特殊部隊CVC -7-
ジャクソンと未来がクワンティコを発ったのは、軽めのランチもそこそこに終わらせた13時だった。ジャクソンの個人捜査用車両であるダークグリーンのプリウスに乗り込み、ティアーズ最後の被害者の捜査に二人で向かう。
「被害者はヘレン・ホワイト、17歳の白人。死因は頭部の銃創。両腕及び両足切断。遺体は2041年10月7日にミネラルの森の中で発見……」
未来がこれから捜査する対象である被害者の情報を携帯用ハンドターミナルで確認し、ぶつぶつ呟いていた。小さな声は、車両に搭載されているスキャナーからひっきりなしに聞こえてくる無線にかき消され、ジャクソンには届かないようだ。
生前の画像で見るヘレンは、波打った肩まである金髪とブルーの瞳を持つ、笑顔が無邪気そうな感じの少女という印象だ。麻薬や窃盗などの10代の荒れた若者にありがちな犯罪歴はなく、ごく普通のティーンエイジャーで、アメリカ全土のどこにでもいるありふれたタイプの高校生だったらしい。
「今日はヘレンが通ってた学校に話を聞きに行った後、死体発見現場を確認することにしてる。多分、今日中にはクワンティコに戻って来られるだろう」
「ヘレンの高校はオレンジ・ハイスクール?自宅もラピダンだし、遺体発見現場から随分遠いみたいだね」
ハンドルを握るジャクソンの隣で、未来はハンドターミナルの画面に表示された住所と、プリウスのナビに表示された広域地図とを見比べた。死体発見現場とヘレンの自宅とは、直線距離で20マイル(約32キロ)は離れているだろうか。
「彼女、ヒッチハイクが好きだったらしいからな。今回も、恐らくその時に事件に巻き込まれたんだろう」
最初の目的地であるオレンジ・ハイスクールへは、クワンティコからインターステート95をフレデリックスバーグまで南下して、そこからゲルマニア・ハイウェイを西に抜けてコンスティテューション・ハイウェイに入り、20マイルほど更に西へ走るとようやく辿り着く。高校の生徒たちに話を聞くのには丁度いい時間に到着できるだろうが、戻ってくるのはかなり遅くなるだろう。
もし家族にも話を聞くつもりでいるのなら、日を改めたほうがいいのではないだろうか。
「家族には話を聞かなくていいの?」
「死体が発見されてからすぐ、地元警察が聴取に行ってるんだ。その時の録音とかの資料は全部CVCに提出されてるから、本部に戻って調べるといい。それに何度も捜査関係者が話を聞きに行ってたりしてたら、遺族の感情を逆撫でしかねないしな」
運転を続けるジャクソンの横顔の奥にある窓を、抜けるように青い空と様々な木々が通り過ぎていく。11月頭とは言っても、ヴァージニアでは初冬だ。もうあと1ヵ月もすれば、この辺りは真っ白な雪が積もることもあるのだろう。
未来は、自分たちと同じように南を目指して前を走っている黒のサバーバンを目で追った。運転席では、若い白人の男がくつろいでいるように見える。サバーバンは、世界で標準装備に近くなっているオートドライビング仕様なのだろう。運転手は目的地をナビに入力するだけで、あとは車が勝手に運転してくれるのだ。
「ヘレンだけど、暮らしぶりはどんな子だったの?」
「非行歴もないし、両親も揃っていて、家庭内に問題はなかった。学校では、どっちかと言えばあんまり目立たない方だったらしい。ただ、少し素直すぎるきらいがあったそうだ」
ジャクソンが緩やかにハンドルを切りながら、前にいたサバーバンを追い抜く。そのとき、彼の脇の下からバードソング仕上げでラバー・ショック弾を装填した44口径のグリップが覗き、ちらりと未来の目に留まった。
バードソングは銃を一度分解し、パーツにテフロン加工を施した防水仕様だ。泥にまみれたときや豪雨の中など、どんな環境でも銃が確実に動作するため、非常に信頼性が高い。
FBIや警察では特に過酷な任務に当たる者におなじみの仕上げだが、未来はこの銃をまだ支給されていなかった。
これは、すぐにトリスが手配してくれるだろう。ラバー・ショック弾は通常の弾丸よりずっと柔らかいために通常の拳銃では撃ち出すことができず、銃も特注品になるのだ。
「素直すぎるって、人の言うことをすぐ信用したりとか?」
「根も葉もない噂を信じたりはしないけど、顔がいい奴に引っかかっちゃあ、二股をかけられたりはしてたようだな」
「素直すぎるというよりは、人の悪意を見抜けないタイプだったのかもね。よくいるよ、そういう子って。だから犯人の口車に乗せられたのかな」
未来が僅かに眉根を寄せ、まだまだまっすぐ続いているインターステート95の先を見つめた。
