾1桁〉

 この3つが揃う時、針は入る。揃わない日には、紙を畳んで待つ。勝負は、待つ側の規律で決まることもある。

 12:20(TST)。松山から最後の鍵文。

 〈H-Hour確定案、05:12(TST)。欺瞞電注入、最短・1回。名詞は借りず。〉

 送電音のあと、部屋に昼のざわめきが戻る。那覇の中継室では味噌汁の匂いが立ち、上瀬谷ではパンの袋が破れる。世界の同じ時間に、同じ腹が鳴る。戦はそれでも進む。


読了ありがとうございます。幻彗(gensui)です。

#11-2は短い言葉×一度限りの原則で鍵穴を確かめました。

〈柳江〉末尾1桁の更新癖、DFの収束、受信紙の“角”――どれも針の入口。

表記(TST/JST併記・8 MHz・2 kt)や用語(欺瞞電=混信注入、DF=方位測定)で気づきがあればコメントでぜひ。

面白ければブクマ&評価(☆☆☆☆☆)で応援を。次は確定と配備の#11-3へ。

次回更新は、明日 12:00 頃(JST)に公開予定。

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