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特殊部隊CVC -5-

 エマ、杉田、トリスの3名は、バーニィの後ろに置いた折り畳み椅子に並んで座っていた。前にいるバーニィは、壁一面にずらりと並んだモニターの目の前に据えられている椅子に腰を落ち着けている。

 戦闘時に司令官の役割を果たすバーニィは、ジャクソンと未来へ別々に通信ができるレシーバーをつけ、押し黙ってモニターを睨んでいる。その黒い瞳は鋭く的確に、二人のサイボーグを視界の中心で捉え続けていた。彼が時折専用の端末に折り畳み式のキーボードでタイプすると、薄手の手袋に包まれた金属の義手が硬い音を立てる。

 その時、モニターに映った未来が足を止めた。ホーガンズ・アレイの真ん中よりもやや北に位置した雑居ビルの屋上で拳銃を片手に構え、下に向けている。

 その銃口の先に特に変わった点はなかったが、彼女にはすぐ近くの路地でジャクソンが息を潜めていることがわかっていた。

 未来は市街での戦闘を、昨年の同じ時期に既に経験済みだ。殆ど同じ状況である今、当時の光景が頻繁に脳裏に浮かんでくる。あの時は重機関砲、各種手榴弾を装填したグレネード・ランチャーを仕込んだアサルトライフルを携えていたが、それが拳銃を模した光線銃になっており、これが訓練だということが異なっている。

 逆に言うと、ただそれだけの違いしかない。あの頃、最大の敵である旧型戦闘用サイボーグのP2と死闘を演じた未来は、まさかアメリカでFBIが作り出したサイボーグと戦闘訓練を行うなど夢にも思っていなかった。

 だが、先にバーニィが言ったとおり、今自分が立っている場所は戦場ではない。

 そのことを忘れてはならなかった。

 未来の眼下およそ10フィート(約16メートル)下の位置を走る狭い路地を、人の形をした大きな影が突っ切ろうとした。狙いすまして光線銃の引き金を絞り、光の弾を叩き込む。モデルとなる銃の威力に相当するだけの発砲音が銃から上がる。同時にターゲットであるジャクソンの身体で、着弾を知らせる小さなブザーが重なった。

『頭を狙う奴があるか、馬鹿者!』

「えっ?」

 ジャクソンに位置を悟られまいとして反射的に隣のビルへ飛び退いた未来は、通信越しで怒鳴るバーニィへ、はっきりとした反抗の色を表した。

「でも!一発で仕留めなきゃ、意味が……」

『我々CVCの目的は容疑者を殺すことではない。動きを抑えて確保することだ。それを忘れるな、未熟者が!』

 バーニィに怒鳴り返す途中で遮られた未来は、舌打ちが漏れそうになるのを堪えねばならなかった。彼女は確かに、癖でジャクソンの側頭部を無意識のうちに撃っていたのだ。

 存分にやれと言ったくせに!

 心の中で悪態をつきつつ、未来がビルの裏側へと飛び降りる。

 その間に背後で鉄筋の壁を2度蹴った音が上がった。数秒前まで自分がいたビルの上に、今度はジャクソンが飛び上がったのがわかった。

 刹那、3発分の発砲音が重ねられる。

 が、街路を蒼い風の如く走り抜けた未来には掠りもしない。ただ、オーディンに身を包んだジャクソンは、未来が予想したよりも高い跳躍力と素早さを持っているようだった。

「くそ!なかなか速いな」

 そして、ジャクソンの未来に対する感想も同じらしい。

 悔しさがにじんだ呟きを耳にした未来の顔に驚きが走る。ひとりごとが聞こえるということは、オーディンは顔が露出するつくりになっているのだろうか?

