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蜘蛛の巣 -12-

 関節が痛くて、息が苦しい。

 多分たった今まで見ていたであろう悪夢は、不思議なことに内容が何も思い出せない。ただただ、身体の節々が軋みを上げている音と、自分が漏らす吐息ばかりが聞こえている。

 その息の音に見合うだけの酸素が、肺の中に入ってこない。

 息苦しさは増すばかりで、未来は口を開けて喘いだ。

 なのに、大きく開いているはずの喉には、全く空気が流れ込んでこなかった。

 喉が何かに塞がれていて、息がうまくできていないのである。

 そのことに本能的な恐怖を感じ、未来は慌てて喉を塞ぐものを口から引っ張り出そうとした。

 が、手が全く動かせない。

 それどころか、目を開けることすらできない。

 正確には瞼を開けたつもりなのに視界が真っ暗で、手首は腰の後ろで交差された状態のまま、前に持ってくることができないのだ。

 血管を汚れた血が流れる音が、耳の奥でごうごうと響く。

 叫びを上げようとしても、くぐもった呻きにしかならない。内部から喉を圧迫しているのは布のようなものらしく、舌を強く押すそれに思わず嘔吐感がこみ上げてくる。

 酸素を求めて苦しんで汗ばむ身体が、死に物狂いで暴れた。

「あら。気がついたのかしら」

 女の声が、未来の身体の上に降ってくる。

 流暢で呟くような英語は、若い女の声に乗っているようだった。

 誰か側にいるのなら、どうして助けてくれないのか。

 必死に声を絞り出して訴えても、女には聞こえていないらしい。

「口のを取ってやれよ。窒息しちまったらつまんねえだろ」

 未来が舌で口の中のものを押し出そうとした時、今度はやや遠くから男の低い声がした。

 そこでようやく、未来は鼻で息をすれば楽なことに気がついた。ゆっくり鼻だけで深呼吸し、パニックを起こした頭と身体を宥めて四肢から力を抜いていく。

 余分な緊張が解けたおかげなのか、未来の普通の感覚が戻り始めてきた。

 新たにわかったのは、どうやら自分は手足が動かせない状態で地面に倒されていること、布の目隠しで視界も遮られているらしいことだった。

 そして今まで力の限り暴れたと思っていたが、実際には殆ど動けないでいたらしいこともわかった。寒さのためなのか力が入らず、今も指先一つ満足に曲げられないのだ。

 言葉にならない声を上げ、芋虫のようにもぞもぞと身体を動かしている様子を見ていたらしい女が、嫌悪感を隠さずに吐き捨てた。

「けど、取ったらよだれが落ちるじゃない。汚れるから嫌だわ」

「どうせ掃除するのはお前じゃねえだろ。いいから、目隠しも一緒に取ってやれ」

 再び、男の声が嘲るような調子で言った。

「わかったわよ。ヨーコ、騒がないって誓いなさい。私、女の喚き声って嫌いだから」

 ヨーコ、と呼ばれた未来は反射的に頷いた。

 ヨーコ。

 ヨーコ・イシダは、連邦政府によって未来に与えられた偽りの名前の一つである。

 その名前で彼女を呼んでいる、いや、本当の名前を知らない女は、つい最近では一人しかいない。

 フルネームは確か、ソフィー・アイコ・フジミだった筈だ。

 最も近しいアメリカ人の友人で、しかし普通からかなり離れた場所にひっそりと立ち、自分の世界を楽しんでいた大学生の女性。その染められた赤毛と、鮮やかなカラーコンタクトに彩られた緑色の瞳が脳裏に描かれた時、未来はやっと最後の記憶を手元に手繰り寄せるに至っていた。

 ソフィーの部屋で昏倒してからどの程度の時間が経過しているかは定かでないが、あの場で睡眠薬を盛られていたであろうことは明白だった。未来の意識を奪った上で、恐らく別の場所に拉致したのだ。わざわざ目隠しをしたのは、場所を知られないためだろう。

