〘六話〙とある辺境地でのできごと
短め
「これは本当に……、ひどいな」
目の前に広がる光景に俺は思わず息をのみ、出した声はかすれたものとなってしまった。
魔獣の領域である「ヴィーアル樹海」と接する我らの領、「ヴィースハウン」の領都にその知らせが届いたのは三週間前のことだ。
報告によれば牧畜と穀物類の栽培を主に暮らしている百人に満たない小さな村、ソルヴェ村がかなり悲惨な状況なのだという。知らせはその村と交易していた領都の商人からで、隊商を伴って訪れたところがその有様であったため、慌てて最寄りの監視砦に報告を入れたようだ。
「そうですね。見回った部下たちからの報告を一通り確認しましたが、それはひどいものでした」
少し後ろに控えた位置に立つ、副官であるヨアンがそう答えた。
俺たちはヴィーアル樹海、およびその周辺の魔獣監視が主な職務であり、監視砦には常に一定数の人員が配置されている。俺はその砦で隊長の任についているわけだが、件の商人からの情報を受け、二人いる副官の一人、ヨアンと部下たち十名を引き連れてここに来ている。
「ほう、報告しろ」
「はい。ここからも見て取れますが集落の家屋は上部から屋根を崩されているものが多く、焼け落ちているものもそれなりにあります。牧場の羊や豚なども全滅とみられます。肝心の村民ですが、そちらについても生存者は現在まで確認できておらず、見つかった遺体もひどい状態です。大変残念ではありますが、この村はもう全滅したとしか……」
くっ、生存者は望み薄、か。
報告が上がった時期と、その内容からしてもあまり期待ができるものではなかったが。
「そうか、残念だ。それで、この惨状をもたらしたものの正体についてはどうだ?」
村の惨状は大変心を痛める出来事ではあるが、俺の仕事は被害者の安否確認や支援を行うことなどではない。
「はい、やはりこれはワイバーン、もしくはファイアードレイクなどの襲撃を受けたのではないかと。全ての村民がその猛威にさらされ、先ほども言いましたとおり家屋に火による被害がかなりあります。更に、羊、豚などの家畜が確か三十頭はいたはずですが、食い散らかされた様子からもわかる通り、一頭も生きて残っていない状況であり、それらを全て食らう、あるいは運び去るのであれば――、少なくとも十頭以上、複数の群れが現れたのではないかと愚考します」
ううむ、ワイバーンにファイアードレイクか。
ま、そうだろうな。
村丸ごとに被害を与えることができる規模は相当なものだ。
野盗、盗賊の類でここまでするのは無理がある。たとえ出来たとして、いくら非道な奴らでも、ここまで破壊しつくす労力を考えれば得どころか、むしろ損。無駄に過ぎるだろう。
「わかった。報告ご苦労。これよりは残っている村人の遺体を葬ったのち、撤収とする。また五人を村周辺の警戒要員として残す。人選はまかせるので後をよろしく頼む。ああ、それと慰霊もしなくてはならぬ。準備が整い次第連絡を入れるように」
胸に右手を添え、敬意を表し去っていくヨアンの姿を見つつ、深く溜息をついた。
まったくもっていやな仕事だ。生存者がいないというのが余計にくるものがある。望めるものなら、逃げおおせたものが少しでも居ればいいと思うが。しかし、事件報告からでさえ四週間近く経つ。それを望むには無理があるか。
ヴィーアル樹海と接する我が領。その中でもこの村の立地は境界に近いところにある。海峡で隔てられ、砦でも監視を行なっているとはいえ、その体制が万全であるとはとても言えない。今回のような飛べる魔獣が監視の目をかいくぐって襲来することを防ぐことは不可能に近い。
もっと領内の守備体制に力を入れられていたならば――。
魔獣の襲来は長年にわたり起こっていない。いや、いなかった。
海峡があるという安心感も大きかったろう。そのせいもあり警備砦の数は年々減らされていた。
だがそれは今回の件で覆された。
この先どうなることやら。
俺の心に、平穏だったヴィースハウン領、その先行きに一抹の不安がよぎる。されど、それを消し去ることは今の俺に出来るはずもないのだった。