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溝 -4-

 杉田と未来がそれぞれ胸にくすぶらせている想いとは関係なく、事件の捜査は進んでいた。

 彼らがソフィーと出会ってから丁度一週間後の午後には、ティアーズではこれまでに課題とされてきていた調査のうち、二つが完了していた。

 複数の遺体に付着していたクッキーのかけらの分析結果からメーカーが特定されたことが、そのうちの一つである。更に現場から見つかったジューン人形は、手足や顔の形から製造時期が割り出され、いずれも2039年の4月から6月に出荷されたものであることが判明した。

「人形の出荷ロットがわかったからって、そこから先に捜査が進むものなんですか?」

「勿論、そこから先はまた地道な人海戦術だ。その時期に人形を扱っている小売店全てを洗ってみて、他の証拠品との関連性を見ながら犯人の足取りを追っていくんだ」

 杉田がプラスチックのコーヒーカップに口をつけると、横に立つ特殊捜査チームのウォーリーが持っているファイルをぱらぱらとめくった。

「この人形だが、最新の被害者が出た今年8月にも同じものが使われている。しかし、一般の小売店にはこのロットのものはもう出回ってはいない。犯人は人形を大量買いしているか、もしくは店を持っていてその在庫から拝借している可能性が高いと言えるな」

「こんなような物的証拠に乏しい事件では、地道な捜査が何よりも大事なんだ。カプセルに入った薬の一粒や、動物の毛一本から解決の糸口が掴めるケースも過去にあったからね」

 そこへ横合いからくしゃくしゃの金髪を指先で弄びながら、休憩を取りに来たポールが口を挟んできた。

 3人の男たちがいるのは、CVC全体に割り当てられた60平米ほどの「ルーム」と呼ばれている部屋だった。ここは各々のオフィスと同じ犯罪科学研究所の地下3階にあり、オフホワイトに統一されたインテリアには会議用のデスクと椅子、コーヒーポットとテレビしかない。日本の一般的なオフィスと違い、お茶を淹れてくれたりごみを片付けるロボットは備え付けられていなかった。

 ここは休憩や少人数でのミーティング、ちょっとした雑談をするのにもよく使われている。部隊は50名を数えるメンバーで構成されるため、ここはいつも誰かがいて食事をしながら話したり、広いデスクの上に資料を広げて作業をしたりするのが常だった。今現在も特殊捜査チームの女性捜査官がハムサンドをかじり、化学分析チームの検査官2人が立体OHPのスクリーンを睨みながら熱心に話し込んでいる。

 杉田とウォーリー、ポールはたまたま一息入れに来て鉢合わせしたのだ。

「そう言えば、ブラックヘアの方はどうなってるんだ?」

「DNA分析ですか?」

 杉田が確認すると、話の矛先を変えたウォーリーが頷いた。

 ブラックヘアは、杉田やウォーリー、ポールらCVCの複数チームが担当しているアジア人男性連続殺人事件のコードネームである。

 アジア系の若い男性ばかりがレイプされて殺害された後、死体を遺棄されるというもので、これまでの犠牲者の数はここ2年の間に5名を数えている。新たな死体が発見される度に新聞やテレビ、ネットニュース等のメディアは騒々しく喚き立てた。

 凄まじい暴力が生前に加えられていることが特徴の事件だが、これにも公表されていない情報は幾つかある。

 まずどの被害者も眼鏡を常用しており、遺体発見時は全裸に眼鏡だけを身に着けていたこと。仰向けになっていたり、膝を曲げた状態でうつ伏せにされ、誰かに尻を突き出しているかのような屈辱的なポーズを取らされていたこと。そして身体を拘束された上、性的暴行及び激しい殴打による暴行を複数回に渡って受けた形跡があること。直接の死因が、至近距離から胸を撃たれたことによる失血死であることなどだ。