 何故、そんなことをする必要があったのか。

 ソフィーが、いや、ソフィーたちがティアーズとブラックヘアの犯人であったのなら、答えは一つしかない。彼らは次の犠牲者として、未来を選んだのだ。

 しかし幸か不幸か、彼らは未来がFBIの特別捜査官であることを全く知らない。

 犯人の手中に落ちたこの状況は、未来にとって逆転のための千載一遇のチャンスでもあったが、下手をすればこちらが窮地に陥りかねない。ひとまずは突然さらわれて混乱している一般女性として振舞い、ぎりぎりまで反撃の機会を窺う必要があった。

 口の中に押し込まれていた布が引っ張り出され、未来の喉にひやりとした空気が流れ込む。

「ちょっとソフィー!あんた、一体何のつもりで……」

 舌が解放されるなり掠れ声で怒鳴ろうとした未来の言葉は、顔に鈍い衝撃を受けて中断されることになった。まだ真っ暗な視界に白い光が走り、一瞬遅れて左の頬を重い痛みが襲う。

 顔面に強過ぎる刺激を受け、未来は反射的に咳き込んだ。

「喚くなって言ったのがわからなかった?今度大声を上げたら、次は鼻を潰すわよ」

 倒れている未来の横っ面を靴の先で蹴りつけたらしいソフィーは、やれやれと言いたげに溜息をついた。まるで躾が悪くて吠える犬を、叩いて服従させる主人さながらだ。

 自由を奪われた人間が目の前に転がっているなど、普通の日常を送っている者にはありえない異常事態の筈である。まして、それを平然と足蹴にできる神経の持ち主も、そうそういない。

 やはりソフィーは、暴力を体感することに慣れているのだ。

 未来が友人だった赤毛の女性に対して抱いていた、遠慮という最後の壁が崩れ去る。

 彼女は敢えてそれ以上抗わず、蹴られた頬の内側を舌で探って確かめた。

 顔の骨に異常はなく歯も折れていないようだが、どこかが切れたらしい。鉄の臭いがする血の味が感じられる。こういう時は人工物が6割以上を占める自らの身体の頑丈さに、我ながら呆れる思いだった。

 傷の具合を見るために口を閉ざした未来が、恐怖で竦み上がって黙ったと思ったのだろう。ほどなく、視界を遮っていた目隠しが外された。

 未来の黒い瞳が最初に捉えたのは、グレーのジーンズに包まれた自分の細い両脚だった。今の姿勢が身体の右側を下にして地面に転がされ、両手首を後ろ手に縛られていることがわかる。曲げられた膝の先にある足首は、重ねたまま動かすことができない。ご丁寧なことに、足首も縛ってあるのだろう。

 何時間か同じ姿勢で放置されていたようで、床に接している右半身と全身の関節が痛む。その割にロープが肌に食い込む苦痛が弱いのは、服の上から縛られているからだった。肘を張ろうとしても叶わないのは、厚手の白いニットを着込んだ上半身にも、腕の上から何重かにロープが巻きつけてあるせいだ。

 だが正直、時代遅れのカウボーイが使うようなロープで未来を抑えることなど不可能だ。屈強な兵士20人前に匹敵するパワーを持つ彼女を本気で拘束するなら、鋼の鎖と手錠でなければ耐えられない。

 ちょっと力を入れればあっさりとこの戒めは解けるが、今は状況把握が先決である。

 未来の頭は、睡眠薬を使用した眠りからの覚醒直後の割にはっきりしていた。

「日本みたいなアジアの片田舎から来たばっかりの雌猿に、私の英語は聞き取りにくかったのかしらね」

 再び倒れた未来の上に投げかけられたソフィーの言葉は傲慢そのものであるが、先と同じく高飛車さは全くない。どこまでも出来が悪い相手を見下し、価値のないものとして見ているのは同じだが、強い感情がどこにも感じ取れないのだ。

