特殊部隊CVC -2-
ミーティングにはあと2人の捜査官、行動分析チームのポール・アンダーソンと特別捜査チームのウォーリー・クラークが加わり、総勢9名で開始された。
「では、捜査の状況だが」
改めて未来の紹介を済ませ、このミーティングがコードネーム「ティアーズ」という事件の捜査のためのものであることを説明した後に、マックスがもう一度口を開いた。
「今日からメンバーも増えたことだし、おさらいを兼ねてもう一度全体像を見ていこうと思う。更新した報告書を送るから、手元のターミナルを確認してくれ」
その場のメンバーが各々の専用情報端末の画面を覗き込む。すると、携帯ゲーム機の倍くらいある画面に、資料作成用ソフトで作られたドキュメントの頭を飾る、素っ気ないブロック体の題字が現れた。
「まずこの事件は、手口及び現場で発見された微物類の一致から、同一犯による連続殺人事件と断定されている。最初の被害者の遺体が発見されたのが、2年前の2039年7月上旬。場所はウエストバージニア州、ホワイトサルファースプリングス」
未来がマックスの進行を聞きつつスタイラスペンでドキュメントのページを次に進めると、事件の詳細が記載された報告書のページになった。
被害者はモイラ・マックスウェル、11歳の白人で女性。直接の死因は頸部圧迫による窒息と記されている。
未来は報告書に添付されている遺体発見現場の画像ファイルを拡大してみて、思わず顔をしかめた。草むらの上に横たわっている遺体は姿勢があまりに不自然で、よく見なければどうなっているのかがわからなかった。
長い髪を耳の下で二つに分けて結んだ少女は上半身が仰向け、下半身が上半身より斜め左にずれた位置でうつ伏せになっていた。
生前はさぞ愛らしかったのだろう顔は腐敗のために変色し、むくんでぱんぱんに膨れ上がっていて、目は糸のように細くなっていた。僅かに開いた口からは体液が流れ出したあとがあり、頬には黒っぽく、固まった血がこびりついている。
そして少女の小さな身体は文字通り、真っ二つに引き裂かれていた。
臍の少し上から下腹部にかけてが夥しい量の赤黒い血にまみれ、大量の蝿と蛆がたかっている。そのせいで、彼女の穿いているデニムが一体何色だったのか、見当もつかなくなっていた。黒く固まったデニムが覆うウエストの皮膚は引きちぎられたように裂けていて、痩せた腹部に収まっていた腸が地面にだらしなくこぼれている。
その下半身から伸びた血まみれの消化器官が、1メートルほど離れた場所に放り出された上半身をロープのようにつないでいた。
「モイラはロアノークの自宅で両親と喧嘩をして家から飛び出したが、夜中になっても帰ってこないし連絡もなかったため、その日のうちに家族から捜索願が出されている。4日後に遺体が発見されたが、自宅と遺体発見現場が離れているし、周辺で不審な人物の目撃情報もなかった。恐らく車で誘拐されて殺された後に、胴体を切断されたと思われる」
口を片手で覆い、画像を見つめたままやや青ざめている未来をよそに、マックスは淡々と先を続けている。
「確か、性的暴行を受けた形跡はなかったんだよな?」
先はあれほどふざけた口を利いていたジャクソンが、感情を交えない静かな口調で杉田に確認する。
「解剖結果では口腔内や膣、それに肛門から精液反応は出なかった。服からも体液は検出されていないし、発見時の着衣に乱れもない」
杉田が眼鏡を無意識のうちに指で押し上げると、マックスが頷いて先を続けた。
「そう。それが、この一連の事件での特徴だ。二人目の被害者の遺体が発見されたのが2040年1月、ヴァージニアのアビンドン。一人目の被害者とは性別も年齢も違うが、連れ去られて殺害された後に身体を切断された手口は同じだ」
未来はぎこちない手つきで、報告書のページを2件目の被害者詳細ページまで送った。
被害者は27歳の日系人、ギブスン・ハヤシ。死因は胸部の刺し傷による大量失血とされているが、遺体はモイラと同じくまともな形をしていなかった。
草むらに放り出された身体は胴体が切断されており、頭は爆弾に吹き飛ばされたかのように砕けて、頭蓋骨に混ざった黄色っぽい脳が露出している。顔はどこに目鼻があるか判別できないほどにまで潰された肉片となって、血の海に沈んでいた。
