〘三話〙樹海への第一歩と洗礼?
あっという間に陸に着きました。
私のがぼがぼタイムを返して!
長いスライム生で初上陸です。しかも自分の足で!
いや、正確には自分の足では……。
いや、これはもう言うまい。言わないことにしよう、そうしよう。
陸から今までいた湖を見てみる。
自分の目で! 自分のね。
広いです。
だだっぴろでドン引きです。向こう岸が全く見えません。
ほんとに湖なのでしょうか、これ?
ま、まぁいいですけど。
改めて今度は周囲を見渡します。
雪はもうほとんどありません。延々と続く広々とした湖岸。遠目にはうっそうとした樹海っぽいものがこれも延々と続いて見えます。
目の届く範囲には人のいる気配なんて微塵もありはしません。
足元にはさざ波が寄せては引いてを繰り返し、細かい石や貝殻、木くずなんかが入り混じり、波と共に出入りしています。吹き付けてくる風に、まだ肌寒い気温が感じとれ、思わず露出したほそっこい腕をもう一方の手でなでます。
「おおぉ……」
自分のものとなった女児の肌を撫でた感触に感動して出た、か細いながらも可愛らしい声。自分が出した声に思わずびくっとします。ずっとおじさん……、いや、今となってはスライムなわけですが、自分の声にまじびっくりしました。
「いや、女の子だってわかってはいたけど。でも、こうやって自分自身として動き出してみるとちょっと、いや、かなり戸惑う……」
そんでもって、こうしてしゃべっておいてなんだけど。これって日本語? いや日本語しか知らないんだし日本語だよねぇ。女の子の記憶も全くないし。どれだけ経っていても覚えてるもんなんですねぇ、うん……。
なんかこう、自分で声を出してみてしみじみ思った次第です。まぁ心の中で使ってたのはきっと日本語だったんだろうし、忘れるはずもないのかもしれません。
「俺……、転生したんだよな? 間違いなく。でもってここってやっぱ別の世界、日本のあった地球とは違う……、異世界、とかいうものなのかな?」
空を見上げ、まぶしさに小さな手をかざしつつ、二つある大小の太陽っぽいものを見ながらつぶやきました。
私にしてはめずらしく、俺とか言ってるし。
それは自信のなさの表れなのでしょうか?
聞いてる人なんて誰もいないのに周囲に向けて強ぶったりして……さ。
なんか自己分析してしまいました。
少なくとも湖中での私は弱い存在ではなかった。スライムっぽい何かなのだけれど。
けれど、陸の上ではどうでしょう?
水の中で漂いながらどこまでも広がっていけそうな万能感や自由はないはず。危険を不安視するなら、ずっと湖で生活する方がよっぽどいい。安全がほぼ保障されているんですから。
それでも。
それでもやっぱ私は……、俺は!
この先を見てみたい。
異世界で新たに得た、このスライム生。
今までだってさんざん生きました。きっと日本人、人間だった時の人生なんて軽く超える程度には生きました。
だから。
このまま湖にいるだけの生き方にはもう飽き飽きです!
「よし、行こう!」
オレはふんすと鼻息あらく(いや息はしてな……もういっか)、決意をし。
素足の小さな足をふみだして。
まだ見ぬ地上の風景を思い描いて、そこに向けての第一歩を踏みしめました。
ああ、人として過ごすのなら靴とかも要りますね。
女の子が元々着ていた服だって、もうボロボロのボロ。
やらなきゃいけないことが山積みですね。
ま、ぼちぼち、死なない程度にのんびり行きましょうか~。
そう思っていた時がほんのちょっとだけありました。
ここは深い深い森の中。
樹々たちがその生命力をいかんなく発揮し生い茂る、その様はまさに樹海と呼ぶことが相応しい、そんな場所。
決意を小さな胸に秘め、湖岸から足を踏み出して早三日。
今の私はもう素っ裸。
野生のスライム娘です。
そう。
それは森に入ってすぐ。樹海の洗礼は待ってましたとばかり、すぐさま訪れました。
その時はまだウキウキルンルン気分で森林浴とばかりに、森の中を浮かれて歩いてた私。
いきなり足元からなにかがパックン。
目の前は真っ暗。
全身はぬるぬるした何かに覆われてる感じです。
「ちょ、なんですかっ、これ!」
声を出したものの、それが何かの足しになるなんてことは当然なく。
「うわっ」
周囲からの締め付けがひどい。ぬるぬるアンド締め付け。
これって明らかに捕食。捕食されてるよね!
ないわー!
幸先悪すぎだわー!
普通に考えれば命を脅かす危機的状況だけど、腐ってもスライム娘。これくらいでどうにかなっちゃうわけではないですけどね。
とりあえず締め付けてくるぬるぬる壁を、ちょ~っとだけ強めに押してみる。
「よっ」
かけ声とともに、バフンと一発くぐもった炸裂音がしたかと思うと、私の腕が脇まで一気にめり込みました。
ああ、壁の向こう側はひんやりしてるね。
壁が痙攣したかのように脈動し、締め付けを増してきたのでもう一度今度は「とりゃ」とばかりに強めの突きをお見舞いしてあげました。
さっきより大きな炸裂音がし、耳が痛いくらい。
そう感じられるほど、スライム体である私と、女の子の体の同調具合は完璧であります!
「お~、外は明るい」
すっかり見通しがよくなりました。
爆裂した、私を捕食してくれた生き物は地球でいうラフレシアっぽい花? 植物? で、私は馬鹿正直にそいつの上に乗っかり、四方に広げられていた花びら?をばか~んと閉じられて捕らわれ、食べられかけたということみたい。
でっかい食虫植物? いや、私、虫じゃないし。異世界の樹海、いきなり怖すぎです!
ま、今はもうすっかりしおしおのふにゃふにゃになり果てましたけどね。
しかし、馬鹿ですか私は。
油断しすぎ、うかれすぎ。
猛省しなければいけません。
外に出た私はラフレシアもどきの出した消化液でどろっどろ。
スライム浸透効果で女の子の体はまったくの無傷とはいえ……、着ていたボロキレ服はもうきれいに溶けて無くなってしまいました。
ほんとボロッぼろだったとはいえ、見えてはいけないところはきっちり隠してくれてたんですけど。
ちなみに見えてはいけないところとか、一応自分の体になった時点で確認しました。邪な気持ちは一切ありません。あくまで自分の体を確認しておくという意味ですから。お間違いなきよう! って、いったい私は誰に向かって言い訳してるんでしょう?
ともかく、私の知識と女の子の体に相違はないようでした。
いや、実際に見たり触ったりしたことなんてないですからね? あくまで一般常識としてですからね?
はっ。
なにやってんだろ、私……。
そ、そんなことがあり、素っ裸で樹海の中を歩く野生のスライム娘が誕生したわけであります。
はぁ、どうしましょうかね、これから。
先が思いやられます。
とか思いながらも引き返す気はこれっぽっちもない私なのでした。