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安息なき夜 -14-

 死体はうつ伏せの姿勢のまま死体袋に入れられ、ストレッチャーの上に移された。被害者は背が高く体格もいい黒人の若者だったため、ストレッチャーに乗せるのも苦労すると思われたが、20人前の筋力を持つ2人のサイボーグのお陰で、スムーズに行ったと言っていいだろう。

 バンドで死体袋を固定したストレッチャーが救急隊員たちに押され、茂みの中からハイウェイへと移動してくる。その頃にはもう時刻が午前7時近くになっており、辺りは明るくなっていた。しかし雪は相変わらず降り続いており、道路脇の藪やまだ葉をつけている常緑樹の枝は、すっかり白くなっている。これが犯罪現場でなければ、その静けさを感じさせる風景を美しいと素直に思えたことだろう。

 未だ脇の茂みに捜査関係者が絶えず出入りする道路で、ジェイコブが一人佇んでいた。足元に散らばっている何本もの吸い殻が、彼の落ち着かなさを物語っている。タバコを今もせわしなくふかしている若い捜査官は、行き交う警官や捜査員たちをそわそわと目で追っていた。

「死体は、これからモルグに運ぶのか?」

 救急隊員の後ろについていた未来に、珍しくジェイコブから声をかけてきた。しかし足を止めた彼女には近寄ろうとせず、一定の距離を保ったままだ。

「ドクター・スミスはすぐに解剖するっておっしゃってるよ。うちのトルーマンとクラーク捜査官に、カーター刑事が立ち会うことになってるから。そっちはどうするの、ランチェスター?」

 未来はゆっくり状況を説明しながら、注意深くジェイコブを観察した。

 やはり彼の目は泳いでいて視線が定まらず、怯えた小動物のように不安定だ。心音も早く不規則な上に、顔色は先よりも悪くなっている気がする。今手を開かせてみたら、かなり冷や汗をかいているかも知れない。

 ジェイコブは未来と目を合わせないようにしながら地面にタバコを捨てて靴の裏でもみ消し、もう一本新しいそれをくわえて火をつけた。

「僕はこのまま事務所に行って、報告書を作るよ。その後は、被害者について色々調べることにしようと思う」

「調べるって、被害者については何もわかってないのに。何か心当たりでもあるの?」

「何もわかっていなくても、警察から先に上がってくる証拠品から調べることはできるだろう」

 未来が顔をしかめたのは、ジェイコブが吐き出す煙を被ったからという理由だけではない。

 軽い突っ込みを入れてきた未来に対して、あからさまに動揺した鼓動を彼の心臓が放っていたせいせある。感情を抑制し、表に出さないための訓練を受けている捜査官でも、身体の奥底までもコントロールすることは極めて困難なのだ。

 くわえたタバコを深く吸い込んだ後、ポケットに手を突っ込んだジェイコブは更に続けた。

「被害者の身元が判明次第、自宅の捜索もしなきゃならないからな。そのための準備もしておかないと」

 内容はもっともだが、これも取ってつけたような言い訳にしか聞こえない。

 不審さを隠し切れていない元同僚に、未来は思い切ってかまをかけることにした。

「ランチェスター。ひょっとして、被害者のことを知ってるんじゃないの?」

 瞬間、一際大きな鼓動が未来の感度を下げていない聴覚を刺激した。ジェイコブの心臓はそのまま早い調子のリズムを刻み、徐々にそれが乱れたものになっていく。

 しかし彼は身体の内側にで起こっているパニックとは裏腹に、慌てた素振りはどこにも見せなかった。すぐには言葉を発しなかった唇が動き、横目がじろりと未来を一瞥してくる。

「どうしてそう思うんだ?」

「私よりも経験が長いのに、死体を見た時は随分ショックを受けてるように見えたからね。それに、その後もなるべく死体を見ないようにしてたじゃない。だから、知ってる相手なのかと思ったんだよ」

「全て、僕の行動を見て判断したってことか?」

 ジェイコブの身体が嘘をついていないことを胸の内に留めている未来に、ジェイコブは馬鹿にしたような薄笑いを投げつけた。

「確かに、あの死体を見てショックは受けたさ。あんな凄惨な死体は、僕の担当した事件じゃまだお目にかかったことはなかったからな。でも、それが人間として当たり前の反応ってものだろう?誰もが君みたいに、心臓に毛を生やしてるわけじゃないってことぐらい、わかると思うけど」