「ギブスンは妻とうまくいっていなくて1ヶ月ほど前から別居状態にあったが、こちらも連絡が取れなくなったことがあって、実家の家族から捜索願が出されていた。彼が死んだ後、彼の妻は50万ドルの保険金を手に入れている」
「その妻ってのも、結果的には喜んでたのかも知れないな。厄介者がいなくなった末に、大金が手に入ったんだから」
マックスの声は相変わらず感情が込められないが、行動分析官らしくない感想でポールが口許を歪めた。すると、遺体の詳細や捜査の状況を一番把握している特殊捜査チームのウォーリーが、彼をじろりと睨んで口を挟んだ。
「保険金殺人の面からも捜査はしたが、元妻に怪しいところはなかった。それに離婚したがっていたのは被害者のほうだし、保険がかけられたのも5年以上前の話だ。ついでに彼女は今も独身で、恋人の一人もいないらしい。暮らしぶりも変わったところはない」
ギブスンの妻については捜査し尽くした、とウォーリーの薄いブルーの瞳が語っている。
ポールとウォーリーは、二人とも30代半ばの白人だった。
痩せた身体にぼさぼさの金髪で無精髭を生やし、研究所にいることが多いポールのほうが、白いワイシャツに地味なネクタイで、やや神経質そうな印象だ。
ウォーリーは、明るい茶色の短髪がきつい天然パーマで頭に張り付いており、生え際が後退している。彼は国内のあちこちを捜査で飛び回るため、ラフなジャケットにデニムといういでたちで、好奇心旺盛そうな表情をしつつ、的確な状況分析をやってのける冷静さを持ち合わせているようだった。
彼らは戦闘チームの要員ではなく、CVC内部の共同捜査チーム代表者としてミーティングに参加しているのだ。
特殊捜査チームのウォーリーはもともと皮肉屋らしかったが、今はそれが顕著に出てきているらしい。短く縮れ気味の髪に指先を埋もれさせながら続けた。
「ギブスンには他に女もいなかったようだ。もちろん、この妻が犯人ということもありえない。彼女はロボットを家に持っていないし、彼女の職場で大型のロボットを使っていたという事実もない。まあ、彼女がサイボーグだというのなら犯行が不可能ということもないが」
「えっ、この事件って……ロボットが絡んでるんですか?」
現場の捜査官代表であるウォーリーがポールへ皮肉を重ねたところで、未来が驚いて顔を上げた。
「ええ。ミキはまだ知らなかったかも知れないけど、この事件は犯行にロボットが使用されている疑いが強いのよ。一連の事件の被害者は全員が体の一部を切断されていて、そのどれにも切断時に刃物が使われた形跡がないの」
「遺体の皮膚が引っ張られたみたいに裂けた具合とか、骨折してるところなんかを見ると、全ての傷口はこう……ねじ切られてることがわかってるんだ。胴体を引きちぎるなんて、人間の身体の大きさと力じゃ不可能だからな。ロボットを相手にした立ち回りも予想されるから、俺たち戦闘チームも捜査に参加したってわけだ」
エマが答えたのに続いて、ジャクソンが両手で雑巾を絞る仕草をやって見せる。
「……それじゃあ、ロボットのアームで遺体を掴んでねじ切ったってこと?」
「今のところその可能性が一番強いんだけど、それにはどうも不可解なところがあるんだよ。アメリカ国内で流通している重機ロボットでこんなことが可能なのは、せいぜい土木工事用か道路工事用のやつで、種類も限られる。だけどそういうロボットは、人間の身体を潰さずに持ち上げることなんかできないんだ。建築や道路の資材は硬いからね」
「他の国から輸入されたロボットが使われた可能性はないの?」
未来が続けて投げかけた疑問に、戦闘チームのメンバーではロボットについて一番詳しいトリスタンも続けて答えた。
「多分それはないと思う。特殊捜査チームの捜査官たちが過去5年間の輸入ロボットの記録を全部調べて一体ずつ調査したけど、登録されていないものや行方不明になったものはなかったんだ。それに輸入されたものについても、安全対策の緊急避難用システムを組み込むからね。アームの内側にはセンサーがあって、生物を掴むと停止するようになってる。もっとも、多少知識があるエンジニアなら、システムを改変することはそう難しくはないんだけど」
トリスタンが一度息をついて、デスクの上で手を組み直してから未来の方を向いた。
「それから、遺体は恐らくロボットが掴み上げて遺棄しているらしいことがわかってる。現場の土の地面にはロボットの足らしい、車輪の跡の一部が見つかっているところもあるからね」
