特殊部隊CVC -9-
体育館に行くには校舎の端から端までを歩くことになり、その間の二人は大勢の子どもたちの好奇の視線を浴びることになった。ヴァージニアの田舎町に黒人やアジア人はほとんどいないし、余所者がこんな場所にまで入り込んで来ることが滅多にないせいだろう。
手入れが行き届いた校舎の廊下をどん詰まりまで歩いた先に、渡り廊下でつながった体育館があった。ジャクソンと未来が入口の自動ドアをくぐると、途端に生徒たちの元気な号令や後輩を指導する声が響いてくる。
深いグリーンの床に幾つかのコートが赤や黄のペンキで描かれた体育館では、複数の団体がトレーニングをやっているようだった。
「チアリーダーのポリー・ウォードを探してるんだ。どこにいるかわかるか?」
一番手近なバスケットコートの隅でドリブルをしていた細身の少年に、ジャクソンが声をかける。
「ああ。ポリーなら、ほら。あの一番背が小さい子。でも、あんたたちは誰だい?」
暗めの短い金髪をつんつんに立てた少年は答えながら、ジャクソンと未来に不審そうな視線を向けてきた。その間も、リズミカルにドリブルを続ける手を止めることはない。
「俺と彼女は、こういう者なんだ。ポリーに聞きたいことがあってね」
ジャクソンは未来を隣に呼んでからなるべく目立たないように、しかしポケットから出した身分証に入ったFBIの文字がはっきりとわかるよう、少年に見せた。
「……へえ。ポリーと話がしたいなら、直接声をかければいいよ。今は顧問がいないみたいだから」
二人がFBIの捜査官であることを知った少年の目に好奇の光が満ち、ドリブルの調子がやや乱れたものになる。が、わざと素っ気なくもう一度ポリーの方を振り返ってから、いかにも関心がないように彼は言った。テレビでしか見たことがないFBI捜査官に興奮するような、子どもっぽい振る舞いを嫌ったせいだろう。
ジャクソンは礼代わりに軽く右手を上げてから、少年が示した人物の方へ向かった。
体育館の一番奥でストレッチをしている女子の集団が、チアリーディング部だった。全員が学校指定の赤いトレーニングウェアで、二人一組になって身体を伸ばしたり、捻ったりしている。皆、均整が取れた体つきに適度な筋肉をつけていて、お互いの指導に余念がない様子だ。
「ポリー・ウォードさんだね?」
ジャクソンが先に少年が示した少女に声をかけると、彼女は両足を開いて床に座っている後輩らしい相手の背中を押すのをやめた。
「そうですが……何か?」
怪訝そうな表情で上げられた顔にかかる前髪を押さえ、少女のダークブルーの瞳が捜査官たちに向けられる。
大きな目に鼻筋が整った顔、無造作なポニーテールに結った髪は艶がある赤茶色で、豊かに波打っている。背は未来と同じくらい小柄だったが、細い身体は体操選手のようにしなやかで、バランスの取れたスタイルであることがトレーニングウェアを着ていてもわかるほどだ。
ポリー・ウォードは、目の覚めるような美少女だった。
「俺はジャクソン・トルーマン。FBIの捜査官なんだ。友達のヘレン・ホワイトについて、少し話を聞かせて……」
「すみませんけど、あたしは話すことなんて何もありませんから。まだ練習があるので、帰ってもらえませんか?」
側に来たジャクソンの身分証が提示された矢先に、ポリー顔つきが険しくなった。敵意を湛えた視線で彼をきっと睨み、冷たさを露わにした言葉を投げつけてくる。
「ヘレンがあんなことになって、俺たちも気の毒に思ってるんだ。これ以上の犠牲者を出したくないんだよ。だから少しでも早く犯人を捕まえたい。捜査に協力してくれないか」
今度はジャクソンもポリーに最後まで遮られることなく言えたが、小柄な少女は黙々とストレッチを続けている。
「これからもっと寒くなってくるのよ。その分関節の動きが鈍くなって、怪我もしやすくなるんだから。もうちょっとストレッチを続けた方がいいかも知れないわね」
床に開脚して座っているショートカットの後輩部員に、彼女はてきぱきした調子で言葉をかけている。まるで隣に誰もいないかのように、黒人捜査官のことは完全に無視しているのだ。