 最初の被害者の遺体発見は2039年12月だが、2040年のCVC試験運用開始と同時に捜査担当が移された最初の事件でもあった。 

「最後の被害者であるハンク・ナカノの体内から、犯人のものらしき体液が検出されましたからね。STR分析を行って、これまでの被害者から検出されたDNAと型の一致が見られましたよ」

 杉田が手にしたプラスチックカップの中で揺らぐ、ぬるいコーヒーを見つめながら言った。

 STR分析とはDNA鑑定方法の一種で、遺伝子のある領域において短いDNAが繰り返している数を調べる方法だ。この分析方法の最大の利点は検査結果を数値で表せることであり、FBIのDNAデータベースであるCODISシステムを作成するのに採用されている方法でもある。

 更に精度を高くする場合は別の検査法も用いられることがあるが、今日ではSTR分析法が最も一般的なそれとなっていた。

「検出の部位は?」

 軽く溜息をついてウォーリーが質問を続けると、杉田は淡々と答え続けた。

「肛門と口腔内ですね。検死報告書によると、肛門には裂傷を伴ってました」

「やはり同一人物によるレイプ確定ってことか。確か、犯人のものらしい短い体毛も検出されてるんだよな?」

 ウォーリーは検死局からCVCに回されてきた検死報告書の内容を思い起こしながら、無精髭が濃くなった顎を撫でた。

「ええ。そちらもDNAの抽出を行っているところですけど、微妙ですね。毛包部がなかったところを見ると、自然に抜け落ちたものなんでしょう。体液の検査結果が一致しているんだから、恐らくこれも犯人のものかとは思いますが。逮捕後にもう一度サンプルを採って体毛自体を比較する方が、建設的だと思いますよ」

 体毛から行うDNA鑑定は、実は一般的に言われているほど確実な方法ではない。

 DNAサンプルを毛髪から取る場合は、毛を皮膚から強く引き抜いたとき根元に付着してくる毛包部を使う。しかし、自然に抜けたものにはこれがない。よって、STR分析が行えるDNAサンプルは運が良ければ抽出できる、という程度の成功率に留まる。

 犯罪捜査における毛髪の証拠は、DNA採取の対象ではないのだ。専ら色、形、付着したごみの成分分析等による法医学的な個人識別に使用されるのである。

「しかしこのブラックヘアの犯人は、被害者の人種や身体的特徴に見事なまでの共通点が見られるな。指紋やDNAも残っているし、一見すると物証には事欠かないように見える」

「一見すると、と言うのは?」

 物証が残っているのは幸運なことなのに、ウォーリーはしかめ面を崩そうとしない。つられたかのように、杉田もやや眉をひそめた。

「被害者はいずれも全裸で所持品も全て奪われているし、犯行場所を特定できるような証拠が出てこないんだ。それにこいつは前科がないみたいで、FBIのデータベースに合致する容疑者がいない。DNAや指紋だけがばっちり残っていても、照合する相手がいなければ役には立たないんだ。そして、犯行時の目撃情報が一つもない」

 そこへ、くわえたパイプから立ち昇る煙をくゆらせたポールが口を挟んできていた。

「DNAや指紋については、宝の持ち腐れですか。やっぱり、ティアーズと同じように厄介ですね」

「逆にブラックヘアは、容疑者を特定しさえすれば解決は早いんだがな。指紋は眼鏡や被害者の肌からも検出されていることだし」

 杉田の素直な感想に、ウォーリーは苦笑気味に頷いた。

「若いアジア人男性ばかりを狙うんだ。犯人は恐らく彼等と歳が近くて、警戒心を持たせないような立場と外見にあった人物の可能性が高いな。そのためにはある程度身なりもきちんとする必要があるし、見た目は全く普通の紳士に見える男じゃないかと思う。そして過去にこんな感じの……身体が細くてやや幼い外見の東洋人男性と、性的なことで何かあったんだろう」

 ポールもウォーリーと同じように、指先で顎を撫でた。

 この2人は意識していないだろうが、同じようなポーズを取っていることがしょっちゅうある。これは親しい者の間でよく見られる心理的な同調を示す行動だ。彼らは表面上は皮肉を言い合ったりしているが、実は仲がいいという同僚同士の典型なのである。