 未来が聞き耳を立てて心音を探るが、予想通りソフィーの鼓動に興奮は表れていない。

 彼女は息をするのと同じくらい自然な振る舞いで他人を罵倒し、暴力を加える。その際、微塵も心を動かしていないところが普通の犯罪者と違い、不気味だった。

 未来は乾いた唇を湿してから精一杯顔を上げ、倒れたままソフィーを睨みつけた。

「私をどうするつもりなの?」

「やっぱり、あんたもそうやって聞くのね。みんな一緒なんだから、もう」

 傍らに立つソフィーは見るからにつまらなそうに、足元の未来を見下ろした。

「みんなそうよ。自分をどうするつもりなのかって、一番最初に聞くのよね。つまんないわ。もうちょっと違うことが言えないのかしら」

 ぶつぶつ言いながらソフィーがウエスタンブーツの踵を軽く下ろすと、乾いた木の音が上がる。

 未来は改めて視線を周囲に巡らせた。

 今いるのはどこかの家の一室らしく、床は古く汚れた赤茶色のフローリングだ。ろくに手入れがされていないらしく、ワックスが剥げて綿埃がそこらじゅうに散っているのが見える。床に倒れたままの未来の頬も砂にまみれており、ざらついた不快な感触がした。

 部屋は横に広いらしく、やや遠くにある壁はフローリングと似た素材の木材だが、窓はない。時計もかかっておらず、今が何時なのか全くわからなかった。

 家具は未来の正面にベッドと出入り口らしいドアがあるのが見え、後ろには何があるか察することはできない。

 ソフィーが横にしゃがみ込んでくるのを察し、未来は視線を床の上に這わせた。これ以上何かを探ろうとしてまたソフィーに暴力を振るわれるのは、得策ではなかった。

「でもね、それで私はこう答えるのよ。それは全部、これからのあんた次第だって。自分で自分の運命ぐらい、決めてもらわなきゃ。変に恨まれたりしたら困るもの。誰かからの恨みをいちいち受けてられるほど、私は暇じゃないんだから」

 ソフィーの話し方は無表情で、相手を弄ぶことを楽しんでいるようにも見えない。

 どうなるかがこちら次第ということは、どんな行動を取るかによって、ある程度の違いが結果に生じてくることは間違いない。ならば、なるべく会話を引き延ばす必要があった。

 とにかく話を絶やさないというのは、人質交渉の際にも有効なテクニックである。

 自分の身を守るべく未来が口を開こうとした時、別の声が割り込んできた。

「よく言うぜ。相手に決めさせる気があった時があるのか?」

「それはお互い様でしょ。あんただって、自分の好きにするくせに」

「ああ、俺はいつも好きにしてるよ。少なくとも、お前みたいに余計な期待を持たせたりはしねえ。その分だけ、俺の方が優しいと思うがな」

 鼻で笑ってソフィーに応えたのは、聞き覚えがない男の声だった。ラルフのそれとは全く違って、若くても落ち着いた印象がもたらされてくる。

 未来は床に近い位置にある視線を何とか上向かせ、声がした方を見た。

 まず見えたのは、ベッドサイドに投げ出された毛深い裸の臑だった。それを上に辿るとしわくちゃのシーツに覆われた下半身が繋がっており、引き締まった筋肉が目立つ上半身のてっぺんに笑いを浮かべた顔がある。

 白人の男の歳は、30歳台くらいだろう。赤茶色で波打った長めの髪を自然に流したヘアスタイルで、やや細面ではあるが整った顔立ちだ。雰囲気はどちらかと言えば人好きのする類に入るように思え、ぱっと見の印象だけなら、やり手の営業マンか会社の経営者にも見えなくはない。

 それは初めて見る顔であり、やはりラルフとは別人であることは間違いなかった。未来の予想が全く外れていた現実をやっと目の当たりにする羽目となったが、ある程度の覚悟ができていたせいか、あまりショックではない。

 むしろ、これまでの捜査資料の写真でも目にしたことがないこの男が、一体誰なのか。未来にはその方が重要だった。

「誰、あんた?」

「さあ、誰だろうな。もし俺が、今アメリカ中を騒がせてる殺人鬼だって言ったらどうする?」

 未来が至極当然な疑問を投げかけると、男はからかうように言ってからサイドテーブルに置いてあった缶ビールを一気にあおった。

 未来のしかめていた眉が、僅かに上がる。

 男はビールを置くと、手を小さく振って見せた。

「ああ、これじゃあ言い方が悪いか。最後にやったのは……まだ2週間前も経ってないな。確かこう、首をちぎってやったんだ。お前もヴァージニアに住んでるんなら、どっかの林で黒人のでかい男の惨殺体が見つかった、ってニュースを知ってるだろう?」

