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鶯の少年

───僕とシャノンは、幼い頃からの唯一の友達だった。

これは、僕と彼女の間にあった、ずっと昔の記憶。


ああ、いつもこんな風に鬼ごっこをして遊んでいたような、そして今もそうして遊んでいたいような感じがする。

何しろ、ボールもバットも、ましてや空き缶すらも無かったのだから、こうして遊ぶしか他に無かったのだ。


「シャノンが鬼だね。」

「じゃあ10秒待ってあげる!」


彼女はそう言うと、彼女の後ろに立っていた木に体を向け、目を手で覆い隠す。

それを見た僕は一目散に、彼女の向いている方とは逆の方へと走り始めた。


僕の肌の色は、僕の住んでいた平原の村の人々の薄橙色のそれとは異なり、少し緑に近い黄色をしており、更に、顔の真ん中を、鼻筋を通って横一文字に切るように入った鶯色の痣が入っていた。

この見た目のせいだろうか、いつしか僕は村の人たちに「忌み子」だと言われ、見て見ぬふりをされるようになっていった。


10秒のカウントダウンを終わらせたのであろうシャノンは、顔から手を離すと、振り返ることもなく、ただじっと、どこかに力を込めるようにしてそこに立ち続ける。

すると、彼女の額の左側から、赤色の角が一本、彼女の前髪を隔てながらゆっくりと生え始めた。

それに伴うように、彼女がふもとに立っている木の影の一部が、走っている僕の方へと、歪むように伸びてゆく。

そして、僕の影と木の影がくっつくのと同時にシャノンは、「ちゃぽん」という、何かが水に落ちるような音を残して影の中へと沈み、僕の目の前へと現れた。


「たーっち!」


驚いている間に、彼女は僕の方へと手を伸ばし、そして触れた。

鬼が変わる合図、そしてその瞬間である。


「あーっ、それズルい!」

「ズルじゃないもーん!あはは!」


シャノンのその真っ白で、そして所々が赤色をした長い髪と、真っ赤な角、そして先ほど見せた「影に落ちる」異能は、村の人々にはよく知られていた。

そして、どこからの伝承か、はたまた火の無い所からの偏見か、彼らはそれを良く思わなかったらしく、彼女を「鬼」と言い、迫害の対象とした。

そんなこともあって、僕がまともに関われる相手はシャノンただ一人で、同時にシャノンがまともに関われる相手も僕一人だけだった。


鬼ごっこを続けながら二人で走り続けていると、僕らはいつの間にか平原から離れ、綺麗な青い海の見える岬へと着いていた。

シャノンはここに着くたび、その岬に座って、こう言うのだ。


「いつか、私とフィリップの、二人だけの世界をつくるの。」


どこまでも続く水平線と、乱反射した日光を僕らの目に届ける海。

そしてにこっと笑う彼女の横顔を見ていると、本当にそんなことができてしまうのではないか。

不遇な立場にいる僕らでも、そう感じることができた。


僕ら二人の繋がりは、必然で、運命で、そして不変であると、小さき頃の僕はそう感じていた。

その認識のうちの一つは間違っていたことに気付いたのは、いつだったろうか。


─────────────────────────────────────


「ハァッ、ハァッ、ハァッ…!」


僕は走った。走ったさ。彼女を抱えて。

その夜は土砂降りの雨だった。

まるで僕たちのこれからの運命を示唆しているような、そんな感じがした。


「ごめんね、私のせいで─」

「喋るな、痛むんだろ…!」


彼女は足に矢を受け、とても走って逃げられるような状態ではなかった。

かといって異能で影の中へと落ちようにも、痛みがそれをさせてはくれない。

もしそうでなくても今のように僕は彼女を抱きかかえて、全力で走っていただろう。

それほど切羽詰まった状況だった。


シャノンに対する迫害と、僕に対する偏見が、時を重ねて深まりに深まり、更に凶作や隣国での戦争も相まって、彼らの不安は僕らに向けて爆発した。

