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69話 透き通った川

「おいで」


 柔らかい声がする。

 少女はすうっと目を細めて、主人に付き従った。


「ねぇ、今日は何をすればいいですか?」

「僕について来て」


 いつも通りの命令だった。

 でもそれでいい。それが、いい。

 いつもと変わらない日常が、何よりも大切なものなのだと、少女にはわかっていた。



 その日、少女と主人は透き通った川を見た。

 星の降る丘に流れる一本の小川は、空を反射して星を浮かべていた。

 川が輝いていた。そう思った。


「綺麗かい?」


 主人は優しげにそう言った。


「綺麗です」


 少女はそう呟いた。

 ずっと、こうしていたかった。



     ☆☆☆



「パーミア?」

「…………すみません」


 パーミアは隣を歩くバディの顔を見た。


「昔のことを、思い出していました」

「奴隷のときの?」

「もっと前の」


 パーミアは首を横に振った。

 それ以上は何も言われなかった。


「寄生オーガ相手にボーッとしないでよ。すぐに取り込まれるから」

「それは、私が私ではなくなる、ということですか」

「そういうこと」


 パーミアは周りを見回す。

 ここを歩いているのは二人だけだ。


「それは…………いいかもしれません」


 そう呟いた途端に、誰かに首根っこを掴まれて後ろに投げ出された。

 顔を上げるとカナの顔があった。凍えるような瞳で、こちらを見下ろしている。

 一体、この細身でどこからあの馬鹿力を出せたというのだろう。


「……………あのさ」


 その声は驚くほど低かった。


「ダンジョンでそういうこと言わないでくれる?」


 カナを宥めるように死魚竜カイモが現れた。


「仲良くなった子を殺さなくちゃいけないこっちの身にもなってよね」

「……………殺す、ですか」


 パーミアは目を逸らした。


「“主人は冷たい土の中に”という歌があると、聞いたことがあります」


 カナは首を傾げた。


「奴隷に優しかった主人が亡くなり、それを惜しむ奴隷の歌だそうです」


 パーミアの頬を生ぬるい何かが伝う。


「私も、死にたかった。〈人間街〉のデミヒューマを解放することに反対した私の主人は“サバイバー”に殺されました」


 何となく、わかった。

 彼女が、討伐組合にいる本当の理由が。



     ☆☆☆



「大丈夫。パーミアは俺が守るよ」


 優しげな瞳で、歪な形をした主人は言った。

 二対の翼、六つの瞳、そして、人の掌の形をした足。

 顔は鳥のそれだ。


 混合鳳凰(キメラ・フェニックス)