 それにしても、野生動物以上の感覚器を持った未来を相手に、聞こえるような声を立てるのは危険だと思わないのか。いや、自分が聞こえないのだから、相手もまた同じだと思っている確率の方が高い。

 それならば、油断している分だけ手痛い反撃を食らわせてやろう。

 不敵な笑みが未来の口許に上る。

 彼女が聴覚のレベルを少し上げ、動物の息が聞こえる範囲までフィルタリングを甘くする。すると、ジャクソンがしゅっと短く息を吐いたのがわかった。次の行動に出る気なのだ。

 彼に対する蒼い鎧姿が疾走の体勢から片足を突っ張らせ、急激なブレーキをかけて立ち止まった。特殊耐熱樹脂の靴底が、アスファルトをこする音が上がる。半分程度に勢いを殺いで、未来は今までと逆の方向に向かって地面を蹴った。弱い反射光をビルの谷間に投げかけて、暖かな日差しを纏ったハヤテが宙を走る。

 彼女は路地の両側にそそり立つ古いビルの片方に足を叩きつけ、反対側の壁に跳ぶことを繰り返した。空中をジグザグに舞っていくその間、高さはほぼ変わっていない。

 途中、足場にしているビルの屋上を動く人影が視界に入る。

 未来が空中で器用に身体をひねり、続けざまに3発の光弾を撃ち込んだ。

「2発目!」

 そのうちの1発がジャクソンを捉えたことを確認し、彼女はヘルメットの中で低く呟いた。今度は肩と思しき部分を狙ったからか、バーニィから怒声は飛んでこない。彼女は動く速度を緩めず、別のビルの谷間へと姿を消した。

「可愛い顔してるくせに、やるじゃねえか」

 未来に下から攻撃を浴びせられる羽目になったジャクソンは、笑みがこぼれるのを抑えられなかった。

 瞬く間に路地の向こうへ姿を消した未来の動きには、これまでに積んできた訓練や実戦の経験を頼りにするのでは歯が立たないと痛感する。それに聞いたところでは、彼女は既に二人のサイボーグと戦い、勝利してきた実績の持ち主だ。ジャクソンにとって、今までの敵の中で一番手強い相手だと断言できるだろう。

 しかしだからこそこの訓練は刺激的で、どうやって彼女と戦うか判断を下すことが楽しくすらある。

 それほどの強敵が仕事上のパートナーであり、生死を分かち合って危険と戦っていくことになるのだ。性別など関係なく、ジャクソンは未来を大好きになれそうな気がしていた。

 主よ、彼女と巡り会わせてくれたことに感謝します。

 久しく礼拝にも行っていないジャクソンの胸に、自然と祈りの呟きが浮かんだ。銃を持ち直す僅かな間にだけ、心で頭を垂れることにする。

 彼は未来を追うべくビルから飛び降りた。両足の発条を最大に使って着地の衝撃を殺し、勢いを落とさずに走る動作へと繋げる。

 未来がこちらの姿を見ていないにも係わらず、正確な射撃ができることは間違いない。優れた感覚器の成せる技なのだろう。だとすると、一方的に居場所を掴まれてしまうこちらが圧倒的に不利なことになる。

 それなら、彼女の能力が役に立たないようにすればいい。次に攻撃を受けたときに、こちらも同時に攻めの姿勢に転じるのが一番だ。

 僅か数歩踏み出した時点でジャクソンの腹は決まったが、自らの決断に酔って路地から飛び出すような迂闊な真似はしでかさない。銃を下に構えるとビルの角に背中をつけ、慎重に陽の光が満ちるメインストリートの様子を窺った。

 途端、僅かにビル陰から突き出たオーディンの肩にある2つのターゲットが、着弾を告げて小さなブザー音を鳴らした。

「ちっ!」

 ヘルメットから露出したジャクソンの口許から、思わず派手な舌打ちが漏れる。

 この光線銃の射程距離はそう長いものではない。せいぜい11ヤード(約100メートル)だ。そしてこのメインストリートで、建物の外から全く隙を見せずに攻撃するには、再びビルの上に登るしかないはずだ。

 ジャクソンが顎を上げる。6.2フィート(約188センチ)を超える位置にある両目が、メインストリートの反対側でそびえる銀行の屋上に、頭のようなものが一瞬現れてすぐに消えたのを捉えた。

「土地勘だったらこっちにあるんだぜ、ミキ」

 今度は胸の内を声に出さず、ジャクソンは猛然とメインストリートへ飛び出した。

 ホーガンズ・アレイの市街は未来もアカデミーの訓練で使っただろうが、ジャクソンは陸軍の特殊部隊であるデルタ・フォースにいた時代も、幾度となくここで演習を行っていた。FBI捜査官の訓練より、頻度はずっと高かったと断言できる。

