〘六十五話〙樹上宮にて
夜遅くまで続いた歓迎の宴もようやく終わりを迎えました。
私の目の前には酔いつぶれた村人たちが死屍累々といった様子で横たわっています。夜は冷え込んでくるようになったのでそのままだとやばいと思います。
世話をしてくれていたシイ=ナ曰く、普段のアールヴの人々からは考えられない状況であるのだとか。
泥酔するまで飲むくらいには歓迎されたと思えば悪い気持ちはしないですが、別に私はこの人たちのために何かしてあげたなんてことは一切ないと思うので、何とも微妙な気持ちになります。
ま、こんな樹海の奥地の村、娯楽という娯楽もないでしょうし、はっちゃけた人たちが多かったということにしておきましょう。
「ミーア様、じじ様が寝所を用意しているのでおいでくださいとのことです」
夜遅くなっても元気なシイ=ナが駆け寄ってきてそう言うと、私の手をぎゅっと握り引っ張るように先導してくれます。横に付いていてくれたリイ=ナも一緒に来るようです。
案内された場所はといえば、宴の場のすぐ上、アールブの人達が樹上宮って呼んでたところでした。
いくつもの樹木が複雑に縒り合い、束ねられることで出来た、まるで一本の太い幹であるかのような巨大な集合樹。絡み合った幹から複雑に枝分かれしつつ天を突くように伸びている、そんな幹の途中に割り込むようにして樹上宮はありました。
三階建てのビルの屋上くらいの高さにあるにもかかわらず、絡み合う枝々が建物を壊すことなく包み込み、しっかりと支えている様はいかにもファンタジーっぽくて興味深いです。
樹上宮は、場所が場所だけにそんなに大きな建物ではないけど、それでも前世の田舎にある神社のお社くらいの大きさはありそうです。
お社に例えたけど、面白いことに建物の形自体、少しばかり神社のお社に似てる感じなんですよね。茅葺きっぽい屋根に樹海の木をログハウスのように重ね合わせ組み上げた建物。それらの形とか雰囲気がお社っぽくみえる感じなのです。
樹の幹には螺旋状に足場が設えられていて、リイ=ナが先導するようにひょいひょい飛び跳ねながら上っていきます。
足場と言ってもこれ、ただの棒が階段状にぶっ刺してあるだけなんですが?
いやこれ、普通の人なら恐がって登れないやつです。
安全用の柵とか手摺りとか何もなくて、落ちたらどうするんですか!
元日本の中年サラリーマンなおじさんなら、足がすくみあがって絶対登れなかったに違いないやつです。
って言うてまぁ、今の私にはなんの問題もない訳ですけれども。
なんなら飛んで上がれば一番楽なんですが。
「ミーア様、抱き上げさせていただければ、上までお連れいたしますけど、い、いかがでしょうか?」
シイ=ナが吸い込まれそうな深い青の目で、期待を込めた眼差しを送ってくる。
いかがでしょうかって言われても、ねぇ。
そんな目で見られたら、いや、もう好きにしてくださいとしか……。
私だって小さいとはいえ、それなりの重さがあると思うんですけどね。
――無事上に上がれました。
シイ=ナはオルガに匹敵するほど背も高く、しかもとても目の保養になる女性らしい容姿をしているのですが、そんな見た目とは裏腹にとんでもない怪力の持ち主でした。
水属性ということですが、筋肉属性の間違いじゃないでしょうか?
女性らしい柔らかさに富んだシイ=ナの胸に包まれるように抱きかかえられて上へと連れられた私は、シイ=ナの首に腕を回し密着するような体勢でしたので、とても心地の良い一時を過ごせまして……、元中年おじさん的にはとても魂が癒されました!
上についてもなぜか降ろされることなく抱えられたまま、樹上宮の中へと入っていくこととなった私。リイ=ナが溜息をつくのを私の耳がしっかりと捉えました。思うところがあるのならはっきり言わないとダメだと思います。
樹上宮の中に入ってみれば、そこは粗い仕上がりながらも板張りの十畳ほどの広間になっていて、奥を見やれば、そこにはペンダントぷにょの記憶通り、女神フェリアナ像と私の一部を入れた器らしきものが、祭壇のような台の上に並べる様にして祀ってありました。
女神フェリアナとかいう、ほんとにいるのかどうかもわからないものを真剣にお祈りしてるのをぷにょの記憶から理解はしてますが、無神論な元日本人の私は、ああそうって感覚でしかないです。
そういえばレイナールの町で寺院を見かけた時も同じことを思ったような……、私はほんとその手の物に興味湧かないですねぇ。
ちなみに私の一部が入った半透明の大きなお椀みたいな器もお祈りの対象になっていましたが、そんな祈りは私には全く届いていませんでしたから!
強いて言えば、ペンダントに入ってたぷにょからは記憶をもらい今があるのですから、ある意味祈りが通じた的なものになったり、ならなかったり?