 それが、主人の種族だった。


「はい」


 パーミアは頷いた。

 主人は強い。この〈人間街〉で、一番強い。だから、大丈夫。

 そう思っていた。



     ☆☆☆



「〈人間街〉の王?」


 私はレイヴィスの顔を見つめた。

 レオも不思議そうに首を傾げている。


「そう。良い奴だったんだよね」

「でも、〈人間街〉の王は敵だよね?」


 レイヴィスは悲しげに首を横に振った。



 “サバイバー”はかつて一千年以上〈人間世界〉に最も近い街、〈人間街〉を治めた〈人間街〉の王、カルズ=テルを殺害した。

 その理由は人間奴隷の解放拒否。

 それだけを聞くなら、悪い王だったかもしれない。

 だが、カルズは違った。



「彼は、人間が好きだった。彼の奴隷は代々、実の子供のように可愛がられていたよ」


 それってつまり、〈人間街〉の王が奴隷解放を反対したのは………。


「“サバイバー”の要求はこうだったそうだ。『ただちに奴隷を解放しろ。奴隷は我々が保護する』」

「王様は、子供のように可愛がっていた奴隷を“保護”されることを拒んだのか」


 レオの発言にレイヴィスは頷いた。


「〈人間街〉は最もデミヒューマに好意的な街だった。奴隷とは形だけで、裏町唯一の人間都市とも言える場所だったんだよ」


 〈人間街〉は二つの意味で、〈人間世界〉に近い街だった。

 その王様はきっと優しかったに違いない。


「カルズは戦ったよ。最後まで、人と異形との共存のためにね。権力を餌に“サバイバー”に釣られる馬鹿がいなければ、カルズが買っていただろう」

「でも、【反転】と【ループ】でカルズも復活したんじゃ」


 レオの言葉に複雑そうに顔を顰めた。


「悪魔公ヴァウラールに魂ごと喰われたから、多分、復活してない」

「それじゃあ……」

「カルズに味方した異形も、一緒に」

「奴隷の方はどうなったんだ?」


 レイヴィスは悲しげに俯いた。


「偽りの記憶を植え付けられて、ほとんどは“サバイバー”の味方になってるはずだ」


 ほとんど、は?


