特殊部隊CVC -10-
未来がジャクソンと合流したのは、校舎1階にあるカフェテリアのテーブルだった。
「へえ、大学のキャンパスにある学食みたい。新しくて綺麗で、いいね」
派手なオレンジ色の椅子を引いて二人掛けのテーブルにつきながら、未来は秋の陽光が射し込む室内を見回した。
温かみがある色のインテリアに纏められたカフェテリアは、ランチタイムがとっくに終了した今、殆どの食べ物がカウンターから引っ込められている。が、食欲旺盛な子どもたちの要求に応えられるよう、マフィンやサンドイッチ、小さなピザなどを売っている一角はまだ営業しているようだった。
しかし今は帰宅時間が早められているせいで、カフェテリアの近隣からも子どもたちの声は聞こえてこない。午後4時を回った後の時間は、職員のために開けているようなものなのだろう。
ここでは3ドル程度払えば、誰でも軽食とドリンクのセットを買うことできた。
「それでミキ、そっちの首尾はどうだったんだ?」
「まあまあだよ。ポリーにも話を聞けたし、図書館の職員とかからも、ちょっとしたことは聞けたから」
「ポリーから話が聞けたのか。どうやったんだ?」
目の前にある紙カップ入りのコーラを一口飲んでから、向かい合って座っているジャクソンが意外そうな顔をした。先に自信ありげに話していたのとは逆に、彼は10代の女の子からの聴取は難しいと感じているのだろう。
「あれぐらいの女の子って、複雑な年頃だからね。女の私が話すほうが、素直になってくれるってことだよ」
「ちぇ。それじゃ俺は、男だってことでもう負けが決まってたってわけかよ」
「勝ち負けとかじゃないでしょ。逆に私は、体格とか雰囲気で相手をびびらせるってことができないんだから。おあいこだよ」
ポケットの小銭を確かめた未来がそこで一度立ち上がり、売店のカウンターでホットコーヒーを買ってから戻ってきた。
「ジャクソンはどうだったの?男子から何か聞いて、わかったことはある?」
「ああ。運良く、ヘレンと付き合ったことがあるって言うフットボール部の奴を捕まえられたんだ。ただ、彼女と付き合ってた間のことはあんまりよく覚えてないらしい。何回か食事やドライブには行ったけど、そのうちヘレンの方から連絡が来なくなって、そのまま別れちまったみたいだな。それ以上の関係にはならなかったそうだ」
ジャクソンは未来が熱いコーヒーを一口分を含むのを見ながら、手元の端末の小さなキーをいじっている。彼の声は、車の中で話していた時に比べてかなり抑え目になっていた。カフェテリアには自分たち以外誰もいないとは言え、周囲を警戒しているのだろう。
もともとやや低い声の未来も、更にトーンを落として返した。
「ヘレンは相手の外見からまず好きになって、それで付き合うって言うパターンだったみたいだからね。付き合ううちに相手が嫌になって、それで別れたんじゃないのかな。ポリー以外の女の子にも話を聞いてみたんだけど、どの彼氏ともあんまり長続きはしてなかったみたいだし」
「男をとっかえひっかえだったってのか?大人しい子だって評判なのに」
「そういうわけじゃないみたいだけど。さっき言ってたよね、ヘレンは素直過ぎるきらいがあったって。だから、相手の思わせぶりな態度を真に受けたりとか、よくしてたんじゃない。でもまあ、周りから見てみれば、しょっちゅう連れてる相手が変わるとも思われてたかもね」
ヘレンは純粋な分だけ惚れっぽかったのだろう、と未来は考えていた。
とは言っても、遠くから見つめて想いを募らせ、それを友人に相談してから行動するのが精一杯だったようで、相手にいきなり告白するような大胆さは持ち合わせていなかったようだ。きっと、プラトニックな恋で満足しているところもあったのだろう。
そこが、少年と少女の恋が異なるところだ。
少年は未熟でも男であることに違いないため現実的、肉体的な問題として恋愛を意識する。しかし少女は現実との間に繊細なヴェールをおろし、恋をまず精神的なもの、ロマンチックなものとして捉えるのだ。
「女の子たちから聞いた感じだと、ヘレンは男を連れて派手に遊ぶタイプじゃないよ。恋愛小説が好きだけど、現実の恋には疎いって言うような……」
「恋に恋する少女か。やれやれ」
ジャクソンは辟易としたように、両肩の横で手のひらを上に向けてかぶりを振った。
「だったら、うかうかと騙されて殺された可能性も否定できないな。相手が小汚い身なりで如何にも怪しい奴だったら警戒されるだろうが、スーツにネクタイで営業から戻る途中の会社員だって言えば、大抵は信用される。相手は世間知らずの子どもなんだから、簡単だったろうさ」
「そこなんだけど、ヘレンはヒッチハイクじゃ、女の人の車にしか乗らないっていつも言ってたみたいなんだよ。顔を知らない男に対しては、普通に用心深かったみたいなんだよね」
未来の指摘に、ジャクソンは驚きと疑いの色をない交ぜにした視線を向けてくる。
