龍門前夜(Eve of Dragon Gate)#06-2
照明弾とロケット式チャフで“帯”を引き、Komarは撃たずに角度を外す——上陸前夜の2時間です。
静かな能動の連続を、そのまま追っていただければ、幸いです。
【場所:鵝鑾鼻北西16nm海域/旗艦CIC—前進P-15台船 時間:1961-04-19 00:40 TST】
00:40。張がCICに立つ。雲底は1,200ft。H-5が2万ftから照明弾を投下した。白い花が風にほどけ、海は一瞬だけ灰色に起き上がる。遮光板で窓は塞がれ、光は計器に映らない。
「光点、拡大せず。」レーダー員。
「よし。」張は海図の端を押さえた。「帯は予定どおり方位030°へ引け。」
01:02、別のH-5がロケット式チャフを撒く。スクリーンの端に細い線が立ち上がり、やがて蛇行した。帯は、見えない水路標識のように敵の眼を導くはずだ。
01:15。前進P-15台船では、船長が錆びた甲板の湿りを踏む。係留索がわずかに鳴った。
「索、+1目盛締め。」船長が言い、若い水兵が手袋を噛んで頷く。
管制箱の赤いランプは消えている。射表は閉じたまま。
「方位扇は030°。距離目安21nm以内。」水兵が復唱する。
「越距離は撃たない。」船長は言う。「撃たないことも任務の一部だ。」
この台船は前進配備の臨時発射台。方位扇030°、有効目安は21nm内。
南から低い機関の脈が寄る。
「味方か。」
「推定、徴用の機帆船……だが速い。」
「灯火なしの接近は禁制だ。舷側にマット、衝突防止。」
黒い背中が波の上で跳ね、腹に触れる寸前で離れる。短い手が振られた。民間の操船だ。列に追いつこうとして潮を読み違えたのだろう。
「射表を開くな。」船長は低く言う。「閉じていることを忘れないためにな。」
01:36。CICで劉が言う。
「雲底1,400ftに上昇。薄明は計算どおり。」
「揚陸線は。」
「後方2nmに列。伸縮は許容範囲。仮桟橋先行の曳船2は正常。」
張は頷き、陳を見る。
「陳同志、静かにしていれば、夜は味方だ。」
「夜は人民にも敵だ。」陳は肩をすくめる。「だが、あなたが計算した夜なら味方だろう。」
ヤーコフは煙草を指の間に転がし、吸わずに戻した。夜に火をつけるのは、夜を怒らせる。
02:03。通信士が紙片を差し出す。
「西側沿岸より断続の光信号。規則性あり。」
劉が読み上げる。「方位128°。」
「帯に引かれた。」ヤーコフが低く言う。「あの光は、われの影を探している。」
張が命じた。「Komar前進。針路245°で回頭、4.5nmで反転。チャフを1発、帯に重ねろ。砲戦は避ける。」
短い命令が、静かな手で艦から艦へ渡る。天井が小さく軋んだ。
02:22。張が甲板に出る。風は南東、湿り、体温に近い。耳が遠さを測る。
「右舷前方、方位132°、速度上がらず。」見張り。
「漁船ではない。哨戒だ。」張。
Komarの影が低く走り、やがて消える。
02:30。偽の帯の端に、棘のような光点。
「接近4.8nm。」レーダー員。
「4.5nmで反転、実施。」航海長の声が重なる。
一瞬、夜が白く濁る。チャフが空へ刺さり、金属の雨が散る。哨戒の光点は帯へ吸い寄せられ、こちらから角度を外した。
「離脱。」レーダー員。
02:35。張がCICで息を整える。
「H-Hourまで、あと2時間5分。」と劉。
「沈国強へ。『標識隊、予定どおり湾口へ。灯火は沈黙灯のみ』。」
伝令が走る。手で渡る言葉は、紙の温度を奪い、次の手へ渡るころには冷える。冷えた命令は、よく通る。
張は胸の内で一つだけ繰り返した。目的は上陸。
手段が膨らみ、目的を喰わないように。
読了ありがとうございます。幻彗(gensui)です。
#06-2は「目的は上陸。手段が目的を喰わない」を軸に、撃たない緊張を積み上げました。
用語や表記(角度3桁・時刻・単位)で気づきがあればコメントで教えてください。
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更新は明日 06:30(JST)頃を予定。