「全く、世の中には金と色に絡んだ事件しかないんじゃないかと疑いたくなるな。どんなに複雑な事件も、根本を探ってみればみんな同じに見えてくる」

「その二つは、人間がこの世の中で生きていくための根源的な要求に直結するものだからね。社会のシステム自体がひっくり返らない限り、犯罪は絶対になくならないさ」

「社会の構造と共に犯罪も変化していきますからね。だからこそ、CVCみたいな特殊な組織が生まれてくるんですし」

 ウォーリーの呟きにポールが同調すると、杉田も頷いた。

「で、世の中から犯罪がなくなれば、俺たちはおまんまの食い上げってわけだ。やれやれ、俺は犯罪の撲滅を願ってFBIに入ったはずなのに、犯罪者を飯の種にしてるんだからな。とんだ皮肉だよ」

 なお続けられたウォーリーのぼやきは、恐らく全ての法執行機関職員が抱いているジレンマそのものだろう。やはり、こういった悩みは誰でもが持つものなのだ。

 日頃、自分が悶々としているのと同じように皆が悩んでいることを初めて知った杉田は、却って安心できたような気すらしていた。

その時ルームの自動ドアが開いて、数人分の足音がどやどやとやかましく進入してきた。

「あれ。ポールやウォーリーだけじゃなくて、ドクターまでさぼりか?」

 茶化した口調は、泥や煤で汚れたオーディンを纏ったままのジャクソンだった。ルームの自動ドアがごつい肩幅より狭いため、彼は身体を横にして中へ滑り込んでいた。巨大な体躯に隠れるようにして未来、バーニィ、エマも続けて入ってくる。 

「お前と一緒にするな。俺の場合は、休憩するのも仕事のうちだ」

「そっちは、今訓練が終わったところか?」

 ジャケットの胸ポケットからマールボロの箱を取り出しつつ、ウォーリーがジャクソンをじろりと一瞥すると、ポールがやや驚いた様子で口を開いた。訓練終了直後の姿で一同がここへ立ち寄るのが珍しかったのだ。

「ああ、今日はHRTの連中と合同訓練だったんだよ。片付けまでこの格好でやってたから、遅くなっちまったんだ。俺も仕事の続きで、休憩といくかな」

 喉が渇いているらしいジャクソンがコーヒーポットへ直行すると、未来やエマたちも彼に続いた。一人バーニィだけが一団から外れ、ウォーリーたちに混ざる。

「お前はさぼり過ぎだ。とっととスーツを脱いで、捜査に行って来い」

 そして愛想のかけらもない言葉を残し、ジャケットの内ポケットからつぶれたラッキーストライクの箱を出す。隣に立つ格好になったウォーリーが、言われなくてもライターの火を貸した。

 ルームの一角でウォーリー、ポール、バーニィの3人が一度にタバコをふかし始めたため、くせのある煙で狭い空間に並んだインテリアの輪郭がぼやけた。

 近くのテーブルでまだ食後のコーヒーを飲んでいた女性捜査官が、抗議するような視線を戦闘チームの面々に送ってくる。が、構わずに無言で煙を吐き続ける中年男性3人に対しては強く出られないようだった。彼女は軽く咳払いして席を立ち、結局は何も言わないままでルームを出て行く。

 1トンを超える握力で薄いプラスチックのカップを器用に持ったジャクソンが、足早に去っていくスーツ姿の女性の背を見送りつつ、薄い紫色の霞の向こうでむくれていた。

 「ちぇ。バーニィこそちっとは肩の力を抜かないと、そのうち体中の部品にいっぺんにガタが来るぜ。俺やミキと違って、気の利かないマスプロ製品なんだろ」

「大丈夫よ、私が見てるんだから」

 ジャクソンの隣でコーヒーに口をつけていたエマは自信たっぷりだが、間髪入れずにバーニィが合いの手を入れた。

「エマの仕事は完璧だからな」

 彼の言ったことは短く、感情は込められていない。しかし逆に気難しいバーニィが皮肉を込めずに他人を褒めるなど、滅多にない。平凡な一言には、同僚への信頼が凝縮されていた。