「まさか、犯人は女だとでも言うのかよ?今回の事件じゃ、女の連続殺人犯の犯行パターンには当てはまらないぜ」
世界の犯罪史上、女性による連続殺人事件も例がないわけではない。ただしどの事件でも毒物の使用、放火、子どもへの暴行や高所からの突き落としなど、単純な殺害が殆どだ。ティアーズのように、性的な目的で死体に過剰な暴力を加えるケースは皆無に等しい。
それに一連の犯行では、死体の処理に専門知識が必要なロボットの操縦が不可欠だ。アメリカのロボット工学やロボットを扱う職場は従業員の殆どが男性で占められていることを考えると、女性が犯人である可能性は更に低くなるだろう。
だが、今の段階ではどんな可能性も捨てきれない。未来は考えを巡らせながら、ゆっくりと顎の下で両手を組んだ。
「あるいは、女の共犯がいるかだけど。カップルの車になら、ヘレンだって安心して乗っただろうしね」
ヘレンがよくヒッチハイクをしていたと思われる界隈では、既に地元警察による聞き込みが徹底的に行われたが、彼女を過去に乗せたことがあるというドライバーにはまだ巡り会えていない。加えて、今のところ目撃者も見つかっていなかった。
「それに犯人が男だったとしても、自分が非番の警官とか、保安官だって言ったらわからないんじゃない。制服なんかはネットで本物も流通してるし、身分証だって偽造しようと思えば出来なくはないんだから」
「犯人が知り合いだった可能性も、否定はまだできないが……正直なところ、犯人がこれまでの被害者全員と顔見知りだったとは、どうしても考え辛いんだよな」
チームの新入りがもっともらしく述べるのに負けじと、ジャクソンが別の可能性を示して見せたが、すぐさまそれを自分で否定した。
一連の事件での被害者は人種も性別も、年代や職業までも全てばらばらだ。比較的若い被害者が多いとは言えるが、外をうろつく頻度が若年層の方がずっと高く、そのため犯罪の犠牲者となる確率が高いというだけだ。大した根拠にはならないだろう。
CVCの性格分析官であるポールも触れていたが、ジャクソンにも犯人の行動には一定のパターンというものがないように思えてならなかった。
犯人はどんな基準で被害者を選んでいるのか?
殺人に至るまでの間、一体何をしようとしたのか?
捜査を進めていく上で、犯人像をこういった情報から絞るのは非常に重要だ。
しかし、最初の殺人から一向に捜査が進展しないのは、いずれのケースでもここで引っかかっているせいだった。犯人の人物像がある程度掴めなければ、何を捜査の糸口にすればいいのかが見えてこないのだ。
被害者の身体についていた目に見えない微物の共通点から、辛うじて同一犯による犯行でありことは断定できる。しかし、犯人を特定できる情報に結びつきそうなものは今のところ、見つかっていない。
微物類も、バージニアではごくありふれた植物の種やクマネズミの糞、扱っているスーパーがそれこそ五万とあるキウィの皮やオートミールクッキーのかけらなど、どれも決定力に欠けるものしかなかった。
クッキーのかけらについては犯罪科学研究所の化学班が分析を進め、成分からメーカーを割り出そうとしているが、これについてはまだまだ時間がかかる。そしてメーカーが特定できたとしても、それを足がかりにしてやはり地道な捜査を続けるしかないのだ。
つまり、しらみつぶしにそのクッキーを扱っている店を調べ、他の遺留品との関係を調べるのである。この作業には、地元警察の協力も不可欠だ。そしてこういった捜査には、基本的に戦闘チームは関わらないことになっている。
地道な捜査が続けられている間に、何か他の手がかりを探し出すしかないのだ。
ジャクソンは面白くもない堂々巡りに陥りそうになことに小さな苛立ちを覚えたのか、深く腕を組んで背中を椅子の背に預けた。
一瞬の沈黙の後、薄めのコーヒーで喉を湿らせた未来が口を開く。
「ヘレンはバーみたいに危ない場所に出入りもしてなかったし、ドラッグを売るような不良とも付き合いがなかったんだよね。普通なら、最も犯罪の被害から遠いところにいる子なのに」
「こんな事件の被害者になったのは、本当に不幸だとしか言えないな。犯人は、どっか頭がおかしい野郎だ。こういう連中は、人を殺すのが楽しいから犯行を重ねる。誰もが殺される可能性を持ってるわけなんだからな」
未来の溜息をつくような言葉の後ろに、ジャクソンが余計に気分が重くなりそうな内容を重ねてきた。コーラを飲み干して空になった紙カップを大きな手で握り潰し、8ヤード(約8メートル)は離れたごみ箱へと投げ入れる。
「他の被害者も同じことが言える。後の5人も危険な仕事をしていたりは……例外は売春婦のセシル・ジョーンズぐらいだが、事件に巻き込まれた当時は全員が、顔を知ってる奴とは一緒にいなかった。そこは確かだ」