 未来が撃ってきた銀行の屋上は、周辺で一番高い場所に位置するところだ。デルタ・フォースの演習では、絶好の射撃ポイントとして知られている場所だった。その頃は、射撃ポイントを早く潰すことが如何に重要か、上官が口を酸っぱくして叩き込んできたものである。

 だから、ジャクソンも遠慮なく未来を潰すことにした。

 未来が下のほうへ動いたということは、暫くは高所から撃ってこないということだ。そして、彼は未来が次に移動するであろう、射撃ポイントへ先回りするルートを知っていた。

 大柄な身体がメインストリートを突っ切り、猫科の獣を思わせるしなやかな身のこなしで、狭い路地へと駆け込む。やや暗く細い道には、奥の目立たない位置に地下へと潜るコンクリートの階段があった。ここは複数の建物を一気に突っ切る隠し通路で、奇襲の際に使われる。ホーガンズ・アレイにはこういったギミックが仕掛けられた場所が幾つもあるが、これは主に軍の演習に使われるもののため、FBIでは教官すら知らない場所も多いのだ。

 ジャクソンが路地裏で地下道に飛び降ると、それまで未来の耳に届いていた足音の質が変わった。

「どっか、建物にでも入ったのかな……」

 明らかに篭もった音に、未来は走る速度をやや落として警戒した。

 ジャクソンは、建物の中から撃ってくるつもりなのだろうか?

 しかし彼の位置は音からすぐに判別できるし、今のところ自分の被弾は0、ジャクソンは4発だ。多少戦法を変えてきても怖くはない。

「……あれ?」

 走りながら、未来が疑問形に言葉尻を上げる。

 彼女がほんの少し前のことを思い返した僅かな間のことだった。足音から注意を逸らしたため、ジャクソンの正確な位置が掴めなくなったのだ。地下にいる相手の活動音は遠く聞こえる上、閉鎖空間での反響もあるためわかりづらい。

 これだから、屋内を使われるのは厄介だ!

 未来が唇を噛みしめ、それでも注意を怠らずにビルの裏を走り続ける。

 その蒼い背中で、不意にターゲットが着弾を告げて耳障りなブザー音を上げた。

 後ろだったか!

 そう思う前に、彼女の脊髄は反射の動きを全身に送った。跳ねるように横へ飛んで、続いて発射されてきた光弾を避ける。同時に空中で振り返り、報復を同じ形の銃から見舞った。

 実体のない弾丸の軌跡が二本、空を裂いて互いの身体に命中する。

 しかし、攻撃を避けるために後退している未来とは逆に、ジャクソンは猛然と走り込んできた。

 未来がその好機を見逃す筈もなく、連続でトリガーを引き絞る。

「ダメージなんか気にしない、ってわけ!」

 弾が全て命中しているのも構わず突進してくるジャクソンに、彼女は半ば叫ぶような声を上げていた。彼は装甲の強度に余程、自信があるに違いない。

「こいつが、オーディン……」

 雄牛のような猛々しい気迫と共に間合いを詰めてくるジャクソンとの距離を保ちつつ、武装した彼と初めて相対した未来は、声に出さずに呟いていた。

 オーディンを纏ったジャクソンは、まるで昔観たことがある古い映画に登場したロボット警察官そっくりだと、素直に思った。

 スカイブルーに近い鮮やかな色のアンダースーツがぴったりと浅黒い肌に張り付いて、口許を除く全てを覆っている。下地となる装甲のベースアーマーはその上に装着され、色はアンダースーツと同じくらい明るい印象があった。ベースアーマーは腕や急所を中心に身体を保護する金属の鎧だが、未来のように装甲が全身を覆っているわけではない。二の腕や太股の一部などは、アンダースーツが剥き出しになってさえいる。

 が、逆にヘルメットと上半身の装甲、膝などの関節部分には露出度の高さを補うかのように、白銀に輝く装甲が更にもう一重につけられていた。そのせいか、彼の体格は先に会議室で見たときよりも、体格がかなりごつく見える。未来のハヤテが全身を満遍なく金属で覆って保護するのに対し、ジャクソンのオーディンは急所の保護に重点を置いた装甲だと言えるだろうか。