「全部の遺体がロボットを使って遺棄されてるの?」
「跡が全部の現場から出たわけじゃないから、そうとは言い切れない。でも、確率は高いと思う。今のところ、見つかった車輪の跡は同じもののようだから。現時点ではこれが数少ない証拠の一つではあるけど、有力なものとは言えないかもな」
未来の疑問に答えたトリスタンの言葉にウォーリーが頷き、特殊捜査チームの資料ファイルを見ながら補った。
「そして全ての遺体には、アームが掴んだと思われる箇所に皮下出血があった。だから直接遺体を掴んでねじ切ったことは間違いないし、この事件での鍵になるとも言えるだろう。だがアメリカ国内で使用されている重機ロボットは、人間の身体を破壊せずにそっと持ち上げるなんて、器用な手作業ができるほど繊細にできてない。そうなると、違法に改造されたものが使用されている可能性が極めて高くなる」
「その通り。だから犯人は知的職業に就いている、もしくは就いたことのある……」
ウォーリーに次いでポールが行動分析チームの見解を述べようとしたところで、今度はマックスが口を挟んだ。
「まあ待て。それぞれのチームの捜査経過については、とにかく事のあらましを最後まで説明してから聞くようにする。ええと、残り3体の遺体が発見された場所はダイアスクンドにディストリクト、それからミネラル。全部ヴァージニアの街外れだな」
彼は、途中から困惑したような表情に変わった未来に考慮してくれたらしかった。手短に、残りの被害者と遺体発見状況を全員で簡単に確認していく。
3人目の被害者は、2040年6月中旬にダイアスクンドで遺体が発見された34歳の女性、セシル・ジョーンズ。プエルトリコ人の売春婦で、直接の死因は頸動脈断裂による大量出血だった。彼女は頭部を切断されていたが顔面はつぶされておらず、代わりに生前に鈍器で顔面を激しく殴打されて紫色に腫れ上がっていた。この顔面の打撲以外に目立った外傷はなく、首をちぎられた際に死亡したのだ。つまり、首をちぎられた時点ではまだ生きていたということになる。
4人目の被害者が当時20歳のヒスパニック男性で、フリッツ・ウッドエンド。2040年12月上旬に死体がディストリクトで発見されており、こちらは腿から下の両脚がちぎられていた。彼は上半身を中心に20箇所以上の鋭利な刃物による刺し傷があり、そのうちの一つが心臓に達したせいで致命傷となった。また、彼は両腕の内側に刃物から身を守ろうとしてついた防御創も認められていた。
5人目の被害者はヘレン・ホワイト、17歳の白人女性で2041年10月上旬、つまりごく最近にミネラルで死体が発見されていた。彼女の死因は頭部の銃創だったが、肩から下の両腕と膝から下の両脚が切断されている。
「以上が、連続殺人事件の被害者だ。遺体発見現場の詳細な状況や死亡推定時刻は、各自報告書を確認してくれ。それから」
そこでマックスが顔を上げる。
「公表していない情報だが、それぞれの死体発見現場で壊れた人形が発見されている」
「人形?」
未来が怪訝そうな声を上げると、マックスが頷いた。
「報告書の最後のページに画像がまとめてある」
彼に言われた通り、未来はドキュメントを急いで最終ページへと送った。そこには5枚の画像が並べて貼りつけられており、それぞれの下に簡単な説明が記されていた。
画像の中心に写っている人形は「ジューン」という名前のアメリカ全土で売っている、柔らかいビニールでできた女の子用の着せかえ人形だ。が、画像のそれはいずれも服は着せられておらず、土で汚れた状態で放り出されていた。
更に、全てのジューンが無惨に壊されているのが一目でわかった。手や足がもがれているものもあれば、顔が外された上にぺちゃんこにされているものもある。
「その人形は、全て遺体の側に転がっていたものだ。そして次の殺人が起こると、被害者は前の現場で発見された人形と全く同じ状態にされている」
マックスの説明に、未来は息を飲んだ。急いで人形の画像のページを端末画面の隅に待避させ、それぞれの被害者の死体発見現場の様子と見比べる。
モイラの事件で発見されたジューン人形は上半身と下半身が外されて、頭が踏みつぶされたようにひしゃげていた。ギブスンの事件では首が転がされており、セシルの遺体発見現場では引き抜かれた両足が胴体の上に重ねられている。フリッツの現場でのそれは両腕が外され、膝から下の両足は刃物ですっぱり切られているようだった。
