沖縄海戦(Three-Layer Shield)#09-1
沖縄東方。船団防衛は“密度”と“角度”で作る盾――上空CAP/中層SAM/内層砲窓。
P-15と低空群に対し、列を太く、斜角で面受けします。戦術の手触りを優先しました。
【場所:沖縄本島東方〜宮古・久米島海面 時間:1961-06-27 04:40 JST】
夜が抜ける直前の海は、鉛のように重い。東の縁が白むより先に、艦橋の時計は04:39を指していた。佐伯大輔は双眼鏡を外し、濡れた手すりに掌を置く。うねりは低い。だが、低いからこそ、波頭の影に“それら”は紛れる。
「あやなみ、戦闘配置。速力11kt、列は太く維持」
艦内拡声器が応える。靴音が甲板を走り、5インチ/54の砲尾が油の匂いとともに息を吐いた。右舷には輸送船列、左舷には病院船を含む雑用船列。2列の間隔は短い。見た目の危うさに反し、この密度が“盾”になる。どこを撃たれても全体は曲がらない。そう決めてしまえば、手は早くなる。
「ピケットより通報。方位真083°、レンジ65nm、低空群」
「自艦探知レンジ更新、低空反応入り次第コール」
「BARCAPに通報。CVA 東方220nm。交戦想定時刻05:10」
無線員の声が固く、短い。艦橋の空気は、汗の塩気と紙の匂いが混ざる。後部マストに巻かれたチャフ・ロケットのシルエットが、薄明の空に黒い蔦のように見えた。
佐伯は海図を指で押さえる。矢印が3本、重なる。外層はF-8D(Crusader)とF-4B(Phantom)の軌跡、中層は米巡洋艦のSAM射界、内層に自艦の砲窓。真方位で引かれた線は、海の上の目に見えない壁だ。
「砲側、砲窓設定。第1窓 真075°、第2窓 真082°。VT初弾から」
「了解、砲窓 真075°、真082°。VT装填」
甲板の下で薬莢が擦れる音が、潮騒に合わせてゆっくり速くなる。
05:11。水平線の上を、黒い点が3つ、4つ、つらなった。肉眼では鳥と見紛う低さで、H-5(Il-28)の編隊が波頭を舐める。味方戦闘機はさらにその上を逆光に滲ませ、J-6の牽制に応じてロールする。
「第1斉射、発射」
第1斉射が空へ花を開く。VTの破片雲が、朝の白さに薄く光る。編隊がほどけ、1本が海面へ近づき、別の1本が高度を取って逃げる。その裂け目に、第2斉射を割り込ませる。
「命中。尾翼脱落、1」
冷たい報告。歓声はない。砲側の号令だけが重なる。
その刹那、ソナー室から鐘が鳴った。
「前面右舷、疑似接触……いや、生きてる。小型潜と思われる」
「S-2呼べ。バリア前出し1,000yd。列、角度05°——斜角盾」
船団全体が、潮の目を避けるようにじわりと角度を変える。真っ直ぐよりも、斜めが強いことがある。斜角の盾は、魚雷も爆弾も、列の“面”で受けるための嘘の角度だ。
06:05。北東の岩礁影で、光が跳ねた。
「ミサイル!」
誰かの声がひび割れ、すぐに整えられた号令に吸い込まれる。
「チャフ、間欠散布! 回頭、方位095°、2°だけでよい!」
煙幕が白く、海面に指で線を引くように伸びる。艦は大きくは動かない。影をずらすだけでいい。ずらした瞬間に、砲窓へ“敵の直線”を合わせ直す。
鋼の矢のような航跡が、白い帯を切り裂いてくる。P-15は低い。海と同じ高さで、海を信じている。
「前部3番、先行弾で水面を起こせ!」
甲板が拳で殴られたように震え、砲煙が潮の匂いを押し返す。破片が海面を叩く。1弾はチャフ雲に身を投げ、2弾は砲弾に乱され、波に脚を取られた。
「回避角10°。至近、タンカー1」
タンカーの側板が黒く濡れ、唸りながら続航する。誰も見ないふりをする。見れば足が止まる。
「Terrier、発射」
遠く、別の空で白い尾が伸びた。米巡洋艦の中層が、SAMを2発、3発と繋ぎ、H-5の残りを削る。高い空へ消える尾を、佐伯は1度だけ見た。
07:45。煙幕の切れ目に、低い影が3つ現れる。ミサイル艇だ。
「A-4、入る」
無線の向こうで声が短くなる。数分後、海の上に黒い煙が立ち、影の1つが止まった。
08:20。佐伯は時計を見て、短く言う。
「座標、送れ。対地は米艦だ」
海図の端で、砲術科が鉛筆を走らせる。岩礁の北側、四角い影。台船だ。CAの斉射は、海の一部を茶色く泡立て、次の瞬間、その四角を無にした。
「あやなみ」は撃たない。撃てない規則を、守る。守る代わりに、守り切る。
09:10。高い空で光が瞬き、Talosが先端を折った。H-5の二陣は、目的地を見失い、捻れて散る。BARCAPが最後尾に噛みつき、海はふたたび呼吸を取り戻した。
甲板の上で、若い水兵が汗を拭い、銀色の細片を拾い上げる。チャフの欠片だ。掌に載せると、風に震えて逃げた。
「まだ崩れるな」
佐伯は独り言のように言い、双眼鏡を上げる。真方位の線は、まだ消えていない。
昼前、那覇沖に白い建屋が見えた。病院船の横腹に赤い印が揺れている。船団がほどけ、各艦が所定の針路に散っていく。
無線に、北方の冷たい名が載った。
――TRIDENT(北海方面上陸支援作戦)。
佐伯は双眼鏡を下ろし、短く答えた。
「受けた。こちらは通した。次も、通す」
読了ありがとうございます。幻彗(gensui)です。
#9-1は三層防空の運用回。列の“斜角盾”、砲窓の切替、チャフ帯の作り方で低空群とP-15をいなしました。表記(JST時刻/真方位3桁+°/距離=nm, yd)や用語(VT=近接信管、5-inch/54、Terrier/Talos)で気づきがあればコメントでぜひ。
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次は空側視点の#9-2へ。
次回更新は、明日 00:00 頃(JST)に公開予定。