 ハヤテとオーディンの決定的な違いは、その色合いもさることながら、オーディンの装甲が鏡面加工に近い、派手な反射光を放つところにあった。

 もしオーディンが戦場にいたら、悪い意味で目立つこと受け合いだろう。

 長身ながらもすらりとしたジャクソンの身体は、重機関車と呼ぶに相応しい厚さと重みを兼ね備えた、けばけばしい装甲車となっていた。

 曲がりくねった狭い路地で発砲しながら後退を続ける未来と、追いすがるジャクソン。

 二人の距離が縮まるまでに、数秒とかからなかった。

 ただ、振り返りながら射撃を続ける不自然な体勢を取り続けていたとは言え、追いつかれたことは未来にとって不本意だった。

 彼女は隠密行動と遠距離からの正確な射撃攻撃に主眼を置いて作られたサイボーグであり、近接格闘にはやや不向きだ。だからこそハヤテも目立たない色で、素早さが損なわれることなく動けるよう考慮されていた。

 しかし、お互いの顔がまともに確認できるほど近いこの距離だと、それも意味がない。

 再び距離が開くまでこのまま後退を続けるか、それとも銃による攻撃は諦めて、格闘戦に持ち込むべきか。

 未来に次の選択肢が浮かび、銃を構えていた右手が下がったとき、ジャクソンが彼のすぐ側に迫っているビル壁に向かって跳んだ。三角跳びの要領で、煉瓦造りの壁に穴を穿たんばかりの勢いに任せて足を叩きつける。

 ジャクソンの巨大とも言っていい体躯が、16フィート(約5メートル)の上から未来に掴みかかった。

 未来はそれを体術で迎撃することなく横に体を捌いて避けた。彼女を捕まえ損ねたジャクソンが地面に手をつき、体勢をやや崩して着地する。すかさず、未来が連続で銃のトリガーを絞った。

 白銀のオーディンにつけられた黒いターゲットが三度、着弾を知らせるブザー音を散らす。

 が、やはりそれをものともしないジャクソンは、しゃがんだ姿勢から再び未来に襲いかかった。

 恐ろしい勢いで肉薄するジャクソンが銃身を掴もうとしてくるのを後退しつつ避け、未来は素早く太股の隠しホルスターに銃を突っ込もうとした。

「……あっ!」

 彼女の口から、小さな叫びが上がった。

 光線銃がホルスターに届く直前、横合いからジャクソンの膝蹴りを浴びせられたのだ。不意を突かれ、衝撃で緩んだ手から銃が弾き飛ばされた。

 瞬間、未来はそれ以上下がるのを止めて急ブレーキをかけた。

 当然ジャクソンは物理法則に逆らうことはできず、スピードを落とさないで未来に突っ込むことになる。未来は僅かに反応が遅れた彼の腕を捉え、そのまま背負い投げの要領でアスファルトの道路へ投げつけた。

 鮮やかな青と銀の巨体が半回転し、金属の足先が宙を舞う。

 が、ジャクソンは背中を打ちつけることなく、見事な受け身を取って着地した。その膝をついた体勢から、追い打ちを加えようと走り込んできた未来の足首を狙い、腕を突き出す。

 未来は襲いかかってきた右手を跳んでかわしたが、ジャンプで彼の身体を越えると見せかけて、踵を背中に打ち下ろした。鈍いが強烈な衝撃でジャクソンのしゃがんだ身体が前につんのめり、衝撃を感知したターゲットがブザーを鳴らす。またダメージを負わされたことに舌打ちしながらも、ジャクソンは道路に膝と手を叩きつけて無様に倒れるのを堪えた。

 彼が立ち上がったところへ、走り込んできた未来の特殊警棒による突きが襲いかかってきた。肩の関節部分を正確に狙ってきた一点攻撃をかわし、今度はジャクソンが未来の懐へと踏み込む。

 そのつもりが、未来は巧妙な足捌きでそれを許そうとはしなかった。自分のリーチの短さを心得ている彼女は、特殊警棒の長さを計算して有利な間合いを操っているのだ。ジャクソンの掴みかかってくる腕をするりと抜け、長い脚から放たれる蹴りをくぐり、近寄ろうとする巨体から離れようとも、それ以上近づこうともしない。