頑なな美少女の態度に溜息をついて、ジャクソンは後ろで待っていた未来のところへ引き返した。
「ダメだな。取りつく島もない、って感じだ。時間と場所を変えて出直すか」
「まあ、待ちなよ。今度は私が話をしてみるからさ」
早くも体育館の出口を目指そうとしたジャクソンを止めて、未来はチアリーダーの一団を振り返った。
「大丈夫かよ?こういうときにあんまりしつこくしたら、後々響いてくるかも知れねえぞ」
「私だって、日本じゃ私立探偵に近い仕事をしてたんだよ。交渉なら、多少は自信があるつもりだから。ジャクソンは、男子生徒に話を聞いて回ってみたらどう?女の子からの情報収集は、私がやることにして」
ジャクソンはまだ心配そうな様子だったが、未来の提案には賛同してくれたらしく、最終的には首を縦に振った。ジャクソンがグラウンドに出ていく間に、チアリーダーたちは小休止に入ったらしい。15人ほどの女生徒たちは、タオルやポーチを手に散っていた。
その中からポリーの背中を見つけて、未来が後を追う。身体を冷やすためだろう、渡り廊下に出たポリーに彼女は続いた。
「チアリーダーって、こんなに寒くなる時期まで練習してるの?大変だね」
壁際の床に座ったところでさりげなく声をかけてきた東洋人の女性に、ポリーはスポーツタオルで額の汗を拭いながら吐き捨てた。
「あんたも、さっきの奴の仲間なの?」
「そう。私は特別捜査官のミキ・ハザマ。信用できなければ、身分証を見せるけど?」
未来はポリーから少しだけ身体を離した場所にしゃがんで視線の高さを合わせ、穏やかな笑顔を作った。
「別にいいわよ。何も話さないのは変わらないから」
未来を一度だけちらりと横目で見たポリーはそっぽを向いて、足下に置いたスポーツドリンクのペットボトルを取り上げた。
「どうして、私たちに何も話してくれないの?」
未来は優しい調子を崩さないが、ポリーは答えない。うるさそうに額の前髪を払い、ペットボトルの中身を一口飲む。
「言いたくない?」
「当たり前でしょ。FBIだか何だか知らないけど、あたしにヘレンのことを聞きたがる連中なんか、嫌な奴ばっかり……」
ポリーの表情が悲しみに曇り、後半の言葉が震えた。
「嫌なことを聞いてきたのは、地元警察?それとも新聞記者とかのマスコミ連中?」
「話したくないって言ってるでしょ!」
語気も荒く未来に言い返したポリーは、先と同じようにきっと睨みつけてきた。視線に怒りが込められているのがわかる。
「……ポリー、貴女は本当にヘレンのことを大切に思ってたんだね」
「どうして、そうだって言えるのよ」
「何とも思ってない相手のために、泣くほど怒ったりできないでしょう?悲しいことを思い出させるのは、本当に申し訳ないと思ってる。私も、被害に遭った人のことを誰かに聞いていて、その場から逃げ出したいと思うことだってしょっちゅうあるから」
未来はあくまで静かに、穏やかでいる姿勢を保ったままだ。
ポリーは瞳から零れそうになっている大粒の涙をタオルで拭い、大きく鼻をすすった。
「もし警察の人たちが貴女に不愉快な思いをさせたんなら、私からも謝らせてもらうよ。辛いよね。本当にごめんね」
「あんたに謝って欲しいわけじゃないわよ。どうして赤の他人のことで、あんたがあたしにそんなことを言ってくるわけ?」
声の調子を落として謝罪の言葉を口にした未来に、ポリーは尚も食ってかかった。
やはりこの少女は、警官からの聴取に対して怒りを感じていたのだ。
今回彼女の友人であるヘレンが巻き込まれたのは、性的な要素が絡んだ連続殺人事件だ。そのような場合は、被害者の人物像のかなり深いところまで踏み込んだ捜査が必要となる。性格や基本的な生活習慣、家族構成や友人関係は勿論のこと、現在付き合っている相手がいるのか、その相手は男か女か、風変わりなセックスの経験があるか、または付き合っている相手にそんな嗜好があったかどうかなど、普通は聞くのを憚られるような、極めて個人的なことも多い。
