6話 乱入と花嫁
工藤麗華はダッシュで、ダンジョンの階層を下っていた。
吸血王ザザバラは、生け贄として麗華を引き取った後、正式に求婚をした。
断ることはできなかった。
他の皆んなのため、何より、ザザバラが誠実そうに見えたから、安心できた。
裏を返せば、ザザバラは麗華との仲を邪魔する者は許さない。
吸血鬼にされて、思うことが無いと言えば嘘になるが、後悔はあまりしていなかった。
寧ろ、ちゃんとダンジョンから麗華を連れ出してくれたことに感謝しているくらいだ。
そんなザザバラと姉達を戦わせたくなかった。
ボス部屋の前まで来た。
朝一で出て来たが、もう戦闘は始まっているとみていいだろう。
麗華は急いで扉を開け
「ギュルァアア!!!!」
獣の唸り声と同時に、麗華は地面に叩きつけられた。
☆☆☆
地面に砂埃が立つ。
今、扉が開いたと思ったら、リヴァドラムがその原因に向かって攻撃した。
おそらく、吸血鬼の増援だろう、が…………。
私と響木は目を見開く。
「あいたたた…………」
頭をさすっている少女。見た目は、六年前と変わらない。不老不死の吸血鬼らしい見た目だ。
目は当然のような紅色。
「あ! 閣下! 休戦を!」
少女は手を挙げて吸血王に合図した。
「ふむ」
吸血王は手を挙げて、従者を静止した。
「駄目じゃないか、ドッペルゲンガー。君には麗華の足止めと護衛を依頼したはずだが?」
確かに、リヴァドラムの強烈な一撃が当たっている。
ノーダメージだったけどね!
おそらく、麗華のスキル【ファーストシールド】の効果だ。
戦闘開始、最初の一撃の攻撃力を半減以下にする、即死無効系、唯一のスキル。
ドッペルゲンガーと呼ばれた六本足の犬は体をビクリと震わせた。
そんなドッペルゲンガーを、麗華は抱き上げた。
「私は大丈夫。それより、戦いはやめて」
「もちろん。私とて本気で殺そうなど思ってないさ」
麗華は怪しそうに吸血王を見てから、私に目を移した。
「お姉ちゃん、久しぶり」
「うん、元気だった?」
死んでると思ってた。
だって、天使は生き残りは十二人だって言ったから。
どうして、天使はあんなこと言ったんだろう。
「あ、あのぅ」
琴音が気まずそうに声をかけてきた。見れば、他の冒険者達は腰を抜かしている。
「とりあえず、落ち着いて話しましょう」
もう落ち着いてるなんて、口が裂けてもいえなかった。
「キュ…………」
リヴァドラムは元の“聖”の姿に戻り、麗華に頭を下げている。
即死級の一撃を叩き込んだのだから、当然だ。麗華ではなかったら死んでいた。
「いいのいいの! それより、ウチのドッペルゲンガーがお騒がせしました」
「本当ですよ、冒険者をおやつに食べるなんて………」
琴音が身体を震わせる。
それはそうだな。
「それについては謝罪しないからな」
「わかってるわよ」
ザザバラの言葉に、私はため息をつく。
「それより、どうしてこんなことを?」
ザザバラはふふんと胸を張って言った。
「私と麗華の結婚式を開くのだ。貴様らも呼んでやる。光栄に思え」
「響木、帰ろうか」
「そうですね。馬鹿の相手は時間の無駄だ」
「ちょっと待てぇえええい!!!」
吸血王らしからぬ声を出して、ザザバラは私達の肩を掴む。
助けを求めようと麗華を見るが、顔を赤くしてモジモジしていた。駄目だコイツ、完全に惚れてやがるぜ。
「安心しろ、その日限りは絶対に人は食べないと約束する! 姉である貴様には麗華を私までエスコートしてほしいのだ!」
私は従者達に助けを求める。
しかし、完全に無視された。
「私に何の得があるのよ」
「薄情な奴だな! 妹の結婚式にも参列しないとは!」
う、それを言われると何か意地悪な姉みたいになっちゃうな。
「ここは、絶対に我々吸血鬼の根城にする! それを大々的に報道させるのだ!」
ちょっと待って!? まさか、報道陣を呼ぶ気か?