 未来は何も答えない。

 ジェイコブが何か隠していることはまだ可能性の段階であり、今は深く追及するべきではないのだ。が、彼の行動について油断しないことを未来に決意させる材料としては、十分だった。

「どうした?」

 2人が無言での睨み合いに入ろうとした直前、死体を救急車に積み終えたジャクソンが近寄ってきた。それを合図にジェイコブがタバコを投げ捨てて踵を返し、側に停まっているパトカーの無線で連絡を取っている警官の方へ向かっていく。

「うん、ちょっとね……」

 ジェイコブの足がくすぶっているタバコを踏み消す様子を見ながら、未来は言葉を濁した。CVCの同僚であるジャクソンとウォーリーには、後でこのことを話しておかねばならないだろう。

 その時、未来のコートのポケットに入っている携帯電話が着信を告げて震えた。

「隊長からだ。ちょっと失礼」 

 戦闘チーム責任者のマックス・レイヤードから、現場にいる捜査官へ直接連絡があるのは珍しい。驚いた未来が、受話ボタンを押して耳に本体を押し当てつつ小走りにその場を離れていく。

 そのタイミングを見計らっていたのか、ジェイコブが警官との話を中断してジャクソンの側に歩み寄ってきた。

「検死報告書が上がってきたら、すぐにこっちへ回せよ」

「ミキが検死局に直接取りに行くことになってるよ。CVCで内容を確認したら、そっちにも渡すようにするさ」

 ジェイコブの高圧的な物言いに対してジャクソンは不愛想に応じたが、殆ど命令に近い口調で言ったことが流されたことに、ジェイコブは少なからず反感を覚えたようだった。

「僕はすぐに欲しいって言ったんだ」

 そして、ジャクソンに対するこの文句のつけ方と上から目線である。

 ジャクソンは最初ジェイコブが単なる白人至上主義者なのかと思っていたが、どうも違うことに勘づいていた。

 この若い美形の捜査官は、自分より優れている有色人種が最大の嫌悪対象なのだ。実際にティアーズの捜査指揮権を持つCVCにいるジャクソンや未来を毛嫌いしているのは、あからさま過ぎてむしろ笑えるくらいだ。

 先の未来と同じように、ジャクソンはすぐに応えない。

 白人の自分に生意気にも反抗しようとした黒人捜査官が萎縮しているとでも考えたのだろう。ジェイコブは身体ごとそっぽを向き、横目でジャクソンを見て偉そうにつけ足した。

「勘違いしないで欲しいのは、この事件はCVCの担当かも知れないが、あくまでうちの管轄で被害者が出た殺人事件だってことなんだ。あんまり出しゃばった真似をしてもらうと、捜査に支障が出る。あんたにもわかる……」

 ジェイコブが言い終わらないうちに、ジャクソンがずいと進み出る。正面を向いていなかったジェイコブはとっさに反応できず、素早く前に回り込んできたジャクソンを避けられなかった。

「勘違いしてるのはどっちだ?確かに地方局との連携は必要だが、この事件全てに対しての主たる捜査権は、CVCにとっくに移管されてるんだ。勝手なことを抜かした挙げ句にこっちの指示を無視してみろ。次は、あんたがロボットに身体をちぎられる羽目になるかも知れねえぞ」

 目を合わせようとしないジェイコブの顔を、わざわざ背をかがめて下から覗き込むようにし、包み切れない迫力を低い声に乗せたジャクソンが凄んだ。

 ジャクソンは陸軍の特殊部隊デルタ・フォースの出身であり、捜査官になってから数年のキャリアを積んでいる。200センチを越える逞しい体格と言い、経験の差と言い、ジェイコブなど問題にもならなかった。