「そういう性格の割には、ヒッチハイクが趣味だったんだからな。あれじゃいつか危険な目に遭うんじゃないか、って周りも心配してたらしい。その矢先の事件だったわけだ」
被害者の個人的なことにまで話が及ぶと、ジャクソンの声の調子が先より少し落ちた。10代の子どもが犠牲者となるような事件が大嫌いなのだろう。
「家族が最後にヘレンの姿を見たのは、女友達が車で迎えに来て、そこに乗り込む時だったってことだ。その友達の家からの帰りに行方がわからなくなってるから、やっぱりヒッチハイクした相手が犯人だった可能性が一番高いな」
「どうして、その友達はヘレンを送ってあげなかったんだろ?」
「ヘレンと最後に会った女友達の聴取についても、記録が本部に届いてる。その子の家の近くも行ってみることにするか。オレンジ・ハイスクールのすぐ近くのようだし」
「賛成」
黒人青年の言葉に、未来は頷いた。
ジャクソンもまだこの事件の担当になって日が浅いはずなのに、質問には淀みなく答えてくれたのが彼女には驚きだった。勤務態度がいいとはお世辞にも言えないが、事件を早期解決するという志は強いのだろう。ジャクソンは戦闘だけでなく、捜査でも頼りにできそうな一面を持っているようだった。
問題のオレンジは小さな郊外の街で、渋滞がなければ所要時間はここから2時間程度だろう。未来が住むフレデリックスバーグからは、40マイル(約64キロ)程度の距離だ。帰りにわざわざクワンティコまで戻る必要もない。
「私、フレデリックスバーグに住んでるんだよ。帰りは本部じゃなくて、家で下ろしてくれない?明日の朝は、ドクター・スギタと一緒に来るから」
思い出したように未来が提案したが、ジャクソンが驚いて視線だけを向けてきた。
「おいおい、何言ってるんだよ。お前は明日からNOTSの連中と早朝トレーニングだろ?まさか、4時にドクターを叩き起こして送らせるつもりじゃねえだろうな」
そうだった。
できたての自分のオフィスで、出発直前にバーニィからのメールを確認したばかりだというのに、ころっと訓練のことを失念していた。たちまち、未来の顔が場都が悪そうに曇る。
「……そうだった、うっかりしてたよ。でも本部まで戻ってたら、家に帰っても寝る時間がちょっとしかないんだもん」
「だったら、アカデミーの宿舎に泊まればいいだろ。身の回りのものは無料で貸与、飯だって格安なんだからな」
確かにジャクソンの言うとおり、アカデミーの別館であるジェファーソン棟には職員用の宿舎がある。とは言っても、部屋にはベッドと机、シャワールームといった必要最低限のものしかない。
それにNOTSの訓練を受けるなら事前にカリキュラムにも目を通し、防弾ジャケットやゴーグル、訓練用の自動小銃などの個人装備一式も、HRTの教官から借りねばならないだろう。考えるだけで頭が痛い。
未来は一ヶ月間だけとは言え、明日からそんな緊張した場に一日おきに行かなければならないのだ。せめて、訓練がない日は自宅でリラックスしたかった。
「それでも、やっぱり自分の家が一番落ち着くんだもん。帰ることにするよ」
「そりゃあ家に帰れば、ドクターだっているもんな?」
ジャクソンが清掃サービス会社のバンを追い越しながら言った言葉には、明らかにからかう調子が含まれている。
「まあ、もうちょっと残り香には注意した方がいいぜ。お前ら、二人ともだ」
未来はそこでやっと、自身が肌や髪から振りまいているほのかな甘い香りを意識した。
今更ながらに、昨晩は杉田と同じバスオイルを使った湯を楽しんだことが、頭の奥から引っ張り出される。
図星を突かれた未来の頬にさっと赤みが差したが、ジャクソンは全く気にかけている様子を見せない。
「お前が言うとおり、パートナーと仲がいいのは悪いことじゃねえよ。むしろその逆だ。俺だってエマのことを信用してるから、安心して動くことができるんだしな」
「その割には、彼女はあんたのお姉さんかお母さんみたいな感じに見えたけど?」
負けず嫌いな未来は、今度は自分の番とばかりに茶化すような口振りに変えるが、ジャクソンは平然と答えた。
「ああ、そうだろう。彼女には小さな娘がいるし、俺のことは弟か、大きな子どもみたいに思ってるんだろうさ」
「……そう言えばさっき、娘の様子を見るとかって話してたっけ」
「研究所の中に、託児所もあるからな。仕事が終わるまではそこで子どもを預かってもらえるから、ベビーシッターを頼んで家で留守番させるよりも、遙かに安くて安全なんだ。お前も、子どもができたらあそこを使うといい」