 彼が世間話でもするように話しているのは、エミリオの事件のことだ。

 死体がどんな状態で発見されたかという情報は、一般に公開されていない。

 未来の目の前で裸身を晒しているこの男がティアーズの、ブラックヘアの犯人であることに、もはや疑いの余地はなかった。

 確信を抱いた未来の中で抑え難い憎しみの炎が一気に燃え上がり、黒い瞳が激情に染まる。

 お前たちが杉田先生を私から奪ったのか。

 今すぐ彼を引き渡せ。

 もしそれが聞けないというのなら、この場で私が国家に代わって死の裁きを下してやる!

 今にも身体を縛るロープを引きちぎり、この場にいる人間ごと部屋を破壊せんばかりの怒りが、未来の小さな身体を乗っ取ろうとする。

 しかし。

 怒号が舌に達する寸前で、鍛え上げられた理性が立ちはだかった。

 二つに裂かれた腹から血塗れの内臓をこぼれさせて絶命し、一面の蠅にたかられている白人の少女。

 頭を潰されて頭蓋も脳もめちゃくちゃになり、どこに目鼻があったのかですらわからなくなった青年。

 彼らの命なき姿を暗示していた、壊れた人形。

 そして同性に陵辱され、人に一番見られたくない姿を晒された、アジア人の血を引く若者たち。

 捜査資料で目にしてきた生々しい写真が、フラッシュバックのように未来の心を流れていく。冷静になれ、と声なき意志が警告の証として心に突きつけてきたのは、これまで犠牲になった人々の無惨な姿であった。

 今ここで男とソフィーを殺すのは、たとえこちらが丸腰であったとしても容易い。

 だが、彼らを殺しても、全ての被害者の無念が晴らされるわけではない。

 自分は、法を侵す犯罪者から市民を守る使命を負っているのだ。その自分が、情に負けて法を無視することは許されない。

 公の場に罪人を引きずり出して全てを暴き、裁きにかけ、相応な罰を下す。そのために捜査官は国家に忠誠を誓い、様々な特権の行使を許されているのだ。

 本来あるべき姿を忘れて本能に従ってしまったら、それこそ犯罪者と同じになってしまう。そして、同志たちにも世間から蔑みの目が注がれることとなろう。自分一人の軽率な行動がCVCの仲間を、FBIという組織を、ひいてはアメリカという国を裏切ることになる。

 それだけは断じて避けねばならないのだ!