 想定外の反撃を喰らったジェイコブは、相手をそれ以上刺激しないように唇を結んで再び顔をそむけることしか手段を持たなかった。

「心配すんな。こっちの手垢がついてない検死報告書をお望みなら、今日の夕方に間違いなくミキが届けてやるから」 

 結局何も言い返せずに振り返り、警官たちの方へと取って返したジェイコブの背に投げつけられたジャクソンの声は場違いに明るい。

 彼の言う手垢のついていない報告書とは、各種鑑定や検査を一切やっていない報告書のことである。今回は死体から採取されたサンプルや微物の分析作業を全てクワンティコで実施することに、ドクター・スミスが承諾しているのだ。

 重要な情報は全てCVCが握り、地方局の一捜査官に好きなようにはさせないと暗に警告したのである。

「その検死報告書のことだけど……」

 ジャクソンにやりこめられた元同僚と入れ違いに戻ってきた未来が、携帯電話をポケットにしまってから戸惑ったような顔を向けてきた。

「クワンティコには、駐在事務所よりも後に持って行くことになりそうだよ」

「そりゃ、どういうこった?」

 彼女につられ、ジャクソンも眉根を寄せかける。

「隊長からの命令なんだよ。私は一通り捜査の目処がつくまで、フレデリックスバーグ駐在事務所にいろってさ。NOTSの訓練もお預けだって。まあ仕方ないよね」

 未来の視線がジャクソンの脇をすり抜けて死体を乗せた救急車に注がれるが、その表情は複雑そうだ。

 確かに未来はごく最近までフレデリックスバーグ駐在事務所に勤務し、郡警察のスタッフとも馴染みがある。そのことを考えれば、スムーズに捜査を進めるために地方局との連携を彼女に任せるのはある種当然の流れだろう。

 しかしそれはCVC本部にいて各種連絡やデータ、証拠品の引き渡しなどを彼女に全て任せれば済む話だ。それをわざわざ駐在事務所に留まっていろというのだから、何かしら意図があると思って間違いない。

 未来は現在身内に近い人物が行方不明となり、別の凶悪事件に巻き込まれている可能性があるという微妙な立場だ。それ故、隊長であるマックスがなるべく捜査を担当するチームから彼女を遠ざけておこうと考えても不思議ではなかった。

 未来を物理的に遠くへ置くということは即ち、マックスが彼女を信用していないということでもある。冷静さを失った未来が何かしでかす可能性ありと見られていない限り、今回のような措置が執られることはないはずなのだ。

 ひょっとして、未来の自尊心はいたく傷つけられたのではないか。

 そんな懸念がジャクソンの頭をよぎったが、当の本人である未来はすぐに自身を納得させたらしく、特に落ち込んだようには見えない。

「メンテナンスの時にはそっちに行くから、そんな顔しなくても大丈夫だよ。CVC自体から外れるわけじゃないんだし、いつまたすぐに戻れって言われるかわからないんだから。それに、ちょっと気になることもあるし」

 浮かない顔を見せたジャクソンを気遣う余裕も、まだ未来には残されているようだった。決して鈍いわけではなく、逆に他人の心の動きには鋭い彼女は、隊長の考えを察していることだろう。

 だが、いいとは言えない状況の中で自分の立ち位置をしっかりと把握し、最大限に動こうとするだけの強さを備えつつある。この小さな少女にしか見えない東洋人の同僚は、僅かな期間で着実に、静かな成長を遂げているのだ。

 一人満足げに頷いてから、ジャクソンは未来に訊き返した。

「気になるって、何がだ?」

「ウォーリーはどこ?彼にも一緒に聞いて欲しいんだけど」

 未来が辺りを見回す素振りを見せると、ジャクソンが片手を上げてついてくるように合図した。

 身長差が親子ほどもある2人は、雪が降りしきるハイウェイを歩き出した。幾人もの警察官や捜査官たちの脇をすり抜け、ウォーリーが死体の第一発見者から聴取を行っている警察のバンを目指す。

 その途中、目指す方向に駐車している黒っぽいバンから降りてきたウォーリーの姿を認め、2人は歩調を早めた。

「ウォーリー。第一発見者からは何か聞き出せたのか?」

 ジャクソンが近寄りながら声をかけると、同じようにこちらを探していたらしいウォーリーが足を止めた。

「いや、収穫なしだ。トラックを停めた時は他の車が走っているのを見なかったし、降りてからも誰の姿も見ていないそうだ」

 首を横に振ったウォーリーは、いつものように眉間に深い皺を寄せて疲れた顔をしている。肉付きが薄い頬は艶がなく、生え際が後退して広くなった額も血色が良くない。それは何も彼が黒いコートと焦げ茶色のパンツという地味な格好をしているせいばかりではないだろう。

