第四十八話
「だ、だれ?!」
重く洞穴に響き渡るような声は、いままで聞いたことがなかった。
≪ここに来るまで、かなりの年月かかったようだな?≫
【やはり、ここは】
「天狗さん?どうしたの?ここがどこか知ってるの?」
【……父上じゃ。父上がおいでになる洞穴じゃ】
「父上って……」
たしか天狗さんは、ほんとうのお父さんのもとを去って天狗になるための修行に入ったって言ってたから……。
「お父さん天狗さん?!」
言って後悔した。
≪……まあ、あながち間違いではないが。せめて大天狗と言ってもらえんか?≫
「えっと、大天狗……さん?」
≪まあ、それでよい≫
【これ、小僧。大天狗様と言わぬか】
≪よいよい。そのような言葉、今の者は使わん≫
たしかに……『様』って手紙の宛名とかでしか見ないかも。
「今、ふつうに『様』って呼ぶのは天皇家の方々だけかもね」隣で隆之介が小声で言った。
「それにしても、大天狗さんの話し方よりも天狗さんの話し方の方が古い……よね」
ぼくも、そう思う。
≪我の話し方の方が、新しいと思うか?≫
小声で話していたのに聞こえていたらしい。
四人ともその声に“うんうん”とうなづいた。
≪それは当然だろう。我はそなたたちヒトの間に交じって暮らしていたからな≫
ぼくたち人間の間に交じって??
≪ヒトとして暮らし、こやつが戻ってくるのを待っていたのだ≫
「あ……」
いつの間にかぼくが持っていたはずの玉が空中に浮いていた。
≪もう少し早く戻ってくると思っていたが……なかなか邂逅かいこうせんかったようだな≫
「かい……こう?」聞きなれない言葉だった。
≪お前らには難しかったかな。めぐりあうといったらわかるか?≫
「はい」
≪ところで、つかぬことを聞くが、お前たちはこやつがこのような目にあう経緯は聞いているか?≫
「だいたいのところは」ぼくは答えた。
≪そうか。それなら話が早い。実はな、我はこやつを封印する際に一種の呪いをかけた≫
「呪い?」
≪封印を解く手助けができる者を限定したのだ。いくつかの条件をつけたと言ったほうがわかりやすいか?今風にいえば“ゲームクリアのための条件”とでも言うのか≫
「その『手助けができる人』の条件って、どういうものだったんですか?」隆之介が聞いた。
≪まずは、性根がよいこと。まっすぐな心をもっておること。次にあきらめぬこと。最後までやりとげようとする気持ちがあること。次に人に嫌われぬこと。協力してくれる仲間が周囲におること。そして最後に……こやつの血筋であること≫
「……さいごのひとつはわかんないけど、あとの条件って悠斗そのものじゃない?」隆之介が言った。
「おれもそう思う」
「おれも」
蓮も智生も言った。
「いや、ぼく、そんなすごい人間じゃないし。それに血筋だなんて」
≪いや、おまえはこやつの血筋だ≫
そんな……大天狗さんが言った条件に、ぼくなんかが当てはまるはずないよ。
まわりのみんなが協力してくれてるっていうのは当たってるけど。
それに血筋だなんて……。
≪信じられないのも無理はないだろう。だが、その条件をクリアしない限りこやつを見つけることもできないし、ましてや意思疎通をすることは不可能だ。出会えるかどうか、我はこやつの“運”にかけていたのだ≫
そういえば、足もとにいても気づかぬままだったこともあるって言ってたような。
「……それが、呪い?」隆之介が聞いた。
≪そのとおり≫
「でも、おれたちも天狗さんと会話できてたぞ?」蓮が言った。
≪それは、こやつがある程度の力を取り戻してからであろう?≫
「うん……そうだけど」
≪それは、こやつの能力が成したことだ。我がかけた呪いは言い換えれば『ミッションクリアするためのバディ探しにかかわる枷』だからな……おっと、いかんいかん。こんな比喩をするとは。我の頭もゲームボケしてきたな≫
……ゲーム?
「え!?もしかして、大天狗さんって。ぼくに、ここへの山道の入り口を教えてくれたおじさん?!」
≪正しくは、我の仮の姿だがな。間違ってはいない≫
「あのあと帰りにお礼を言おうと思ったのに、姿が見えなかったのは?」
≪お前が、道を探せなくて困っていたようだったから、教えに行くためだけにあの姿になった。我が作り出した姿だから、今のあの地区にあのような人物は存在していない≫
「あの時言ってた孫とかは?」
≪ヒトとして暮らすうちに覚えたもので、我には子供はもちろん孫もいない。なかなかの演技力であったろう≫
確かにふつうのおじさんにしか見えなかった。
「だったら、教えてもらった入り口に立ってた古そうな看板は?」
≪あれも我が立て置いた。ああいうものがあると信憑性が増すだろう?≫
「しん……ぴょうせい?」
「どのくらい信じられるかってことだよ」隆之介が教えてくれた。
「じゃあ、ぼくが天狗さんが入ってる玉を持ってたのも知ってたの?」
≪ああ。こやつのことは、ずっと視ていたからな。もし、来るのにもっと手間取るようだったら別の手助けをしたかもしれんが……それは杞憂に終わったようだ≫
「じゃあ、ここが最後の場所?天狗さんの右手がここにあるの?」
大天狗さんがうなづく気配がした。
「じゃあ……天狗さんは元の姿を取り戻せるんだね!」
≪ああ。我がこやつに課した条件は満たしているからな。元の姿に戻してやろう≫
「ほんと!」
「やった!!」
ぼくたちはうれしくって、ハイタッチしあった。
「あ、でも……」隆之介が言った。
「どうしてここがその場所なんですか?」
そういえば、そうだ。
ほかの天狗さんの分身はみんな水に関わるところだったのに。
≪なぜ、どうしてと聞く?≫
「だって、他の……身体の部分はみんな水に関わる場所にあったから」
≪その答えは、こやつがいちばん解わかっているはずだ。そうであろう≫
最後の言葉は天狗さんに向けられたものだったみたい。
【承知しております】
いつもの天狗さんと違う口調だ。
「ねえ、その理由って何なの?」ぼくは天狗さんに聞いた。
【ぬしは、わしが封印されたときに父上に言われたという言葉を覚えておるか?】
「えっと……『反省せよ。いずれ時が過ぎ、おぬしの声に反応し協力するものが現れれば、もしや元の姿を取り戻せるかもしれぬ。全てはおぬしに関わる場所にある』だったよね」
【そうじゃ。そしてこの場所こそがわしに関わるもっとも重要な場所なのじゃ】




