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第二十九話

 「まあ、そんなことがあったの。私も見てみたかったわ」

夏休みの間、ママが仕事の日はおばあちゃんの家で過ごすことになったぼくは、昨日のことをおばあちゃんに話した。

「うん。玉が浮かんで智生(ともき)の頭をめがけて落ちたのにもびっくりしたけど、雨を降らせたのが天狗さんだったというのが、もっとびっくりしたよ」


 「だったら、力を使った天狗さんはきっとお疲れね。栄養補給をしてもらいましょう」

そう言っておばあちゃんは、キッチンにはちみつ湯を作りに行った。

ぼくの家でも入れてあげられればいいんだけど、ママの目があるからはちみつ湯はおばあちゃんの家でだけ。


 「その雨が、結界を作ってくれたのね」

はちみつ湯を持ってきてくれたおばあちゃんが言った。

「けっかい?」

「あら、悠斗(はると)が読んだ本の中にはまだ出てきなかったかしら?」

おばあちゃんが言ったタイトルの本は今、読んでいる途中なんだ。

だけど、まだ『けっかい』という言葉は出てきていなかったから、そう言った。


 「もう少し先で出てくるのかしらね。もともとは仏教とか神道とかの宗教界がらにの言葉でね。修業の場を聖なる場所とし、そこにふさわしくないものが入られないよう柵を作ったりとか、立て看板を立てたりしたらしいの。マンガや物語では超能力で見えない壁を作るって方法もあるみたいだけど」

「じゃあ、天狗さんが雨を降らせたのって……」


 「いつ、だれが来るかわからない場所で、誰も入って来ないようにするには雨が一番効果的と思わない?」

確かに、あの時すれ違ったおばさんも『車から降りられやしない』って言ってた。

急な土砂降りだったら、(夕立だからすぐ止むだろう)って車の中で待つだろうし。


 ぼくたちが石窟のところにいた短い時間に、誰も入ってこないようにするのが目的だったら確かに雨が一番確実かも。

「天狗さん……すごすぎ」ぽつりとつぶやいた。

【なんじゃ、今頃気づいたか?】


 「え?天狗さん。はちみつ湯の中にいても、ぼくの声が聞こえるの?」

【どこにおっても聞こえておるぞ。一番長くそばにおるせいか、ぬしの声はよう聞こえる】

「昨日言ってた、波長っていうのも?」

【うむ。ぬしのものが一番よくわかるようじゃ】

「他の人の声や、波長は?」


 【そうじゃのう。祖母殿の声はよく聞こえるかの。波長は若干わかるといったところか。昨日ぬしと一緒におった者たちは、声は聞こえるが波長はわからぬままじゃ】

「一緒にいる時間が長いほうが、波長が合いやすいのかしらね?」

おばあちゃんが言った。

もしかして波長が合ったから、悠斗が天狗さんと出会ったのかもしれないわね」


 「ええ?そんなことないんじゃない?たまたま、かくれた場所に天狗さんの玉があっただけだと思うよ」

「そうかしら?悠斗が玉を見つけたって聞いてから、子どもたちがその遊具で遊んでいるのを時々観察していたんだけど。悠斗が玉を見つけたのって、縦穴の途中の横穴でしょう?あの縦の穴って結構子どもたちが頻繁に出入りしているようなのよ。何年もの間、誰ひとり横穴に気がつかない方が不思議だと思うんだけど」


 「だって、ぼくがやっと入れるくらいのせまい横穴だよ?」

「入れないにしても、のぞき込みくらいはするでしょう。悠斗だって穴があったら、のぞいてみたくなるでしょ?」

「それは、そうだけど」


 そう。

のぞいてみて、ぼくなら隠れられそうと思ったから隠れてたんだ。

のぞかなかったら、知らないままだったから反論できないけど。


 「まあ。それは冗談として」

「ええ!冗談だったの?!ひどいよ、おばあちゃん」

「あら、ごめんね。でも、波長が合ったから出会えたって考えた方がミステリアスだし、親近感がわくでしょう?」

「親近感って言われても」


 おばあちゃんの考え方、ときどきぶっ飛びすぎて反応に困っちゃうよ。

「そういえば、悠斗は最初に天狗さんと意思疎通した時に、どんな気分だった?たとえば怖いとか、イヤだなって気持ち持った?」

ぼくは天狗さんを拾った日のことを思い出してみた。


 たしかひとりで部屋にいた時に話しかけられて、声はするのに姿が見えなくて。

オバケか何か?って思ったけど、不思議と怖くはなかったな。

姿を見せられても、(ああ、そうなんだ)って感じだったし。


 「ううん。びっくりはしたけど怖いとか、そんな気持ちにはならなかったよ」

「元の姿を取り戻す手伝いを頼まれたときは?」

「ぼくが手伝えるんだったら、助けてあげたいって思った。だって、困ってたみたいだったから」

「面倒だなって、思わなかった?」

「面倒とは思わなかったよ。ぼくなんかで手伝えるのかなとは思ったけれど」


 「そうなのね」

おばあちゃんは、ニッコリ笑ってぼくの頭をなでてくれた。

「ところでさ。昨日、天狗さんの足が二本ともいっぺんに見つかったのって、どうしてだと思う?もちろん早く見つかるのは嬉しいんだけど」


 【わき水それぞれに、片方ずつあったようじゃ】

突然天狗さんが話に加わってきた。

「それぞれにって?」

【石窟には、水が湧いておる場所が二か所あったであろう?】

「うん。だからぼくたちは2人ずつに分かれて水を飲んだんだ。でも、最初に玉を出したときには反応しなかったよね?天狗さんが調べてくれて“ある”ってわかった時も」


 【そのあと、ぬしに移動してもらったであろう?】

「うん」

【あの場所がちょうど両のわき水の中間地点となっておって、そこでないと戻らぬようになっておったようじゃ】

「そうなの?!」

【うむ。場所もじゃが、高さも必要だったようじゃ】

「高さ?ぼくに持ち上げさせたのはそのため?って、なんで場所と高さがわかるの?」


 

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