誰が言ったか、「あの鬼と忌み子が悪運の原因だ」という一つの起爆剤は、この一方的な蹂躙を始めるのには十分すぎる威力を持っていた。


「クソが、あのガキ逃げ足だけは速ぇ…!」

「追え!さっさと殺して凶作を止めろ!!」


近頃の悪運が僕らの手中に収まるものであると、彼らは本気で思っているようだった。

そうして、その悪意の手は、とうとう僕に届いた。


「っ?!」


突如、脹脛に感じた鋭く熱い痛み。

飛んできた矢か、はたまた誰かの投げた刃物か。

考える暇など与えられるわけもなく、僕はただシャノンを投げ出さないよう、痛みを堪えつつどうにか走り続けようとする事しかできなかった。

そして、それすらもできなかった僕は、がくりと膝を折り、その場に跪く形で足を止めた。

倒れないようギリギリで踏ん張っていたせいか、痛みを感じる方の足はガクガクと痙攣しており、これ以上走れる気はしなかった。


「クッ…ソ…!」


何とか立ち上がろうと試みるも、何か不可抗力がかかったように言うことを聞かない自分の足。

後ろから段々と近付いてくる群衆。

強く深い苛立ちと焦燥を憶えながら、僕はただシャノンの顔を見ることしかできなかった。


笑っていた。

どこか寂しそうに。


瞬間僕の体は、夜の闇、全てを満たす影の中へと落ちた。

「ちゃぽん」という間抜けた音と、彼女の最期の言葉だけを残して。


─────────────────────────────────────


何を思っていたのか、彼女は僕を、あの鬼ごっこをした平原、その木の下へと送った。


無力感、絶望、痛み。

心の中を満たすようで空っぽにする、そんな感覚を抱きながら、僕は足を引きずって、シャノンのいた場所へと戻る。


そこには、血と水に濡れ、偉大なる群衆によってボロ雑巾のようにされてしまった亡骸と、まるで墓標のようにそれに突き刺さる一本の剣だけが残されていた。


不思議と、何も感じることは無かった。

ただゆっくりと近付いて、シャノンだった物を虚ろな目で覗いた。

僕の水晶体は、目の前の現実をできるだけ認識しないようにと、雨にも似た液体を用いた障壁を作ろうとしていた。


その行動に反して、僕の手はそれに刺さっている剣の柄へと伸び、そしてそれを掴んだ。

その瞬間、僕は彼女の死を五感で感じた。


彼女の亡骸。


刃から滴る血の音。


剣から伝わる肉の感触。


空間に広がる鉄の匂い。


感じたことのない、黒い味。


ああ。


気が付くと僕は、


痛みを忘れ、ただその黒い剣を握り、村の方へと歩き出していた。


─────────────────────────────────────


「…おい、本当にここで止めるんだな?」

「うん、止めるー!なんだか良い予感がするんだ、ここ。」

「良い予感、ね…。俺にはこの悲惨な光景しか見えねェけどな。」


ある男は、そう呟きながら列車の窓から外を眺めていた。

そこには、地面にぽつぽつとあり、全てを合わせると五十ほどの血溜りと、その上にある肉塊。

そして、この大雨の中、黒い剣を握り、地面に俯きながらただ一人ぽつんと立っている少年がいる。


一方、その少年は、青白く光る線路を自ら敷き、中に何やら白い煌めきの混ざった黒い煙を吐き出しながら進む蒸気機関車、その音に気付いて顔を上げた。

同時に窓から顔を覗かせる数人にも気付き、剣を握る力を強める。


ゴオオッという、突風の吹く音に近い独特の響きを空間内に湛えながら、機関車は少年の目の前に停車した。

すると、運転席と思われる一番前の車両、その乗降口から降りてくる二つの人影が見えた。

一人は彼よりも小さな少女で、黄色と黄緑の間のような明るい色の髪と瞳をもっていた。

よく見ると、彼女の耳の少し上の方、動物で例えるならば角が生えているような所から、機械などによくついている排気管のようなものが、辛うじて雲の間から顔を出す月の光を反射していた。