「そんなんじゃ、私のスピードの敵じゃないよ!」 

 特殊警棒を奪おうとする手を巧みに払い、お返しに蹴りを食らわせた未来が低く、ヘルメットの中で呟きを漏らした。

 P2との戦いを通して、格闘戦ではどうしても体格が劣る自分のほうが不利だと、未来は痛感していた。が、そのことを自覚した上で戦い方を考えれば、十分に他の能力で弱点はカバーできることもまた、知っていた。ジャクソンにはP2以上の素早さがあるが、それでもまだ自分のほうが勝っているし、その分手数も多い。全体のダメージ量からすれば、勝機はこちらが握ったも同然だ。彼が攻撃してくる隙を突き、反撃していれば自然と勝てるだろう。

「ちっ。奥の手を使うしかねえか」

 その時、未来を攻撃し続けていたジャクソンが呟いて後退した。

 奥の手?

 何か隠し武器でもあるのだろうか?

 ジャクソンの言葉に警戒した未来も動きを止めず、間合いを開き気味にして防御の姿勢に移ろうとする。

 未来からそれ以上離れまいとして、ジャクソンは逆に詰め寄る形となった。

「アームパージ!」

 短い呪文のような一言が、ジャクソンの口から発せられた瞬間のことである。

 彼の身体が爆ぜた。

 いや。

 正確には、彼が纏うオーディンのオーバーアーマーが全て弾け飛んだのだ。

 銀色に輝く金属パーツが放射状に撒き散らされて陽光を乱反射し、光の嵐を巻き起こす。

 ジャクソンから6フィート(約2メートル)という至近距離にいた未来は、アーマー爆弾の直中に巻き込まれる格好になった。飛んでくるパーツをいまいましげに特殊警棒や蹴りで叩き落としつつ、やむなく退こうとする。

 そこへ、スカイブルーの疾風がと化した何かが飛来した。

「……くっ!」

 瞬時の反射に従い、それを腕の装甲で弾いた未来の唇から、思わず低い唸りが漏れる。

 確かに防いだ筈の一撃は、強化された両腕にさえずしりと響いた。

 脚を軽く踏ん張らねば、後ろに倒れるかと思ったほどだ。

 とてつもない重さを持ったそれがジャクソンが繰り出した拳だったのだと理解するのに、彼女でも一瞬の間が必要だった。オーバーアーマーを外したジャクソンの攻撃は、それほどまでにスピードが上がっていたのだ。

 速い!

 自身を圧倒するほどにまで素早いジャクソンの動きに驚愕した未来の頭には、その一言しか浮かばなかった。

「よく俺の一撃を正面から受けられたな、ミキ。流石だ。これなら、遠慮なくいけるぜ!」

 最初の一発を当て損ねているのに、ジャクソンの声は少しも悔しさを帯びていない。むしろ、ずっと会いたかった相手に再会した子供のように弾んでおり、嬉しさが滲み出ている。

 未来に拳を跳ね返されたジャクソンは最初と同じ間合いで構え直したが、その姿はほんの10秒前と全く様変わりしていた。

 銀の僅かなラインを残して全身が明るいブルーの色調になり、より鮮やかさが増している。一方、厚いオーバーアーマーを脱ぎ捨てた分だけ身体の幅と厚みがなくなり、シルエットの印象が重機関車からリニアモーターカーに変わっていた。目立つ装甲も頭と胸、腰回りに肘と膝の先くらいだ。

 ちょっと見たところでは、アメリカン・コミックのヒーローのようである。

 重装甲の未来は、さしづめ悪の組織に雇われた殺し屋ロボットというところか。

 などとくだらないことを頭の隅で考えていた未来に、ジャクソンが遠慮なく仕掛けた。ここまで来るともう妙な小細工をしようと言う気はないようで、拳と蹴りを織り交ぜた打撃を雪崩の如く浴びせかけてくる。

 その全てをかわし、受け、流した未来であったが、彼の腕や脚が装甲を掠る度に、身体に貼られたターゲットがいちいちブザーを鳴らすことに神経を逆撫でされた。

「くっそ……ずるいよ。こんなの、反則じゃない!」

 次第に上がりがちになってきた呼吸に苛立って、未来は悪態をついた。

 オーバーアーマーという重い枷を外されたジャクソンの攻撃は、スピードが上がっただけではない。確実に威力も倍増されていた。ハヤテを身につけた彼女の身体にまともに響き、痺れさせるくらいなのだから、自動車の衝突かライフルの銃弾並みの破壊力だろう。

