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第五十話

 ≪我たちは、修行によって普通のヒトよりも長い年月としつきを生きることができる。その果てがいつかは我自身も知らぬ。だが、生身の身体は存在できるには限りがある。我はもちろんのこと、あやつの生身の身体も今現在は存在しない。いまあるのはあやつ自身という存在だけだ≫

……ショックだった。

元の姿を取り戻せたら、玉の中に見えていた姿が目の前で見られる。

そう思っていたから。


 「あ、でも。大天狗さんは人間の姿になってヒトとして暮らしていたんでしょう?それって、天狗さんにもできるんじゃないの?」

≪それは、我ほどまで成ればできる(わざ)だからな。あやつの能力(ちから)ではまだ足りぬ≫

【父上……】

天狗さんの声が聞こえた。

【一度でよい。一度でよいので今のわしの姿を、()の者たちに見せる助力をしていただけぬだろうか】


 ≪ふむ。現在(いま)のおぬしの能力では、かなわぬことではあるし。よかろう。今回限りということで、頼みを聞いてやろう≫

ヒュ───ッといった風のような音が聞こえたと思うと、洞穴の真ん中あたりに黒いもやのようなものが現れ、だんだんと形が作られていった。


 少しずつ人のような形になっていく。

ぼくたちは、だまったまま黒いもやを見つめていた。

≪この姿が、今のあやつだ≫

その姿は、ぼくが前に天狗さんに見せてもらった姿そのままだった。

絵本で見た天狗が着ていたような見慣れない着物を着て、背中には鳥のような羽が生えていて、その顔は……長い鼻ではなく鋭く尖ったくちばしがついている。


 「天狗さん!」

ぼくは思わずかけよった。

ぼくだけじゃなく、(れん)智生(ともき)隆之介(りゅうのすけ)も。

「よかった。ほんとに元の姿が取り戻せたんだね」

【おぬしらの、おかげじゃ。礼を言う】

言いたいことがあったような気がしたけれど、言葉が出てこなかった。

ぼくたちも、天狗さんも。

≪……そろそろ、よいか?邪魔をするような無粋な真似はしたくないが、我らにはするべきことが待っているからな≫


 「するべきこと?」

≪こやつから聞いておろう?我らは自然の力を借りて、ヒトの助けとなることをせねばならん。こやつの再教育もかねて、しばしの間修行に戻らないといかんのだ≫

「それって……もしかして、これでお別れになるってことなの?」

≪そうなるな≫

「いやだよ。お別れなんて、いやだよ。ずっと、一緒にいたのに」

「悠斗……」隆之介がぼくを見て、首を横に振った。


 わかってる。

天狗さんとずっと一緒にいたいってことは、ぼくのわがままだってわかってる。

でも……。

≪悠斗。おまえのあやつへの(おも)いはよくわかる。だが、我らには我らの使命があるのだ。ここは、こらえてくれ≫

「……天狗さんには、もう会えないの?」

≪会えぬことは、ない。あやつが封じられていた玉があろう?≫


 「これのこと?」ぼくは持ったままだった玉を手のひらにのせた。

手のひらの玉が、ぼんやりと光りだした。

なんだか、あたたかい。

≪あやつの一部を、玉のなかに入れておる。この玉を介して、あやつと通じることができよう≫


 「ええっ!天狗さんの一部をまた玉に封じたの?そんなのひどい」

≪封じたのではない。入れただけだ。それも髪をひと房だけだから、なんら問題はない。悠斗、お前や友たちとのつながりのためには十分に役に立つ≫

「……玉に話しかけたら、天狗さんが答えてくれるの?」

≪今までのように話すことはできない。だが何か困りごとがあった時の頼りにはなるだろう≫

そっか……今までのようなおしゃべりはできないんだ。


 ≪……言っておくが、そこの、智生とか言ったか。お前が考えているようなことは困りごととしては受けつけないからな≫

「智生……何を考えたの?」

「え?」

「まさか、遠足の日は必ず晴れになりますように、とかじゃないよね?」

「そ、そんなはず、ないだろ?(りゅう)

智生……目が泳いでるよ。


 「大天狗さん、ありがとう」

≪わかって、くれたようだな≫

「うん。この中に天狗さんがいる、それだけでも十分だよ。天狗さん?近くにいるんだよね?」

【なんじゃ?】

「いままで、ありがとう」

【……礼を言うのはわしの方ぞ】


 「ぼく、天狗さんと過ごせてすごく楽しかった。いろいろ、いっぱ……」

涙がこみあげてきて、さいごまで言えなかった。

いっぱい楽しいことができて、うれしかった。

このことは、絶対忘れない。

大人になっても、ずっと忘れない。

ちゃんと,言いたかったのに。

くちびるをかんでうつむいてしまっていた僕の背中を、隆之介がポンポンと叩いてくれた。


 【……わしも、忘れぬぞ】

「え?」

【おぬしの心のうちは、わしにもわかる……父上のようには読み取れぬがな】

≪さて、そろそろ行くがよい。外で待っている祖母殿も心配しているだろうしな≫

「うん。あの、大天狗さんもありがとう」

≪我は、なにもしておらぬ。すべてお前と、友らとで成し遂げたことだ。なんだ?泣いているのか?……これが永遠ながの別れではなかろう?先ほどの玉もあるのだぞ≫

「うん。わかってはいるんだけどね」


 ぼくだけじゃなく隆之介りも智生も蓮も、鼻をすすっているようだった。

「……そろそろ、帰るね」

ずっとここにいたい気持ちもあったけれど、それってきっと天狗さんや大天狗さんを困らせることになるし。

「……行こう」

ぼくは隆之介たちに声をかけた。

みんなうなづいて、それぞれに涙をぬぐった。

トンネルの入り口に立つ……ここをぬけたら、お別れなんだ。

また鼻の奥がツンとした。


頭を一度ぶるっとふってふりかえり、誰も見えない洞穴に向かって手をふった。


「ばいばい!またね!!」


トンネルの中は来たときと同じくうす明るかった。


ぼくたちは無言で、出口に向けて歩いた。


 

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