 バーニィの意外な態度に、未来が思わず目を丸くする。

 こんな場合は日本人なら必要以上に謙遜したり、照れ隠しに話題を変えるものだが、エマは笑って頷いただけだった。自信と誇りを持っていることを引き合いに出されたら、アメリカ人は正直にそれを受け止める。

 如実な国民性の違いは、こんなさり気ないところにまで表れるのだ。

 ただ、同じ自信に満ちた笑顔でも、未来の嘗ての上司であった大月とエマとでは全く違う。

 大月は一方的に自分のことを知ってもらおうとする自己顕示欲が見え見えで、押しつけがましい印象しかなかった。比べてエマは、確固たる技術と経験に裏付けられた、多少のことでは揺るがない自分の姿があることを、ちゃんと知っているように思える。

 自己というものをしっかり持っているからこそ、その見せどころを心得ているのだろう。

 最初はよそよそしく感じていたこの同僚女性であったが、最近の未来は好意を持って見ることができるようになってきていた。

 その魅力的なエマの笑顔が、今はジャクソンに向けられていた。

「将来的にジャクソンにも、マスプロ製品を改良したパーツを使う時がくるかも知れないのよ。今のうちにきちんとノウハウを知っておかなきゃ」

「おいおい、バーニィまで研究対象にしてるのかよ?しっかりしてるな、エマは」

 対するジャクソンは、やや苦笑気味だ。

「私は現実的なのよ。それに、マスプロ製品の方が汎用性が高いわ。沢山の人の身体に使ってもちゃんと適合させられるんだから、そういった点では専用パーツよりも優れたところがあるって言えると思うけど」

「そういう点では、アメリカの技術は日本よりも進んでると言えますよね。確か、もう大手の医療機器メーカーが参入しているんでしょう?」

 そこで、喫煙者の輪から抜けた杉田が話に加わってきた。煙が沁みたのか、眼鏡の下で細めた目を指先でこすっている。非喫煙者の彼は、今まで煙から逃れるタイミングを窺っていたのかも知れない。

「ええ。でも、ベースになってるのは日本の技術よ。だから、ミキのメンテナンスを担当させてもらえるのはすごくためになるわ」

 二人のサイボーグのメンテナンス作業は、この休憩後に控えていた。

 通常は地下一階にある専用の医療設備を用いて身体の状態を確認し、必要があれば体内の各パーツに乗せられているプログラム修正や、生体部品の場合は薬剤の投与等も行われる。

 外傷によるパーツの損傷が認められた場合などは手術での交換作業を行うこともあるが、未来がFBI捜査官となって以来、一度も手術を行うような事態に陥ったことはなかった。

「ただ、ミキ自身はドクター・スギタがメンテナンスを単独でやるほうがいいみたいだけどね」

 ハヤテを着たまま苦労して握力を調整しコーヒーを飲まんとしていた未来は、そのエマの一言で薄いプラスチックカップを握りつぶしてしまった。

 熱いコーヒーが蒼い金属に包まれた手から絨毯の床に滴り落ち、湯気がタバコの煙に混ざる。未来は慌ててコーヒーポットが据えられたキャビネットの下を開け、棚からペーパータオルを取り出した。

「そ、そんなことありませんよ!エマもドクター・スギタも同じくらい、いい腕してるんですから。お二方のどっちでも、私の身体を診られるのが理想なわけですし」

 重ねたペーパータオルを叩きつけるようにして床を拭き始めた未来の顔が、明らかに紅潮している。急に床にしゃがみ込み、血が頭に上ったためだけではないようだった。

「あら、そこまで動揺しなくたっていいじゃないの。それに、私は技術のことを言ってるんじゃないわよ。貴女はドクター・スギタの言うことはどんなことでも素直に聞いている気がするから」