 怒りで血流が増し、膨れ上がった未来の全身の筋肉から力が抜けていく。意識して身体の強張りをほどいた彼女は、心に燃え盛っていた黒い炎が勢いを落としていくのを感じた。

 次いで、歪みかけていた自らの表情に気づく。そのまま、大ぼらを吹く男とは話にならない、と言いたげに顔をしかめ続けた。

「質問の答えになってないじゃない。私は、どうするつもりなのかって聞いたんだよ。私のホストファミリーから、身代金でも取るつもり?」

 未来の感情を抑えに抑えた声は、低い呟きとなっていた。

 熱くなっていた全身から吹き出ていた汗が、今更ながらに気持ちが悪い。

「……そうか。そうだよな、普通はそう考えるか」

 未来の葛藤など知る由もなくベッドに座る男には、相変わらず緊張感のかけらもなかった。縛られている若い女が気丈に見返してくるのを、薄笑いを浮かべて眺めるばかりだ。

「お金目的の誘拐だと思ってるのね。けど、まあそうよね。普通なら」

「普通なら、ってどういうこと?」

 男と同じことを敢えて繰り返したと見えるソフィーを、未来が見比べる。

 立ち上がった嘗ての友人女性からも、先と変わらず感情が込められてない言葉が返ってきた。

「お金のためなら、わざわざ苦労してあんたを捕まえる必要なんかないわよ」

「じゃあ、何のためにこんなことをするの?」

 未来が不安そうな言い方を装って聞いてみても、2人は何も答えなかった。

 示し合わせたように口を閉ざし、目配せしては床に伏す未来を見下ろしてくる。

 外で鋭く吹きつけている風の音と、生きている者の息遣いが、やけに大きく響いている気がした。

 突如として非日常的な異空間に放り込まれ、情報が何一つ与えられない。なのに、この胸のむかつく沈黙を作り出した者たちは、言葉を交わさなくても何かを伝え合っている。

 人間が本能的に嫌悪し、不安を感じる状況である。恐らく彼らは今までの被害者も似たような目に遭わせ、耐えられないほどのストレスを与えたのだろう。

 未来は単身でこの状況が打破できる肉体の持ち主ではあったが、不意の静けさに対して反射的に覚える感情までは操れない。

 運悪く頭をよぎったのは、その不安を掻き立てるものであった。

 そう言えば、一方通行の特殊通信はどうしたのだろうか?

 スイッチとなっているピアスに不具合がないのだから、ソフィーの家で交わした会話は少なくとも本部に届いていたはずだ。

 まさか、意味のない通信として見過ごされてしまったのだろうか?

 それとも受信側のスイッチが切られたままで、何一つ伝わっていないのだろうか?

 最悪、会話の内容が伝わっていなくても、電波を辿れば場所の特定は可能な筈だ。それなのに、とっくに到着していてもおかしくない筈の応援が来る様子が全くない。

「ソフィー、これは一体何の真似なの?私たち、友達の筈じゃない。悪い冗談にも程があるよ。早くこのロープをほどいて」

 しかし未来は表情に影が浮かんだのを利用し、おどおどとソフィーに声をかけた。

 とにかく会話を続け、情報を集めながら相手の様子を窺うしかないのだ。

「駄目よ。あんた、見かけによらず力持ちなんだもの。暴れられると面倒なんだから。それに私、あんたを友達だなんて思ったことは一度もないわよ」

 ソフィーの言葉に、未来は身じろぎして見せた。

「じゃあ、私って一体何だったの?」

「そうね。強いて言うなら、道に落ちてる石かしら。蹴ったり投げたりして遊べるし、投げつけて何かを壊すことはできるけど、結局はその辺に捨ててすぐ忘れるところは同じだから」

 ソフィーの話し方は、子どもがおもちゃのことをあれこれ語るのと同じであった。もっとも彼女は、これのここが好きと楽しそうにしたり、あそこが気に入らないと強く否定したりもしないため、子どもと全く同じだとは言えなかった。

 一体彼女の中の、何が本物なのだろう。

 その時々によって不安定に姿を変えるが中身は空っぽで、他人が何をどう感じているかということが理解できない。そのため良心の枷が働かず、誰にどんな仕打ちでも重ねることができる。

 そして自分が感じることができないから、逆に人を傷つけるとどうなるのかということに異常な興味と執着を示す。

 もともと持ち合わせていない他者への関心を持っているかのように演じ、がらんどうな自分を満たそうとする、不気味なほどの無関心の塊。

 それがソフィーの姿なのではないか。

 わざわざ筋道を立てて考えた未来の背中に、ひそやかな鳥肌が立っていた。

「しかし、こいつは俺が考えてたよりも面白そうな女だな。今も傷ついたような顔をしてねえし、ふんじばられて知らない場所に連れて来られてるのに、泣きも喚きもしねえ。お前に顔を蹴られても、悲鳴の一つも上げやしねえ。俺たちを全く怖がってもいないようだし、妙に落ち着いてやがるな。お前があれだけ欲しがったわけがわかったよ」

 ふと気がついてみれば、しどけなく枕にもたれていた男が未来をしげしげと眺め回している。

 捜査官としての冷静さが、裏目に出た形となっていた。

 まずい、と未来が警戒した時である。

「アンディもそう思うでしょう?マサトもいい妹がいるものよね」

「先……兄さん?」

 ソフィーの口から出た名前に、未来は鋭く反応していた。


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