第三十五話
!!!……水風呂が楽しすぎて、すっかり忘れてた。
「ここも、あなたたちがこの前行った場所と同じで、わき水を汲みに来る人が多いらしいのよ」
おばあちゃんが指さすほうを見ると、何人もの人がペットボトルやポリタンクをたくさん持って並んでいた。
「ここは、水がわいている量が多いんですね」隆之介が言った。
「飲んでみたいけど、この前みたいにひしゃくとか置いてあるのかな?」
水が流れているらしいパイプには何個も穴が開いていてその一つ一つから水がたくさん流れ出している。
そんな中、一ヶ所誰も並んでいない、空いている場所を見つけた。
「特にひしゃくはないみたいだけど、これだけ水量があるなら手ですくってもいいんじゃないかな?」
ぼくたちは両手でくぼみを作って水をため、飲んでみた。
「おいしい!」
「ここの水も霊水といわれているらしいわね」
たて看板の説明を読んだおばあちゃんが言った。
「だとしたら、ここも天狗さんが“ある”可能性があるわね」
「じゃあ、聞いてみる!おばあちゃん、さっきの袋は?」
ぼくは、お財布と一緒に玉もおばあちゃんに預けていたんだ。
もしも、ポケットから出てしまったら転がって行っちゃうと思ったから。
受け取った袋の中から玉を取り出したぼくは、天狗さんに聞いてみた。
「ねえ、ここには天狗さんの分身っているかな?」
【ふむ……】
天狗さんはしばらくあたりの気配を探っているようだった。
【微かに気配はあるが……もう少し奥のようじゃ】
「奥……こっちのほうかな?」
ぼくは玉を持って、奥に向かった。
そこには小さな鳥居があって、すこしだけ薄暗くなっていた。
みんなも後ろからついてくる。
「あ、そういえば」隆之介が声を上げた。
「ねえ、このまえの石窟のときは土砂降りにして誰も近寄れないようにして“合体”したんだよね。でも今日のここでは……」そういって周囲を見回した。
たしかに、こんなに人がいっぱいいる中であの光は目立っちゃう。
「ここにある天狗さんの一部、合体しないまま連れて帰るという事はできないの?あの光って、合体したときに出るんでしょ?」
【ふむ……おぬしはここにおる小僧どもの中では一番聡いようじゃな。確かにこの場では急な雨は降らせられぬし、持ち帰ることもできぬ。それにあの光は、わしの意思ではどうにもんならぬ】
「……天狗さんは」おばあちゃんが口を挟んだ。
「雷を呼ぶことは可能ですか?」
雷……?どういうことだろう?
「この時期、夕立の前兆で雷が鳴ることが多いでしょう?降る降らないは別として。だから遠くから雷雲かみなりぐもに近づいてもらい、身体の一部を取り戻すタイミングで……ええっと取り戻すそのとき同時に稲光を光らせてもらうということはできますか?」
【ふむ……雷のう。しばし待たれよ】
天狗さんがそういった直後、石窟に行ったときと同じように風がぼくたちの間を吹きすぎていった。
【ふむ。風に、雷への仲立ちを頼んでみたが。わしにとっても初めてのことゆえ、うまく行くかはわからぬの】
「この前、雨に降ってもらったときはうまくいったじゃない?」隆之介が言った。
【あの時は、ただ降らせてくれと頼むだけじゃったからな。今回のような時を限った頼みごとはしたことがない】
「昔の、封じられる前も?」
【うむ】
また、ふうっと風が吹いた。
【雷が、なんとかやってみようというてくれているらしい】
「ほんと?!」
……遠くのほうでゴロゴロゴロと鳴り出した。
音はだんだんとぼくたちのほうに近づいているみたいだった。
時々、ピカッと稲妻も光っている。
雷鳴もだんだんと大きくなってきた。
「そろそろ、天狗さんの分身があるあたりに行ったがよさそうだね」
隆之介の言葉に促されて、ぼくたちは小さな鳥居を抜け大きな古い木が生えているところへ近づいた。
【おそらく、このあたりじゃ】
雷鳴も激しくなってきている。
“雷を呼んでいる”と知らなかったら、耳を押さえてうずくまっているところだ……雷、嫌いなんだもん。
ぼくは、石窟の時のように玉を両手に持って上へ上げた。
ピカッ!
光がぼくたちをつつむのと、同時に今までで一番まぶしい稲妻が光った。
「うわっ!」
ぼくたちもびっくりしたけれど、水を汲みに来ていた人たちもびっくりしたようで
『きゃあ!』とか『おおっ!』とかいった悲鳴が聞こえた
数秒たった頃“ガラガラガラ……”とかなり大きな雷鳴が鳴り、そのあとはだんだんと稲光の回数も減り、雷鳴も遠のいていった。
「落ちそうで落ちなかった雷といったところだね」隆之介が言った。
水汲み場のほうからは『びっくりしたわね~』とか『落ちるかと思った』という話し声が聞こえてきた。
「ここには、どこがあったの?」おばあちゃんが尋ねてきた。
玉を光にすかしてみると、そこには左手が戻った天狗さんの姿があった。
「左手さんがあったみたい」
「そうなの。無事に戻ってよかったわ」
【うむ。片手であったとしても戻ってくると、心強いものじゃ】
「そうなの?」
【うむ……利き腕である右手が戻ってくれると、余程よかったのじゃが、左手でもありがたいものじゃ】
「おれにも見せて」智生が手を出してきたから、ぼくは玉を手渡した。
「私は、ちょっとお手洗いにいってくるわ」おばあちゃんは建物のほうに歩いていった。
「ほんとだ。左手までそろってる……あと右手だけだな」
珍しく智生の発言がおとなしい。
「おれも見たい」
「ぼくも」
四人でかわるがわる玉をのぞき込み、作戦がうまくいったことを喜び合った。
「今日も、大成功だね」隆之介がぼくに玉を返してくれた。
「うん、そうだね」そう言って玉をポケットに入れようとしたとき、突然声がした。
「なんだよ、お前たちも来てたのかよ」
聞き憶えがある声にふりむくと、そこにはあいつが立っていた。




