2 複
「ところで、この世界にも彼がいるのは何故ですか」
「夢の中に本人が出てくることがあるだろう」
「ここは彼の夢世界ですか」
「似て遠からじ……ではないかな」
「では彼が目覚めたらどうなるんです」
「それが厄介だ。おれたちが外に放り出されるかもしれん」
「……ならば、まだマシでしょう。彼の目覚めとともに消えてしまう可能性もあります」
「正直言えば、その可能性の方が高いな」
「怖いですね」
「きみは恐がっているようには見えないが……」
「興奮しているからですよ。ところで、この世界では彼は何処に……」
「普通に考えれば自宅だ」
「つまらない夢ですね」
「そうかもしれんが、だからこそ彼を探索できる」
「この近くですか」
「遠くはないよ」
「まだ行かれませんか」
「ここで暫くきみと話したが、その間、監視されたという気配はない」
「持ってきた警報器もそう示していますよ。まあ、これも情報でしかありませんが……」
「分散しないのが驚きだよ」
「この能力は彼独自のモノですか」
「そうであると言えばそうであるとも言えるし、そうでないと言えばそうでないとも言える」
「どういう意味です」
「人、あるいは何かの夢の中に入ってしまう物語は昔から多い」
「その代表が『胡蝶の夢」ですか」
「そうだな、だが、それ以外にも数多くある」
「映画も多いですね。ある期間毎に幾つもが同時にヒットする」
「一番最近のモノは政府が仕掛けた」
「えっ」
「一般大衆に彼の存在を恐れさせないために、だ」
「全世界で結託してですか」
「一応そうだが、アメリカ中心だよ。中国とロシアは裏で別のことをやっている」
「まさか、次の彼を探しているとか」
「それはアメリカでも同じだ」
「クローンですか」
「彼の能力が彼の身体由来ならば、当然それを考えるだろう」
「しかし、できるんですか」
「彼がもし彼女だったら、もうできていたかもしれん」
「人間の元は女性ですからね」
「おれもきみも女を改造して作られた」
「本来対称的な性染色体が非対称なのが男ですからね」
「そういうことだ」
「で、中国やロシアは彼の生態サンプルを……」
「アメリカの軍隊や諜報機関が真面目に働いていれば、持っていないはずだ」
「それならば安心です」
「彼らは彼の親族を襲ったがな」
「……」
「朝比奈くんも日本人か。そこで驚くとは……」
「面目ない」
「いや、真面な神経をしているだけだ」
「それで、どうなったのです」
「詳しい情報は漏れて来ない。だが、事実を鑑みると彼の能力は発現されていないようだ」
「そうですか」
「彼の父親は彼が幼いうちに交通事故で死んでいる。それが幸いした」
「試験管ベビーの兄弟が作れないというわけですね」
「だが、それに近いモノは作れる」
「理屈では……。第二の彼ができたら、彼らはその彼をどう使うのでしょうか」
「当然自分たち専用の避難所にするだろう」
「そんなことができますか」
「現時点で彼の防衛機能は彼の嫌悪感あるいは不信感だけだ。それらを彼に感じさせた人間は彼の中に入れない」
「その防御機能を毀すということですね」
「おれは方法を知らないよ」
「だけど仮にそんなことをして、キュリアスまで彼の中に入れるようになったら……」
「面白いだろうな。人類は初めて彼らの姿を拝めるだろう」
「一之瀬さんやわたしが、ここで本来の自分の姿をしているようにですか」
「そうだ」
「しかしキュリアスが単にエネルギー体だったら、どうなるんでしょう」
「昔のSF映画みたいに光球が見えるんじゃないか」
「可視光ならばそうですが、それ以外の電磁波ならば見えないでしょう」
「そのときは感じるしかないな……」
「感じるですか」
「そこに彼らがいるならば、できるだろう」
「一之瀬さんならできるかもしれませんが……」
「いや、きみにもできるさ」
「そうでしょうか」
「ああ、おれが保証する」
「ならば、心強いですね」
一之瀬がそこで時計を一瞥し、コクリと首肯き、朝比奈に告げる。
「さあて、局の奴らが決めた時間が経った。彼の所に向かうぞ」
「はい、一之瀬さん」