 CVC特殊捜査チームの責任者である彼は、最初に事件の一報を受け取ったはずだ。それから地元警察と連絡を取りつつ、各チームの担当者や駐在事務所へ連携するのも彼の役目である。現場到着は早くなかったものの、稼働は誰よりも高いのだ。

 杉田の車が発見された時に会ったウォーリーが急に歳を取ったように、未来には感じられた。

「その第一発見者が犯人だって可能性は?」

 ウォーリーの真横まで来ると、ジャクソンが質問を続けていく。

「今の段階では何とも言えんが、恐らくそれはないだろう。ヒスパニック系の50歳台の男で、強いスペイン訛りがある英語をしゃべるような奴なんだ。あれで今まで被害者をうまく言いくるめていたとは、とても思えんからな」

「ポールが考えてる容疑者像とは、全く一致しないってわけだね」

 未来が警察のバンを見やり、顎先を撫でる。

 CVC心理分析チーム責任者のポールは、犯人は頭が良く慎重な人物だと分析している。これまでの被害者には犯人に抵抗した形跡がなく、暴力以外の方法で自由を奪われた上で殺害された可能性が高いというのが、その根拠であった。

 被害者を支配する手段が力づくでないとすれば、策略で信用させるか恐怖で縛っていたと考えるのが妥当だ。そのような人物が見るからに怪しい風貌の持ち主だったり、聞き取りづらいほど強い訛りがある英語を話すことはまずない。

 未来がポールの導いた犯人像を思い描いていると、ウォーリーが頷いた。

「そう。それに、銃は狩猟用のライフル以外持ったことがないとも言ってるんだ。念のために許可証の照合は行うが」

 彼はコートのポケットからタバコの箱を出して無造作に一本抜き出し、徐に火をつけた。

 恐らく第一発見者が犯人ということはないだろうが、今後何かにつけて話を聞くことはあるだろうし、疑いが晴れるまで捜査機関の監視は続くかも知れない。善良なるアメリカ市民の可能性が高い男性ドライバーの不運を、その場にいる皆が気の毒に感じていた。

 軽く煙を吐き出してから、ウォーリーが未来の顔を見た。

「死体の方はどうだ?」

「もう収容は終わって、これからリッチモンドの検死局で解剖だってさ。立ち会いはジャクソンとウォーリーがやることになったから」

「何?おいジャクソン、また勝手に決めたな」

 露骨に表情を歪め、ウォーリーが語調を荒くする。

 ジャクソンはこの反応を予想していたのか、さして悪びれもしない。困ったように肩をすくめただけだった。

「戦闘チームからは俺が立ち会うし、郡警察の刑事も来るんだ。そっちからは、今ここにいるあんたが立ち会うのが筋だろう?むしろ、あんた一人じゃないことに感謝して欲しいくらいだぜ」

 余程検死解剖の立ち会いが苦手なのか、ウォーリーの不機嫌そうな表情はジャクソンの説明に納得しているようにはとても見えない。しかし、特殊捜査チームからも立会人を出さないわけに行かない以上、引き受けるしかないのだ。

 ベテランのウォーリーがそこまで解剖が苦手としていることは、未来にとって意外だった。

「検死が終わったら、俺とウォーリーはすぐまたクワンティコに戻ってサンプルを研究所に引き渡すことになる。検死報告書は夕方までかかるけど、ミキに頼んでおいたからな」

「ミキは本部に戻らないのか?」

 コートのポケットを探って携帯灰皿を見つけたウォーリーが、その中に灰を落としながら戦闘チームの2人の方を見た。

「隊長からの命令があってね。駐在事務所に捜査の目処がつくまで居ろってさ。まあ、気になることもあるから丁度いいとも言えるけど」

「そうそう、それを早く教えろよ」

 自分の予定について未来が答えると、ジャクソンが肘で彼女を小突こうとする。が、彼の肘は位置が高すぎるため、未来の肩の上の空間をすり抜けるだけだった。

 相棒の合いの手がボケに変わってしまったことはあげつらわず、未来がやや声のトーンを落とした。

「ランチェスターが、どうも被害者を知ってるんじゃないかって気がするんだよ」

 あどけなさを残した女性捜査官の言葉に、思わず男2人が前のめりの姿勢となる。3人の特別捜査官たちは、互いに1ヤード(約90センチ)以内にまで顔を寄せ合うことになった。

