〘十三話〙初めての会話といえばまず自己紹介ですね
気を失っていただけで、特に体に悪いところも見受けられない私は早々にベッドから解放されました。
それにしても湖で食物連鎖の頂点に君臨し、スライムとして長い年月を生きた私が……、まさか気を失ってしまうとは。
忸怩たる思いです。
それはともかく、普段からちゃんと人らしく息もきちんとするよう暮らしていたのは幸いでした。
どうやら助けてもらったみたいだし、呼吸してないくせに、かと言って死んでいるようにも見えない気絶した女の子を見れば、怪しすぎて助けるどころか逆に処分なり軟禁するなどされていたかもしれません。
スライム謹製サンダルも私が気を失ったせいで形を維持出来なくなり、消えてしまっていました。
女性の後に入ってきたのは男の人でした。前世の私が見たら悔しがる、いや比べることすらおこがましい、色白美男子です。
背丈は女性よりかなり高く、さらさらしてそうな透明感のある銀髪に暗めの青い瞳、文句の付けようもない王子様顔です。
くっそ、イケメンは敵。
二人とも同じようなデザインの服装で、股下丈のチュニック(っていうんだっけ?)に細めのズボン。首周りにスカーフ、足元は編み上げの革のブーツ。いかにも同じ組織に属してるって感がありあり。
女性の方は胸元が少し窮屈そうで、私のツルペタとは対照的です。
く、くやしくなんてありませんから!
女性も男性も私に色々話しかけてきましたが、何を言ってるのかさっぱりでした。
じれったく思ったのか、男性がドアの方を指さし女性がうなずくと、私の頭をひと撫でしたあと有無を言わさずといった感じで、ベッドから半ばだき抱えるようにして引っ張り出されました。
うう、大事にしてくれてたかと思えば案外容赦ないです。
そのまま、隣の部屋に連れていかれました。ベッドを出る際、履かされた靴は当然のごとくサイズが合ってなくて、ペタペタ音をさせながら歩いてたら男性に苦笑いされました。そんな笑いもさわやか王子様風。これだからイケメンってやつは……。
隣の部屋も私がいた部屋と一緒で、お世辞にも整然としているとはいえない状態でした。
所々に修理の跡があるのも同じで、屋根にまで応急処置がなされています。それに壁とか床の至る所に黒い染みがあったりますが、これは気にしない方がいいやつだと思います。
いったいここで何があったのやら……です。
大きな木製のテーブルに三人でつきます。イケメン男を向かいに、私は女性と並んで座りました。はい、椅子には脇から抱えあげられて座らせてもらいましたとも。この女の人、力あるよね。
くぅ、元男のプライドは地に落ちました。
けれど勘違いしないでほしい。この体の身体能力、更にはスライム体の能力を使えさえすれば、こんな椅子に座ることくらい簡単なんですからね!
はっ、いったい私は誰に言い訳してるんでしょう。
ばかですか。ばかですね、すみません。
それにしても、会話も成り立たないというのに何するんでしょう?
そう思ってたら男性が自分を指さし何か言いだしました。
「ヨアン。ヨアンᛞᛖᛋᚢ。ᚹᚨᛏᚨᛋᛁᚾᛟᚾᚨᚺᚨヨアンᛏᛟᛁᛁᛗᚨᛋᚢ。ᛃᛟᚱᛟᛋᛁᚲᚢᛟᛉᛁᛃᛟᚢᛋᚨᚾ」
うーむ、これはきっと自己紹介。
自らを指しながらヨアンって単語を繰り返してます。私の薄青系透明スライム脳細胞(仮)がうなりをあげて思考をめぐらせるぜ~!
「よ、あん? よあん?」
私がそう聞き返せばイケメン男、ヨアンが笑みを浮かべる。
イケメンの笑顔。元男の意識を持つ私にはご褒美でもなんでもない。でもヨアンね。スライム覚えた。
で、それを見ていた女性が私の手を取り、少々興奮気味に、頬をわずかに紅潮させながら自分を指さして言います。
「ᚹᚨ、ᚹᚨᛏᚨᛋᛁᚺᚨアンヌ。アンヌᛏᚢᛏᛖᚾᚨᛗᚨᛖ。アンヌᛞᚨᚲᚨᚱᚨᚾᛖ。ᛟᛒᛟᛖᛏᛖᚾᛖ、アンヌᛃᛟ!」
ちょ、落ち着いて女の人!
言葉が長いと難しくなるから!
まぁ、それでも言ってることの予想はつきますけど。
「あんにゅ?」
あ、かんだ。
"ヌ"は話し慣れてないこの口にはむずかしい。
しかたないね。
女の人、アンヌさんが喜んでいいのかどうか微妙な表情浮かべてる。
すまぬ~。
「アンヌ。アンヌᛃᛟ? ᛗᛟᚢᛁᛏᛁᛞᛟᛁᛏᚢᛏᛖᛗᛁᛏᛖ? ᚾᛖ?」
何やらまくしたててます。表情や手振りからするに、もう一度言ってほしいみたいです。
やれやれですが、これからお世話になりそうな人だし。サービスしておかないとね。
「あんにゅ!」
やっぱりかんじゃいますね。
そのうち慣れると思うから今は許してね、アンヌさん。
けど、そんな私の返答に、この世の終わりみたいな表情を浮かべるアンヌさん。
そ、それほどのもの?
そんなやり取りをしてたら、ヨアンが割り込んできた。
「ᚺᚨᛁᚺᚨᛁアンヌ。ᛋᛟᚱᛖᚲᚢᚱᚨᛁᚾᛁᛋᛁᛏᛖ、ᛏᚢᚷᛁᚺᚨᛋᛟᚾᛟᚲᛟᚾᛟᚾᚨᚹᛟᚲᛁᛁᛏᛖᛗᛁᛃᛟᚢ」
軽い会話を二人が交わし、その二人が同時に私を見てきた。流れから行けば次は私の番ですね、わかります。
私、私の名前ですよね、名前……。
あ゛。
ああっ!
ない。
ないです、名前!
いやぁ、すっかり失念してました。マジで。
どれだけ長い間名無しでいたんだって話なんですけどね。
前世、日本人の時の名前ならもちろんあります。けどねぇ、日本人だった時の名前なんてもう思い出したくもないし。そもそも男だったわけだし。
この世にはいつの間にかスライムっぽいものとして存在していて、当然親と呼べるものもいません。それに野生の生き物に名前が必要な状況なんてまずありませんし。
私、女の子の側を持つ野生のスライム娘、名前はまだな~い。
「ᚨᚾᚨᛏᚨᚾᛟᛟᚾᚨᛗᚨᛖᚹᛟᛟᛋᛁᛖᛏᛖ? ᚨ、ᛖ ᛏᚢᛏᛟ、ᚾᚨ・ᛗᚨ・ᛖ、ᛟᛋᛁᛖᛏᛖ? ᚹᚨᚲᚨᚱᚢ?」
アンヌが自分を指さし名前を発声。次に私を指さし何かを言う。それを身振り手振りを織り交ぜながら繰り返し、一生懸命意志を伝えようとしています。
うん、わかる、わかります。言いたいことはばっちり伝わってますよ。
でもごめんなさい。
無理なんです。
私はアンヌを上目に見ながら、気まずく目を逸らすことしかできないのでした。




