45話 不気味な装甲列車
哀奈は妹のレイカを引き連れて、カーバンクルを追いかけて街の外までやって来ていた。
「待って!」
カーバンクルは時折、立ち止まってくれてはいたが追いつくことはできなかった。
そしてとうとう、森の入り口まで来てしまう。
もう街は地平線の向こうに微かに見える程度になっていた。
日は高く昇り、今から帰れば夜になるだろう。
「チチッ!」
そこでようやくカーバンクルは立ち止まった。
ポトリとレイヴィスが持っていた【スキル結晶】が落下する。
「二つ、だけ?」
もっと、盗っていたはずだ。
「まさか、もう使ったの!?」
カーバンクルは無言で双子を見つめている。
哀奈はようやく【スキル結晶】に手を伸ばした。
【鑑定】を使い、中身を確認する。
「【記憶操作】と【ファーストシールド】」
レイカが不思議そうに【スキル結晶】を見た。
そして、【ファーストシールド】の【スキル結晶】を持ち上げる。
「私、こっちがいい」
「いいけど……」
哀奈は【記憶操作】の【スキル結晶】を使用する。
黙って見ていたカーバンクルが二人の周りを一周すると走り出した。
「行こう!」
「待ってよ!」
レイカの後を追って、哀奈は走り出した。
☆☆☆
《一周目》
「悪いね。人間は乗れないんだよ」
オルトとコトネは顔を見合わせた。
〈光天街〉へ行くには魔導列車なる乗り物に何ヶ月も乗る必要があるらしい。
しかし、人間は乗れないのだという。
「じゃあ、〈光天街〉にどうやって行けば……」
「〈光天街〉?」
小悪魔の案内人はクスクスと笑った。
「あそこに行くのか? まあ、線路に沿って行けば辿り着けるだろうよ」
ニヤニヤの笑みがおさまらない小悪魔は最後にこう言った。
「何十年かかるか、知らないけどね」
〈中央街〉の真ん中を流れる川を見つめて、コトネは諦めたように呟いた。
「無理ですよ……。レイヴィスさん達に助けを求めに行きましょう」
「駄目だ。ここまで来るのにもう三ヶ月もかかった」
「じゃあ! 一生をかけて〈光天街〉に行くと!? “サバイバー”からの追手もいるかもしれないのに!?」
オルトは黙る。
もし旅立てば後戻りはできない。途中で死ぬかもしれない。【ループ】と【反転】が使われる可能性だってある。
「アガツル! いたぞ!」
2匹の異形が走って来た。
敵か、味方か。
色々な生物が混ざりグロテスクな見た目をした異形と、それを先導する九尾狐だ。
「アタイはリュカラ。アンタらが、フェリルの言ってた旅人さんかい?」
二人は顔を見合わせた。
どうやら、敵ではないらしい。
「何の用だ?」
「列車に乗れなくて困ってんだろ?」
リュカラは「んー?」と意味ありげに笑った。
さっきの小悪魔と似たものを感じる。人の不幸を喜ぶタイプらしい。
「まさか、列車に乗せてくれるのか?」
「アタイにそこまでの権限はないよ。迷ってんだろうから、答えを教えに来たのさ」
コトネは嫌な予感を拭えないまま問いかけた。
「私たちはどうするべきでしょうか?」
「〈光天街〉に行きな。何年かかろうとも、必ず任務を遂行するんだ」
オルトは目の前の狐を蹴飛ばしたくなるのを堪えた。
「そんな悠長にしてる時間は」
「あるよ」
リュカラは落ち着いている。
隣に座るアガツルも微かに頷いた。
「“サバイバー”はまだ、スキルの再取得が済んでいない。レイヴィス達が時間を稼ぐ。その間に、〈光天街〉に行きな」
「討伐組合は、どうすんだよ?」
「もう会わない者達のことなんか放っておきな。なるようになるさ」
オルトは拠点に残して来た幹部達の顔を思い浮かべた。
忘れないように、確実に心の宝箱に仕舞う。
「後は頼んだ」
オルトはそう呟くと、コトネを見た。
「長い旅になる。いいな?」
「はい」
「お前も、戦うのか?」
「当たり前さ。アタイは人間が好きだからね。神を赤ん坊みたいに信仰して、ケラケラ笑って、時には絶望して。そんな見てて飽きない人間がね」
やはり、人の不幸を喜ぶタイプらしい。
だが、それで良かった。
「ありがとう。またな」
「ああ。また会えるとアタイもアガツルも嬉しいよ」
狐は尻尾を揺らすと、すぐに元来た方角へ走り出した。
☆☆☆
「駅? 何で、こんな時代に」
カーバンクルは不思議そうに首を傾げた。
哀奈は震える足をどうにか動かして、駅に座り込む。
駅に線路はない。つまり、電車は来ない。
それに、駅と行っても木造の屋根付き小屋だ。
駅として作られたものではいのかもしれない。少し変わっているだけに違いない。そう、例えば、石で土台を作り少し高い位置に小屋を作っただけだ。
………誰が、何のために?
哀奈はもう一度震えた。
「お母さん………」
小さく、レイカに聞こえないように弱音を吐いた。
このカーバンクルは、何を待っているのだろうか。
「フシュゥウウウウウウウ!!!!!」
ソレがやって来たのは、夕方になってからだった。
双子のお腹はぐうぐう鳴りっぱなしで、今にも背中とお腹がくっつきそうだ。
食べ物を探しに行こうとしても、カーバンクルが止めて来た。抵抗したら殺されそうで、黙って待つしかなかった。
「キュ」
カーバンクルは嬉しそうに鳴いた。
ソレは、この時代ではあり得ないほどメカニックだった。
巨大な装甲列車だ。背中には大砲が見える。
しかし、一番不気味なのは、先頭が竜の形をしていていることだろうか。
その頭のせいで、装甲列車が生き物のように見えてしまう。
扉が開いた。
「嘘…………」
これは、この時代ではあり得ない。
そもそも、線路なんてなかったはずなのに。何故、今は線路がちゃんと存在しているんだ?
「キュ!」
カーバンクルは装甲列車に乗り込むと、双子を手招きした。
レイカは嬉しそうに乗り込む。
「お姉ちゃん、食べ物があるかもしれないよ」
これに乗れば、二度とレイヴィスには会えない気がした。あの、優しくて暖かい“母親”のレイヴィスには。
「早く!」
「チチッ」
哀奈は装甲列車に飛び乗った。
扉が閉まり、ゆっくりと動き出した。
窓に張り付いて、流れて行く景色の中に見知った後ろ姿がないか探してしまう。
「キュ」
カーバンクルが食べ物を差し出して来た。
硬めのパンだ。しかし、空腹にはそれだけで充分だ。
「これからどうしよう………」
このカーバンクルも装甲列車も話せないようだ。
意思疎通ができるのは、何も知らない双子の妹だけ。
《安心しなさい。必要なことは自ずと見えてくるわ》
どこかからか、声が聞こえた。
チラリと目の前のカーバンクルを見ると、理性的な瞳でこちらを見ている。
「私は、またお母さんに会えますか?」
カーバンクルは「チチッ」と鳴いた。それが否定なのか、肯定なのかはわからなかったが、哀奈は頷いた。
「この列車……どこ行きですか?」
カーバンクルは無言で窓に目を向ける。
もう星空だ。
甘くて、寂しい匂いがした。
「何となく、わかる気がします……。カーバンクルさんは、途中で降りた方がいいですよ」
哀奈はレイカの手を握る。
「また会いましょう」