そして最後、ヘレンの遺体の脇に置かれていた人形の首は辛うじて繋がっているが、丁寧に描かれた顔は塗装が剥げて酷く汚れており、頭部全体が凹んで原型を留めていなかった。
「じゃあこれは、犯人からの殺人予告だと?」
「そうとは言い切れない面もあるが、可能性は大いにあることを認めざるを得ない。そんなところだ」
未来の問いに苦々しく答えたマックスがデスクの上で手を組み直すと、報告書の写真を見比べつつウォーリーが口を開いた。
「しかし連続殺人にしちゃあ、手口にも被害者の選び方にも一貫性が全くないな。こういう犯人の特徴として同じ殺し方をしたり、被害者の人種が決まっていたりするもんなんだが」
「そう、その点が不可解だ。被害者の人種どころか性別も年齢も統一性がなくて、殺し方にも決まったパターンがない。恐らく奴に殺しに至るまでの筋道にこだわりはなくて、殺した後の方が重要なんだろう。殺害は、あくまで相手を支配するための手段でしかないってことなんじゃないかと思う」
ウォーリーの疑問に、ポールが無精髭だらけの顎を指先で撫でる。
ウォーリーは特別捜査チームの責任者になるぐらいなのだから、捜査官としてかなり優秀な人物のはずだ。行動分析が専門でなくとも、ある程度犯人像に共通点が見いだせるところはあるのだろう。
ポールが述べたのは行動分析チームの見解だったが、彼の口調にもどことなく訝しんでいる響きがあった。
「犯人の欲求を満足させるのは、死体を破壊して相手の全てを支配する行為そのものにあるんだろう。屍体性愛の一種だと言えなくもない」
「ネクロフィリアって、確か異常性愛の一種でしたっけ?」
未来がアカデミーの講義内容を思い出しながら、首を傾げるような仕草をする。
「簡単に言うと、死体とセックスすることだ。まともな神経の奴がすることじゃないよな、まったく。冷たくて硬い女の穴なんざ、ぞっとする」
ウォーリーが吐き捨てると、ポールが続けて口を開いた。
「概ねウォーリーの言う通りだけど、レイプしながら相手の首を締めて殺したり、直接の性行為以外でも、死体に何かすることに対して性的な興奮を覚える場合は、ネクロフィリアの一種と考えられる。この事件ではその後者に当たるんだ」
気味の悪い話だが、日本の事件でも似たような事例がないわけではない。年に一度くらいの割合で、そういった猟奇的な事件のニュースが週刊誌の見出しを一色に染めることがある。顔をしかめた未来がポールに頷いて見せると、彼は眉の辺りにこぼれてきた艶がない金髪を払いのけつつ、犯人像の分析を続けた。
「それから遺体を遺棄した場所についてだけど、ちょっと探せば見つかるような場所を選んでいる辺り、自己顕示欲も強い人物だとも推測できる」
ポールは爪でコンコンと端末の画像を軽く叩いた。
「犯人の行動の源は、強烈な空想だ。他人を痛めつけて支配することに、かなり昔からたとえようもない性的な興奮を覚えていた。けどそんなことは世間一般に許されることではないし、本人もそれは理解してるから、普段は何食わぬ顔で生活してる」
「そういう連中は第一印象が両極端で、見るからにおかしいか、全くそんなことをしでかすように見えない、大人しそうな奴のことが多いんだよな。まあ、俺が今まで担当してきた事件での感想だけどな」
溜息半分でウォーリーが口を挟むが、他のメンバーは押し黙っている。沈黙があまり好きではないのか、ポールは更に続けた。
「で、そういう強烈な欲求が抑圧されているから、大きなストレスを感じるようなことがあったりすると、それがきっかけになって爆発する。そうなったらどうしようもなくなって、犯行に走るというのがパターンなんだ」
「大きなストレスっていうと、仕事をクビになったりとか?」
未だ報告書を細かく見ていた未来が、再び髭だらけの顎を掴んで眉根を寄せながら続けているポールへ視線を投げた。
「そうだな。親しい身内を亡くしたり、仕事で昇進したりするのもストレスになる。あるいは、鬱積してきたものが妻や子どもと喧嘩したり、上司に叱られたり、お気に入りのフットボールチームがライバルチームにこてんぱんにやられたり、犬に吠えられたりするようなちょっとしたことで爆発したのかも知れない」
長さの関係上、ちょっと変なところで場面を区切ってしまいました。。。
すみません。