ジャクソンが投げた紙カップは、ごみ箱へ見事に吸い込まれた。未来は自分のプラスチックカップを投げることはせず、一旦席を立ってごみ箱に捨てに行った。
「そこでまた振り出しに戻っちゃうんだよね。犯人は頭が良くて慎重、被害者は行き当たりばったりではなく、ある程度は狙いやすい相手に目をつけて狙う」
「そして、被害者や現場にははっきりとした痕跡を残さない。何一つな」
戻ってきてテーブルの横に佇んだ未来の顔を見上げながら、ジャクソンが立ち上がった。たちまち、二人の目の位置関係が上下逆になる。
「生徒たちとの話は録音してるか?」
「当たり前でしょ、そんなの」
大柄な黒人捜査官から頭のてっぺんよりも高い位置から見下ろされて、未来はむっとしたように答えた。
「携帯端末か、お前の身体のメモリーか、どっちだ?」
ジャクソンは茶化した調子でなく、真面目に聞いてきているようだった。未来は首の後ろにあるスロットにメモリを挿せば目で見たものはそこに記録できるが、ジャクソンは聞こえた音を記せるのだろうか。落ち着かない調子で未来が答える。
「私、そんな機能ついてないよ。あんたにはあるの?」
「あるわけねえだろ、そんなもん」
あっさりと返し、ジャクソンがカフェの出口を目指して歩き出す。
「じゃあ、わざわざ聞かないでよ」
「見た目じゃわからないから聞いたんだよ。エマやトリスならわかるかも知れないけどな」
「あのねえ。見た目でわかったら、何のためのサイボーグかわかんないでしょ」
未来は自分より16インチ(約40センチ)近く背が高いジャクソンの歩調に追いつこうと、慌てて彼の後を追った。彼女がカフェテリアの洒落た自動ドアから廊下に出たところで、立ち止まっていたジャクソンからとぼけた言葉がこぼれる。
「言われてみりゃ、それは違わねえな」
頷いたジャクソンの向こう側で、怪訝そうな顔をした若い白人の警備員が通り過ぎた。もう生徒たちは殆ど下校済みなようで、校舎内は静かなものだ。あの警備員は最後の見回りをしていたのだろう。未来が聞き耳を立ててみても、子どもらしい話し声は聞こえてこなかった。
警備員からしてみれば、ばかでかい黒人男性と子どものようなアジア人女性の組み合わせなど、FBI捜査官でなければ不審者以外の何者にも見えないに違いない。
「まあ、携帯端末に録音してるなら、クワンティコに戻っても確認できるな。あんまり遅くまでここにいても追い出されるだけだし、とっとと次の目的地に行くとするか」
その警備員に手を上げて挨拶を送ると、ジャクソンは最初にくぐった職員用の出口の方に伸びる廊下へと踵を返した。
「そうだ。帰りに、俺の情報提供者の店に連れて行ってやるよ。そこで一杯やりながら、飯でもどうだ?なかなか旨いチキングリルを食わせるんだ。ちょっと辛めのバーベキューソースがまたいけてて、ビールをの飲まずにいられなくなるんだぜ」
職員玄関の窓口にいた受付嬢に帰ることを告げ、暮れ始めた陽の光の中に踏み出すなり、ジャクソンが振り返って言った。
「そりゃいいけど、クワンティコまでちゃんと送ってくれなきゃ困るよ。私、飲んだときには運転したくないから」
未来はもともと酒にあまり強くなく、肝機能まで強化されているわけでもない。バージニア州は日本と違って飲酒運転の罰則がないが、少しでも酒気を帯びたときはハンドルを握りたくなかったのだ。
「ああ、それなら心配するな。俺はクワンティコに住んでるから、目をつぶってたってお前をアカデミーまで送って行けるよ」
駐車場までせかせかと歩きながら、屈託なくジャクソンは笑った。もう足元がかなり暗くなってきていたが、二人のサイボーグは闇視フィルターをオンにすることで、周囲を昼間と同じように見渡すことができる。
目指すジャクソンの捜査車両であるダークグリーンのプリウスは、土埃が舞うグラウンドを背にして黄昏に溶けるようにひっそりと佇んでいた。その周囲に怪しい人影はなく、瞳のズーム機能を使ってドアを確認しても、特に不審な点はない。そして感度を上げた聴覚にも、妙な音は聞こえてこなかった。
ジャクソンは、車に乗る前はいちいち異常がないかどうか確認することが日常の一部になっていたが、未来もようやく習慣として一連の動作を身体に馴染ませつつあった。
こういう時、普通ならもっと車の側に行って車体の下を覗いたり、ドアや窓に何か仕掛けられていないかを見るものだが、サイボーグの二人は身体のセンサーをちょっと使うだけでいい。その点では便利な身体だと言えるだろう。
どちらからともなく無言で頷き、二人のサイボーグ捜査官はプリウスに乗り込んだ。
彼ら二人をまとめて殺そうと思うなら、対空機関砲並みの破壊力がある重火器と軍の大規模部隊が必要になるだろう。
しかしそれでも犯罪を未然に防ぐことはできないし、何人も人を惨殺しながら、まんまと逃げおおせている犯人を易々と捕らえられるわけでもない。
このジレンマは、ジャクソンと未来が揃って感じていることでもあった。