5話 野宿と妹
「さてと、こんなもんかな」
私はテントに満足する。
昔のまま、【アイテムボックス】に収納してくれていたので良かった。
テントの設置を終えたところで、とあるライバーが私に近づいて来た。
顔は青ざめており、息が荒い。
「なぁ、優希さん」
「どうしたの? テントでは寝れない?」
「いや、そうじゃなくて。…………麗華って名前に心当たりはあるか?」
私は響木と顔を見合わせる。
「外で観覧者の一人が殺されたみたいでさ。犯人は工藤麗華って名乗ったらしく」
私は迷った。
工藤麗華は、実在した。
けれど、彼女はもう死んでいる。
☆☆☆
工藤麗華は工藤優希の妹として、最初の冒険者の一人としてダンジョンに挑み、儚くも散っていった少なくもない人間の一人だった。
彼女が死んだのは、第63層。
ラストボスの三層手前という、あと少しのところで死んでしまった。
また、最初の冒険者、最後の犠牲者でもある。
彼女を殺したのは、第63層ボス“吸血王ザザバラ”。
人の言葉を話し、凶悪な従魔を召喚し、協力な従者も多数従えていた。
間違いなく、ダンジョン最強クラスのボスであった。
それを、たった一人の犠牲で乗り切れたのは、ザザバラの気まぐれと妹の犠牲だった。
ザザバラは、冒険者達のたった一人。工藤麗華に恋をした。
しかし、私達がダンジョンを突破すればもう二度と彼女に会えなくなる。
そう考えたザザバラは、私達に“契約”を持ちかけた。
『ここを通してやろう。ただし、生贄に工藤麗華を捧げよ』
私達はダンジョン攻略と犠牲者へのせめてもの餞として、惰性的に攻略をしていた。
あと少しで地獄から解放される。しかし、仲間を手放すほど、愚かではなかった。
行き詰まった私達に、麗華は笑顔でこう言った。
『今までありがとう。私のこと、忘れないで。皆んなの幸せを願っています』
彼女がザザバラに何をされたのかも、ダンジョン崩壊の後一緒に崩壊してしまったのかもわからなかった。
けれど、天使はこう言った。
『おめでとう。生き残ったのは、十二人だけだ』
つまり、私達以外に生き残りはいないということになる。やはり、麗華は殺されたのだと、そう思っていたのだが。
☆☆☆
「おかしいですよ! 大体、麗華が生きているなら“吸血王”も生きていることになる! そうなれば、今までのボスだって死んでるか怪しい!」
テントの中で、響木はそう言った。
確かに、無血突破したボスも少なからずいた。
悪魔公、海竜、花鹿…………。
他にも少し痛めつけただけで降参したボスがいたはずだ。
「会ってみないことには……。それに、一番おかしいのは」
「麗華が人殺しなんてするわけない」
響木は断言した。
そういえば、同い年で仲が良がったっけ。
「キュイ………」
ちなみに、リヴァドラムは私の隣で寝息を立てている。
麗華にも凄い懐いていたから、会ったら喜ぶだろうな。
「麗華ではない可能性も考えないと。吸血鬼は確か変身が得意だったわよね」
響木は頷く。
このまま野放しにするのは良くない。麗華が人を殺すのも、麗華を名乗る誰かが人を殺すのも、黙って見過ごせない。
「とりあえず、おやすみっ」
「思考を放棄すんな」
「おはよう」
「おはようございます」
「キュイー!」
冒険者達もちゃんと眠れたみたいね。
見張りの冒険者もちゃんと交代できたみたいだし、良かった良かった。
「じゃ、ご飯作ろうか」
簡単にパンケーキを作ってみんなに渡す。
美味そうに食べていた。
そういえば、今頃外ってどうなってんだろ?