そしてそういった質問は、やり方によっては相手かなり不快な思いをさせる。対象が年頃の女の子ともなれば、なおのことだ。犯罪捜査に携わる者は、あらゆる年代の者に対する聴取のテクニックも一通りの訓練は受けるが、残念ながら全員がそれを実践するとは限らない。
「私たちは法の番人なの。警官や保安官みたいに細かい違いはあっても、基本はみんなそう。だから全員が貴女たちのような市民を守らなくちゃならないし、仲間が犯した間違いは自分たちが責任を背負わなきゃならない。その代わり誰かが殉職すれば、みんなが犯人の逮捕を誓い合う。それぐらい、仲間を大事にしてるってこと」
「仲間を大事に?」
鸚鵡返しにポリーが繰り返したところに、未来は頷いた。
「そう、貴女が友達を大切にするのと同じようにね。だから謝らせてもらったの」
未来がポリーと視線を合わせようとしたが、彼女はそれをすっとかわした。少女の様子は明らかに落ち着かないが、敢えて立ち上がり未来の前から去ろうとはしないようだった。
「それにね、事件を解決したい気持ちはみんな同じなんだよ。だから、私は貴女とこうして話をしてるわけなんだけど」
言いながら、未来はしゃがんだ体勢から腰を地面につけた。その際にもう少し身体を寄せて、ヘレンのすぐ隣に座るようにする。
「もうこれ以上、ヘレンみたいな犠牲を出しちゃいけないんだよ。でも、犯人を捕まえるためには、どうしてヘレンが狙われたのかを調べなきゃならない。そうすれば犯人がいつどこで、どんな状況で人を襲う奴なのかってことがわかるからね」
ポリーは話を続ける未来に何も答えず、目を伏せていた。形のいい唇がきゅっと固く結ばれており、視線の先には膝を抱えながら握り締められている、小さな拳がある。少女は、必死に涙を堪えているようだった。
痛ましい様子に未来は正直、これ以上事件のことについて聞き出そうとするのが心苦しいくらいだ。が、今学校にいる生徒の中で一番有用な情報を持っているのが、恐らくポリーであることに間違いないだろう。
未来はポリーを刺激し過ぎないように、少しだけ顔を近づけて低く囁いた。
「犯人が捕まらなければまた誰かが殺されて、苦しむ人たちが増えることになる。それを防ぐためにも、ポリー。協力して欲しいの。お願いだから」
そのとき、苦しげに胸を押さえたポリーの青い瞳から涙が溢れ落ちた。
未来がそっと両腕を広げ、嗚咽を漏らす少女の上半身を軽く抱いてやる。この相手を抱きしめるという行動は日本では馴染みが薄い行為だが、相手に掛けるべき言葉が見つからないときは効果的だ。どんなときにこうすればいいのか、未来もようやく慣れてきたところだった。
未来は腕の中の少女の思いを受け止めてやりたくて、自然にそうしたのだ。
暫し女性捜査官の肩に顔を預け、ポリーは声を押し殺して泣いた。
「……あたしだって、ヘレンを殺した奴を捕まえて欲しいわ。あんなことをする奴なんか、絶対に許せない。でも男の警官に、ヘレンが変な場所で遊んでたんじゃないかとか、ドラッグをやってたんじゃないかとか、そんなことを聞かれる筋合いなんてない。あいつら、まるで殺されたヘレンのほうが悪いんだって言ってるみたいだったの」
ポリーが顔を上げないままで、悲しみに喘ぎながら本音を漏らし始めた。今まで友人を失った悲しみを抱え込んで、辛い思いをしていたのだろう。そこへ警察とは言え、男性からの無遠慮とも思えるような聴取があったのだ。多感な年頃の少女は、友人を汚されたように感じたに違いない。
やはり、未来がポリーに話を聞いて正解だったようだ。
彼女は優しく少女の引き締まった背中を撫でて、安心させるようにゆっくりと言った。
「警察も、本当は興味本位でそんなことを聞いたんじゃないんだよ。ただ、大人に話をするのと同じように貴女に聞いたのは間違いだと思う。そういうデリケートなことには、もっと配慮しなくちゃいけないのに」
「配慮って、どうしてくれるの?」
