〘六十三話〙スヴェンはミーアを放置できない
「廃村となったソルヴェ村よりさらに東の岸壁に巣を張っていたワイバーンが討伐された……と?」
警備隊副長であるヨアンから興味深い報告が上がってきた。
件の場所は、例の女児、ミーアを保護した際に村を襲ったワイバーンのうち、討ち漏らした個体が混ざっているとみていた営巣地だ。海峡渡りの魔獣は例年ある程度は確認されているものの、それらは警備隊で十分対処が可能な規模で収まっていた。
ところが今年に入ってからというもの、大型魔獣に加え、よりにもよってワイバーンが多数渡ってくるようになり警備隊はその討伐に苦心している。
「はい、仮設にて運用を始めた監視砦からの報告ですので間違いありません。営巣中のワイバーンは特に危険なため、光属性持ちの監視員も駐在させ、何者かとワイバーンの交戦状況についても撮像魔道具に幾つか光粒譜として取り込んであります。残念ながら必要魔力が多いため極めて短時間ではありますが……」
ほう、光属性持ちと言うとニールスか。俄かには信じがたい話だが、事実であれば早くその内容を確認してみたい。
「そこには確か六頭のワイバーンが居たはずだったな。早速確認したい、準備出来るか?」
「大丈夫です。幻燈魔道具を使いますので執務室の明かりを落としますがよろしいですか?」
「問題ない、頼む」
幻燈魔道具は光属性を持つ魔法士が撮像魔道具に取り込んだ光粒譜を外部に再び取り出し、誰にでも確認できるよう描き出すためのものだ。記録絵師が描く絵画など比較にならない、極めて現実に近いものが得られるが、それ相応の魔力が必要なため上級以上の等級を持つ者でないと使い物にならない。
――万物、全ての存在は天より降り注ぐ光の粒をその物の形や色に応じ跳ね返していて、我らの目が様々なものを認識出来るのは、その多種多様に跳ね返った光の粒を、両の目が捉えて形として再現しているからなのだ――と、クリスティアンが喜々として説明してくれたことがあったが、ここに用意された光属性による魔道具は、まさにそのことを利用したものであるわけだ。
さてどのような光景を見せてくれるものやら。
***
「何度見ても、なんとも非常識な女児ですね……」
ふむ……。
ヨアンの言葉が描き出された光粒譜を見た者の総意と言っても過言ではない。ないのだが、あやつは自分の足跡を隠そうということを考えておらぬのか?
我らの前から逃げ失せたというのに、これでは見つけてくれと言わんばかりではないか。
「このような非常識な行い、まさにミーア以外に考えられぬな」
「そうですね。空中より不可思議な物体でワイバーンを覆ったのちに共に落下し、海に沈んでいった場面もなかなか興味深いものでしたが、何と言っても最後の光粒譜、三頭のワイバーンが同時に放ったファイアブレス攻撃を相殺して尚、ワイバーンへと向かう爆炎の凄まじい奔流……。なんとも末恐ろしい威力の火属性魔法です」
正に。
あれはソルヴェ村でも見た火柱を彷彿とさせる……、いや、幻燈魔道具にて目の前に描き出された魔法の有様は、それどころではないほどの威力を見せつけていた。
空を飛んでいるワイバーン三頭を、逃げる間を与えず、跡形もなく滅してしまう……、早さ、威力、射程。どれをとってもまさに末恐ろしい。しかもまだまだ余力が有るようにも見えた。
あれほど高威力かつ長射程の火属性魔法など、過去に遡っても聞いたこともなく、人が放てる魔法の威力を逸脱している。
年端も行かぬ女児の姿をしたミーア。
愛らしく見えるその姿に多くの者は騙されているが、俺はそんなことで惑わされたりせぬぞ。
今回の光粒譜のことも然りだが、アンデッドではないかと思えるような様子を見せたり、クリスティアンの調べでわかった魔力紋の事実に鑑みれば、あやつは人ならざるものと結論付けざるを得ぬ。
クリスティアンが『魔喰の水霊』などと称していたが、あのミーアが水の精霊であるなど未だに信じがたい……。そもそも精霊などという存在は、子供を寝かしつける前に聞かせる物語や女神信仰の伝承の中でのみ出てくる、空想上の存在にすぎぬ。
そう認識していたのだ。
だが……、頑なに否定しているだけでは物事が進まぬことも事実。
幸いなことにこうしてミーア自ら、居場所を示してくれている。我々の考えが間違っていないことの証左でもある。
あやつはあのまま海峡を渡り、ヴィーアル樹海へと向かったに違いない。その先には例の湖もある――。
そういえば、偶然かどうかわからぬが、その湖へと逃げ延びたアールヴ族は女神フェリアナを信仰する民であったはず。我ら貴族にもかつては女神を信奉するものも多くいて、教会も一大勢力を築いていたが、アールヴ族との諍いを境に女神教は衰退し、教会の力は少なくとも貴族間においては見る影もない。
「ヨアン、これを見て確信に変わったぞ。ヴィーアル樹海にあるはずの湖探索予定を早める。出来ればひと月の内に出立できるようにしたい」
「はい。了解いたしましたが……、探索員数と人選はいかがしますか? 多数の魔獣が生息する危険な場所です、生半可な人員では全滅の恐れすらあります」
ヨアンの言うことはもっともだが、それを理由に探索を行わないなど、それこそありえぬ。
正直、なぜここまでミーアにこだわるのか俺自身不思議に思うところもあるが、少なくともあの存在をこのまま何もせず放置しておけば、ヴィースハウン領の不利益となるような事態が起こらないとは言えない。
もっとも今現在において、領に害をなすような行為は何もしておらぬから、杞憂であるかもしれぬし、穏便に済ませれるのであればそれに越したことはない。
「人員はあまり多いと迅速な行動がとれぬゆえ少数精鋭としたいが、その中にアンヌ=ハウゲン、そして冒険者ギルドに所属しているオルガ、及びドリス、以上三名を加えることは必須としたい。それを踏まえたうえで残りの人選、段取りはヨアンら副長に任せる」
その三人はミーアを懐柔するためには必須だ。よく懐いていたらしいからな。
俺のことはほとんど知らぬであろうし、これまでのしがらみを考えれば、嫌われていてもおかしくはない。ゆえに物事を少しでも有利に運ぶためには多少危険が伴おうと連れていかない手はない。
「わかりました。では、早速準備に取り掛かることといたします。しかし、アンヌは……、ハウゲン子爵が参加させることを良しとしますでしょうか?」
ふん、確かに。
娘が可愛くて仕方ないらしいからな。
警備隊に入るときもかなり反対したらしいからな、ハウゲン子爵は。まったく……、娘に甘くするのもほどほどにしてほしいものだ。
だがそれとこれとは別だ。
「アンヌは必ず参加させる。俺からも手を回しておくから構わず進めろ、頼んだぞ」
ミーアには色々驚かされ、振り回されてもいるが、何としてでも我の目が届くところで管理しておきたい。魔喰の水霊などという眉唾なものがどういった存在であるのか、勘案するべきものとして残るが……。
ともあれ、まずヴィーアル樹海を無事踏破せねば始まらぬことでもある。
待っておれよミーア。
必ずやそなたの顔を驚きで満たしてくれよう。