「まあ、相性が悪い奴とは一緒に暮らせないもんな?お前たちが必要以上に仲良くしていることぐらい、俺たちだってちゃんとわかってるんだからよ」

 更なる追い討ちをかけてきたエマとジャクソンは、これも明らかに面白がっている。力加減を誤りそうになった未来は、コーヒーの滲んだペーパータオルを当てた平手でコンクリートの床を叩き壊してしまうところだった。

「だからそういう……」

「大体日本人は、『愛』って言葉を生活から遠ざけすぎなんだよ。ありとあらゆる感情の中で一番素晴らしいものを、なんだってお前たちは相手に言わねえんだ?お前ら、お互いのことを愛してるんだろ?」

 流石に声をやや大きくして顔を上げた未来を、ジャクソンが遮った。

 アメリカ人が「愛」という最も荘厳でかつ、重みのベクトルが違う単語を何故日常生活の中でぽんぽん連発できるのか。未来からしてみれば、その方が余程理解できない。

 これも文化の違いだと言ってしまえばそれまでだが、明言しないからと言って杉田と未来との間に愛がないわけではない。むしろ、同じ日本人の若者から見れば「バカップル」の典型であろう。

 もう一人の話の種である杉田はと言えば、何食わぬ顔で冷めたコーヒーをすすっているだけだ。敢えて聞こえないふりをしているのだろう。

「私は……その」

「ミキ!いるかい?」

 どうやって日本人ならではの愛情表現を説明しようか話あぐねる未来にとって、ルームに駆け込んできたトリスはまさに救いの神だった。

「何だよトリス、今休憩中だ。後にしろよ」

「たった今、君専用の銃が完成したから届けに来たんだ。バードソング仕上げに時間がかかっちゃってね。どうだい、見ろよ!この素晴らしいフォルムをさ!」

 トリスを追っ払おうとするうるさそうなジャクソンの言葉は、見事なまでに当人の耳を通り抜けていた。ハヤテを着込んだ姿で床に這いつくばっていた未来の横へしゃがむトリスの勢いは、ホームベースへ滑り込む野球選手さながらだ。

「もうできたのか。また徹夜か?」

「いやあ。作業に夢中になってたらつい、家に帰るのを忘れちゃってね。気がついたら、朝になってたんだ」

 トリスは屈託なく笑いながらバーニィの無表情な顔を見上げ、脇に抱えていた木箱を未来の手に押しつけてくる。

「残業の申告は都度出さないと、またマックスからケツを蹴られるぞ」

「わかってるって、バーニィ。でも僕にとっては武器やスーツを触ってる時間が、一番幸せなんだよ。それは知ってるだろ?別に残業代なんか出なくたって、それはそれで構わないんだ」

 トリスを相手にしているとどうもバーニィは調子が狂うようで、息をついて無言で頷くだけだった。僅かに目元が脱力したらしく、仕方のない奴だとそこが語っている。それでも文句を言わないのは、この機械オタクとも言える仲間をそれなりに認めているからなのだろう。

 バーニィの言い種は誰に対しても突き放した印象があるが、ここまで自分のペースで会話ができるのはトリスくらいだ。未来はまだ一歩引いた位置からバーニィの胸の内を探るようにしながらでないと、まともな言葉が交わせない。

 トリスのマイペースぶりは、色々な意味で尊敬できるものだった。

「ほらミキ、早く開けてみてよ」

 金属に包まれた両手の上に鎮座する白っぽい木箱をまだ開けない未来に、トリスは待ちきれないようだ。

 一度しげしげと全体を眺めてから、未来は木箱の蓋を持ち上げた。

 中に収められていたのは、日本で未来の戦術指導担当だったリューの愛銃であるコルト・ガバメントに近い外見を持つ黒い拳銃だった。

「そいつのベースになってるのは、コルト・ガバメントのスプリングフィールド・FBIスペシャル・ビューローモデルなんだ。勿論、ラバー・ショック弾を撃ち出せるように色々と手は加えてあるけどね」

