〘五話〙樹海で文明人生活は無理ゲー
ラージホーンシルバータイガーさんには私お手製、初めての衣服になってもらいました。
黒っぽい縞模様が入った、艶やかで優美な銀色の毛並み。あまりに綺麗で立派な毛皮なので、そのままポイしてしまうには惜しく、それにいつまでも裸というのは文明人たる元日本人としてもどうかと思うので根性入れて作ってみました。
銀ピカ縞模様の虎毛皮のワンピース……もどき。
いやはや、苦労しました!
銀色虎さんの中身をスライム体総動員でくり抜き、皮だけにするのに一日。中身の腐敗が進む前に終えたくて、時間との闘いでした。残った骨は女の子の体で直接ぽいぽい。
ドンガラになった毛皮の裏側に、スライム体謹製、謎成分粘液をこれでもかと塗り込んで変質させました。乾いてカチコチになったりしない、しっとりした触り心地、しかもそこそこ丈夫な虎の毛皮ができました。
スライム粘液万能説。
次に出来た毛皮を体が覆えるくらいのシート状に広げ延ばし、それを二つ折り。頭を通す穴を開けて頭頂からかぶります。丈は動きやすさ重視でひざ上丈です。それを体の横で重ね合わせたうえで、はだけないよう腰回りで尻尾皮を活用した帯でギュッと縛れば――、
はい、完成です。
制作総日数まる二日。私苦心の作!
縫う?
そんなことできるわけないので。
どこがワンピースかって?
やかましい!
縫う道具もハサミもないのにどうしろと?
毛皮を切るのは銀虎さんのご立派な牙や、適当に拾ったとがった石とかで、むりくり裂くように切りました。そりゃあ無残な切り口ですよ。それがどうしたというのです。裸より何十倍、何百倍もましでしょう。
ノーパンですけど。
虎のパンツは難しすぎですのでね。仕方ないね。
頭部や四肢は効率UPのため、止む無く未使用廃却。余分を持ち歩く余裕もなし!
他の獣たちのエサとなることでしょう。タイガー〇スクにするには大きすぎですしね。
あと、前々から気になっていたのですけれど……、この銀虎さんにも謎の器官、私のこの体にもある、よくわからないものが存在していました。よくわからないものだけど、気にするのも今更だしその他諸々と一緒に吸収しちゃいました。
ラノベとかのお約束だと、魔力を発生とか蓄える器官とか、よくある話ですけれど。そんな都合いい話、早々あるわけがない……と普通なら思います。けれど、私の今のこの状況自体がそもそも、ねぇ?
ま、足りないお頭で悩んでも、わからないものはわからないのでとりあえず放置。そのうちわかってくることもあるでしょう。
文明的生活にほ~んの少しだけ近づいた私は、意気揚々と樹海探索を続けています。虎に銜えられて穴と血だらけだった体はもう綺麗なものです。傷跡ひとつありません。
回復力!
スライム体浸透の影響がもちろん一番なのだけど、元々この体の性能自体も良いみたいです。やせ細ってたし、何より死んでたんですけどね。
はっ!
もしかしてもしかすると、見方によっては私って、ゾ、ゾンビ? い、いや、この考えは危険です! 心の奥底にそっ閉じしよう、そうしよう。
なんにせよ、こんな樹海を歩き回ろうというのだから、ケガの治りがよいのは重畳です。
しかし、想像以上に道のりは厳しい。厳しすぎるのです!
なにしろ、道のりと言葉にするのはた易いですが、そもそもこの樹海には当たり前のことながら道がないのですから。
ですがっ、道がないと言いつつ実は獣道という道があったりしまして、ガンガン活用させてもらっています。
舌の根がかわかないうちにすみません。
密集する低い木々や藪の中を小さな女の子の体で掻き分け進むことを考えるなら、それでも十分役に立ってくれています。ただし、それが私の目的ときっちり一致しているかといえば、残念ながらそうではありません。
その道をたどるとです。餌場とか水場とか、散々歩き回されることが多いとはいえ、何処へなりともたどり着くことができ助かるわけですが……、苦労してたどり着いた先が断崖絶壁だったこともあり、油断なりません!
ちなみにカモシカ系の獣道だったっぽい。
高いところから落ちたらさすがの私も死んじゃう? 死ぬかな?
まぁ、スライム体はともかくこの体はダメになる可能性もあるわけです。そんなのはもったいなすぎです。
落ちるのダメ絶対。
思考がすぐ逸れます。これだからぼっちは……。
え、えーっと、それにです。獣道をたどるとです、その道の本来の主たちとも遭遇しやすい罠!
意思疎通ができない野生の獣との遭遇戦はそれはもうしんどいのです。まぁ、遭遇と言ってもピンキリで、一番多いのは小動物ですから、そんなのはむこうから逃げてくれるのでいいのだけれど。
ダメなのは縄張り意識強い、雑食系の大型哺乳類?
奴らはだめです。
私がそこに侵入したらほぼ絶対と言っていい確率で襲い掛かってくるのです。こんな小さくて弱々しそうな女の子のどこに襲いたくなる要素があるというのでしょう?
え、それがダメ?
仕留めやす易そう?
おいしそう?
えーーーーー!
銀虎毛皮着てるのに?
強そうだよね? 虎毛皮。銀色艶々縞々模様のきれいな毛並み。それはもう素晴らしい毛皮なのに!
端々がズタズタにすぎるのは置いておくとして……だけれど。
また逸れた。
ラージファングボア。大牙猪。
ここ最近だとこの種類がすぐケンカ売ってくるんだよね。ちなみに名前はもちろん私がつけたやつね。見たままだからで分かりやすくていいでしょ?
樹海の生き物たち、角付きとか牙デカとか……、なぜか私に襲い掛かってくる。やり過ごそうと隠れたり、潜んだりしていても見つけ出してくるんだよ。
そんなのに好かれても私困る。
いくらスライム体で上げた身体能力と、いざとなれば相手にスライム体を浸透させるなんて力技があると言ったって。体術に優れるとか武器が上手く扱えるわけでもない。
最低でも私の十倍、下手したらそれ以上の体格、体重差があるだろう化け物。そんなものが鼻息荒く、デカい牙をこれ見よがしに見せつけながら! 涎たらしながら! 突っ込んでくるんです。
ドロが乾いてカピカピになった毛皮で、デカくて臭い狂暴獣が突っ込んでくる姿を想像してみて? マジいやになります。
はぁ……。
あれ?
道のりが厳しいって話だったっけ?
すまない、私、コミュ力ないので。
何にしろ、この樹海を元日本のサラリーマンおじさんでしかない私、今は小さい女の子である私が一人で歩き回るのは相応に大変ってこと!
ああ、穏やかな生活がしたい!(切望)