7話 琴音と配信
影から現れた麗華を、琴音がゆっくりと振り返る。
「っ!」
麗華がすぐに身を引いた。
麗華の体には、赤黒い瘴気がへばりついていた。
「【ヒール】」
麗華が回復のスキルを使う。しかし、瘴気は消滅しなかった。
「……………」
「私のスキル【死線】は、私から一定の範囲にいる敵対者に呪いを付与します」
吸血王が「ほう」と楽しそうに呟く。
常時発動型の呪い付与スキルは、おそらくS級スキルでいいと思う。
呪いは状態異常の最上位に位置する。
【リセット】もしくは【退呪】でのみ打ち消しが可能で、【呪い耐性】【呪い無効】のスキルで対抗可能だ。
この状態異常になると、常に生命力と魔力を吸い取られ死に至る。
アンデットの多くがこの状態異常にしてくる。
今では呪い用ポーションも売られているから、スキルが無くても大丈夫だが。
おそらく、麗華は持っていない。
しかし、麗華にはそんなこと関係ない。
「スキルアップはしてないのね」
麗華はゆっくりと立ち上がる。
「【ヒール】」
再び、麗華はスキルを使う。
完全に呪いが消えた。
「な、どうして」
「スキルを伸ばすこと、これは“ダンジョン”攻略の大前提だった。伸ばせた者が生き残り、それ以外が死んだ」
琴音の足元に、植物のツタが現れる。
おそらく、麗華の従魔だろう。
「はい、私の勝ち」
動けなくなった琴音の喉元に植物の先端が突きつけられる。
「まぁ、普通に考えて呪いを消せないと攻略できないもんね」
「呪い受けても突っ込んでく馬鹿も一人いたけどな」
誰ノコトダロー。見テミタイナ、ホントー。
にしても、わざわざ手加減した【ヒール】を使って相手を油断させていくあたり、麗華も吸血鬼みたいになったなー。
性格が、終わってる。
「誰かさんに似たんじゃないの?」
「え、ザザバラ?」
「姉貴」
「はあ?」
私の性格が終わってるだと? そんなわけない!
「次は誰が来る?」
麗華の余裕の笑みに我に返る。
二人同時に踏み込んだ。
私は弓を捨てて、ザザバラの玉座へ走る。
「借ります!」
ザザバラの宝剣を手に取る。
吸血王は鼻を鳴らしたが、止めはしなかった。
私の持っているスキルはほとんどが使えない雑魚スキルだ。
しかし、たった一つだけS級冒険者に相応しいS級スキルがある。
「【聖剣】!」
一度使うと十分のクールタイムを必要とするが、ボスモンスター相手にも大ダメージを与えられるほど強力なスキル。
最初の階層はマジでこれを一撃当てられれば勝ちだった。
その威力は人間がまともに喰らえばひき肉になる程。
どんなに硬いゴーレムも粉々に砕ける。
「ちょ!?」
麗華の顔が引き攣る。
そんなすごいスキルを、吸血王の愛剣で放ったらどんな威力になるのだろう。考えただけでゾクゾクする。
「【ロック】!」
「なっ!?」
さらに響木が麗華の動きを止める。
その時間、五秒。ただ、それだけで十分だ。
直後、ボス部屋の空気が震えた。
☆☆☆
外は静まりかえっていた。
吸血鬼をたったの一撃で倒した。
否。
吸血鬼の横数ミリに、斬撃の跡があった。
わざわざ【ロック】を使ったのは、彼女に当てないため。
もし本気ならば、吸血鬼は確実に死んでいた。
一息遅れて歓声が上がる。
格が違う。
響木もすごいが、彼女はそれ以上の使い手だった。
その日、全ての人間がS級冒険者の圧倒的な強さを思い知ったのである。
☆☆☆
「うわっ」
麗華は尻餅をつく。
吸血王が拍手をした。
「さすがだな、優希」
「返す」
「うむ」
ザザバラは頷いて宝剣を受け取った。
「ああ、そうだ。これ、忘れ物だ」
ザザバラは自分の影からとあるものを取り出す。
“ダンジョン”に置いてきた、私の愛剣だった。
「【ヴィクトリム】…………」
【勝利の剣】に名前をつけて強化した、私の愛剣である。どうやら戦いの神様が創造した神剣らしい。
「心細そうにしてたからな、連れて来てやったのだ」
「ありがとう」
