第四十一話
「みんな、おまたせ」
駐車場には、もうみんな集まっていた。
「みんな、早いわね」
おばあちゃんも車を降りてきた。
「今日は、よろしくお願いします」
蓮を送ってきたらしい女の人が、おばあちゃんに声をかけて頭を下げている。
「あの人、蓮のおかあさん?」
「そう。おれのかあちゃん。来なくていい、自転車で行くって言ったのに『ごあいさつしなくちゃ』って」
「そうなんだ」
隆之介と智生のお母さんはぼくのおばあちゃんを知ってるけど、蓮のお母さんは知らないからな。
それにこの前はバスだったけど、今度は自家用車だからかも。
「ご丁寧に、ありがとうございます。事故などないように行ってきますので、どうぞご安心ください。ほら、みんなも乗って」
みんなが乗り込んでシートベルトを着けるのを見届けると、車に乗り込んでシートベルトを着けた。
そして窓ごしに蓮のお母さんに一礼して、エンジンをかけて車を出発させた。
「今日行く場所って、どんなところなんだろう?」智生が言った。
「山なんだろ?一応スニーカーで来たけど。かあちゃんに『水遊びに行くのにスニーカー?』って言われちゃったよ。水辺だけで浅いらしいからって言っておいた」
「水くみ場に行った後は、ちゃんとそっちにも寄らなくちゃね」
おばあちゃんが運転しながらそう言った。
窓の外の景色は、どんどん緑が多くなっていった。
たぶん、この前行った水風呂があった場所よりもずっと田舎なんだろうな。
「まだ時間かかると思うけど、あなたたち退屈しない?」
「少し……」智生が言った。
「じゃあ……しりとりでもする?」
「しりとりとか、ずっとやってないな。面白そうだからやろうぜ」蓮が同意した。
「賛成」隆之介と智生も同意した。
久しぶりのしりとりは、すごく盛り上がった。
おばあちゃんがいろんな言葉を知っているのは大人だから当たり前として、隆之介もすごくたくさんの言葉を知っていた。
智生はその反対で、すぐ言葉に詰まって『パス!』を連発していた。
ペナルティも罰ゲームもなしというルールだから、みんな思い切り楽しんで大笑いしながら目的地までの時間を過ごした。
「ああ、面白かったわ。こんなに笑ったのは久しぶりじゃないかしらね。……そろそろ、駐車場に着くわよ」
窓の外を見るとかなり山の中に入ってきているようで、まわりには家が一軒も建っていなかった。
「すっげ、ザ・田舎って感じだな!」智生が言った。
駐車場に車を停めて車を降りると、おばあちゃんはトランクを開けてなにやらゴソゴソしていた。
しばらくするとおばあちゃんは手に何か入ったビニール袋を持って、ぼくたちのほうに来た。
「はい。みんなそれぞれこれを持って」
ビニール袋を受け取って中を見ると、カラのペットボトルが三本ずつ入っていた。
「ペットボトル?なんで?おばあちゃん」
隆之介たちも不思議そうな顔をしていた。
「せっかく水くみ場に来たんだし、おうちに持って帰りたくない?」
そういえば水風呂のときに、そういうこと言われてたような気がする。
「今日はせっかく車なんだから」
おばあちゃん、準備いいな。
「でも、なんで五百mlのペットボトル三本なの?二Lのペットボトルだったら、もっとたくさん持って帰れるのに」
「悠斗、五百mlのお水の重さはどのくらい?」
「えっと、五百gくらい」
「それが三本だと?」
「一.五kg」
「正解。では二Lのペットボトルは?」
「そんなの簡単だよ。二kgで……。あ!」
持てない事はないけれど、ちょっと重い。
いくら下り坂でも、あまり持ちたい重さじゃない。
「さ、まずはこの坂を上りましょ」
「はーい!」
ぼくたちはおばあちゃんの後ろについて歩き出した。
「結構、きつい坂だね」隣を歩いていた隆之介が首からかけたタオルで汗をふきながら言った。
ものすごく急な坂ではないし、ちゃんと舗装もしてあって歩きにくくはないけれど。
それでも暑い中、坂を上っていくのは、ちょっとつらいかも。
まだ、少ししか歩いてないのに汗がいっぱい出る。
「これで、木陰でもあると違うんだけどね」
「そうだね。でも、この先に水くみ場があるんでしょう?それってわき水だから、きっと天狗さんの右手があると思うんだ。そう思うと頑張れるかなって」
「そうだね。きっと、右手がそろうよね」
右手がそろったら、天狗さんが元の姿を取り戻せる!
そう考えると、ちょっとわくわくしてきた。
なにが起こるんだろう?
天狗さんはどんな姿でぼくたちの前に出てきてくれるんだろう?
「もう少しよ!みんな頑張って」先頭を歩くおばあちゃんが振り返って言った。
おばあちゃん……ぼくたちよりも元気かも。
「おそらく、ここね」
ようやく着いた目的地には、特に案内板や看板はなかった。
小さな祠があって、すぐそばから水が流れ出ているだけだった。
ぼくたちはさっそくペットボトルに水をくみ、まずはのどをうるおした。
水筒は持ってきてるけど、せっかくわき水があるんだもん。
「うめえ!」
「ほんと、おいしい!」
みんな口々に言う。
五百mlなんてあっという間に飲み干してしまった。
十分にのどの渇きがおさまったので、今度は持ち帰り用に水をくんだ。
三本分だと、やっぱり結構な重さになる。
「じゃあ、いよいよだな」蓮が言った。
「うん」
ぼくはポケットから玉を取り出して、天狗さんに話しかけた。
「ねえ、天狗さん。ここに天狗さんの右手さんはいる?」
【ふむ、どうじゃろう】
ふうっと風が吹いて、ぼくたちの間を抜けていった。
しばらくして天狗さんの声が聞こえた。
【……ここには、わしはないようじゃ】




