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西太の布陣(The Western Pacific Line)#05-3

この章は“出港”までの一日を、三段加速で描きます。

E-1の再離陸、窓角の最終確認、そしてJoin-up。合言葉は「列を太く/斜角は盾/窓を細く」。

操作をミスって、一回消してしまいました。バックアップから復元しました。

 04:30。那覇方面からの電が届いた。医薬品、母子の受け入れ、避難船団の護衛――言葉は簡潔で、最後に「可能な範囲で」と結ばれている。可能の範囲を広げるのが軍隊の仕事だ。参謀が護衛計画に「沖縄線α」と記し、配布の判を押す。

「列を太く、盾は斜角、外層は遠方で掴む。――教則通りにやるだけだ」

 マクレーンは自分に言い聞かせるように呟き、盤上の鉛筆を置いた。


 04:35。E-1が再び浮き、相模湾に透きとおった輪を描く。空はまだ低いが、東の灰色がわずかに薄い。CICでは“砲窓”の角度が最終確認され、VTの信管は1段低く設定された。旗艦のスピーカーが鳴る。

「全艦、沖縄線α。06:00、出港」


 05:10。港外の海面がわずかに明るむ。風は南南東で8kt、うねりは低い。

「最後の確認――“窓”は024°、予備窓は032°。幅は各300yd。導入は一群、本射はVT」

「了解、024°/300yd、導入短縮、VT確。――装填!」

 砲術長が“事前方位線”をなぞる。窓は細いほど強い。細いほど、外層からこぼれたものを確実に切れる。


 05:40。補給船団の列が静かに動く。タグが押し、ロープが鳴り、スクリューが水を噛む。護衛駆逐艦は斜角盾の角度を合わせ、至近の被弾コースを互いの船体で交互に潰し合う配置に立つ。甲板上では、視度表の端を親指でたどった若い航海士が小さく復唱した。

「まっすぐ強く、斜めにしなやか」


 06:00。第1陣の舫が外れる。灰色の列が、雨の名残を切りわけて前へ出た。

 マクレーンは艦橋の窓に手を置く。掌に伝わる冷たさは、鋼の体温だ。遠い北からは「ヨーテボリ入港」の続報。西の海では、貨物と子どもたちが列に乗る。南の海へは、こちらが盾を持って降りていく。世界は、同じ拍で呼吸していた。

「行こう」

 誰にともなく――しかし、全員に向けて。


 06:30。浦賀水道の白線はさらに延びる。掃海母艦の甲板で起爆用の導線が濡れた床に沿って引かれ、遠くで鈍い水柱がほどけた。白線は、船を外海へ押し出すための細い道だ。港の背後で、夜勤明けの誰かが白いテープの端を指で押さえている――そんな気配を、マクレーンは知らないまま受け取った。


 07:20。横須賀港外、護衛駆逐艦が短い汽笛を鳴らす。旗流信号が上がり、JOIN-UP(船団合流)の最終確認。

「“列を太く”の確認。――斜角盾は基準035°、相手軸を想定して+8°まで許容」

 筆記係が記録簿に走り書きをし、羅針儀の横で若い航海士が指を折る。


 07:50。「あやなみ」からの内線。若い声が緊張を隠せない。

「対潜ソナー、微弱。方位170°T、距離2100yd。断続的です」

「S-2を2機、外環へ。降下は2段階。――無理に追うな、“聴け”」

 S-2は雲底へ潜り、ロケット投射のチャフを1筋、雨の帳に置き去りにした。やがて戻った報告は「誤探知に近い」。盤上の鉛筆で×印がひとつ、静かに消える。


 09:40。CLGの指揮所。レーダ室の空気は乾いて冷たい。

「内層、窓角を2°詰め。――024°基準、幅300yd維持」

「了解」

 “落ちる前に待つ”。待つための準備だけが、能動だ。


 11:05。CVA後部昇降機脇。整備員がF-8Dの脚周りに手を入れ、ピトー管にカバーを被せる。

「交代波、次の編成は“1対+予備1”で。高度2万ft→1万5千ftへ段引き」

「了解、Bingoは+5分、RTB門限は−3分」

 甲板に残る雨が蒸気のように薄く立ち、金属の匂いに混じった。


 14:20。気象科が等圧線の束を差し出す。前線は夕方に向けて再び波打つ見込み。E-1の飛行は一時的に高度抑制、外層の交代波は前倒し。

「天気は敵。だが、味方にもなる」

 マクレーンは窓をさらに細くする決裁にサインした。通る場所を1本に絞る。


 15:10。CIC。北東からにじむ光点。

「高度1万2千ft、方位048°T、速度380kt。IFF応答あり、味方確」

「了解。――窓は024°基準、幅300yd。導入は一群で終えろ」

「024°、300yd。――照準、据え!」


 17:15。外洋。補給船団の“列”は太く、護衛は斜角盾を保ったまま南へ。

 E-1のスコープは静かで、S-2のブイ帯は長く、CLGの砲は黙って窓を向いている。撃つ前に待つ。待てるのは、準備した者だけだ。


 18:40。SIGINTが再び指で合図する。雑音の底に、同じ符丁。同じ息継ぎ。同じ工兵の癖。対岸のどこかで、台船の上に真新しい“歯”が差し込まれている。

「前進サイトの兆候、継続」

「了解。外層はF-8D厚め、F-4Bは交代波を維持。――窓は024°を基準、予備窓032°を生かせ」


 19:30。夕闇。甲板の鉄がわずかに温度を失い、空は一段暗くなる。

 マクレーンは海図の端を押さえ、短く息を吐いた。列、盾、窓――今日という一日は、それらを太く、斜めに、細くするためにあった。明日も同じことをやる。だが同じでいられる日こそ少ない。

「“48/24”は維持。各隊、交代波の計画を再点検」

 返ってきた応答は短く、確かだった。


読了ありがとうございます。幻彗(gensui)です。

海の側の“準備”は、待つための能動だと改めて書きました。

用語や表記の気づき(角度3桁・時刻・VTの扱い)をコメントで頂けると助かります。

面白ければブクマ&評価(☆☆☆☆☆)で応援を。

更新は明日 13:30(JST)頃を予定。

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