“ダンジョン”の崩壊時にわざわざ最下層に行ってから脱出したということか。
「いや、多分違うよ、お姉ちゃん」
「?」
「その剣、一層の入り口で外に出るべきか決めあぐねてて、花鹿さんが咥えて連れて来たの」
「……………それを、預かったのだ」
「感謝を返せ。よし、今から花鹿を探しに行こう」
「おい待て貴様。預かっていたのは私だぞ」
この王様、恩着せがましいな。
「うっさいわね、この神剣で斬りつけるわよ」
「やってみろ、まだ【聖剣】は撃てないはずだ」
バチバチな私達を、琴音が嗜める。
「まあまあ。でも、優希さんのメイン武器って弓じゃなかったんですね」
「【的中】ないのに弓使ってもねぇ」
「でも、剣士なんて王道主人公みたいですね」
「そうかな?」
琴音はうんうんと頷く。
「それ以外雑魚スキルな主人公などいらぬ。早く帰れ」
「はぁ? やっぱりアンタ、私のこと嫌いでしょ!」
「ここは私と麗華の愛の巣だぞ」
「リヴァドラム、【ブレス】!」
「話を聞いてなかったのか!? ここは」
「はいはい、じゃあ帰りましょー!」
最後は響木が私を引きずって事なきを得た。
無事に入り口に帰って来た。
いやー、長かったー。
「お帰りなさいませ」
政府の人がやつれた顔で出迎えてくれた。
「このダンジョン、吸血鬼が住むみたいだから、殺されたくなかったらボス部屋に入らないように伝えてね」
「存じ上げております」
何か、怖がられてない?
スキルをチラ見せしただけなんだけどなー。
「リヴァドラム、帰ろっか」
「キュ!」
「ちょっと待て、報告会があんだろ」
「任せた! 私、夕飯のおかず買わないとだから!」
「変なところで家庭的になるな!」
私は脱出で走り出す。
リヴァドラムもついてくる。
外に出ると歓声が聞こえた。
「リヴァドラム! 【肥大化】!」
「ギュア!」
ビックサイズリヴァドラムの足につかまって空を飛ぶ。
電車になんか乗らねぇ、このまま帰ってやるわ!
「二度と呼ぶなクソ政府めがぁ〜!」
そんな負け犬の遠吠えみたいな事を叫んで、私たちは無事に政府公式クエストを終えた。
「で、なんでここにいるの?」
「はい、人生相談をしに」
政府公式クエストから早三日。大学ではすでに私は人気者になり、いじめて来ていた女子はザマァみたいなことになっていた。
そして、現在、私の部屋には琴音がいる。
「人生、相談?」
「私、スキルが複数目覚めて、良いスキルだったから冒険者になりました。でも、麗華さんとの戦いで、人間の限界に気づいたんです」
確か、琴音はB級冒険者だったっけ。
「というわけで、私と配信してほしいんです」
「はい?」
琴音は大真面目な顔で言う。
「スキルアップの手伝いとか、色々して欲しいんです!」
「いやー」
スキルアップはそう簡単にはできない。
私達、S級冒険者は一日中“ダンジョン”に潜り、戦い三昧だったからできた。
片手間にしてたら、確実に数年かかってしまう。
「スキルアップしたら、強くなれるんですよね!」
「いやー………」
私は目を逸らす。
言えない。スキルアップをした人も軽く何人か死にましたなんて。
「私、優希さんみたいに才能ないですけど」
「やめなよ」
私は琴音のとある言葉に反射的に口が動いた。
「才能才能って言うけど、才能のある人間なんていないよ」
「でも、優希さんは天才じゃないですか」
リヴァドラムは静かに私の隣に降り立った。
そして、じっと私を見上げる。
「才能のある人を天才って呼ぶんじゃない」
「……………」
「人は自分にできないことをできる人のことを“天才”って呼ぶの。私、そういうの嫌だなぁ。自分にはできないってはなから決めつけてるみたいで」
琴音は黙って私の話を聞いていた。
「じゃあ、改めて頼みます。私を“できる人”にしてください」
嫌だなぁ。
「キュ!」
リヴァドラムはいいじゃないとでも言いたげに私を見上げてくる。
「一回だけ、お試しに、ね?」
「はい!」
琴音は嬉しそうに頷いた。