もう一人は体格の良い男で、金色と銀色が混ざったような色の髪と赤色の三白眼は、暗い夜でもよく目立った。

彼の右目には、ピエロがよく入れているような、涙を象徴するマークがあった。

更に、彼の背には、彼の背丈ほどある片刃の大剣が掛けられていたが、彼はそれを抜くような素振りは見せなかった。


「…誰ですか、あんたら。」


先に口を切ったのは少年の方だった。

困惑と疑念が混ざったような声を出すのも当然だった。

何しろ、溢れんばかりの感情に身を任せ、村一つの人々を鏖殺(おうさつ)した彼の元に、特に何の警戒心を見せることもなく、不可解な人が近付いてくるのだから。


発せられた言葉に律儀に返すように、例の少女は快活とした声色で話し始める。


「わたし、マチルダ!この列車の運転手だよ!」


そう言った少女は、今度は男の方を向いて、何を言うでもなく、まるで「察せ」とでも言うようにただじっと彼の顔を見た。


「…オレも言わなきゃいけねェ感じ?」

「だって、名前聞きたがってるよ?」

「そりゃそうだけどさ…」


仕方がないという風に頭を掻くと、彼も同様に自己紹介をした。


「レフだ。レフ・シリェーブリヌイ。列車の車掌長をやらせてもらってる。」

「…何の用ですか。」


少年は相変わらず不愛想な返答しかしなかったが、マチルダはそんなことも気にせずに、再びその明るい口調を声として発した。


「わたしたちね、君みたいな人を集めて、一緒にこの列車で旅してるの!」

「付け足すと、オメーみてーな『形容しがたい感情の伴う過去』と『特異体質』を併せ持つ奴らだな。」

「そーいうこと。だから、君も一緒に乗ってほしいなーって!」


少年は少し戸惑うように考え、口を開く。


「…何を言っているのか、よくわかりません。」


彼はそう言うと、くるりと振り返って歩き去っていく。

それを見て慌てたのか、マチルダはこう付け足した。


「あー!待って!君の行きたい所、一か所だけどこでも連れて行ってあげるから!」


その言葉を聞き、彼はぴたりと歩みを止めた。

どこでも───。

その時彼は、小さい頃にシャノンと読んだ、道端に落ちた童話か伝記か、とにかく何かの本の内容を思い出していた。


少年は再び振り返ると、マチルダとレフの方を向き、こう言い放つ。


「…それじゃあ、『死者の門』に連れて行ってください。」


死者の門。

生者の世界と死者の世界の境目、そこにある門。

そこを開き、自らが骸となってしまう前に死者を一人連れ帰ると、その者は生き返るという。


「…童話によくある話のアレじゃねェか。本当にそんな所でいいのか?」


確かに、現実には存在しないかもしれない。

ただ、馬鹿げた可能性という事実を鑑みても、このたった一筋の機会を逃すのは、彼自身にとっては惜しいことだった。

シャノンが殺されたことに対し、怒りも悲しみも絶望も感じてはいたが、実際彼の心の大部分を埋め尽くしていたのは、「何かが足りない」という空虚な感覚だった。

真理に身を任せるならば満たされることのないその空白を、彼は満たしたかったのだ。


「はい。お願いします。」


レフの問いに、彼はそうはっきりと答える。

小さなものだったが、彼が二人に笑みを見せたのはこれが最初だった。


「それじゃ、君もわたしたちの友達だね!」

「友達なら名前聞いとかなくていいのかよ?」

「あ、そうだった。教えてくれる?」


彼女は、少年にそう問いかける。


「…僕は、フィリップです。」



「うん、フィリップだね!いい名前!」



「それじゃあ、『青耀列車(せいようれっしゃ)』へようこそ!」


─────────────────────────────────────


かくして、青耀列車は少年を乗せ、青白い光を灯しながら走り去っていった。


ただ背後に、死屍累々とした情景と、捨て去られた慈悲とを残して。

感想お待ちしています。

また、Pixivにも同内容の小説を投稿しているので、そちらも見ていただけると嬉しいです。

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