「まず、貴女に不愉快な思いをさせないような工夫をすること。今みたいに、女性の担当者が話を聞くようにすることとかね。それに、これは捜査で大切な情報であることをわかってもらった上で話をしてもらうようにすること。最後に、必ず犯人を捕まえることを誓うってことぐらいかな」
ポリーが首にかけたスポーツタオルの端で涙を拭いつつ、上半身を未来の肩から離す。今度はポリーが未来の顔を正面から覗き込むように、じっと黒い瞳を見つめてきた。
「本当に……」
少女はそれだけ言いかけてから、改めて女性捜査官と目を合わせてくる。ひたむきな思いが込められた視線から、未来は顔をそむけなかった。
「本当に、犯人を捕まえてくれるって約束して」
「きっと捕まえて見せる。貴女の大切な友達を奪った奴を、このままにはできないからね」
頷いた顔に、暖かさと誠実さを見い出せたのだろう。ポリーは大きく息を吐いて肩を落とし、余計な力を振り落とすように軽く頭を振った。
「わかったわ。あたし、何を話せばいいの?」
「ありがとう、ポリー。貴女の話は後で纏めやすいように録音させてもらうけど、いい?」
先に穏やかな笑顔と共に礼を述べてから、未来は話を切り出した。ポリーが頷いたのを確認し、ポケットから出した携帯端末についているボイスレコーダーをオンにした。
「じゃあ、まずは……貴女にとって、ヘレンはどんな友達だったの?」
「仲のいい友達。ほんとにそうよ。ヘレンは運動が苦手だったけど、それ以前に身体もあんまり丈夫じゃなかったみたいだから、運動部に入りたくても入れなかったの。だから、しょっちゅうチアリーダーの練習も見に来てくれてたわ。あたしは補欠なのに、たまに差し入れもくれたりして。ヘレンに仲がいい友達は他にもいたけど、あたしもその一人よ。家に遊びに行ったこともあるし、お互いに悩み事の相談なんかもしたわ」
胸の奥にしまった想いを表に出し、少しは楽になったのだろう。ポリーの語り口は静かになっている。そこに、ついこの前に起きたことを懐かしむような響きも混ざっていた。
「彼女は本が好きだったから……たまに、どんなのが面白いかとかも聞いてたわ。今は紙の本なんて本好きな人じゃなきゃ読まないけど、ヘレンは特に恋愛小説が好きだったみたい」
身体を動かすのは不得手で、静かに読書をするのを楽しんでいた大人しい少女。そんなヘレンが活発なポリーと接するようになったのは、自分にないものを持っているポリーに憧れ、羨んでいた側面もあるのだろう。
未来の質問は続く。
「ヘレンは、積極的に友達を作る方だった?」
「ううん。あたしから彼女に声をかけなければ、こんなに仲良くなることもなかったと思うし。性格的に合わない人とは、あんまりうまくつき合えてなかったみたいだから」
「男の子の友達もいた?」
「多くはなかったけど、いたみたい。クラスの男子とは普通に話してたし、誰かと一緒に買い物に行ったりとかしてたもの」
ということは、ヘレンもポリーも同姓愛者ではないと言うことか。
未来の中で捜査から不要なポイントが削られ、整理されていく。
日本ではまだ稀なケースだが、アメリカでは少年少女の同性愛関係も珍しくはないのだ。
「さっき貴女は悩みの相談もしたって言ってたけど、恋愛の悩みなんかもあったの?」
「ええ。ヘレンが好きになるのは大体運動部で、ちょっと顔がいい男子が多かったの。あたしがやめた方がいいんじゃないか、ってアドバイスしたこともあったけど……」
対象の男子の顔を思い出しているのか、ポリーは小首を傾けるような仕草を見せた。
「やめたほうがいい、って思ったのはどうして?」
未来に突っ込まれると、ポリーは一瞬困ったように詰まってから、小さく溜息をついた。
「彼女、自分が少し知っている人なら誰でも信用しちゃうところがあったから……その、女好きだって言われてる男子も好きになることがあって。騙されるだけだからやめたといた方がいいって、言ったこともあったの」
ポリーが話してくれたのは、先に未来がジャクソンから聞いたのと大体同じ内容だった。ヘレンが大人しい性格で、騙されやすかったのは間違いなさそうだ。
しかしそれならば、趣味のヒッチハイクでも危険な目にあったことがあるのではないか?