あーまずい。“ダンジョン”のボスが生き残っていたなんて知れたら………。
「なぁ、他のボスは生き残ったのか?」
「私が知る限りでは、二体だな」
やっぱり生き残っているのか。
「花鹿と、鳳凰だ。まぁ、人間には害のない奴らだな」
私と響木はほっとため息をつく。
花鹿は、回復や支援を専門とするボスで、植物を操る能力も持つ。
しかし、その性格は非常に穏やかで、ボス部屋に来た私達に敵対の意志が無いことを告げた最初の人の言葉を話せるボスモンスターだった。
“話せる”ボスは基本的に話し合いで突破できる。
ザザバラもそうだ。
残りの鳳凰は、話せないが、とても良い奴だった。
ボス部屋に到着した私達に、美味しいご飯を振る舞い、嬉しそうに鳴くと次の階層への扉をわざわざ開けてくれた。
あの“ダンジョン”最大の謎は、そういった優しいボスモンスターがいたことだ。
本来ならボスモンスターは攻撃的であるべきなのだ。
しかし、無血突破できたボスモンスターは多いとまでは言えないものの、決して少なくもない数いた。
天使は“ダンジョン”は神が作ったと言ったけど、そのボスモンスターの出どころは教えてくれなかった。
「それにしても」
ザザバラは面白そうに私を見た。
「驚いた。まさか、貴様も来るとはな」
「な、何よ?」
「貴様は戦いが苦手だったろう? 才能があるくせに『私のスキルは弱いから』などとほざいて」
「……………」
つまり、ダンジョンで再び私を見れるとは思っていなかったってことね。
「こう見えて私、S級冒険者だし」
「知っている。まあ、今日のところは帰れ。改めて招待状を送ろう」
ご丁寧だな。
でも、戦闘にならなくて良かったー。
「でも、みんな残念がるでしょうね」
おい、琴音さん!?
「みんな?」
「このダンジョン攻略って外で中継されてるんですよ」
吸血王の目が輝いた。
「ほう」
「余計なこと言うなよっ!」
響木も無言で頷いている。
「麗華。相手をしてやれ」
「えー…………」
麗華は私と響木、そして琴音を見る。
「え、私も………?」
「言い出しっぺは参加しないと」
麗華は呆れた顔で言う。
琴音は青ざめた。「別に模擬戦しようなんて言ってませんけど」的な顔を浮かべている。
「まあいいわ。吸血鬼として覚醒した私の力を、思う存分味わうといいのだ!」
「っ! 来るぞ!」
私はリヴァドラムに命令する。
「【浄化】!」
吸血鬼はアンデット最上位種の一つに数えられている。
つまり、他のアンデット同様に【浄化】で殺菌できちゃうわけだ。
だが。
「効かないですよーだ!」
麗華はニヤリと笑って、スキルを発動させる。
「喰らえ、【ダウンアビリティ】!!」
「な、デバフ系スキル!?」
琴音が、驚愕の声を上げる。
サポート職は本当に少ない。サポートスキルはたくさんあるが、それを複数所持する人が少ないのが一つ。
そして、もう一つが、実践で使えるサポートスキルが少ないこと。
「私の“ダンジョン”での役割は“サポーター”。戦闘には向いてなかったけど、吸血鬼には関係ないのよ!」
「反則過ぎます!」
琴音が涙目で断言する。
というか、この子、この状態で結構喋れてるな。育てがいがありそう。
恐怖は多少あるが、後ろの冒険者ほどじゃない。
「さて、響木、行くよ!」
「はい!」
「合わせます、【リセット】!」
麗華の目が丸くなった。
【リセット】は、バフやデバフや状態異常を治すスキルだ。
全てのアビリティを正常値に戻すので、実践ではあまり使えない。
敵にかけたデバフ、味方のバフ、全てを無に返す地雷スキルとも呼べる。
しかし、この状況では寧ろありがたい。
これを即座に使った琴音は、やはり本物だ。
「【スラッシュ】!」
「ギャッ!」
麗華の肩に浅い切り傷ができる。
【ファーストガード】がなくなった。これで、全ての攻撃は通常通り入る。
「麗華、覚悟!」
私は矢を放つ。
その瞬間、矢が消える。私のスキル【透明】である。
万物を透明にする。時間制限はない。男の夢見る最強スキル。
しかし、匂いや音は消せないのでモンスターにはあまり意味をなさない。
まあ、スキルアップさせれば問題ない。
私のスキルは既にスキルアップ済みなのだから。
麗華の体が影に消える。
やはり、吸血鬼特有スキルを持っているらしい。
吸血鬼の特有スキルは【影移動】【魅了】【従魔召喚】【霧化】そして、【不老不死】。
最低でもこの五つのスキルは所持している。
そして、上位の吸血鬼はこれの他に【変身】【ドレイン】【感染】のスキルを持っているのだ。
「どこから………」
琴音がそう呟いた瞬間に、彼女の影から麗華が出てくる。
「隙あり」
琴音がゆっくりと振り返る。
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