70話 〈暗所街〉の王
「うーん、迷いました」
「ふざけんな」
《え》《詰んだ?》《A級冒険者終了のお知らせ》《琴音ちゃんだけは生き残れ》
琴音は真顔で後ろを振り向いた。
何回も分岐したルート。完璧に選んだはずだ。何を間違えたのだろう。それすら、理解できない。
「ルート選択は琴音さんに一任してたからな……。何を基準にしてたんですか?」
ゼールの言葉に琴音は、ARマシンのマッピング機能を表示して全員に見せた。
「皆さんのも、見せてください」
「は?」
オルトの疑問は最もだ。
ARマシンのマッピング機能は、今まで通って来た道を表す。つまり、全員に表示されるマップは全て同じであるはずなのだ。
しかし、違った。
「私はこのルート分岐から、大体のダンジョンの大きさを測り、中央を目指して行きました」
琴音は険しい表情で、マップを見比べた。
全員のマップ。すべてバラバラである。規則性などなく、どれが本物かもわからない。
「よく気づきましたね」
「私の計算だと、もう着いてもおかしくない時間だったので」
琴音は申し訳なさそうにオルトを見た。
「いや、いい。他の連中も迷ってる可能性が高い」
「なんらかの目印があるはずなんですけど」
『攻略できないダンジョンはない』
レイヴィスはそう断言していた。
どんな巨大なダンジョンでも、攻略できる。冒険者ならば、必ず。
「もう一度………」
「あれ!」
琴音はその声に目を丸くした。
「優希さん!」
《合流w》《さすがS級》《関係ないだろw》《惹かれ合う運命なのね》《草》
優希は小走りで走り寄って来る。
後ろからはレオがゆっくりと歩いて来た。
「アルマッティさんは?」
「上にいるよ。ナイトメアがなんとか掴んでたから」
見たところ、リヴァドラムもいない。
やはり、異形との分離が目的だったようだ。
「琴音、もしかして配信してる?」
「嫌なら………」
「いや、全然いい! むしろ感謝かも!」
琴音は首を傾げた。
「多分なんだけどね」
「はい」
「カナのテイムモンスター、死魚竜カイモは結界を通り抜けたんじゃないかって」
死魚竜カイモ。
骨だけの、魚と竜を足して二で割ったような生き物。
人懐っこい反面、凶暴でもあり、何よりカナ以外の命令は中々聞かない。
「でも、カナさんは見かけませんでした」
「そこなのよ、問題は」
優希は困り顔で呟く。
「カナと組んだのは、パーミア」
「はい」
「だけどね………」
優希はそっと尖った耳を触った。
《そういや、優希さんのはコスプレ?》《なんかヤバいよな》《もしかして、人外?》《あの化け物の仲間か?》
琴音はゴクリと唾を呑み込む。
敵に回らないとわかっていても、仲間が攻撃されるのは耐えられない。
「【フィールドサーチ】に二人の反応がないんだ」
「え?」
オルトが真っ先に反応した。
パーミアを連れて来たのは、オルトだ。それなりに責任を感じてもおかしくはない。
「つまり、合流できたのはそれのおかげ?」
「まあね」
優希について行けば迷子にはならないようだ。
そっとため息をついて、表情を正す。
「二人のことは気になるけど、とりあえずは他の皆んなと合流しよう。私について来てくれる?」
琴音とオルトは頷き合う。
パーミアとカナは大丈夫なのだろうか?