「それって」

「パーミア、パーシェ、アッセ、フォン」


 それは、討伐組合にいる数少ないデミヒューマの名前だ。


「この4人だけは自力で討伐組合に合流してきた」


 偽りの記憶を突破して、本物の主人の仇を取るために再び戦うことを決めた。


「多分、一番死にたい連中だと思う。だから、いざという時の捨て駒になるかもね」


 レイヴィスは淡々と言ったわりには悲しそうな顔だった。彼女らしいと言えばそうだが、酷い言い方だとも思う。

 主人の所に早く行きたい。けれど、無駄死にをする気もない。

 もしかしたら、奴隷を〈光天街〉まで連れて行く気なのかもしれない。

 あそこにいるラグナロクなら偽りの記憶も消せるだろう。


「パーミアは特に、傷が大きい」


 私はレオと顔を見合わせた。

 パーミアは料理好きの女の子だ。一周目では、アンデットだったこともあり、彼女の料理は食べられなかったけど、この前はちゃんと美味しい料理を作ってくれた。

 感情は表に出さないが、別に情緒がないわけでもない。


「パーミアの主人は、カルズだった」

「え?」

「あの子はずっと、主人を想っている」


 レイヴィスはそれから話を切り替えた。


「それより、ボス部屋はこっちであってるの、エクリプス」

「アルマッティです」

「…………アルマッティ」

「合ってますよ。このまま直進です」

「どうして別ルートで行ったの」

「保険、ですかね」


 アルマッティは真面目な顔でそう言った。

 私達は首を傾げる。


「罠があると?」

「それなら、むしろ一緒の方が………」


 その瞬間、私達の下にあった床がなくなった。


「リヴァドラム、【反転】!」

「キュアア!!!」


 リヴァドラムがゾッとしたようにこちらを()()()()()いた。

 私はすぐに気づいた。落下しているのは、私とレオだけ。アルマッティは悪魔がしっかりと掴んでいた。

 ナイス、ナイトメア。


「レオ!」

「わかってる!」


 レオは私を抱き寄せる。

 罠にかかるのは、人間だけみたいだ。



     ☆☆☆



「まずい、言ったそばから………」

「まずぃい? おとそっかぁ?」

「やめてください」


 ナイトメアはそっとアルマッティを地面に下ろすと、穴の底を見下ろした。


「みえないねぇ」

「異次元型の罠だね。人間だけがかかるとは」

「レイヴィス様を警戒したのか、それとも」


 アルマッティはチラリとリヴァドラムを見る。

 主人の無事を祈ってか、穴の底から目を逸らさない。


「どぉするのぉ?」

「先に進みます」


 レイヴィスも頷いた。


「他の奴らも罠にかかってたら、完全に……」

「第44層、寄生オーガの階層と同じ目に遭いますね」



     ☆☆☆



「そーてー外なんだけど?」

「ははぁ、その余裕そうな口ぶりのどこが想定外なのかな、お嬢さん」

「マジ喧嘩やめろよ」

「疲れる………」


 罠に引っかかった琴音(ことね)とオルト、そして、小さな口喧嘩を見守るゼールと討伐組合のデミヒューマの一人であるアッセ。


 琴音は無言でARマシンをいじると小さく頷いた。


「マシンは使えます。このまま続行で行きましょう」


 琴音は配信をしている。

 異形達が無害であるとわからせるためだ。外にいるメディアもこの配信を観ているだろう。


「まさか、トディン達と分断されるとはね」


 アッセが困ったように呟いた。


「考えれば当然ですよね。敵の狙いはおそらく」

「罠の原因を異形になすり付けること、でしょ」


 先回りしたアッセに他の3人は頷いた。どうやら、同じ意見のようだ。


「トディンとロア、それからザザバラに麗華」

「初見リスナーからしたら、敵に嵌められた哀れな冒険者ですよね、私たち」


 琴音が楽しそうに言う。

 アッセもつられて笑った。


「なにそれ、俺ら間抜けってこと?」

「にしても、どうやって合流するか、だな」


 オルトの声にアッセは慌てて緩んだ表情を元に戻した。


「他の人間も罠に引っかかったと仮定するなら、そっちと合流するべきじゃないか? 例えば、デッドクラックとかアルマッティ、ユーキ」

「アルマッティさんが罠にかかってるとは思えないんですけど」

「同意見だ」


 アッセの表情が少し明るくなる。

 彼女が残っているのなら、向こうも探しているだろう。


「合流場所は決まってる。最も効率良く、尚且つ、決して迷わずに行ける場所」


 皆んなをぐるっと見回して、ゼールはそう言った。


「ボス部屋以外、あり得ないよね」

「ああ」


 オルトの同意の声に全員が同じ方向に歩き出す。


「寄生されたら、殺すからな」

「了解」


 会話はたったそれだけだった。



     ☆☆☆



 パーミアはぼんやりとその光景を眺めていた。


「綺麗」


 小さな洞窟に、一本の木が佇んでいた。

 小鳥が鳴き、水の流れる音がする。


 カナがそっと呟いた。


「綺麗だ、なんて言わないで」

「急にどうしたの」

「行かないで………」


 パーミアはカナの手を握った。


「しっかりしてよ。そんなんじゃいつ寄生されても」

「私が寄生されてボスが倒せるなら、いつでも犠牲に」


 カナは無言でパーミアを小川に突き落とした。

 頭を抑えつけて沈めようとする。


 パーミアは驚いて必死に抵抗した。

 力が緩んで慌てて息を吸い込む。


「な、なにを」

「死にたきゃ死ねばよかったんだ」


 カナは低い声で言う。

 そしてゆっくり立ち上がると歩き出した。


「そのまま力を抜いて、溺れ死ねばよかったんだ」


 パーミアは呆然と立ち尽くす。


 自分は生き残りたいのか?

 主人を見捨てて逃げた分際で?


「わ、私は………」

「お前は、生きたいんじゃない。死にたくないんだ」


 はっと顔を上げる。



『パーミアは、死にたくないだけだ。それでいいんだ。今は、それでいいんだ』



 かつて、主人に同じことを言われた。


「カナは、主人さまなの?」

「え」


 カナは困惑した声を発する。


「違うの?」

「違う! 断じて違う!」


 不思議そうにカイモが現れた。


「じゃあ、どうしてこんなこと」

「死にたがりは、足手纏いだから」


 カナは申し訳なさそうに後頭部を掻きむしった。


「で? 戦うの?」


 パーミアは自分が立つ小川を見つめる。

 透き通った小川は静かに流れている。


「……………あの、カナ」

「なに?」

「道なりじゃなくて、小川を辿りませんか」


 カイモは無言で小川に飛び込む。


 小川は罠の中にある。

 つまり、ここは異次元型とみて間違いない。

 そして、裏町に繋がっているのだとしたら。


「確かに、何かわかるかも」


 パーミアの表情が明るくなる。


「目印は残そう。多分、皆んなはボス部屋に行くだろうから」




 歩みを進めるパーミアの後ろ姿を見た後、カナは不安気に振り返った。


(……………ここは、どこなんだ?)

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