龍門前夜(Eve of Dragon Gate)#06-3
沈黙灯で接近軸を刻み、偽帯で敵眼をずらす――今話は「列を細く」の一点張りです。
初弾短・次弾長の測距を、音と匂い(油/潮/硫黄)で追います。上陸直前の“静かな圧”をどうぞ。
【場所:高雄湾口沖/砂背ライン—仮桟橋接近軸 時間:1961-04-19 03:10 TST】
03:10。砂背ラインで沈国強(標識隊長)は甲板の縁に膝をつき、沈黙灯を覆う掌を少し開いた。砂背の肩が黒い水の上でふくらみ、波の襟だけが白い。
「灯、1秒。」
短い点滅が夜に浅い印を残す。曳船の艫で男が指を立てた。
潮はわずかに北へ引く。風向は+1目盛変わり、列の呼吸が乱れ、機帆船の腹が触れそうになる。船員が舷側にマットを差し込んだ。
「標識、二つ目。」沈は囁き、金具を締めた。砂の匂いが油の匂いを殺す。
03:22。張がCICでレーダーの端を見やる。偽の帯が呼吸している。
「帯、減衰せず。」
「よし。」張は方位線に指を滑らせる。「揚陸列は針路312°に寄せろ。列を細く。」
劉が頷く。
「CAP窓は04:30開始で20分想定。J-6は先頭上空で2機1対。」
陳が腕を組む。
「窓が閉じたら?」
「閉じる前に乗り込む。」張が言う。「乗り込めば、岸の時計とこちらの時計は別だ。」
ヤーコフは何も言わず、紙の端を丸めて戻した。
03:41。前進P-15台船で船長が係留索を締め直す。金具が低く鳴った。
「扇030°、距離21nm以内。」若い水兵が復唱する。
船長は海に耳を寄せるように立ち、夜の体温を測った。
「越距離は撃たない。撃たないで守るのが今夜の任務だ。」
南の闇で、別の機帆船の機関がむせた。若い声が、短く笑って止む。
03:58。CICで通信士が紙片を差し出す。空気が硬くなる。
「沿岸からの光点、断続。規則あり。」
劉が方位線を引く。「林園側、沿岸砲座起動と思われます。」
「初弾は短い。」張は静かに言った。「砂の肩を打って、音で距離を測る。」
沈黙が薄く覆い、誰も反論しない。
04:07。砂背ラインで沈の指が震える。しかし締め具は正確だ。
「標識、三つ目。」
曳船が前に出て、仮桟橋の影が黒い海に楔のように落ちた。
岸の暗がりで白い糸がほどけ、音は遅れて来る。打音が二度、艦の腹を撫で、三度目が遠くで割れた。
「初弾、400yd短。」驚く者はいない。皆そうなると知っていた。
04:12。CICで張が指示する。
「曳船2、位置確定。揚陸第一梯隊、針路328°で最終接近。」
「CAP、上空へ。」
陳が肩を小さく震わせる。
「空は足りるか。」
「足りない空は、足場で補う。」張が答える。「足場は今、沈が作っている。」
ヤーコフが口を開いた。
「沿岸砲の次弾は短の次に長い。列は太らせるな。細い列は、弾の間を通る。」
「列を細く、間隔保持。」張がうなずく。「砲戦は望むな。」
04:16。曳船は仮桟橋の右舷側へ回り込み、ワイヤを取る。
揚陸第一梯隊の舳先は低い。船員は舷側に手を当て、船が海の呼吸に合わせて沈み、浮く間を見ている。
岸からの閃光が遅れて咆哮し、白い水柱が列の後ろで立った。
風が変わり、油と潮と硫黄が混ざった匂いが、夜の最後の層を破る。
読了ありがとうございます。幻彗(gensui)です。
#06-3は砂背ラインの“足場づくり”と時間勝負を描きました。
用語や表記(角度3桁・nm/ft/yd・時刻4桁)の気づきや、読みやすさの箇所をコメントで教えてください。面白ければブクマ&評価(☆☆☆☆☆)で応援を。次回#06-4はH-5最終撹乱とH-Hour直前、海の時計を陸の時計から切り離します。
更新は明日 06:30(JST)頃を予定。