「お前がそう考える根拠は何だ?」

 ウォーリーの意見の求め方も、低い調子となる。

 未来は先のジェイコブとの会話内容をウォーリーとジャクソンに説明し、その時の心音の反応から予想される心理状態について説明した。

「ふーん、なるほど。嘘をついた時の生理的反応パターンか。確かに、普通そんなことは調べられねえからな。お前は生きた嘘発見機ってわけだ」

 ジャクソンは素直に感心しているようで、深く頷いた。彼も聴覚や視覚は強化されているものの、せいぜい常人の10倍程度だ。500倍までの聴力や視力をを自在に操れる未来の足元にも及ばないのである。

「余程天才的な嘘つきかサイコパスでもない限り、自分の心臓の動きまではコントロールできないからね。でも、ランチェスターはそのどっちでもないんだよ。私は暫く彼と一緒に仕事してたんだから、そこは自信を持ってそう言えるんだ」

 サイコパスとは簡単に言うと、良心を全く持たない生まれつきの天才的な悪人のことだ。

 彼らは病的な嘘つきであり、他人の気持ちを全く省みることができないなどの際立った特徴があるが、全員が犯罪を犯すわけではなく、社会に溶け込んで成功を収める者もいる。

 しかし未来が見る限りジェイコブは単なる小悪党でしかなく、サイコパスだとは言えなかった。

「問題なのは、奴がどうしてそのことを隠すかだな」

 声を潜めたウォーリーも未来の説明に納得した上で、不可解な点を指摘してくる。

 ジェイコブは自尊心が強く、隙あらば他人の手柄を横取りする機会を虎視眈々と狙うような人物だ。それだけに、自分しか知らない情報を握っていると思われる立場であの動揺のしかたは不自然だった。

 普段から同僚をもこき下ろす癖がある彼は、自分がさも重要人物であるかのように振る舞うことも好む。故に、今回のことでも得意気にしゃしゃり出てこない筈がない。

 それとは相反する恐怖の感情が混ざった反応の裏には、何かが隠されている可能性が高いと言えるだろう。

「被害者と個人的な関わりがあって、それが表に出ると困るようなことがあるんだろう。どんな理由があるにせよ、注意する必要があるな。場合によっては、捜査に支障が出かねない」

「あんなクソみたいな奴に仕事をひっかき回されるのは、確かにいい気分じゃねえな」

 ウォーリーとジャクソンが互いに示した見解が一致していることは、傍らに立つ未来にも伝わってくる。彼らは無言で同意を求めて、未来の方へ同時に視線を送った。

「わかってるよ。彼の動向は、私が監視するようにするから。上級主任にもそれとなく伝えておくし、一通りの証拠を回収するまではマークすることにする」

 未来が男たちの有無を言わさない表情を受け止めて頷き、彼らの背後へ伸びるハイウェイに注意を向けた。

 雪は少し弱くなってきているが、アスファルトの上や路肩に停まっているパトカーの屋根やボンネットは白い化粧を施され、視界も普段の3分の2程度になっている。50ヤード(約45メートル)程度離れたところに死体を収容して控える救急車とCVCの捜査官たちとの間に、ジェイコブがニコラス刑事と話をしながら佇んでいた。

 とは言ってもジェイコブは話半分のようで、時折ちらちらと救急車や未来たち3人の様子を横目で窺っている。

「何かあったらすぐに本部に知らせてくれ。頼んだぞ」

「了解」

 思わず非友好的な鋭い瞳をジェイコブに叩きつけそうになった未来は、ウォーリーの一言に背筋を伸ばして低く答えた。



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