第三十二話
「そういえば、みんなは公共のバスって乗った事ある?」
「ぼくは、ない」
「おれは、こっちに来る前に学校行く時に乗ってた」
「おれは、ないな」
「ぼくもない。だから調べてみたんだけど」隆之介がそう言って、なにか印刷された紙を広げた。
どうもバス会社が乗り方を説明しているページを印刷したらしい。
隆之介らしいというかなんというか……。
「これはここの市営バスとは違うバス会社のなんだけど、たぶん同じだと思うから使わせてもらう。まずは、バスの前面にある表示で行き先を確認する。乗る時には、運賃を現金で払う場合は整理券を取る。降りたいバス停の名前が表示されるかアナウンスされたら降車ボタンを押す。整理券番号で確認したのと同じ金額のお金と整理券を運賃箱に入れるという手順らしいんだ。ところで、ぼくたちが乗ろうとしている市営バスには両替機がついていない」
「と、いうことは?」
「さっき必要なお金は五百円って言ったけど、五百円玉を持ってきてもバスでは使えないということ。一番最初にバスに乗るからね」
……教えてもらって、よかった。
「じゃあ、五百円のうち少なくとも百円分は五十円玉とか十円玉で持ってないといけないんだな」蓮が言った。
「そういうこと」
「サンキュ。おれ、五百円玉持ってくりゃいいんだって簡単に考えてたよ」
「ぼくも」
「おれも」
「あと、念のためタオルは持っていたがいいと思う。あと五百円は最低必要な金額で、少し余分に持っていたほうが安心かも。……このくらい準備しておけば許可は取りやすいんじゃないかな?」
「そうかもな。いろいろ聞かれたときにちゃんと答えられるとウケがちがうもんな」蓮が言った。
「それでもダメって言われたときは……そのときにまた考えようか」
「そうだな。で、次の作戦会議はいつにする?」
「今週集まれるのは明日だけだから……できれば明日にしたいんだけど」
「了解」
「わかった」
「がってんしょーち」
みんなと別れたぼくは、一旦おばあちゃんの家に行った。
「あのね、今度みんなで水風呂に入りに行きたいねって話してたって言ったでしょ?」
「ああ、昨日友達……智生くんだっけ?が情報仕入れてきてたアレね」
「うん。そうしたら隆之介がいろいろ調べててくれて。なんかね、市営バスで行くことができるんだって。料金とか乗り方も調べててくれたんだ」
「さすがね。用意周到というかそつがないというか」
「でね、やっぱり遠いから親の許可をもらっておいたがいいねって話になったの」
「そりゃ、行き先が分かっていたほうが親としては安心できるものね」
「だから、ねえ、おばあちゃん。行ってきてもいい?」
「私じゃなくて、真智に言うことじゃないの?悠斗」
「それは、そうなんだけど……」
「たしかに私は悠斗の保護者のひとりではあるけれど、まずは真智に言うのが正しいんじゃないのかな?」
「うん……そう。それはわかってるんだけど」
「真智だって、ちゃんと話せば許可してくれると思うわよ。友だちに聞いた面白そうな場所に行ってみたくなった。だから友だちと協力して行き方を調べて行ってくるってね。そうね、行くまでのいきさつと行った先のことを、帰ってから記録してごらんなさい?立派に自由研究にもなりそうよ?少なくとも絵日記のネタにはなるでしょう」
「あ、そうか。おばあちゃん、アタマいい!」
「そりゃ、小学生だったころもあるんだから……それから」
「なあに?」
「もしも、悠斗でもお友達でも」
「?」
「子どもだけでは危ないという理由で反対されてるなら、私が保護者として同行するということにしなさい。そのときはちゃんとついて行ってあげる」
家に帰ったぼくは、夕ごはんを作っているママのところに行って手伝いをしながら話をきりだした。
「あのね、ママ。こんど隆之介たちといっしょに行きたいところがあるんだけど、行ってもいい?」
「あら、いつもは遊びに行くとしか言わないのに珍しいわね。どこに行きたいの?」
「智生が教えてくれた場所なんだけどね、夏だけ入れる水風呂があるんだって」
「ああ、聞いたことはあるわね。ママも行ったことはないけれど。でも、遠いわよ?自転車でなんか行かせられないわ」
「うん。遠いのは知ってる……十キロくらいあるんだって。智生からその話を聞いてね、みんなも行きたがったの。そうしたら隆之介がHPとか調べてくれたの。それでね、市営バスで行こうよって」
「あら。あそこってバスが通ってたんだ。知らなかったわ。でも、悠斗はバスの乗り方知らないでしょう?」
「それも隆之介が調べてくれた。いくら必要なのかも全部。バスは蓮以外は乗ったことがないって言ってたから、こういう時に経験してみるのもいいんじゃないかな?って」
「……おばあちゃんね?最後のひとこと」
図星。
昨日、どうしてもだめなら保護者としてつきそうことを約束してくれたあとにアドバイスをくれたんだ、こう言ったら効果的よって。
でも、ママにはバレバレだった。
ママはふうっとためいきをひとつついて言った。
「まあ、いいわ。気をつけて行ってくるのよ」
「行っていいの?」
「反対したところで、もうおばあちゃんが味方についているんでしょ?子どもだけでは危ないなんて言ったら『私が保護者として引率する』って一緒に行くだろうし。だから行ってきていいわよ。あなたたちだけでも、おばあちゃんつきでも」




