第十八話
井戸……話には聞いたことがあるけど、見たことがない。
ぼくの家はもちろん、おばあちゃんの家にもない。
「おばあちゃんだったら、もしかしたら知ってるかもしれないけど。今度聞いてみるよ」
「うん。ぼくも、かあさんに聞いてみる」隆之介が言った。
「あ~、おれもママに聞いてみるよ」智生も言った。
「ごめんな。こればっかりは助けになれないや」蓮がすまなそうに言った。
「しかたがないよ。それにぼくたちだって情報が手に入るとは限らないし」隆之介がにっこりと笑って言った。
「あ、それから」隆之介が思い出したように言った。
「井戸のことも、学校では話さないようにしないか?こないだのように誰かに聞かれるのもめんどくさいし」
「そうだな。特に女子に聞かれると色々と面倒くさそうだし」蓮が言った。
「そうそう。教えたら教えたでうるさいけど、教えなかったりしたら『なに意地悪してるのよ!先生に言いつけるわよ!』って言うしな」智生が女子の声真似をして言った。
それがあまりにも似てたから、ぼくたちはいっせいにおなかを抱えて大笑いした。
みんなと別れて家に帰ったら、ママはまだ帰ってきていなかった。
おばあちゃんの家に行って井戸のことを聞きたかったけれど、今から行ったら遅くなるので我慢した。
(前みたいに家に電話があるとかけられるのに)
携帯電話しかないころは家にも電話を置いていたけど、ママもパパもスマホになってからは電話を置くのをやめてしまっていた。
学校からの連絡はスマホにメールで送られてくるし、なにより面倒なセールスの電話がかかってこないからだってママが教えてくれた。
ぼくがかけたいときは?って尋ねたけれど、ママがいるときに言えばスマホ貸してあげるわよって。
ママに『聞かれたくない電話でもしたいの?』って言われちゃった。
『そんなことはないよ、ふと思ったから聞いただけ』って答えたけれど。
……隆みたいに塾に行ったり、それか中学生になったらぼくもスマホ持たせてもらえるのかな?
そんなことを考えてたら『ただいま』と声がして、ママが帰ってきた。
「おかえり」
「ごめんね、遅くなって。今日は鮭のムニエルよ」
「わあい。鮭大好き」
美味しそうに焼けた鮭を食べながら、ぼくはママに聞いてみた。
「ねえママ。ママは井戸って見たことある?」
「井戸?」ママが目を丸くしてぼくを見た。
「どうしたの?突然井戸とか。というか、よく井戸なんて知ってたわね?学校で習うの?」
「授業の、“昔のくらし”で聞いたことはあるよ。それがね、今日池のそばで遊んでたら智生ともきが池に落ちそうになったの」
「智生……山口君?あなたの仲良しの。大丈夫だったの?池なんて危ないじゃない」
「ボールが落ちたのを取りに行っただけだから、大丈夫。それでね『こんな汚い水に落ちたら嫌だよね』って話になって。そしたら隆之介が『これが井戸水だったら、きっと綺麗だよね』って言い出して。それで井戸って見たことある?って話になったの」
「確かに、最近は井戸は見なくなったわね。おばあちゃんの家のお隣さんは井戸水を使ってるらしいけど、地下からポンプで直接くみ上げてるって言ってたし。井戸水を見るだけだったら、バケツに入れてもらえば見られそうだけどね。おばあちゃんに聞いてみようか?」
「う~ん。水だけでもいいけど“井戸”っていうのも見てみたいんだ」
「そう?ちょっと待って」そういってママはおばあちゃんに電話をかけだした。
「……あ、もしもし、こんばんは。私。あのね、悠斗が友達と遊んでて、なんだか井戸の話になったらしいんだけど。うちのお隣さんって、井戸使ってたんじゃなかったっけ?……あら、そうなの?……うん、うん。……へえ、そうなんだ。もったいないけど仕方がないわね。……うん、うん。あ、悠斗から聞くことはない?」
ぼくはママからスマホを受け取った。
「もしもし、おばあちゃん?」
「『みやさん』でしょ?まあいいけど。なあに?井戸を探してるの?」
「うん。どこかにないかなって友達と話してて。おばあちゃん、どこか井戸があるところ知らない?」
「そうねえ、今、悠斗のママにも言ったけど、お隣さんは去年から井戸は使ってないっていうのよ。なんだか衛生面で指導受けちゃったらしいわ」
「そうなんだ」
「まあ、知り合いにでも聞いておくわね」
「うん。お願いね」
そう言って電話を切ったぼくは、スマホをママに返して自分の部屋に戻った。
「天狗さん?」
ぼくは天狗さんに話しかけた。
【なんじゃ?】
「ごめんね、なかなか元の姿を取り戻す手伝いができなくて……池とか川とかダメなら、もしかして井戸なら?って探してるんだけど、肝心の井戸がみつからないんだ。みんな水道使うようになっちゃってるから」
【すいどう、というのは何じゃ?】
「えっと、台所とかお風呂場とかトイレとかにつながってて、蛇口をひねると水が出てくるの。使いたいときに使いたいだけ出てくるよ」
【使いたいときに使いたいだけ……夜も朝も関係なくか?】
「そうだよ」
【……おぬしらも水を自在に扱うておるのか?】
「自在……かはわからないけど、水道管っていうのがあって、その中を水が流れているんだって。あ、ずっと雨が降らなかったりすると『水は大切にしなさい』ってママに言われたりはするよ」
【なんとも想像できぬものじゃが。まあよい。ぬしは時間がかかっておるのを申し訳なく感じておるようじゃが、少々の時間はかかってもかまわぬ。ここまで待ったのじゃ。いまさら何年か延びたところで、わしには変わりがないこと】
「ええっ!そんな何年もかかったら、ぼくが困るよ。学校とかもあるし」
あわててぼくはそう言った。