 自分よりも頭一つは大柄で筋肉質な男が、文字通り目にも止まらないスピードの体術で追いつめてくる。

 動態視力が常人の数十倍に強化されているはずなのに、相手の攻撃を目で追うのがやっと。

 防戦するのにもほぼ、反射神経に頼るしかない。

 この世で自分が最も強靱な戦士であることを自負していた未来のプライドに、その事実は少なからずダメージを与えていた。

「トリス……何だい、あれは?」

 指令室のプレハブにあるモニターから彼らの様子を見ていた杉田が呆然と呟くと、殺風景な部屋に声がこもった。

 未来というサイボーグの製作者でもある杉田にとっても、これは驚愕の現実であった。

 嘗て未来は二人のサイボーグと戦い、そのいずれにも勝利した。うち一人に当たるP2は、未来に匹敵する性能を持つ優秀な軍用サイボーグたる個体だった。

 しかし今、杉田の目の前にあるモニターで彼女と技の応酬を繰り返しているジャクソンは、それ以上の能力を持っている。二人は外見を極めて人間に近づけた、同じタイプのサイボーグだ。杉田は未来に対して、自らが持っているありったけの技術を託し、最も優れた個体を作り上げたつもりでいた。

 なのに、ジャクソンののスピードとパワーは未来を上回っていることがはっきりとわかるほどなのだ。

「ジャクソンのアームパージは、本当に最後の手段さ。オーディンのオーバーアーマーは耐久性が高いけど、代わりにとてつもなく重い。身軽にならなければどうしようもないとき、こいつは使用者の意思で装着を解除できるんだ。しかしオーバーアーマーがなくなれば、パワーとスピードが格段に上がっても、拳銃弾程度しか防げない状態になる。究極の二択を迫られたときの、逃げ道ってわけなんだ」

 皮肉そうに息をつくと、トリスは眼鏡を上げて杉田の顔を見直した。

「純粋な肉体の基礎強度と能力だけでいけば、恐らくミキよりジャクソンの方が上だろう。でも、彼にはミキみたいな抜群の視覚とか、内蔵式スタンガンはない。あの二人……訓練次第で、本当にいいパートナー同士になれると思うよ。どんな重大な犯罪にも対応できる、特別捜査官として」

 モニターに再び見入ったトリスの声は、感慨深げなものに変わっていた。

 ジャクソンは保安用のサイボーグだ。

 そのため基本的な身体能力と、時には生身であっても身体を盾とし、市民を守れる強靱さが特に重要とされた個体でもある。小細工が一切されていない強化人間と言えるだろう。

 加えて専用の装甲強化服であるオーディンも、保安任務において市民に威圧感を与えず、逆に犯人の目を引くような派手さがあるスタイルだ。闇に紛れて隠密に行動し、情報収集や偵察、破壊工作を行うのに適したハヤテとは全く反対なのである。

 しかし対極の位置にいる両者だからこそ、協力することによって弱点を補い合い、強力な力を産み出すことになる。有事の際にどんな危機的な状況に陥っても、彼らが二人揃っていることで、活路を見出せる可能性が高まるのだ。

 そういった意味では、二人の戦闘力に歴然と差があるのは好ましくない。

 互角に戦えるくらいで丁度バランスが取れるという、微妙な位置だと言えるだろう。

 もっとも、負けん気が強い未来には、予想外にストレスがたまりそうな力関係だと言う気がしないでもない。一方で、一緒に戦う仲間ができて心強いことに間違いはないはずだ。

 軽く頷いて、杉田が隣のトリスからモニターへ再度視線を移す。

「そこまで!」

 そこで、バーニィが鋭い号令を放った。

 モニターの中で間合いを離し、睨み合おうとした二人のサイボーグが同時に顔を上げる。

「たった今、ハヤテのダメージが限界値に到達した。訓練はここまでだ。二人とも、直ちに指令所まで戻れ」

 バーニィが手元にある端末の画面で、双方の装甲に与えられた損傷の度合いを示す監視アプリケーションの表示を念のために確認してから指示を出した。

『了解』

『……了解』

 ジャクソンは荒い呼吸の元でもすぐに応答したが、未来は一呼吸置いてから返していた。

 彼女の表情が不服そうにふくれているのが、杉田にはすぐに想像できるような声であった。

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