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8話 花鹿と三毛猫

 三毛猫は首元の鈴を鳴らしながら、縄張りの森を歩いていた。

 ふと、足を止める。

 見たことのない花が咲いていた。


 三毛猫は首をかしげる。

 こんな花は、ここら辺には咲かないはずだ。


「あら」


 三毛猫は顔を上げる。

 お隣の家に住みついている野良の黒猫だ。


「何だよ」

「わたしもコレを見に来たの」


 三毛猫は鼻を鳴らして再び花を見つめた。


「食べられるかしら?」

「やめとけ。毒のある花もあるって“てーれびー”が言ってたぞ」


 黒猫は目をパチクリさせる。


「人間の知識なら、そうなんでしょう」


 大人しく引き下がってくれたようだ。


 それにしても、この花はどこから来たのだろう?


「ねぇ、森が静かじゃない?」


 三毛猫は顔を上げた。


「何かいるのかも。見に行かない?」


 黒猫は有無を言わさず歩き出した。三毛猫はため息をついて、その後ろを歩く。




「あれ!」


 黒猫は走り出した。

 三毛猫は驚いて立ち止まる。


 真っ白な鹿だ。

 角は今まで見たどの鹿よりも立派で、美しい。しかも、その角には無数のツタが絡まっており、小さな花が咲いていた。

 瞳は引き込まれるような紫色で、人間が持っていたアメジストなる宝石に似ていた。


「お客さまでしょうか?」


 三毛猫は我に返った。

 鹿はゆっくりと近づいてくる。


「私は花鹿。“ダンジョン”の守護者です」

「“ダンジョン”?」

「私はとある方の命により、道を明け渡すこととなりました。私はどうやら、都合の悪い人を殺してしまうようでして」


 ………………どういう意味だ?


「記憶はあります。確かに、“ダンジョン”はクリアされるべきだった。神の御言葉に我々は酔っていたのでしょう」


 黒猫も黙って三毛猫の隣に座った。

 訝しげに鹿を見ている。


「ですが、やはりそれも不幸だった。なぜなら、生き残るべき者が代償として死んだのですから」

「なぁ、さっきから何を言ってんだ?」


 そもそも、鹿が猫の言葉を話すなんて。


「私は“このダンジョン”のボスですよ、危ないから逃げなさい、子猫達」


 瞬間、ゾワッと毛が逆立った。

 後ろを振り向くと、角の生えたウサギがいた。


「恐怖は生物を進化へと誘う。さあ、子猫達」


 やるしかない。ここは、温かい家の中とは違う。

 三毛猫は黒猫を庇うように飛びかかる。




「馬鹿ねえ」


 黒猫は肩で息をする三毛猫につぶやいた。

 近くには、引き裂かれたウサギの死体がある。


 三毛猫と黒猫の尻尾は二つになり、ゆらゆらと揺れている。

 鹿は静かに佇んでいた。

 二匹はゆっくりと鹿に近づく。


「改めて、お前は何者だ?」

「私は、神の使徒」


 鹿は続けた。



「かつては、天使、などとも呼ばれていましたが」



   ☆☆☆


 私は憂鬱なため息をついた。


 大学の授業はいつも通り………とは程遠かった。

 教授との心の距離、学生達との物理的な距離、全てが遠かった。


「大丈夫ですか?」

「ふん、何かアンタよりも目立ってるわ」

「最後の一人が、バリバリの強キャラだったからだろ」

「私のスキルなんて【聖剣】だけでしょ」

「確かに」

「そこは否定して?」


 私は再びため息をつく。

 もう響木(ひびき)の隣を歩いても何も言われなくなったのは、少しありがたい気もするが。


「にしても、各国は最後の一人の情報と、“ダンジョン”生き残りボスの情報収集に躍起になってるらしいじゃないですか」


 私は家で留守番しているリヴァドラムを思い出す。

 そんなことになってるなら、留守番任せていいのかな?


 すると、私の考えを読み取ったらしい響木がため息をつく。


「心配するなら、情報収集をしにきた人でしょ。麗華(れいか)やボスくらいしか耐えられない即死級の一撃を叩き込まれるんだから」


 確かに!


 ………それはそれで置いといて、私もボスの生き残りについては気になる。

 あの巨大なボス達が見つからないのはおかしい。

 どこかのダンジョンに身を潜めている可能性が高い。


 友好的とはいえ、自分達の領域を侵されることに対してはあまり好まないのも事実。

 人を殺すことに躊躇いがないのも知ってる。


 彼らは“ダンジョン”をクリアして欲しかった。

 今ならそう思える。どうしてかはわからないけど、まるで戦うことを避けているかのように。



「わからないことだらけね」

「“ダンジョン”のことですか? 消えたものは調べようがないでしょ」


 響木はそう言うと、足早に去って行く。

 そういえば、サークルがあるとか言ってたっけ。


「帰ろう」


 私は回れ右をした。


「!」


 後ろに人が立っていた。

 スーツを着込み、カメラを首からぶら下げている。

 それを無造作に持ち上げると、カメラをフラッシュさせた。


「はじめましてー、俺は攻略庁の者ですー」


 私は顔を顰めて一礼する。


「はじめまして、さようなら」

「えっ!?」


 私はダッシュで走り出す。

 こういうのには関わらない方がいい。とにかく、家まで全速力だ。

 本気で走れば、バスよりは速いだろう。電車は、さすがに無理だけど!