未来の頭に至極当然の疑問が浮かんだが、いきなりその話をポリーに振る前に、もう少し話しやすい空気を作っておく必要がある。
未来は、ヘレンの男子との付き合いについての質問を続けることにした。
「ヘレンが最近何かに困ってたとか、男の子のこととかで揉めたりとかはしていなかった?それ以外にも誰か、例えば家族とトラブルを抱えてたとか」
「前はちょこちょこ、誰かと付き合ったり別れたりはあったけど。夏に最後の彼氏と別れてからは、特に好きな人ができたとは聞いてないわ。それに、誰かと喧嘩したって言う話もしなかったし」
「じゃあ、男の子と知り合うために、どこかへ行ったりなんてこともなかったんだね」
「ないわ。ヘレンが全く知らない誰かと付き合うってことは、確かなかった気がするの。大体が顔見知りとか、クラスメイトの男の子だったもの」
ポリーがもう一度、軽く鼻をすすった。
彼女はチアリーダーの練習で汗をかいており、そろそろ身体が冷えてきたのだろう。あまり長引かせずに切り上げた方が良さそうだった。
「例えば車から知らない男に声をかけられても、そう簡単には乗らないってこと?」
「そう。ヘレンはヒッチハイクが好きだったけど、怪しい奴の車に引っかからないように気をつけてたみたい。だから、いつも女の人の車に乗せてもらうって話してたわ。男の車には絶対に乗らないって、いつも言ってたもの」
その回答だけで十分だった。
ヘレンは、自分の知らない異性に対しては警戒心が強く働く方だったのだ。素早く頷いて、未来はポリーの聴取を終わらせることにした。
「じゃあ、最後。この街で、誰か怪しいと思える奴はいる?」
「そりゃあ……喧嘩っ早いのとか、小さい子どもに声をかけたりする奴が、全くいないってことはないと思うけど……ぱっと思いつかないわ」
「動物をいじめたり、殺したりするような奴もいない?」
「少なくとも、あたしは聞いたことがないわ」
事件現場近隣に住んでいるだろうポリーが言うのだから、そうなのだろう。
犯人は、少なくともこの街の人間ではないと言うことだ。
「わかった。どうもありがとう、ヘレン。寒いところを、長々と悪かったね。連絡先を教えるから、もし何か私に話したいことがあったら連絡してね。私がオフィスにいないときは、後でこっちから連絡できるようにしておくから」
ポリーは部活用のトレーニングウェア姿だから、当然携帯電話は持っていない。電話の通信の代わりに未来が少女に渡したのは、クワンティコの連絡先だけをとっさに走り書きしたメモだった。
「じゃあ、部活も勉強も頑張ってね」
「あの……ハザマ捜査官」
締めくくってから立ち上がった未来に続いて腰を上げたポリーが、先とは違った遠慮がちな声を後ろからかけてきた。
「なあに?」
校舎の方へ数歩歩き出しながらも振り返った未来を、ポリーは一瞬黙って見つめた。
そして意を決したように、少女は真摯な視線と言葉をぶつけてきた。
「ヘレンの仇を討って。お願い」
それを受け止めて、未来は力強く頷いた。
自分が事件に立ち向かう背中を見て、純粋無垢な少女が少しでも勇気づけられればいい。
そう願いながら、捜査官は足取りを確かめて体育館を後にした。