ま、どうでもいいですね。
祭壇の脇にアズ=イが居ました。
っていうか、じじい、まさか私にこの祭壇の辺りで寝ろとか言うのではないでしょうね?
水霊様だから、祭壇でええやんとか思ってないよね?
実際、全然問題なしに寝ようと思えば寝れるわけですが……。
つうか私、別に水霊違うし、スライムっぽい奴だし!
ち、違う……よね?
最近ちょっと自分がわからない、いや、ずっとわからないと言えばわからないけど……。
「主オヴィリーネ様、オヴィリーネ湖のもとへとお戻りいただき、このアズ=イ、感謝の念に堪えませぬ! 我らアールヴの民は主様のお力の一端によりて生きながらえることが出来ておりましたゆえ、主様の支配霊域が突如失われた時にはどうしたらよいものかと……それはもう生きた心地もしませんで、アールヴの行く末を悲嘆していたのでございます」
なんかアズ=イが面倒くさいことを語り出した。
支配霊域とか大げさな名前つけてるけど、私は別になにも支配なんてしてないし、ただ、そこに居ただけなんだけど。
そんな、じじいの戯言は聞き流しておくに限ります。
「それにいたしましても、よもや主様がなんとも幼く愛らしい女児のお姿をなされていたとは……。このアズ=イ、驚きを感じますと共になんとも慈しみの心が湧いてくるようで……、長く生きながらえてきた中で、感じたことがないほどに心が和んでおるのでございます」
ちょっと何言ってるかわかんない。
まぁその、良かったですね?
「これもひとえに女神フェリアナ様のお導き。こちらもアールヴの民、皆で感謝の意をお伝えしなければいけないでしょうなぁ……」
ああそう、ああそう。
女神様にも……ね。
そだねー、感謝大事ですねー。(棒)
これまだ終わらない感じ?
じじいが今度は女神像に向かって祈りだしてしまった。まじ勘弁、じじい。
でもついついつられて、そちらを見ます。
女神像は一メートルにも満たない大きさに見えますがそれなりの存在感を示していて、薄手のワンピースのような衣を纏い、背中の長い髪と揃って足元まで届く長さになっていて、実際であればなんとも動きにくそうな造形をしてます。
まぁ木彫りの像にそんな突っ込み入れてもなんだけど、頭部はアールヴの特徴である耳や角がしっかり造形されていて、それだけ見ればアールヴ族の女神様っぽく見えますね。
凡人族――こんな呼び方もここで初めて耳にしたけど――の間でも女神フェリアナ信仰はあるってエリーネさんから習った気もするけど、あっちの女神像がそんな造形してるとは思えないですし……、ま、実際見た人がいるの? って話でもあるし、その辺は各種族で都合よく解釈してるんでしょうかね。
そんな女神像を何ともなしにじーっと見つめていたら、不意に頭の奥がずくんっと……、痛みを感じるほどの疼きを覚えました。
我ながら、スライム脳に頭の奥があるのかいっ! て突っ込み入れたくなるし、そもそもスライム体で出来たオツムで何で痛みを感じるの? って根本的な突っ込みもあるのだけど、ほんともう……なにがなんだか?
いや、マジ何言ってるんでしょうね、私は。
「じじ様、ミーア様の寝所はどちらになるのですか?」
シイ=ナがしびれを切らし、祭壇と硬い板張りの床しかないこの場を見回しながら訝し気に問いかけました。
頭にまだ違和感は残っていますが、痛いほどに疼いた先ほどのようなことはもうありません。
気のせい……とはとても言えない痛みでしたが、今はまぁ気にしても仕方ないですね。
「ふおぉ、寝所とな……。それはほれ、そのさいだ……、ひぇ」
よくよく祭壇を見れば、女神像の横に小さな座布団のようなものが並べ置かれてるような……。
「くそじじい様っ! ミーア様は水霊様とはいえこのように柔らかなお体を持って顕現されてるのっ! 像や器じゃないんだから祭壇でいいはずないでしょう!」
上げてるのか下げてるのかわからないシイ=ナの剣幕に、じじいはおろか、その場の皆がすくみあがりました。
私もシイ=ナの腕に抱かれながらも思わずビクってなってしまいました。
ちょっと漏らしたかもしれません……。いや、冗談ですよ?
でもシイ=ナ、恐るべし。
祭壇の奥にもいくつか部屋はあるようですが、リイ=ナ曰く、とても私を迎え入れて就寝してもらうような場所ではない、ということで……、
結局のところ。
「私が添い寝してさしあげたく! ぜひ私の家にいらしてください」
冷たい面持ちの美人さんであるはずのシイ=ナが、鼻をひくひくさせながらそう提案してきた。
どことなく漂う残念臭……。
ともかく。
そういう事になった!