☆☆☆
「グラスギルドの臭いがする」
目の前の化け物はそう言った。
敵意剥き出しの瞳が、真っ直ぐにカナとパーミアを捉える。
「貴様らは奴の手先か何かか?」
「違います、王よ」
カナはそうするのが当然であるというような口調で言う。
目の前にいるのは、王様だ。
間違いなく、どこかの国の。
「ほう? 面白いな、貴様。名前は?」
「カナ・ブラックと申します」
「ふむ。デミヒューマではないな?」
「はい」
「ふむ」
王は面白そうに目を細めた。
態度が幾らか軟化したことにホッとしつつも、カナは機嫌を損ねないように注意を払う。
「我が名はバルハッド。以下にも、貴様の言う通り〈暗所街〉の王であり、気高き竜獣の王である」
竜のような獣。
その表現が一番正しい。
耳や足や尾は確実に獣のそれだが、身体の作りは竜にそっくりだ。しかし、立派な翼は鳥のように見えるし、身体を覆うのが焦げ茶色の長い毛である。
リヴァドラムのような美しく短い白毛ではない。
「ドラゴビースト………」
「その通り。魔獣の頂点に立つに相応しい種族である」
グルルルル…………。
バルハッドの口からそんな音が漏れた。
カナはパーミアを後ろに庇う。
「貴様らは我が城に勝手に入り込んだ。ゆっくりと味わってやろうぞ」
「…………レイヴィスというエルフをご存知ですか」
バルハッドの眉がピクリと動くと、次の瞬間には激痛が走っていた。
血の塊を吐き出して、激しく息を吸う。
顔を上げるとさっきいた場所から50メートルも後方に飛んでいた。
「知っているさ。老獣共が、決して逆らわぬようにと言っていた名前だ」
イライラしたように、バルハッドは尻尾を地面に叩きつけた。
「我が土地で活動することを許してはいたが、我が城に乗り込むこと、我と話すことは許してはおらぬ!!」
カナは顔を顰める。
この異形は“ダンジョン”ボスよりも弱い。
しかし、これから挑もうとしていたグラスギルドよりかは数倍強いだろう。
「カナ…………!」
「動くな! 二人で敵う相手じゃない」
バルハッドは不快そうに尻尾を地面に叩きつけた。
「まるで、我が斃せるとでも言いたげだな、小娘」
「………………」
カナはカイモを呼び出す。
不安そうに目に宿る赤い光を揺らしながら、カイモは静かに主人の命令を待った。
「レイヴィスと、合流して」
「シャァアア…………」
抗議するような鳴き声にカナは首を横に振る。
カイモは再び透明になって消えた。
「バルハッド様。お聞きしたいことが、一つだけございます」
「許そう」
「グラスギルドを“サバイバー”に売ったのは、貴方ですか」
「ふむ」
思案するようにバルハッドは首を傾げた。
何かを知っているはずだ。バルハッドは、一応はこの街の王だったのだ。
そんな強者が、寄生オーガごときに操り人形にされた理由が。
「違うな。我ではない」
予想通りだった。
「では、グラスギルド自らですね」
「その通りだ。奴はとある物を欲していたらしい」
「とある、もの」
バルハッドはつまらなさそうに言った。
「【透明な鱗】という魔法アイテムだ。どうも高値で売れるらしくてな。他にも使い道があるそうだが、我は難しい話は好かん」
カナは「なるほど」と呟いた。
身体中痛いのを我慢して、ニッコリと微笑む。
「ありがとうございました。では、お好きなように」
バルハッドは控えていた部下に合図を送る。
「この者たちを、地下牢へ。武器は奪うように」
☆☆☆
「ごめんなさい。私のせいでこんな」
「別にいい」
止血をしながら、パーミアは繰り返し謝っていた。
カナはお構いなしに、地下牢の様子を探る。
“サバイバー”が奴隷解放宣言をしたにも関わらず、地下牢には多くのデミヒューマがいた。
ここは、繁殖場でもあるらしい。
嫌な音が響いている。
「クソみたいな場所」
「え?」
「なんでもない。それより、止血は終わった?」
「うん」
カナは再び周囲を見回す。
逃げられそうもない。それに、ゴブリンやオークと思われる亜人種も多く見回りを行なっていた。
「どうしますか」
その時、ゴブリンの一人がこちらを見た。
「美味そう………」
「やめとけ」
後ろからゴブリンライダーと思わしき一団も合流する。
これは敵わない。敵の数が多すぎる。もっと情報を集めなければ。
狼………ダイアウルフの一頭と目が合った。
「ジャズ、どうした?」
「グルルルル………」
ジャズと呼ばれたダイアウルフは低く唸るとそっぽを向いた。
「おい見たか? ジャズが興味を示さないぞ。ソイツはまずい。こっちの檻のガキにしよう」
「そうだな………」
ジャズは再びカナを見るとじっと見つめてきた。
ゴブリンライダーに合図されて再び歩き出す。
「あの子、なんでしょう?」
「ダイアウルフ・コロニー」
「…………へ?」
カナは天井を見上げた。
「生き残りが、ロア以外にもいたってこと」
“サバイバー”に二周目も殺されたと思われるダイアウルフ・コロニー。
それだけ、数の力は強大なのだ。
しかし、その数を活かして逃げ切った頭の切れる狼がいたとしてもおかしくはない。
ジャズと連携が取れれば、脱出も不可能ではない。
「カイモを待とう。きっと大丈夫」




