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第二十八話

 ひゃっっっ!!

ぼくは首をすくめた。

だって、智生(ともき)が『コケシ』なんて言うから、また天狗さんのピリピリがくるかと思ったんだ。

まあ、ピリピリを受けるのは智生だけだとは思うけど。

でも、何も起こらなかった。


 「これで、ここのわき水にも天狗さんの分身があったことは確認できたし。そろそろ帰る?あんまり遅くなってもいけないし」隆之介(りゅうのすけ)が言った。

「そうだな、帰るか。あ~また、暑い中を歩くのか……ええっ!」先に歩き出した(れん)が驚いたような大声を出した。

「どうした?蓮……うわ!!いつの間に?」走りよった智生も驚いた声を出した。

「???」ぼくと隆之介は顔を見合わせて、智生たちのところに行った。


 「!!!」智生たちが驚くのも無理はなかった。

ぼくたちがここに着いた時はすっごくよく晴れて暑かったのに、今、石窟の外は土砂降りの雨が降っていたからだ。

「え~!なんだよ。いつ降り出したんだよ~。これじゃ、帰られないじゃないか」智生が不満げな声をあげた。

【心配するでない。すぐに止やむ】


 「え?天狗さん、止む時間がわかるの?」ぼくは聞いた。

【わかるのではない。止んでもらうのじゃ】

「止ませるって、天狗さんが?」

【無論じゃ。むしろ降らせたのはわしぞ】

「ええっ!天狗さんが雨を降らせたの?!」


 【姿を取り戻すのに、他人(よそもの)がいると困ると案じておったのはぬしたちであろう?それゆえ邪魔が入らぬよう、ここいら一帯に雨に降ってもろうた】

そういって、なにやら聞き取れない言葉を天狗さんが口にしたと思うと、雨がピタッと止んだ。

「ほんとに……止んだ」隆之介が石窟から出て、おそるおそる空を見上げる。

ちょっと前まで土砂降りだったとは信じられない青空が広がっていた。


 と、思うと橋の向こう側から大きなペットボトルやポリタンクを持った人たちがこちらに向かって歩いてくるのが見えた。

「は~。すごい雨だったわねえ。いきなり降るなんて、車を降りられやしない……あら、ぼくたち。雨に降られなかった?」

ペットボトルを抱えたふたり連れのおばさんのひとりが、ぼくたちの近くまで来たときに話しかけてきた。


 「はい。もう、びっくりして。止むまで石窟で雨宿りしてました」隆之介がぼくたちのかわりに答えてくれた。

「まだ、夕立が降るような時期じゃないのにね。帰り道も気をつけなさいよ」

「ありがとうございます」

橋のむこうがわには、まだ何台かの車が止まっていて、中から何人もの人たちが出てきてわき水のほうへと向かっていった。


 「そういえば、ひしゃくがおいてあったところに、『ゆずりあって汲みましょう』って書いてあったな」蓮が言った。

「水汲み場としても人気があるんじゃないのか?」

「そうかもしれないね」隆之介が言った。

「天狗さんが雨を降らせてくれなかったら、誰かに見られてたかもしれないんだ」


 【それ故、降ってもろうたのじゃ】

「それって、天狗さんの能力ちから?自然の力をあやつれるって言ってた……」ぼくは聞いてみた。

【そうじゃ。ひさびさゆえ、聞き入れてもらえるかは定かではなかったが、わしのことは忘れずにいてくれておったようじゃ】

「なんで、そんなことがわかるの?」


 【さきほどの場所に着いたときに、風が吹いたであろう?】

「うん。涼しくて気持ちがよかった」

【風が、わしに『ひさかたぶりだのぅ』と言うてくれたのじゃ。だから、わしもあいさつを返した。そして石窟におるときに頼みごとを伝えてもろうたのじゃ】


 「伝えてって……だれに?なにを?って、風としゃべったの?」

【しゃべったというより、意志を通じさせたという方が正しいかの。雨に降ってくれるよう、風に伝言を頼んだのじゃ。いまのわしでは、直じかに雨に頼むには能力ちから不足での】

「でも、あのときはまだ、ぼくのポケットの中だったよね?なのに風が吹いたとか、外のことがわかるの?」不思議に思ったぼくは聞いてみた。


 【無論じゃ。ぬしたちの会話もちゃんと聞こえておるぞ】

あ、だから誰かに見られるのを気にしてるって知ってたんだ。

「でも、さあ。風に頼んだって言われても、なんだかピンとこないよ」智生ともきが言った。

天狗さんには悪いけど、ぼくも同じことを思っていた。

おそらくは蓮と隆之介も。


 【ふむ……我が目で見ぬものは信じられぬか。本来は見世物ではないのだが仕方あるまい。これ、小僧。わしをその地面の上に置くがよい】

「え?地面って濡れてるけどいいの?」

【かまわぬ】

ぼくは地面の上に玉をそっと置いて、離れた。


 ……ふぅっと、風が吹いたかと思うと玉を中心にうずをまき始め、みるみるうちに玉は空中に浮かびあがった。

そしてぼくたちの頭を超えたずっと高いところまで舞い上がり、落ちてきた。

“コツン!”「いてっ!」


 落ちた先は、想像どおり智生の頭の上だった。

「痛いじゃないかよ!なにするんだよ?」

智生の足元に転がった玉を、蓮が拾って渡してくれた。 

【まあ、信じなかった罰じゃの。先ほどの『コケシ』とやらも、どういうものかは知らぬが小僧から動揺の波長を感じたゆえ、あまりよろしきものではなさそうじゃ】


 動揺の波長って……あの時玉を持ってたのは智生のはずなんだけど。

「今のって、どうやって飛んだの?」隆之介が聞いた。

【今のか。風に頼んでわが身を浮かせてもろうた】

「もしかして、落ちる場所も頼んだとか??」

【さての。これで、風に頼みごとをしたということはわかってもらえたようじゃな】


 ……落ちる場所のこと、否定しないんだ。

【それより、よいのか?夕刻が近づいておるぞ】

「あ!いけない!!」

ぼくたちは来たときよりいくらか涼しくなった道をもどり、お店のおばさんにお礼を言って自転車でそれぞれの家に帰った。


 









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