私は隣でパンケーキを幸せそうに食べている女の子に声をかけた。多分、高校生くらいだろう。
「ねぇ、外ってどうなってると思う?」
「徹夜組は朝飯片手にパンケーキ観てると思いますけど。殺人があったらしいですから、昨日より人は少ないんじゃないですかね? 一応、配信もされてるわけですから」
「君、名前は?」
「琴音というネームで活動してます」
「本名?」
「はい、まあ、一応」
私は琴音のパンケーキにはちみつをかけてあげた。
嬉しそうにその目が輝いた。
「覚えたからね」
「ありがとうございます!」
☆☆☆
自分と同じ顔をした少女を、工藤麗華は睨みつけた。
ドッペルゲンガー。
まさか、自分の夫がそんな面倒なモンスターを飼っていたとは。
「何をしたの?」
ドッペルゲンガーは身体を震わせて元の姿に戻った。
脚が八本、目は二つ。キツネほどの大きさで、脚の数以外は犬に似ている。
『グフゥ………。人殺しダ』
麗華は顔を顰める。
これを護衛に残してどっかへ行った吸血王の意図がわからない。キモさに叫ぶ麗華を見たかったのだろうか。
そもそも、彼が麗華を置いて行くなどあり得るのだろうか。
「まあいいわ。今回のダンジョンについての情報、集めたんでしょうね?」
『グフゥ。もちろん、』
ドッペルゲンガーは口を開く。
そこから発せられた衝撃の一言に、麗華は頭を抱えたくなった。
『ボス討伐をした冒険者を脅してボス部屋の間取りを調べた。それから、お腹空いたんで、冒険者をグフゥ』
「マジか………」
つまり、現在冒険者達が攻略しているダンジョンのボスはすでに討伐されているということになる。
とても可哀想なことをしてないだろうか。パブリックビューイングまでしているのに。
「でも、何でダンジョンの情報なんか………」
麗華は知らない。
あくまで情報を集めているのは、吸血王ザザバラである。
付属品である麗華には知る由もない。
『愛の巣、探し』
「あいの、す?」
麗華は浮気されたのかと思った。
そしてすぐに顔を赤くする。つまり、麗華との愛の巣を探しているらしい。
「ばっかじゃないの! 今、ザザバラは?」
『グフゥ、ダンジョン』
麗華はドッペルゲンガーを抱き上げる。
このままでは、ザザバラがボスになってしまう。
多くの冒険者が死に、姉や奏まで………。
「行くわよ!」
『グフゥ? すごい階層数だが』
「うっさい! 吸血鬼として覚醒した私の姿を、見るがいいのだっ!」
飛び出した麗華に悲鳴をあげる観衆達。
しかし、麗華は全てを無視する。
警備員の静止を圧で押し退け、ダンジョンへと突っ込む。全ては、ザザバラに誰かが殺されないためだ。
☆☆☆
「おい! これを見てくれ!」
冒険者の一人が大声を上げた。
私達はそこに集まる。
大量の血液と、冒険者の装備が落ちていた。
「おい、これって」
「ヤバいかも」
「ボスじゃなかったってこと、ですか?」
琴音が震えた声で言う。
そう。先に出発した冒険者は、ボスに挑んで帰って来なくなった。
けれど、ボス部屋の手前に遺体………の跡がある。つまり。
冒険者達は、ボス以外のモンスターに殺された。
「ボスが生きてるのかも怪しいな」
「そうね」
明らかに喰われている。
「一応、確認しないと」
「行くんですかぁ……?」
琴音が泣きそうな声で言う。
死ぬかもしれないから、当然だ。が、しかし。
「冒険者たるもの、危険に飛び込むことを考慮せよ! 私とリヴァドラムがいるから大丈夫!」
「まぁ、多分大丈夫」
「キュア!」
ほら、二人とも同意してるし!
ボス部屋の扉の前に到着した。
私達は息を呑んで、扉をゆっくりと開く。
そこには、今までのダンジョン内部とはかけ離れた豪華に装飾された部屋があった。
王座の間と思わしき場所には、当然のように玉座があり、その両脇には従者が控えていた。
この光景を、私は知っている。
第63層ボス、吸血王ザザバラ。
「これ、ヤバい奴」
「異議なーし!」
私と響木は武器を構える。
「皆んな、全力で逃げて!」
冒険者達は明らかに動揺した。
S級冒険者が、一目見ただけで逃走を選択するほどの相手に、恐怖で脚がすくんだらしい。
「おや、珍しく、懐かしいお客さんだ」
ボスが言葉を話した。
更なる驚愕が、冒険者を襲う。
「ちょうど良かった」
「リヴァドラム、反転!」
「キュイー!!」
リヴァドラムの天使のような翼は悪魔のようなギザギザの翼に。白い体毛な漆黒に、瞳は青から赤に。
そして、属性は聖から魔へ。
反転竜。
それが、リヴァドラムの本当の名称だ。
第59層ボス、反転竜の討伐報酬であった【反転竜の卵】から孵化したモンスターで、幼体とはいえ最凶の竜と呼ばれている。
なんせ、竜のモンスターは第59層で最後だったからね!
「人の話を聞かないか」
ザザバラは残念そうに、しかし、面白そうに笑う。
「まあいい。少し遊んであげよう」
ザザバラは指を鳴らす。
ボス部屋の扉が閉まる。
ようやく逃げようとした冒険者達は、突然閉まった扉に絶望の声を上げた。
「この流れ、どっかで見た気がしますね」
「麗華はいない。私達で切り抜けるしか………」
私達は、改めて武器を構えた。