ジャクソンの何気ない言葉が、ちくりと未来の胸を刺した。
だが、ここで自分が子どもを作れない身体であることを喚き立てても仕方がない。未来は当たり障りのない質問を続けた。
「子どもがいるってことは、彼女結婚してるんだよね?」
「正確には結婚してたんだ。俺も彼女が旦那と別れた理由までは知らないけど、CVCに来た頃にはもう独り身だったみたいだな。今のチームで家庭を持ってるのは、お前たちと隊長だけだよ」
「だから、私とドクターは夫婦じゃないって」
未来に軽く睨み返されても、ジャクソンは動じない。
「家族を大事に思うのはいいとして、NOTSの訓練を甘く見ねえほうがいいぞ」
「甘く見てなんかないけど、私たちが体力や戦闘能力で普通の人間に負けるわけないでしょ」
むっとしたまま返した未来であったが、ジャクソンの窘めるような口振りは変わらない。
「そうじゃねえよ。HRTの連中は、仮にもFBIのエリートだ。自分たちに対する自信もそうだが、仲間に対する信頼と横の繋がりが何よりも強い。NOTSにしたって、10日以上の厳しい選考を勝ち抜いてきた奴だけしかいねえんだからな。お前、HRTの選抜試験がどんなものか知ってるか?」
彼は未来が首を横に振ったのを横目で確認すると、今一度口を開いた。
「あれは受かるための試験じゃなくて、落とすのが目的の試験だ。試験は2週間続けて、その間ろくな睡眠も、食事も取らせない。飢えと疲労で極限状態に追いつめて……下手すりゃ死ぬんじゃないかってぐらいの状況で、それでもお互いに助け合ったり、銃を撃たないだけの冷静さを保てる奴だけを選ぶんだ。重い装備を背負ったままで全体の長さを教えないランニングとか、模擬戦闘でな。審査するのは現役の隊員たちで、奴らが一緒に戦ってもいい、命を預けてもいいと思う奴だけに投票する。受験者たちはずっと何人かのチームで動くから、自然に強力な仲間意識が芽生える。そんな連中のところに、俺たちみたいに何も知らない奴が放り込まれてみろ。1日で音を上げること、受け合いだぜ」
インターステート95の先を見つめるジャクソンは、いつの間にか過去を噛みしめるような表情に変わっていた。
きっとその選考過程で、何にも勝る強い絆が受験者の間で生まれ、お互いが固く結ばれるのだろう。恐らく、部外者など入る隙もないに違いない。未来はバックミラー越しに、ジャクソンの顔を見返した。
「つまり、選考試験も受けてないような奴は絶対にみんなと馴染めないってこと?」
「それにお前は女だ。過去でHRTに女性隊員の前例はないし、そこが心配なんだよ。多分、周りの奴に認められる頃にはもう抜けなきゃならないしな」
「そっか、忠告ありがとう。まぁ、そう言うところでのハンデがあるなんて、正直来考えつかなかったよ。確かに、法執行機関は男の世界だもんね」
未来は、ジャクソンがこちらの身を案じてくれていることが嬉しかった。一度目を細めて笑うと、彼女は戦闘パートナーである黒人青年の顔から視線を外した。
「覚悟だけはしておくよ。私は無理して馴染もうと思わないで、自然体でいて認めてもらえればいいかなって考えるようにする。邪魔者扱いされなくなれば、儲けものぐらいだって程度にね」
穏やかな言いようにジャクソンが驚いたのが、気配でわかる。
「意外とものわかりがいいんだな。てっきり噛みついてくるもんだと思ってたのに」
未来の素直な反応は、彼にとっては不意打ちだった。こういった保安関係の職業に就いている女性は皆気が強く、男に負けるのは屈辱だと強いコンプレックスを抱えているものだとばかり思っていたのだ。
「あんた、私を一体どういう女だと思ってたわけ?」
「もうちょっと、ひねくれ者なんじゃないかって気がしてたんだよ」
未来の直線的な問いに、ジャクソンも思わず隠さずに述べてしまう。
「ああ、ひねくれ者だってのは当たってるよ。でも、現実的でいようって努力してるからね。認めなきゃならないことは受け入れるようにしてるだけだよ」
「そうか、そりゃ良かった」
未来の話す内容には軽い皮肉が込められているが、声は怒っていなかった。そのことを受けて、ジャクソンもまた率直に頷いてから言った。
「不思議と、女ってのはそれができないのが多いからな。お前のことは、余程のことがなけりゃ女だって思わずに済みそうで良かったよ」
「……褒めてんの?それ」
「勿論じゃねえか、相棒」
ハンドルを操るジャクソンの最後の一言に、未来が再び穏やかに笑った。
オレンジまで先は長いが、退屈はしないで済みそうだった。




