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第十二話

 ぼくが天狗さんと話している間に、おばあちゃんはビニール袋から葉っぱを一枚取り出した。

そして葉っぱの先っぽにライターで火をつけて、ちょっと燃やした後、手であおいで火を消して灰皿の上に置いた。

葉っぱからは煙がうっすらとのぼっていた。


 おばあちゃんちでかぐ線香のにおいとはちがう、スッとするような不思議なかいだことがないにおいがする。

「ほら、悠斗(はると)。煙の上に玉をかざしてみて」


 おばあちゃんに言われて、ぼくは玉をつまんで煙にあてた。

「そのまま、しばらく煙にあててください、と書いてあるわ」

おばあちゃんは隆之介(りゅうのすけ)のお母さんが書いてくれた説明文を読んでくれた。


 「……もうそろそろ、かしらね。煙から離しても大丈夫よ。天狗さんに具合を聞いてくれる?」

煙から玉を離して、ぼくは聞いてみた。

「天狗さん、具合はどう?煙たくなかった?」


 【むむ。これは、いかがしたものか】

「え?どうかしたの?なにか変?」

【変ではない。むしろ逆じゃ】


 「逆?」

【心地よいと申すか、この上なくすがすがしい心持じゃ】

「天狗さんはなんて言ってるの?」

おばあちゃんが聞いてきた。


 「あのね、『ここちよいともうすか、このうえなくすがすがしいこころもち』なんだって」

「それは,スッキリしたと解釈してもよさそうね」

「そうなの?そういう意味なんだ」

ぼくは玉をつまんだまま目の前に持ってきてのぞいてみた。


 そういえば、ずっと取れずに残ってたくすみもなくなっている気がする。

「ねえ、くすみも取れちゃってるみたいだよ」

「そうなの?そうしたら、今の状態でクコ茶に浸してみたらもっと効果があるんじゃないかしら?ちょっと待ってて」


 そう言っておばあちゃんはキッチンに行き、クコ茶を作って戻ってきた。

「ねえ、天狗さん。こんどはクコ茶に入ってもらうよ。まだ少し熱いかもしれないけれど」

【うむ】

ポチャン


 クコ茶に玉をつけてしばらくした頃、頭の中になんだかあったかいような、ほっとしたような感覚がわいてきた。

ちょうどお風呂にはいってノンビリ足をのばした時のような……。

え?これってもしかして、天狗さんが感じていること?

今まで毎日入れてたけど、感じたことなかったのに。


 しばらくたってから玉を取り出して、水気をふいて天狗さんに聞いてみた。

「ねえ、もしかしてお風呂に入っているみたいに気持ちがよかった?」

【うむ。湯治場で湯につかっているような心持がしたぞ】

「そうだったんだ。なんかね、ぼくの頭の中に『気持ちいい』って感じが伝わってきたから」


 「悠斗の頭の中に?」

「うん。なんかね、ぼくもお風呂に入ったような気分になったの。でもぼくは今はお風呂に入ってないから、天狗さんかな?って思って聞いてみたら当たりだったの」

「へえ。不思議なこともあるものね。もしかして天狗さんの力が戻ってきてるのかしら?」


 「どうなんだろう?そうだったらうれしいけど」

「ちょっと貸してくれる?」

ぼくはおばあちゃんに持っていた玉を渡した。

「天狗さん?私の声が聞こえていますか?」


 【わたし、とは祖母殿か?】

「え?私にも聞こえる?」

おばあちゃんがびっくりした顔をして手に持った玉を見ていた。

そしてまた玉にむかって話した。


 「はい。私が悠斗の祖母です。じゃあ私の声が聞こえているのですね」

【うむ。よく聞こえておる。ワシの声も祖母殿に届いておるようじゃの】

「はい。ちゃんと聞こえています」

「おばあちゃん、天狗さんとお話しできるようになったの?」


 「そうみたい。あまり大きな声ではないけれど、ちゃんと聞こえるよ。悠斗には今の天狗さんの声は聞こえてた?」

「ううん……なにか声が聞こえてるかな?くらいで、なにを話してるかはわからなかったよ」

「そうなのね……一緒に指で触れてみたらどうなのかしら?」

と、おばあちゃんが提案してきた。


 「あ、それいいかも!やってみたい」

ぼくがそう言うと、おばあちゃんはリビングの机の上にタオルを敷いて、玉をそっと置いた。

ぼくはおばあちゃんの向かい側に座って、おばあちゃんが指を置いた反対側を指で触れた。


 「これでぼくとおばあちゃん、ふたり一緒に天狗さんの声が聞けたら実験成功だよね」

「そうね」

「ねえ、天狗さん」

【なんじゃ?】


 「あ!聞こえた」

「私にも聞こえたわ」

「実験成功だね」

「そうね。あ、それはそうと、天狗さん。今のところ滋養強壮にいいからとクコ茶に浸かってもらっているのですが、本来の姿のころは以前お聞きした薬草のほかに何か召し上がっていたものがありますか?たとえば疲れをとったりとか」


 【薬草以外となると……そうそう、蜂という虫がおろう?やつらが集めた蜜を食すこともあったぞ】

「蜂が集めた蜜……はちみつのこと?」

「そうみたいね。天然のはちみつってあったかしら?」

おばあちゃんは玉から指を離してキッチンの方に行った。


 「天狗さんもはちみつ食べてたの?」

【ぬしらも食するのか?集めるのが大儀であろう】

「ううん。簡単だよ。ビンに入って、スーパーで売ってあるもん。ホットケーキにかけて食べると美味しいんだ」


 【びん?それにすうぱあとは、なんじゃ?ほっとけえきもわからぬぞ?】

「えっと。ビンは透明な入れ物で、スーパーはいろんなものが売ってあるところで。ホットケーキは・・・・・・説明がむずかしいよ。おばあちゃーん」


 「ホットケーキはね、(もと)を使わないなら、小麦粉にベーキングパウダーや卵、牛乳、砂糖そして水を混ぜたものを鉄板やフライパンで焼いたもの、よ」

キッチンから湯呑を手に戻ってきたおばあちゃんの説明を、ぼくはそのまま天狗さんに伝えた。


 【麦の粉はまだしも、べえきんぐぱうだあとはなんじゃ?それに糖に牛の乳に卵とな?……ぬしらは分限者か?とてもそうは見えぬおかしげななりをしておるが】

「ぶげんしゃ?」

「お金持ちってことよ。ところで、キッチンを見てみたら天然のはちみつがあったからお湯に溶いてみたんだけど。天狗さんに入ってもらえるかな?」


 「うん。天狗さん?おばあちゃんが、いつもクコ茶とは違う、はちみつ入りのお湯を作ってくれたから、中に入れるよ」

そう言って、ぼくは玉をそっと湯呑に入れた。


 

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