 トリスの説明を聞きながら、未来は銃を取り出した。

 ガバメントがベースなだけに、45口径程度だろうか。彼女が日本で愛用していた50口径のデザートイーグルより小振りではあるが、FBI標準の拳銃であるグロッグより大きい。

 スプリングフィールド・FBIスペシャル・ビューロモデルとは、確か連邦政府がSWAT用として1996年に正式採用した拳銃であり、かなり大型のそれであることに変わりはなかった。ジャクソンくらい大柄な者ならいざ知らず、小柄な未来はショルダーホルスターに入れて上着の下に隠すことは無理そうだ。

 慎重に箱から銃身を持ち上げ、指をトリガーにかけずに握ってみる。グリップの太さは、通常の45口径と変わらない印象だ。弾丸が.50AE弾よりも小さくゴム製なのだから、弾丸を充填したマガジンを装填しても、デザートイーグルより軽いことは間違いなさそうだ。

「この銃、名前はあるんだっけ?」

「勿論。ホーネットさ」

 トリスが胸を張って未来の問いに答える。

 ホーネットとは、スズメバチの英語名だ。

 スズメバチは世界中に生息している大型の蜂で針に強い毒を持っており、人間を死に至らしめる場合もあることで知られている。拳銃自体は非致死性兵器なのに名前が一撃必殺の蜂とは、何ともちぐはぐだ。

 が、犯罪者を威嚇するのには適切な名前だろう。

 未来は矛盾を指摘するより自分専用の銃が出来上がったことの嬉しさが勝り、自然と笑顔がこぼれていた。

「へえ、いい感じだね。私の手にもちゃんと合うみたいだし」

「だろ?ちゃんとミキの手を3Dモデルに起こして、グリップを設計したんだ。これで合わなかったら、僕は首を吊らなきゃならないよ」

 関心する彼女の言葉に、トリスは嬉しそうな笑顔を絶やさない。しかしこれを一から作り上げてテフロン加工を施すのは大変な手間だった筈で、熟練工に匹敵する技術がなければ短期間で仕上げることは不可能だ。

 彼だからこそ、笑いの種にできることなのである。

 一通りホーネットを眺め回していた未来が、ふと首を傾げた。

「でも、ジャクソンのとは色が違うんだね」

「ああ。ミキは隠密行動タイプのサイボーグだろ?だから、銃身が目立たないように黒くしたんだよ。ジャクソンは逆に派手にする必要があるから、ステンレスモデルなんだけど」

 いつもジャクソンが腋の下に忍ばせているホーネットは銃身が銀色に輝くステンレス製だったが、新たに作られた未来のそれは黒い鉄製なのだ。

 パワー重視型で市民の盾となることがある保安型サイボーグのジャクソンは、銃も人目を引く方が都合がいい。

 闇に紛れて破壊工作や諜報活動目的で動くために設計されている未来は、その反対だ。

 このように各々が身に纏うパワードスーツの特性や改造の特徴を考慮すると、銃もそれに合わせたカスタマイズにするのがベストということになるだろう。

「じゃあ、早速試射といこうか。あ、ハヤテは着たままのほうがいいな。この先の訓練や実戦じゃ、スーツを着た状態で使うことも多いだろうから」

「よし、俺が撃ち方を教えてやるよ。普通の銃とはちょっと違うからな」

 絨毯の上にぺたんと座っていた未来の横に膝をついていたトリスが立ち上がると、ジャクソンが片方の唇の端を吊り上げて笑った。黒人の青年は、まだ腰を床につけている未来の腕を上に引っ張り上げて立たせようとする。

「ちょっとジャクソン、押さないでってば。銃が落ちちゃう!」

 先輩風を吹かせているジャクソンの強引な行動に抗議しながらも、未来の声は明るかった。


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