龍門前夜(Eve of Dragon Gate)#06-4
H-5の最終攪乱と沈黙灯で接近軸を確定し、列は細いまま針路328°で押し込みます。
初弾短→次弾長の測距を、音と匂いで追います。
【場所:高雄湾口—仮桟橋前線/旗艦CIC—前進P-15台船 時間:1961-04-19 04:20 TST】
04:20。張がCICで時計を見る。淡い光。空の縁が灰へ寄る。
「H-5、最終攪乱を投下。帯は維持。」
「よし。全艦、無線沈黙継続。」張は針を見た。04:40で海の時計を陸の時計から切り離す。
陳玉蘭が襟を整える。「人民は夜明けを信じる。」
「われは時刻を信じる。04:40、H-Hour。」
04:27。砂背ラインで沈が沈黙灯の覆いをわずかに上げ、曳船の合図を待つ。
「潮、北へ0.3kt。」
仮桟橋の黒い影が水を掬い、ワイヤが微かに鳴る。岸の白光が遅れて咆哮し、初弾は400yd短、次弾は長く振れて列の外へ倒れた。沈は歯を食いしばり、指だけで締具を取る。
04:30。CICで劉が指を折る。
「CAPは20分。前方の分散滑走路からひねり出した時間です。」
「第一梯隊、針路328°で接近維持。列は細く。」張が答える。太れば弾を呼ぶ。
04:34。前進P-15台船で船長が確認する。
「方位扇030°、距離21nm以内。」若い水兵が復唱した。
「越距離は撃たない。」船長は繰り返す。「撃たないことが今夜の盾だ。」
レーダーは静か。帯の向こうで哨戒の光点が揺れ、こちらを見失っている。
04:37。湾口で風がわずかに南へ回り、油に土の湿りが混ざる。曳船が仮桟橋の右へ回り込み、ワイヤを+1目盛張る。第一梯隊の舳先が198°から328°へ、最後の角度を切った。
劉が低く言う。「薄明、+1分の誤差内。」
「砲座は次弾で“長”の調整。」ヤーコフが言い、
「列は細く。」張が引き取る。「望むのは上陸だ。」
04:40(H-Hour)。沈が沈黙灯を掌で遮り、1秒だけ開いた。J-6が頭上を裂く。沿岸の閃光は“長”へ振れ、白柱が列の背で倒れた。
曳船が押し込み、仮桟橋の縁が第一梯隊の舷側に噛みつく。鉄と木の乾いた悲鳴。ワイヤの唸り。人の靴音が、海の上に陸の音を刻む。
「第一門、確保。」沈の声は低いが、途切れていない。
同時刻。前進P-15台船では管制箱で赤が一つ点り、すぐ消えた。距離20.6nm。
「射表、維持。越距離は撃たない。」船長は己に言い、誰にも言わない。
04:42。張がCICで送話器を取る。
「揚陸、接続確認。第一梯隊、上陸開始。」
「——龍門、第一門開く。」
間髪入れず続ける。
「第二門。第二梯隊、針路328°で接近。曳船は右舷先行。列は細く、間隔保持。」
劉が透明定規を滑らせた。「CAP残り8分。」
「足場ができれば、空は少し足りても回る。」張が言う。「足りないのは、決断だ。」
04:45。仮桟橋前線では第一梯隊の兵が板を渡す。400yd後ろで白柱が崩れる音に、誰も振り向かない。
甲板の塩卵の殻は羅針盤の蓋にまだ敷かれ、油の匂いを押さえている。夜がほどけ、海の色が灰へ戻る。その灰の上で、計算どおりの一行が進む。
読了ありがとうございます。幻彗(gensui)です。
#06-4は「時刻が戦力」をテーマに、H-Hourの切断と第一門確保までを圧縮しました。
表記(角度3桁・nm/yd・時刻4桁)や用語補足の要望はコメントでぜひ。
面白ければブクマ&評価(☆☆☆☆☆)が続話の密度を上げる燃料になります。
#06-5はCAP窓の尽きと“間”を断ちに来る砲撃、第二門の攻防へ。
更新は明日 06:30(JST)頃を予定。