超強い剣士が老人に化けて武闘大会に出ていたら、相手は気づく? 気づかない? 準備編1
――一体、なにがいけなかったのだろうか
国境付近に居座りついた邪龍を倒す。
剣聖と呼ばれた私には、簡単な依頼のはずだったのに。
その邪龍が数百の魔物を従えているなんて情報は、毎日丁寧に手入れしている剣の錆ほどもなかった。
だというのに、まるで私を待ち伏せていたかのように、突如邪龍の周りに召喚された魔物たち。
これでは何者かが私を嵌めたようにしか見えない。
いや、事実そうなのだろう。
剣聖ともてはやされ、民衆から当代勇者を凌ぐほど人気を得ていた私は、国にとって目障りだったのかもしれない。勇者信仰のあるこの国では、勇者の権威が落ちるのは困ることだから。
女性人気も私の方があったせいか、勇者からもよくひがまれていたし。
まさか魔物の大量発生に国が絡んでいるとは思いもしたくないが、意図的に情報を伏せられた可能性は否めないだろう。
危険な魔物の掃討をするだけでも、戦死には箔がつく。
厄介払いとしては、体のいい依頼だったはずだ。
もう少し大人しくしていれば、こうして始末されることもなかったのだろうか。
あるいは私の考えすぎで、本当に偶然、邪龍が強大な力を持っていただけかもしれない。
いずれにしても、私の運命がここで終わることは間違いない。
既に数百の魔物は切り刻み、残りは十数と邪竜を残すのみ。
しかしながら、こうして思考して気を紛らわせていないと、意識を失いそうになるぐらいには疲弊していた。
致命傷はないが、全身の傷が生命力をじわじわと奪っていく。
密室にくくりつけられ、水責めを行われているような絶望感。
立つことさえままならず、自慢の剣を杖にしながら片膝をつくことしかできない。
それでもと奮起して、襲いくる魔物を物言わぬ肉塊に変えてゆく。
そして――。
ついに邪龍を残すのみとなったが、万全な状態ならまだしも、こんな様では勝てるはずもなかった。
どうあがいても助からないだろう。
だが、せめて戦士として死にたい。
逃げることもせず、倒れることもせず、誇りを持ったまま死ぬ。
今の私にできるのは、それが精一杯だった。
邪龍は、そんな私を興味深そうな目で見て、トドメを刺すことなく痛ぶってくる。
ブレスを吐けばいいものの、わざわざ爪でひっかいたり、しっぽで薙ぎ払ったりして、いつ立ち上がらなくなるのか楽しんでいるようだ。
こちらにも矜持があるので、立つのをやめるつもりはないが、そろそろ力が入らない。
思考をするのでさえ億劫になってきた。
一体どれほど痛めつけられたのだろう。
ついに立ち上がることもできなくなり、地面に突っ伏する。
途端、背中に凄まじい重圧がかかった。
邪龍の足だ。
まだ身体強化魔法を巡らす気力はあるものの、万力のような力で押さえつけられては、限界も来る。
ミシミシと肉体が悲鳴をあげ、地面に押し込まれる。
抵抗しようと力を込めるが、巨体には全く敵わない。
肉体が締め付けられ、身にまとう強化魔法が弱まって来たのか、バキリと鎧が割れる。
這いずろうと前に出していた手も、力が全く入らなくなった。
一瞬背中の重圧から解放されたかと思うと、凄まじい衝撃が肉体に走る。
激痛に苛まれるも、もはや悲鳴を上げる気力すら残っていない。
視界がぼやけ、意識が遠のき始める。
もはやここまでかと思われたその時、大きな話し声が聞こえてきた。
「もぉ〜、賢者様、どこまでいかれるんですか?」
「そろそろ、そろそろだから!」
「さっきもそんなこと言って、何もなかったじゃないですか! いい加減引き返しましょうよ〜。こんなに奥深くまで来たら帰れなくなりますよ? 機動力のない皆を置いてきてるんですから、あまり先に進むと合流できません」
「でも、異常な魔力反応があったのはこっちの方なんだ。さっきまでは待機状態だったけど、いまはもう発動されている。甚大な被害が出る前に、なんとかしなきゃ民が困る」
「そういうところは尊敬できますけど、だからってそんな危ないこと、わたしたちだけで対処できるんですか?
そんなに危ないなら応援要請とか必要じゃないですか? せめて、皆が来るまで待つとか……」
「そんなこと言ってる暇がもったいないくらいやばいんだ。俺ならなんとかできるから大丈夫……っと、見えてきたぞ。魔物の群れが……って全部死んでるな。向こうにいるのはドラゴンか?」
「うわぁ……こんな数の魔物が死んでいるなんて、一体何が――って、ドラゴンの足元を見てください! 人が踏みつけられてますよ! なんでこんなところに!?」
「おそらくあの人が魔物を倒したんだろうけど、凄まじいな。あのドラゴンしか残ってないぞ」
「……っ。私たちに気がついたのか、ドラゴンが完全にトドメを刺そうとしてます! 間に合いませんっ!」
「普通ならそうだろうな。でも、いまは俺がいる」
そんな会話が聞こえていたと思ったら、急に身体への負担がなくなった。
おそらく私を踏みつけていた邪竜を倒したのだろう。
私があれだけ苦戦していた相手を一瞬で……。
仮に私が万全な状態だったとしても、こんな芸当はできない。
明らかに私より格上。
助けてくれたので味方だと思いたいが、仮に敵だとしたら確実に詰みだ。
しかし。
聞こえていた会話では『賢者様』と呼ばれていたし、きっと最近噂になっている『冤罪の大賢者様』に違いない。
であれば、明らかな援軍だ。
その事実に気がついた途端、身体から力が抜けて、全く動けなくなった。
「……っ、大丈夫ですか!? しっかりしてください!」
「見たところ致命傷は負っていない。踏みつけられていたから内部の損傷具合はわからないが、回復魔法をかければ助かるだろう。最後まで身体強化魔法を切らさないなんて、全く、大した根性だな」
「シローネは……ギリギリ見える距離にいますね。もうすぐ僧侶が来ますからね! あと少しの辛抱ですよ!」
もうこれ以上、無理をしなくていい。
安堵した私は、遠慮なく意識を手放した。