「待ってくださいよー」


 肩を掴まれる。

 気づけば、カメラ男の目の前にいた。


「【ループ】」

「ご名答。パチパチしちゃう」


 カメラ男は名刺を取り出すと、私に渡して来た。


『攻略庁冒険者管理課 糸部咲撫(いとべさかなで)


 ぴったりな名前だな。

 糸目だし、人の神経逆撫でしそうだし。


「糸部さんは何の用で?」

「実は、冒険者管理課の仕事で工藤優希(くどうゆうき)さんのスキルを登録しないとなんですー」

「【念動力】と【聖剣】」

「他にもありますよねー? ご自分で『七つある』っておっしゃっていたんですから」


 私は黙って糸部咲撫を見つめる。


「口から出まかせよ」

「………二つしかスキルがないのに、“ダンジョン”を生き残れたと?」

「ちっ」

「おい」


 糸部さんは真面目な顔で私を見る。


「決まりなんです。教えて下さい」

「断る。私のスキルを教える義理はない。勝手に冒険者登録してスキルまで聞き出そうなんて頭が高いぞ」

「頭が高えのはお前だよ」


 天下の咲撫も私の前では無力化に成功できるみたいだな。よし、このまま帰ろう。


「というわけだから、お偉いさんにはこう伝えて」

「?」

「私に勝てたら、教えてあげる」


 私は手を振って帰ろうとする。


「させねぇよ?」


 しまった、【ループ】だった!


 私達の押し問答は二周目に突入するらしい。


   ☆☆☆


 三毛猫は立ち上がって伸びをした。


 茂みに隠れて様子を見る。

 近くに住むコーバンのケーカンだろう。


「ゆっこ! ゆっこ、どこー?」


 三毛猫は反射的に小さく鳴く。

 飼い主の少女の声だ。


「ゆっこ!」


 少女は立ち止まると、何度も三毛猫を呼んだ。


「馬鹿、行くな」


 黒猫が隣に座った。

 三毛猫は気まずくなって胸の毛を舐めた。


「そ、そうだな」

「まったく、これだから温室育ちは……」


 三毛猫も黒猫も知るよしはないが、花鹿が支配するダンジョンの魔素に侵食されモンスターと化していた。

 人間たちは、森のダンジョン化には気づいていない。

 故に、反応が遅れた。


「ゆっこ?」


 オークだ。

 オークはいやらしい鳴き声をすると、ケーカンの頭を棍棒で殴打し撲殺した。

 もう一人のケーカンは走って逃げて行く。

 飼い主の少女だけが逃げ遅れた。


「い、や、たす、ままぁ」


 三毛猫は隣の黒猫を焦って見つめる。


「もう、好きにすれば?」


 三毛猫は少女を押し倒したオークの頭に【斬撃】を喰らわせた。


「ふしゃーーー!」

「ゆっこ! ゆっこ!」


 少女は三毛猫の尻尾が二本あることには気にも留めずに、三毛猫の体を抱きしめる。


 オークは怒りに吠えた。

 その無防備な背中に再び【斬撃】が放たれる。


 倒れたオークの背中に黒い影が着地する。


「満足?」

「ああ」

「ゆっこ?」


 三毛猫はさっと少女から離れる。


「人間に伝えよ、我が主。この森は既にダンジョンと化した。このダンジョンの長は争うつもりはない」


 少女はキョトンとしている。


「しかし、もし領域を侵すならば、容赦はしない、と」


 少女はようやく、オークの上に座る黒猫を見た。


「あ、まくろ!」

「あら、何?」


 少女はバッと立ち上がる。


「ゆっこ、帰ろ」

「駄目だ。俺はここの長に選ばれた。俺を連れ出すならば、冒険者となり長に挑め」


 少女は素直に頷く。

 もしかしたら、夢か何かだと思っているのかもしれない。


「じゃあ、またね、ゆっこ! まくろ!」




「良かったの?」

「構わない」


 二匹の猫はオークに殺された人間を引きずり始める。


 長は人を所望していた。


「天使の使徒の言うことが本当なら、あの子を巻き込むわけにはいかないだろう?」



 花鹿………。


 本来の名を、“命の天使”と言った。


 その天使は、絶対不可避な生殺与奪の権利を保有している。

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